そして旅立ちの日

───卒業式当日。




 私は、山積みのダンボールが置かれた自室をじっと見つめる。


 この荷物は私が部屋から出た後、業者の手によって私の実家に送られる手筈になっているので、卒業式を終えたらそのまま手ぶらで実家に帰れる事になっているのだ。




「この部屋とも今日で最後か・・・まあ最初、響の部屋でずっと過ごしていたから、実質この部屋にはそんなに長くいなかったんだけどね」




 そう私は呟き、一人苦笑を溢していた。


 そしてチラリと腕時計を見た私は、そろそろ卒業式が始まる時間だと気が付き、もう一度部屋の中に視線を戻して深く頭を下げる。




「お世話になりました」




 そう私はお礼を言うと、部屋から出ていったのだ。






 卒業式を行う講堂前まで来ると、すでに三年生が集まっていた。


 私もその集団の中に混じり、すぐに自分のクラスの列に並ぶ。


 そして卒業生入場の合図と共に、私達は講堂の中に入場していった。


 講堂内に入りすでに中で待機していた一、二年生の拍手を受けながら入場する。


 その時チラリと一年生が座る壁側に視線を向けると、高円寺が壁際で立ち私を見ながら微笑み拍手をしてくれていたのだ。


 そうして自分達の席まで移動し着席すると、いよいよ卒業式が始まった。


 まず今期の生徒会長である藤堂弟が壇上に上り、卒業式開始の挨拶をする。


 そして次に学園長が壇上に上がって、卒業生に向けてのお祝いの言葉を話すと、そのまま卒業証書授与に移行した。


 先生に順番に一人づつ名前が呼ばれ、とうとう私の名前が呼ばれたのだ。


 私は緊張した面持ちで壇上に上がると、学園長から直々にお祝いの言葉と卒業証書を受け取った。


 そして再び席に戻り、三年生全員が卒業証書を受け取るのを見守ったのだ。


 全員の卒業証書授与が終わると学園長は壇上から降り、再び藤堂弟が壇上に上がると送辞を述べる。


 そして藤堂弟の送辞が終わると、次に卒業生代表である旧生徒会長の響が壇上に上り答辞を述べたのだ。


 そうして全てのプログラムが無事に終わり、在校生の歌に送られながら私達三年生は講堂から退場していったのだった。






 講堂の外に出て校庭で三年生同士話をしていると、在校生達も卒業式を終えて校庭に出てきたのだ。


 するとあっという間に、校庭は生徒で一杯になった。


 私も沢山の後輩達に囲まれ、お祝いの言葉を貰えたのだ。


 その後輩達にお礼を言い一緒に写真を撮った後、私はその場から離れ響を探す。


 すると校舎の影になる場所に、目的の人物を発見した。




「ひび・・・」




 私は響の名を呼びながら近付こうとして、ふとその場で立ち止まる。


 何故ならその響の前に、三人の女生徒が立っていたからだ。


 その三人は一年生の時に同じクラスだった、松原、足立、菊地の三人だった。


 しかし私はその三人の只ならぬ様子に、その場から近付く事が出来ないでいたのだ。


 そしてじっと響達の様子を見ていると響はすまそうな表情で頭に手を置き、三人は響に向かって頭を下げていた。




「「「・・・答えてくれてありがとう」」」




 そう三人は揃って言うと、響の前から立ち去って行ったのだ。


 しかしその三人の目にキラリと光る物が見え、私は慌てて響の下に向かった。




「響!!」


「あ、詩音・・・」


「響!あの三人に一体何したのよ!!」




 私は目をつり上げながら響に詰め寄ると、響はそんな私を見て困った表情になる。




「何したって言うか・・・彼女達の気持ちには応えられないと、ハッキリ答えただけだよ」


「え?」


「・・・彼女達、一年生の時から『僕』を好きでいてくれたらしいんだけど・・・詩音、心当たりある?」


「・・・あ!」


「その様子だと、心当たりあるみたいだね。・・・実は、こんな風に告白されるの今が初めてじゃ無いんだよね。卒業式が近付くにつれて僕が一、二年生の時から好きでしたと言う告白をよくされていたんだよ」


