第12話 後日談

 河内屋の宗次郎は後遺症のこともあり河内屋を継ぐことはできないようだが、それでも、竹久が何とか子供三人と使用人たちを束ねていくという。あの母親ならなんとかできるだろう。

 薫子は正式に岡 征十郎に謝罪をしに行ったようだ。自分にはもったいないということ。考えを改め、今後は嫁修行をしながら身の丈に合った行いをしたいと言ったらしい。

 旗本筒井家の年寄り辻本の奥様、今回の一軒でわかの気持ちを何とか知った旦那が屋敷に帰ってきたが、わかは今まで通りでいいと言った。詩乃の勧めで御朱印集めに行く計画を立てたり、侍女頭の松野たちと一緒に習い事を始めたので、相手はできないと突っぱねたそうだ。先ほど、成田山の紅葉を見に参拝へ行くと出かけて行った。

 六薬堂は相変わらずで、時々客が来るけれど、夏の食中りの時のような繁盛もなく、静かなものだ。

「寒いですねぇ」

「さっさとお閉め、」

 詩乃はすっかりかいまきを着込み火鉢の側に座っていた。

「今からそんなもの着ていちゃ冬を越せませんよ」

「うるさい。寒いんだからしょうがないだろ。あぁ、冬は嫌だ。寒いのは嫌いだ」

 毎年のことなので番頭は首を振って相手をせず番頭台に上がった。

 初霜が下りた日、橘 恭之介と、翠との婚礼の日を年が明けて弥生に行うと知らせが来た。

 詩乃は身をかがめ「そりゃおめでとうさん」と言った。伝達役の岡 征十郎は嫌そうな顔をし、

「ついては、お前にも出席をしてほしいそうだ」

「はぁ? 何バカなことを言ってんのさ?」

「知らぬは、翠殿がどうしてもというから、」

 詩乃は首を振り、たばこ箱の引き出しを開け、小さく折った帖紙たとうしを取り出し、それに穴の開いた鉄に赤い紐をつけたものと、安全祈願で有名な神社の札を包んで岡 征十郎に渡した。

「札は解るが、何だ、先ほどの丸い鉄は? 銭ではなかろう?」

「違うよ。ただの鉄さ」

 詩乃は別な鉄を取り出した。ほぼ五円玉ほどの大きさの、粗悪な鉄の輪に、穴が開いている。穴の周りに「ご縁」と書いてある。

「ご縁がありますようにっていう。まぁ、縁起担ぎ。持っていられるようお守りに入れやすい大きさに作ってもらったのさ」

「ならば、木でも、」

「木じゃぁ腐ってしまうし、この調度の重さがいいんだよ。あと、この「ご縁」は、「ご円」丸っていうのにも引っかけてんだよ」

 詩乃は「すごいでしょ」という顔をして岡 征十郎を見る。

「ご縁ねぇ。ご利益あるのか? お前の処の作ったものが?」

「信じれば救われる」

「なんだそれ?」

「試しにあんたにもあげるよ。今度こそ、いい見合い相手が来るといいねぇ。お尊母、また頼んでいるようだから」

 岡 征十郎が嫌な顔をした。番頭が肩を震わせて笑う。

 詩乃が「ご縁」に赤い紐を結わえ、岡 征十郎に差し出す。

「赤い「ご縁」か、」

 苦々しく言って、恭之介たちへの土産を持って出て行った。

 外を行く人が縁起物の熊手を抱えて小走りに行くのが見える。そろそろ年の瀬の支度を始めるころのようだ。―多分、詩乃さんはあのままで、結局正月準備だのは私がするんでしょうけどね―番頭は薄灰色の雲が広がっていく空を見上げた。


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六薬堂 二譚 暁闇 松浦 由香 @yuka_matuura

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