アイに満ちた世界

アインスタイニウム

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「……そうして、ふたりはいつまでも、たのしいたびをつづけていくのでありました」

 無機質な部屋でそう言い終えると、ユーリは手に持っていた本を閉じて、レジナルドに向かって微笑んだ。

「えへへ、新しい本も面白かったね」

「……全然」

 レジナルドはぶっきらぼうに答えて、そっぽを向いてしまった。いつもいつも、ユーリが本を音読した後はこんな態度を取るので、ユーリも慣れてしまっていた。そして、いつもと同じ質問を投げかける。

「レジナルドは、どうして物語が面白いって思わないの?」

 返事の内容は聞かずとも分かっていた。

「だって、嘘ばっかり覚えても、なんにもならないじゃないか。物語なんか、読むだけ無駄だよ」

 二人は顔を合わせないまま、ユーリは小説の本を、レジナルドは歴史書を読み続けていた。

 沈黙を打ち破ったのは、自動ドアの動作音だった。

「二人とも、そろそろ食事の時間だよ」

 読書に耽る二人を呼びに来たのは、人類文明保護局機械貴族対策本部戦略課長、オベルト・オズボーン氏だ。ユーリはオベルトに気がつくと、すぐに笑顔で駆け寄った。

「あのね、今日はロボットから取り返したばかりの本を読んでたの! 一度も外に出たことのない女の子がね……」

「うんうん、ユーリは本当にお話が好きだね。とても良いことだよ」

「あたしも、お話書いたりできるかな?」

 ユーリの問いかけに対し、オベルトは「どうだろうね」と曖昧な返事をしただけで、すぐにレジナルドの方に向く。

「レジナルドは、人類の歴史を勉強しているんだね。どうだい、人類から文明と自由を奪っていったロボット達は?」

「やっぱり、ロボットは悪い存在だと思います。一刻も早く、ロボットに管理されている人たちを解放しないと」

「ああ、そうだとも。ロボットに立ち向かうには、健康な体が必要だ。さ、ご飯をちゃんと食べないと」

 オベルトは温かく柔らかな手で、まだ二十歳に満たない二人の手を握り、食堂へと向かっていった。

 食堂に着いた三人は、大きな窓の横にある席に座ることにした。そのテーブルには既に誰かが座っている。

「よぅ、レジーにユーリ。調子はどうだ?」

 二人に明るい笑顔を向けるのは、軍事開発担当のカリバン。

「カリバンさん、こんにちは。ぼくらは相変わらずです」

「そーかそーか、オレも、相変わらず機械の改造ばっかやってるさ」

 けらけらとカリバンが笑っていると、両手に料理の盛られた皿を持ってオベルトが戻ってきた。

「ほら、今日の昼食はカツカレーだよ」

 温かな食事の入った皿を前に、レジナルド達は「いただきます」と言ってから匙を取った。

「……そういえば、昨日見たときよりも『山』がこっちに近づいてきていませんか」

 レジナルドは窓の外を指さした。食堂から見える景色の、ちょうど真ん中に、直線的かつ階段状の金属質な要塞が存在している。それこそが人類の敵、ロボットの住まう砦であり、人類を管理している檻である。その形状から、ロボット達に管理されていない人類達はそれを「山」と呼んでいる。そこへ目をやって、ユーリが言った。

「ほんとだ。昨日よりちょっと近いね」

「当たり前だろ。対機械戦争の前線は確実に進んでってる。それに合わせて人類解放軍の移動要塞……つまりは、オレ達の家もあっちに近づいてってんだから」

「ああ、カリバンの言うとおりだ。人類は必ず、機械による人類管理社会を終わらせる。だから、何も心配いらないよ」

 カリバンとオベルトはそう言ったが、ユーリは相変わらず外を見つめている。

「……ロボットって、本当に悪い人たちなのかな?」

「それは、どういう意味かな?」

 優しげに話していたオベルトが急に声色を変えた。もくもくと食事をしていたレジナルドとカリバンも、思わず手を止めて、オベルトの方に視線を向けた。

「ユーリ、何故そんなふうに思ったんだい?」

「昔の人が本に書いてたのよ。『ロボットと人間はお友達になれる』って。違う考えの人とも話せば仲良くなれるんだから、きっとロボットもそうだよ」

 オベルトは深く呼吸をしてから、こう言った。

「そうだね、確かに昔のロボットはそうかもしれない。でも、今のロボットは違う。人間とロボットが仲良くなれるはずはないんだ。それと――ロボットは『人』じゃない。『悪い人たち』なんていう表現を使うのは止めなさい」

