『洗脳ブラシ』

やましん(テンパー)

『洗脳ブラシ』

 国民は、毎朝、自分専用の『ヘアー・ブラシ』を使って、頭髪の整頓をする義務がありました。


 このブラシには、さまざまな効能があります。


 まず、毎日きちんと使っていると、髪の毛がいつまでも若々しく保たれるのです。


 使用後には、みるみる生気がみなぎり、その日一日、疲れ知らずで仕事ができるのです。


 精神的にも、まったく恐ろしいほどの、活力にあふれるのです。


 また、あらゆる病気の病前発見が可能になり、国民の健康度は、けた外れに高くなりました。


 だから、健康寿命は世界で飛びぬけて一番です。


 なにしろ、160歳を超えるようになったのですから。


 まだまだ、伸びる余地があるとさえ言われておりました。


 200歳も、もうすぐ、達成間違いなしでした。


 また、ブラッシングすると、この国の『最高指導者様』に対する尊敬と忠誠の念が、いっそう高まるのです。


 安全保障の上からも、完璧な体制が作られたのです。



   ***   ***   ***



 実際、さまざまなデザインの、『ヘアー・ブラシ』が作られていました。


 また、多機能を謳った、カッコいい製品も、多数作られていました。


 高度な通信機能があることは、ブラシの性格上、必須条件でしたが(全国民が確実に使用していることを監視する必要がありましたから。)、そのほか、テレビになったり、ラジオになったり、カメラになったり、計算機になったり、簡易コンピューターにもなりますし、まあ、考えられる、あらゆる機能が付加されておりました。


 多少、極端に言えば、ブラシ一個で、大体の日常生活も、仕事も、遂行が可能だったのです。


 何を選ぶかは、検定済みの商品ならば、国民の自由であります。


 また、経済的に苦しいご家庭には、機能は単純ではありますが、国選のヘアー・ブラシとクリーン装置が、各自に貸与もされました。



   ***   ***   ***



 しかし、『国立ヘアー・ブラッシング研究機構』の研究員だった『ヨシナガ』は、ある疑問に、ぶち当っていたのです。


 それは、矛盾に満ちた問題でした。


 寿命は延びている。


 ところが、国民のDNAに大きな問題が見つかったのです。


 それは、『全体的崩壊』と、彼によって名ずけられました。


 つまり、このままで行くと、この先、3世代から5世代先に、子孫が残せなくなるのではないか、という事だったのです。


 ブラッシングとの関連性を、彼は疑いました。


 しかし、まだ、完全な『解明』は、出来ずにいたのです。


 とりあえず、彼は、これまでの全データを添えて、上司に提出しました。


 

   ***   ***   ***


 『検証不可・却下』


 と、電子ハンコが押された通知データが帰ってきましたが、報告書自体は返されませんでした。


 その数日後、彼は逮捕され、地下深くの拘禁施設に入れられました。



   ***   ***   ***


 それから、100年が経過しました。


 まだ、『ヨシナガ』と共に生きていた人たちも、たくさん残ってはいましたが、第一線からは、すでに引いている人が多かったのです。


 『タオル』は、そのうちの一人でした。


 ある日、彼女の元に、ひとりの若者が尋ねて来ました。


 彼は『ヨシナガ302061』と名乗りました。


「もしかして、あの『ヨシナガ』のお孫さん? いや、お子さんかな?」


「息子です。」


「ああ。そう。確かに似ている。」


「ども。」


「で、ご用件は?」


「父が残していた品を持ってきました。最近倉庫から見つけたんですが、ぼくには、何の機械かわからないから、あなたに差し上げようと思って。」


「まあ・・・見ていい?」


「はい、どうぞ。」


 ポータブルラジオのような四角い箱に、ボタンがいくつかと表示窓がついている。


「ラジオかしら。いまだに趣味の人には人気がある。」


「うん。そう思ったんですが、特に何も聞こえなくて。」


「動かしてみたの?」


「はい。さっきね。ちょっとだけ、怖くなってすぐに止めました。原子電池らしくて、まだしっかり作動はするらしいけれど・・・、爆弾ではなさそうですけど。」


「ははは。それならタイマーが動きそうだけど、そういうわけじゃないのね。」


「ええ。」


「まあ、あの方にはその方向のシュミはないわ。ごくまともな市民で、ブラッシングもけっして忘れない。」


「ええ、ぼくもです。」


「わたしもよ。これがスイッチかな・・・・入れて見たのね?」


「はい。何も起こらないから、問題はないでしょうけど、気にはなるんですよねえ。こういうのって。」


「確かに、ふふふ・・・ちょっとスイッツ・オンしてみようかな、よいしょ。あ、ランプが点いたね。」


「ええ・・・奇麗なランプ。あ、点滅し始めた、さっきはそこまで行かないうちに切ったんだ。」


「ふうん。クリマスツリーみたいね。」


「ええ、そうですね。」


「ええ。あ、表示が出た。なになに『Let’s Go!!』だって。どこに行くのかな。タイムマシン? でも、何も起こらないわね。まあ、爆弾じゃないわ。ふたりとも無事だもの。あら、『もう止まらない!』だって。なんだろう?」


 ふたりは、なぜ『ヨシナガ』が消えたのかは知らなかったのです。


 当局からは、『労災事故』と知らされていただけだったのですが、ブラッシングのおかげで、まったく気にはなりませんでした。


 ブラッシングは、結果的にほとんどの人々から、『警戒心』とか『疑問』と呼べるようなものを、だいたい奪ってしまっていたのです!


 

    ***   ***   ***



 ブラッシング機能を管理する中央コンピューターが、突然停止しました。

 

 最初、小さな衝撃が来て、一旦安全装置が働きました。


 再稼働したところに、致命的な一撃が来たのです。


 この国の中枢は崩壊し、混乱は次第に広まってゆきました。


 機械を根本的に治す技術者は、もういなかったのです。



 やがて、頭髪に異常が生じる人が続発し、政府には苦情が殺到しました。


 数少ない病院は、体調を崩した人たちで溢れたのです。


 喧嘩が横行し始めました。


 寿命は、一気に短くなってゆきます。


 一方で、『最高指導者様』のお姿が見えなくなり、なんとなく、民主主義復活の兆しが見えてきました


 同盟国や周辺国の動きも、異様に活発になってきたのであります。



                              おわり


 


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『洗脳ブラシ』 やましん(テンパー) @yamashin-2

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