「・・・なんか色々ごめん。相手の子もごめんなさい」




 響の話を聞いて、私は申し訳無い気持ちで一杯になったのだ。




「そんな落ち込まないでよ。僕がなるべく傷付けないように上手く言うし、それに彼女達にはこれからきっともっと良い人が見つかるはずだよ」


「響・・・うん、そうだと良いな」




 落ち込んでいる私の頭を、響が優しく撫でてくれた。


 そうして私は響に励まされ、なんとか気持ちを浮上する事が出来たその時、今度は別の人物が私達に話し掛けてきたのだ。




「早崎君!」




 その声に、私と響は同時に振り向く。


 するとそこには、緊張した面持ちで明石が立っていたのだ。




「え、えっと・・・」




 しかし声を掛けられた響は、明石の顔を見て初めて見たかのような顔をする。


 私はその響の様子に、明石の事を聞いて無い事を悟り私は慌てて響に小声で明石の説明をした。


 そんな私達の様子を、明石は不思議そうに見ていたのだ。




「・・・明石君、僕に何か用かい?」


「あ、うん。え、えっと・・・期末試験の俺の順位見てくれたか?」


「・・・期末試験の順位?」




 明石の言葉に、響は呟きながら考えだし私も一緒に期末試験の順位を思い出す。




「・・・ああそう言えば、僕と詩音の同率一位の次に珍しく三浦君を抑えて明石君の名前があったね」


「そうなんだ!本当は一位を狙っていたけど、さすがにそれは無理だった。だけど、俺の今までの中で一番の順位だったんだよ!」


「うん!凄く頑張ったよね!」


「・・・早崎君、俺の事認めてくれるか?」


「ん?うん、勿論認めるよ!」


「・・・っ!ありがとう!!」




 響の言葉に何故か明石は目を輝かせ、頬を赤く染めながらとても嬉しそうに喜んだのだ。




「そ、それで・・・良かったら一緒に写真撮ってくれないか?」


「ん?べつに構わないよ」


「ありがとう!!」




 そう言う事で私は明石から携帯を預り、響とのツーショットを撮ってあげた。




「・・・っ!これ、一生の宝物にするよ!!」




 そう明石は私から受け取った携帯の写真を見て、感動しながら携帯を胸に抱きしめ嬉しそうにスキップしながら去って行ったのだ。




「・・・一体なんだったんだろうね」


「さぁ~?」




 私はそんな明石の後ろ姿を見つめながらそう呟くと、響も苦笑しながら明石を見つめていた。


 するとそんな私達に、再び声を掛けてきた人物がいたのだ。




「早崎さん・・・」




 その聞き慣れた声に響はパッと顔を輝かせて振り向き、私はそんな響を見てクスクス笑いながらも声のした方に振り向いた。


 やはりそこには、少し恥ずかしそうにしながら立っている藤之宮がいたのだ。




「麗香ちゃん!」


「・・・早崎さん、詩音さん、卒業おめでとうですわ」


「ありがとう麗香ちゃん!」


「麗香さん、ありがとうね」




 私と響は、藤之宮に向かってお礼を言った。




「そ、それでですね・・・あの・・・」




 藤之宮がモジモジとしながら言い淀んでいるので、私は心の中で頑張れと応援する。




「麗香ちゃん、どうしたの?」


「っ!・・・早崎さん!お話ししたい事がありますから、少しお時間よろしいかしら?」


「うん、良いよ。じゃあ、場所変えようか」


「・・・はい」


「それじゃ詩音、僕ちょっと行ってくるね」


「うん!・・・麗香さん、頑張ってね」




 私はそっと藤之宮の耳元にそう声を掛け、それを聞いた藤之宮は覚悟を決めた顔で頷いてきた。


 そうして二人で去っていく背中を見送っていると、私の下に今度は三浦、カル、日下部、駒井が揃ってやって来たのだ。




「やあ詩音さん、ここで何してるの?」


「・・・何もしてないよ。それよりも、三浦君達は揃ってどうしたの?」


「いや、詩音さんや響君の姿が見えなかったから、どこ行ったのかなと思って」


「ああごめんね。今まで響もここにいたんだけど、ちょっと響は別件で他いっちゃたのよ」


「そうなんだ」


「そう言えば聞いて無かったんだけど、三浦君て卒業後はどうするの?」


「僕?僕は春から大学に通うよ。もう少し勉強したいからね」


「そうなんだ!いつの間にか受験してたんだね・・・大学受かっておめでとう!」


「ありがとう」




 クラスが離れてからあまり三浦と話す事が出来なかったので、三浦が受験していた事を知らなかった私は驚いてしまったが、ある意味三浦らしい進路でもあったので素直に祝福をした。