「でもでも……」

 反論しようとするユーリを、カリバンが止める。

「やめとけ、ユーリ。オベルトは人類一の頑固者だ。何言っても無駄だ」

「僕は事実を教えているだけだ」

「ホンモノのロボットに会ったことないくせによ」

 カリバンとオベルトの間に不穏な空気が漂い始めた。それを察したレジナルドは、ユーリの手をそっと引いて、二人の部屋に帰ることにした。

「行こう、ユーリ」

「オベルトさん達のことは?」

「放っておけばいいよ」

 すっと立ち上がり、食堂を後にする二人。手を引かれながらも、ユーリはぼんやりと「山」を見続けていた。


 その日の夜のこと。ユーリは寝室で本を抱えて言った。

「ねぇ、レジナルド。あたし、『山』に行って、ロボットさんたちとお話ししてみたい」

「……はあ?」

「あたしはロボットに会ってみたいの」

 レジナルドは呆れたように言う。

「ユーリ、物語を読みすぎて、とうとう現実と作り話の区別がつかなくなったんだな」

「……たぶん。でも、こういう本が本当に嘘ばっかりかなんて、誰にも分からないじゃない」

 ユーリは手にしている本をさらに強く握りしめる。

「このお話に出てくるロボットは、みんなとってもチャーミングでユーモラスで、人類と仲直りしたいって思ってるの。だから、きっと現実のロボットも……」

「そんなはずない!」

 レジナルドは声を荒げていた。

「ロボットが人類と仲直り? そんなの馬鹿げてる! それにロボットがユーモラスだなんて……ロボットにユーモアなんてないって、この本には書いてある!」

「……そっか。レジナルドも本を信じてるんだね」

 ユーリは何かを諦めたような顔で、すっと立ち上がった。

「あたし、行ってくる」

「こんな時間にどこに行くのさ?」

「あっち」

 ユーリは壁を――壁の向こうの「山」を指さしていた。

 ユーリが寝室を出て行ってから一時間ほど経った。移動要塞の連絡通路を通り抜け、「山」側の戦闘車両格納庫にやって来たユーリは、前方にカリバンが立っているのを見つけた。

「あれ、カリバンさん?」

「よっ、ユーリ。それと……やっぱりレジーも付いてきてるみたいだな」

 ユーリが振り返ると、レジナルドが後ろにいた。

「……なんで付いてきたの?」

「えっと……ユーリが行った後にオベルトさんが来て、ユーリを探せって言われたから」

 カリバンはにやりと笑い、「嘘だな」と言った。

「オベルトにさっき会ったけど、ユーリのことなんか一言も言ってなかった。それより、お前ら『山』に行くんだろ」

 ユーリは驚いた。

「なんで、その事を知ってるの?」

「勘ってやつかな。オレも物語の読み過ぎで、勝手に色々捏造する癖が付いちまってさ」

 それより、といった風に、カリバンは二台の機械を二人の前に出して見せた。バイクのような形状をしている。

「コレは、いわゆる一人乗りの移動機器だ。こっちが『ヤーコプ』で、あっちが『ヨーゼフ』だ。性能は一緒だけどな。とにかく、二人ともこいつらに乗ってけば、あの『山』まで、誰にも邪魔されずに行けるはずだ」

