紫陽花

@39rk1203

第1話

湿気を含んだ黒髪をふわふわと揺らし、銀フレームから覗く色素の薄い茶色の瞳は遠くを見つめていた

彼と出会ったのは雨の日だった。梅雨明け

を笑顔が素敵なお天気お姉さんが朝のニュースで伝えたその日の昼に、私の街は突然の豪雨に襲われた。書きかけの原稿を前に手が止まってしまった私は近くの図書館へ出かけた。それも傘を持たずに。

小さなトートバックの中には図書館で借りた小説が2冊と携帯電話、数百円しか入っていないがま口の財布、お気に入りのタオルハンカチだけ。梅雨明けしたという発表もあったし今日の降水確率はとても低かったから、当然折りたたみ傘なんか入っていない。私は1人、図書館に併設された公園で雨宿りをしていた。ただの通り雨だろうと思い、暇つぶしのために借りた小説を読んでいると、向こうから誰かが走ってくるのが見えた。傘もささずに、胸にカバンを抱えて走ってくる彼の格好はスラックスに見覚えのあるネクタイとカーディガン、近くの公立高校の制服だった。私より年下の彼は私に気がつくと、軽く会釈をし何も言わずにベンチの端に座った。ハンカチを持っていないのか濡れた体を拭く気が無いのか、濡れ鼠のまま彼はただ遠くを見つめていた。


「あの、良かったら、これ使ってください」


お気に入りの淡い赤紫色のハンカチを差し出す。少し驚いた表情をした彼は、再び軽い会釈をしてそれを受け取り、カーディガンを拭き始めた。


五分、否、数十分たっただろうか。小説のページをめくる私を一切気にしていないような彼は、相変わらず遠くを見つめている。ちらりと視線を向けると、彼の珈琲色の瞳に心を奪われ、暫く魅入ってしまった。そんな私に気づいたのか、彼は突然こちらを見て、今まで閉じていた唇を開いた

「その本…銀河鉄道の夜ですか」

真っ直ぐな、しかし現実を見ていないような虚ろな眼差しを彼はしていた。


「あ、うん…そうだよ。宮澤賢治の銀河鉄道の夜」

私は私物の本はもちろん、借りた本であっても外で読む時はお気に入りのカラメル色の革のブックカバーを付ける。背表紙も表紙も見えないから、ページの文章からわかったのだろう。

「君も本を読むの? 」

「はい。読書大好きなので」

「わたしも大好きだよ」

「同じですね」


彼はふわりと微笑んだ

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