「・・・じゃあカルは?」


「オレ?オレはまた世界ツアーが始まるから、暫く海外を飛び回る事になってるんだ」


「そっか・・・寂しくなるね」


「海外に行っても、時々手紙やメールするよ」


「勿論私もするね!」


「ああ、楽しみにしてるよ」


「うん!・・・それじゃ、日下部君と駒井君はどうなの?」


「俺は親父の会社を継ぐ為に、暫く親父に付いて社会勉強だよ」


「僕は三浦君と一緒で、大学に進学するんだ」


「そうなんだ~。二人共頑張ってね!」


「ああ・・・それはそうと、そう言う詩音さんは卒業後はどうするんだ?」


「あ~私は・・・」




 日下部の疑問に、私はまた響の身代わりをするとは言えず言い淀んでいると、三浦が私の後方に視線を向けてある事に気が付く。




「あ、響君が帰ってきた」


「え?」




 予想よりも早く帰ってきた事に驚きながらも、私は後ろを振り向くとそこには仲良く指を絡めながら手を繋いで、こっちに歩いてくる響と藤之宮の姿があったのだ。


 そしてその響のとても嬉しそうな様子から、どうやら藤之宮の告白は上手くいったようだと察した。


 しかし手を繋いでいるのに藤之宮は、離れていても分かる程に顔を真っ赤にさせ俯き加減で歩いているので、どうやら響が藤之宮に何かしたのだと言う事が分かったのだ。


 私は一体響は何をしたのかと思いながら、胡乱な目を響に向けていると、何故か響は藤之宮と一緒にまだこちらから遠い場所で立ち止まった。


 そしてニコニコとした顔のまま、握ったら手をそのまま上に掲げて他の生徒に向かって大きな声を上げる。




「僕、早崎 響はこの藤之宮 麗香ちゃんと付き合う事になりました!だから、麗香ちゃんに絶対手を出さないでね!」




 そう声高だかに宣言すると、至る所から女生徒の悲鳴が上がったのだ。


 そうして満足気な表情で私達の下に戻ってきた響に、私は呆れた表情を向ける。




「・・・響、べつにわざわざこんな時に言わなくても・・・」


「こんな時だからこそ言うんだよ。麗香ちゃんに、悪い虫が付かないように牽制掛けておいたからさ」




 その響の言葉に、益々藤之宮の顔が赤く染まり身を縮めとても恥ずかしそうにしていたが、その口元が少し緩んでいるのが見えたので、どうやらそんなに嫌では無い事が伺い知れたのだ。