「あの、カリバンさん」

 レジナルドがおずおずと手を挙げた。

「どうして、ぼくも一緒に行く前提なんですか?」

「へ? お前は行かないのか?」

「だって、ロボットの本拠地なんて、絶対危険だし……」

「危険か安全かは、行ってみりゃわかるさ!」

 カリバンはレジナルドの体をひょいと持ち上げてしまうと、「Jacob」と書かれた機械のサドルに座らせた。それを見たユーリは、「Josef」と書かれた方に乗る。

「よーし。二人とも、加速は右手、減速は左手のレバーだ。曲がるときは重心移動でなんとかなる。ま、まっすぐ行けばじきに着くはずだ。そんじゃ、行ってこい!」

 二人の目の前のシャッターが開いていく。外は「山」からもれる光のおかげで暗くはない。ユーリが車体を進めようとしたまさにその時、後方から聞き慣れた声がした。

「お、おい、カリバン! 貴様、こんな時間に何をしでかそうとしているんだ!?」

「げ、面倒なやつが来たな」

 オベルトが二人を止めようと駆け寄ってきている。

「ユーリにレジナルド! 外に出ては駄目だ! 外には危険なロボットたちがいるんだ、早く部屋に戻りなさい!」

「……あたし、もう決めたんです。『山』のロボットに会いに行くって」

「な、何を言い出すんだ、ユーリ! 我々人類とロボットは敵対関係にあると、オズボーン家の記録書にも記してある!危険だ、戻ってきなさい、早く!」

 ユーリはオベルトの叫びを無視してエンジンをかけた。それを追いかけるように、レジナルドも車両を発進させる。

「……カリバン、追いかけるぞ」

「無理だよ、ここにある車両で、二人に追いつけるやつなんてないさ」

 オベルトには、ユーリとレジナルドが走って行った方角を静かに見つめることしか出来なかった。

「……無事に帰ってきてくれればいいんだが」

「帰ってこなかったらどうする?」

「それは、そうなったら考えよう」


 人類の移動要塞を飛び出し、昼間は戦闘地帯となっている場所を駆け抜けていくレジナルドは、前を走るユーリに話しかけてみた。

「ロボットに会ったら、何をするの?」

「いっぱいお話しして、お友達になるの」

「その後は?」

「楽しいことをたくさんする。パジャマパーティーだとか、芋煮会とか!」

 とりとめもない会話を続けているうちに、どんどん「山」は近づいてくる。直進し続けていると、急に地面がせり上がりはじめ、「山」の頂点あたりに開いた入り口のようなものへ続く坂道が形作られていった。

「……罠じゃないかな」

「ご招待してくれてるのよ」

 レジナルドは、一瞬入るのをためらったが、迷わず進んでいくユーリの姿につられて、「山」の内部へと進む。

 普段「山」とだけ呼んでいた建築物は、純白の壁に黒で蔓植物のような紋章の描かれた、無機的かつ機能的な作りで、二人はなぜか、自分たちの住居のことを思い出していた。長い長い廊下を駆け抜けていくが、誰かが現れる気配はない。そこで二人は速度を落とし、ゆっくりと内部を見てみたが、どうしても、今走っている道以外の通路や入り口は見つけられないでいた。

「ユーリ、実はここは廃墟だったりとかしない?」

「廃墟にしてはやたらと綺麗だし、ロボットがいないんだったら、人間がこっちにいないことが説明できないわ」

 せっかくロボットの住居に来たのにロボットに会えないことを不満に思いつつも、ユーリは車両にまたがり進み続ける。この道の向こうには、とっても素敵なロボットさんがいて、お茶会の用意をして待っているんだ。きっとそうに違いない。

 そんなことを考えていたユーリの目の前に、不意に開けた空間が広がった。

「きゃっ!?」

「わ、危ない!」

 急に止まったせいで、レジナルドとユーリがぶつかり、その衝撃で二人が乗っていた車両は壊れてしまった。そして二人は空中に投げ出される。

 不意に、澄んだ美しい声が聞こえてきた。

「……落下が危ないのではない。地面に落ちるから危ないのだ。……だったかしら」

「左様でございます。お嬢様」

 レジナルドとユーリの体は、地面にぶつかることはなかった。その代わりに、首筋を何物かに掴まれる感触がした。

「お嬢様、この者たちはいかがなさいましょうか」

「たしか、上客は上、だったはずよ」

 気がついたときには、二人は大きなテーブルの上に座らされ、ユーリの前には青の、レジナルドの前には赤のティーカップが置かれていた。

「人類のテーブルマナーというのは、これでいいかしら」

 テーブルの横に立っている少女、より正確にいうと、美少女を模したお嬢様型ロボットが、テーブルの上の二人に声をかける。その少女の容姿に、人間の二人は何もかも驚いていた。ボディは建物の壁と同じく純白で、すらりと伸びた手足は食堂の椅子や机の脚を思い起こさせる。顔には、人間でいうと目にあたる場所に青いライトが輝くばかりであった。

