バーの片隅で明日がなくなると叫ぶ酔っ払い

 バー『K』に入った時、その男の人はもう一人の連れと一緒に、すでに酔っていた。

 角の奥、マスターの手元が良く見える常連特等席。

 いつもそこに座る私は、どうやら今日はだめだったか、と二番目にマスターの手元が見える角手前の席に落ち着いた。


 しかしどうやら、この判断がだめだったらしい。


「ちゅぎ僕なににしようかな~」


 目こそ開いているものの、脳みそは全然動いてないのがその一言でありありと分かる。


「マスター、なにかカクテル作ってぇ」


 こちらがハラハラと見守っているとはつゆ知らず、彼はまだ飲むようだ。

 彼の奥に座る男の人は

「大丈夫ですか…?」

 と言いながらも、彼を止める気は全くないのだろう。

「僕はジントニックで」

 と自分の注文をする。


 そして奥の席の男の人が少し席を外した時に、それは起こった。


「僕ね、娘から嫌われてるの」

「………?」


 どうやらジントニック用のライムを裏に取りに行ったらしいマスターはいない。


 おやこれは、私に話しかけているのですか?


 そうこの酔っ払い、どうやら後でマスターに聞いたところによると『から上戸じょうご』というやつらしい。

 いきなり娘の話を振られた私は、「は、はあ…」と間の抜けた返事を返す。


「でもねお姉ちゃんはねぇ、僕のことねそんなに嫌いじゃないらしくて、妹ちゃんの写真を送ってきてくれるんだよ」


 戻ってきたマスターに聞くと、どうやら彼は×3。

 子どもは娘が二人いるが前妻が連れて行き、彼は今の奥さんと二人暮らし。

 その前妻との子の内、お姉ちゃんはそんなにこの人のことを嫌いではない。しかし妹は嫌いで連絡を取っても素っ気ないという話らしかった。


「これね、僕の娘ね…。僕によく似てるって言われるの…。かーわいいんだよぉ」


 彼はスマホに入れてある写真を取りだし、私の方に見せてくる。


――が、それがまたとんでもない写真で私は絶句する。


 寝ている時に姉が盗撮したと思しきその寝姿は、シャツがまくれ上がって肌が見えており、はいているショートパンツからは何かの柄のついた可愛いパンツがはみ出し…。なまめめかしい生足が放り出されている。

 さすがに、もちろんR18になるような場所は見えていなかったが。


 とにかくまあ、もし自分がこのだったとしたら、決して誰にも見られたくない代物だった。


「その写真、ちょっと人に見せない方がいいですよ」


 自分の知らないうちに知らない人にこの写真を見られたと知ったら、あまりにも妹さんが不憫すぎるし、口をきいてくれないどころの騒ぎではないだろう。


「え、そーお? うひ うひひ」


 本当に分かってるのかこのおっさんは?

 

「マスター、なんかおすすめのやつ~」

「はい。僕おすすめの美味しいのありますよ」


 そう言ってマスターがとりだしたお酒を見て、なるほどと納得する。

 あくまでも、お客様の退店はスマートにということだろうか。


 その酔っ払いは、ミストで出されたそれを一口飲むと、


「これおいしいけどあしたがなくなるやつ!」


 と叫んだ。

 はい、迷言いただきました。


 それからは言葉が少なくなり、それでもチェイサーを山ほど飲みながらきっちりそれを飲み干した後、迎えの代行に乗って彼らは帰って行った。

 そういえば影の薄いもう一人の男の人は、どうやらその人の後輩らしいです。



 彼が飲んだお酒は

『ハミルトン デメララ 151』

 とても甘くておいしい、口の中に入れると溶ける…ラム。

 恐らくあれは、溶けると言う生易しいものではない、多分口の中で焼けている。


 アルコール度数は75度。


 大きな数字がついているお酒を見かけたらご用心を。

 その数字の半分がアルコールの度数を示しているものがあるそうですよ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

三分以内で読めるバー『K』での出来事を淡々と I田㊙/あいだまるひ @aidamaruhi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