 私はその様子に嬉しくなり、藤之宮にそっと囁く。




「麗香さん良かったね。おめでとう!」


「・・・ありがとうございますですわ」




 藤之宮の照れながら嬉しそうに微笑む姿に、私もとても嬉しかったのだ。


 するとその時、響が何かを思い出したように私に声を掛けてきた。




「そうだ詩音、言うの忘れていたんだけど、高円寺先輩が校門の所で詩音を待っているよ」


「・・・ちょっ!響!!そんな大事な事、言うの忘れないでよ!!」


「ごめんごめん、すっかり忘れてたんだ」


「っ!もう良いよ!!それよりも、私もう行くね!!」


「うん!『行ってらっしゃ~い』」




 響に笑顔で手を振られ、私はじろりと響を睨み付けながら他の皆に辞する挨拶をし、急いで高円寺の待つ校門に向かったのだ。






 校門にはまだ他に人がいない状態で、高円寺が校門の柱に寄り掛かり腕を組んで待っていた。




「雅也さ~ん!!」


「・・・ああ詩音」




 高円寺は私に視線を向けると、微笑みながら腕を広げて待ってくれたのだ。


 そして私はその高円寺の胸に、笑顔で飛び込んでいく。


 すると高円寺は胸に飛び込んだ私を、ぎゅっと抱きしめてくれたのだ。




「雅也さん、遅くなってごめんなさい!」


「いや、気にしなくて良いよ。皆と色々話したい事があるだろうから、まだ待つつもりでいたからさ」


「そう言う訳では無くて・・・響に、雅也さんがここで待っていると聞いたのがついさっきだったんです!」


「そうなのかい?まあ、響君も忙しかったんだろうね」


「・・・いや、あれは絶対わざとだと思います」




 高円寺に抱かれながら、私は響のあの楽しそうな笑顔を思い出し目を据わらせていた。




「そうか、まあ響君らしいと言えばらしいか。それよりも詩音・・・卒業おめでとう」


「・・・っ!ありがとうございます!!」




 卒業のお祝いを高円寺に微笑まれながら言われ、そこで私は高円寺からのお祝いの言葉が一番嬉しいと思ったのだ。


 私は嬉しくなりさらに高円寺に強く抱きついたのだが、そこでふとある事に気が付く。


 高円寺の後ろに、高円寺がいつも乗っている車が止まっていたのだ。




「あれ?雅也さん、これから何処かにいかれるんですか?」


「うん行くよ・・・詩音と一緒にね」


「・・・え?」


「ふふ、その驚いた顔も可愛いね」


「い、いや、今はそんな事よりも、私と一緒に出掛けるとか・・・聞いてませんよ?」


「今教えたからね」


「な、何で!?」


「詩音を驚かせたかったからさ」


「ち、ちなみに何処へ?」


「ふふ、これから一週間、海外に旅行に行くんだよ」


「・・・・・ええ!!」




 その高円寺の予想外の言葉に、私は驚きの声を上げる。




「え?え?海外?それも一週間!?」


「うん。もうちゃんと、航空チケットも現地のホテルも取ってあるよ」


「い、いやそれは・・・それに、さすがにお父様も許しては貰えないかと・・・」


「その心配なら大丈夫だよ。もう君のお父様から、許可は貰ってきているから」


「ええ!?」


「さすがに最初は駄目だと猛反対されていたんだけど、響君や君のお母様の口添えもあってなんとか認めて貰えたんだ」


「・・・響とお母様が?・・・あ!だからさっき、響は行ってらっしゃいを強調して言ったんだ!!」




 さっきの別れ際の響を思い出し、私は頬が引きつったのだ。




「・・・詩音、私と一緒に旅行に行くのは嫌かい?」


「い、嫌って言う訳では無いんですが・・・さすがに急だったのと、旅行用の服とか何も用意していないので・・・」


「ああ、その心配なら無用だよ。すでに君のお母様から、詩音の荷物を送って頂いてもう車に積んであるからさ」


「・・・お母様」




 相変わらずのお母様の行動に、私は呆れた表情を浮かべる。




「勿論麗香の護衛はその間、響君がしっかりと引き受けてくれているから安心して良いよ」


「そう、ですか・・・」


「・・・本当に、詩音が嫌なら止めるけど?」


「・・・いえ!行きます!私も、雅也さんと旅行に行きたいです!!」


「そう、良かった」




 私の言葉に、高円寺は安心したようにふわりと笑顔になったのだ。




「・・・旅行、今から楽しみです」


「私もだ」




 そう私達は微笑み合って言うと、どちらからともなく顔を近付けキスをした。


 最初は啄むような軽いキスだったが、次第に深くなりお互いを求め合うようにキスを続ける。


 そうして暫くキスを繰り返した後、漸く唇を離しそしてお互いの目を見て笑い合った。


 それから私は高円寺の車に乗り込み、そして高円寺の運転で学園を離れていく。




・・・最初は響の身代わりとして男装し、この学園に入学した事でずっと憂鬱だったけど、それでもそのお陰か沢山の人と出会えそして・・・大切な人とも出会えた。正直もう今となっては、その身代わり生活も良い思い出として私の中に残っている。・・・私、この学園に入学して本当に良かった!!




 私はその遠くなっていく学園を車の窓から見つめ、そうして晴々とした気分で今日学園を旅立っていったのだった。












                    Fin

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身代わり男装令嬢の憂鬱 蒼月 @Fiara

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