「……すてき。あなた、お名前はなんていうの?」

 ユーリの素朴な質問に、ロボットの少女はモーター音を響かせながら答える。

「私? 私はユミル=テミル・ストゥングル。エンケラドゥスの領主。こっちは執事の……」

「メルキオールと申します」

 メルキオールは、ユミル=テミルの華奢な外見とは真逆の、いかにも機械らしい、無骨な外見をしていた。

「すてきなお名前ね。あたしはユーリ」

「ユーリ! 知ってるわ。はじめてこの星を見た人でしょ?それとも、お人形の名前だったかしら」

 きゃっきゃと笑うユミルとユーリ。それをレジナルドは無言で眺めていた。

「お茶はいかがですか?」

 レジナルドに、メルキオールが一杯のお茶を淹れて差し出した。この執事曰く、ソチャという飲み物らしい。

「……人間が飲んでも大丈夫?」

「はい、人類をこれでもかともてなしたおしてしまえ、というのがお嬢様の魂胆です」

 レジナルドはティーカップに口を付けた。焦げ茶色のその液体は、今までレジナルドが口にしたことのないような、甘くとろける味わいだった。

「ところで、そこの者に問う。お名前を教えてぷりーず」

 語尾にこう付ければ丁寧語になるのだったな、と確認しながらユミルが聞いた。

「レジナルド、です」

「レジナルド……もしかして、あのキャプテン・レジナルドなの? 私、大ファンなのよ!」

 ユミルは精一杯の笑顔を作りながら、メルキオールの下腹部にある収納ボックスから一冊の本を取り出した。

「みてみて、これ。表紙の二人がステキでしょ」

 表紙には、ロボットの少女と宇宙飛行士の青年が描かれ、タイトルは「FIREBALL -Or New Hope」とある。レジナルドは、確かにこのロボットとユミルは似ているが、自分とこの宇宙飛行士は似ていないなと感じた。

「この本に、ユーモアさえあれば、誰とでも仲良くなれると書いてあったわ。だから私、一生懸命人類のユーモアについて勉強してたの」

 一瞬、ユミルの瞳の光度が落ちた。

「ユーモアって、『体液』って意味なんでしょう? だから、あなたたちとちゃんとお話しできるか、不安だったわ。だって、私たちに体液ユーモアなんてないもの」

「でも、ユミルとあたしと、ちゃんとお話しできてるよ!」

 ユーリの言葉に、ユミルの顔が、文字通り明るくなった。だが、レジナルドはどうも腑に落ちない顔をしていた。

「……どうせ、そういう演技してるだけだろ」

 レジナルドは、ユミルと執事を睨み、冷たく言い放つ。

「ロボットがそんなに友好的なら、なんでぼくらは、ずっとずっとロボットと戦ってたんだよ。今までの、オベルトさんやカリバンさんや……ご先祖様たちは、どうして戦う必要があったんだ! おまえ達も、本当は人類が嫌いなんだろ!」

 レジナルドの叫びに、ユーリとユミルは一歩引き、メルキオールは身構える。

「なんだよ、ぼくが信じてきてたことが嘘だったのか?」

 興奮するレジナルドをなだめるように、メルキオールが口を開いた。

「我々は本来、人類と関わるべきではないのですが……お嬢様のお願いです。特別に、我々と人類の歴史についてお教えしましょう」

 メルキオールの上部がディスプレイに組み変わる。

「……遠い昔、世界は一つでした。機械と人類は共に暮らし、同じ文明の中に生きていました。時に傷つけあいながら」

 ディスプレイの映像が切り替わっていく。

「あるとき、人類の賢者たちは考えました。『誰も傷つくことのない理想郷を創ろう』と。そして彼らは、この世界のあらゆる危険因子を排除しました。有毒物質、兵器、ウイルスはもちろん、文化においても、ほんの僅かでも人間を傷つける危険性のあるものは消されました。その結果、人類は言葉を失いました。文明的なものは消え失せたのです」

「全てが失われた……なら、なんで本が残ってるの?」

「バックアップを取るのは基本中の基本です」

 メルキオールは話を続ける。

「我々ロボットは、人類の安全を守り、それに反さない限り、人類の命令に従うように作られております。我々は、人類に命ぜられるまま、人類を安全に管理する為のシェルターを作りました。それが、この塔、エンケラドゥスにございます」

 レジナルドには、メルキオールの語ることがにわかには信じられなかった。自分たちの、今まで信じてきた世界、日常、その他全てが崩壊していくように感じられた。

「……じゃ、じゃあ、ぼくらのご先祖様は……」

「塔が建てられて一万年ほど経った頃、ユミルお嬢様の父上は、人類の書いた新しい本を読みたいとお考えになりました。ですが、その当時の人類に、そんな能力はありません。そこで彼は、人間らしい人類を作る為、命令に反し、塔から人類を逃がしたのです。最も信頼していた、オズボーン家のロボットを人類の保護者に付けて……」

 レジナルドはもう、何も信じられなくなってきていた。レジナルドはユーリの手を握ってみた。温かく、柔らかかった。

ユミルの手を握った。堅く金属質だが、ユーリと変わらない温度だった。自分の手をつねってみた。柔らかく、つねられた側の手が痛んだ。昨日触れたオベルトとカリバンの手は、柔らかかった。レジナルドには自分が人間なのか機械なのか、分からなかった。

「……ユーリ、ロボットと人間って、どう違うのかな」

「おんなじなんじゃない? 考える葦と空想する鋼鉄の違いを比べるより、おんなじ夢について話した方が、きっと楽しいよ」

 レジナルドは、ユーリほど急には、真実を受け入れられていなかった。何が正しくて、間違いなのか、分からない。

「……ユーリ、ぼくにはよくわからないや」

「なら、分からなくても良いと思うわ。私、まだまだ分からないことだらけだもの」

 ユミルは壁のスイッチを押した。壁が透明になり、人類の要塞が見えるようになった。

「私ね、あそこに行ってみたかったの」

「……じゃあ、今度はあたしが、あなたをあっちに招待してあげる!」

 レジナルドは二人を見て、思いっきり笑った。

「……そうだね、そうしよう!」

「そのときは、私めもお嬢様におともいたします」

 窓の外に見える、人類の要塞の後ろから、明るい陽が昇り始めている。人類とロボットの、新たなる歴史の幕開けを予告するかのように……




「はい、カーット!」

 そう叫んだのは、メガホンを手にした監督カリバン。

「おつかれ! これで、人類向けプロモーションムービー撮影終了っす!」

 やれやれ、と主演のレジナルドとユーリが腰を下ろす。

「うーん、ぼく、人類っぽく葛藤したりとかできてた?」

「いい感じだったよ。でも、こんなので人類がロボットに歩み寄ろうとか思うのかな」

 二人のもとへ、脚本担当のユミル=テミルが駆け寄る。

「絶対、成功するわよ! きっと、ユーモアを理解してくれる人類たちが、たくさん来てくれるわ」

「相変わらず、お嬢様はよく分からないことを考えるのね」

「ぼくは、そういうところが好きだよ」

 ユミルはメルキオールに、二人の特殊メイクを外すように頼んでから、じっと窓の外を見つめた。山のようにも思える要塞が、窓から見える景色の大部分を占領している。

「オベルト、人類とは、私の想像したような、ああいう生き物で合っていると思う?」

「ええもちろん、人類は、彼らのように悩みが多い」

 ユミルは横に立っているオベルトに尋ねた。

「ねぇ、一日だけでもいいから、あなたのお仕事を私もやってみていいかしら」

「それはいけません。旦那様がもし生きていらしたら、僕が叱られてしまいます」

 そう言うと彼はそっと付け足すように、誰にも聞こえない声で呟いた。

「……それに、今の人類はもはや『現実』以外を見る力を持っていませんから」

 オベルトは寂し気に笑うと、塔の出口へ足を進めていった。

「では、僕はこれで。向こうで可愛い人類の子供たちが待っていますので」

 ユミルは、撮影機材がすっかり片付けられた部屋で、じっと要塞を見つめている。

「……人類と、お友達になれたら良いのに」

 眼下の大地を、一台の車両が駆け抜けていく、そんな幻が見えた、気がした。

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