皇女の想い

「・・・確かに、お前達の実力は認めよう。だが、やはり麗香を学園に戻す事など認められん!」


「・・・さっき詩音がお願いした事、完全無視ですか」


「いや、私は考えると言っただけだ。だから考えて、そして駄目だと判断したまで!」


「うわぁ~せこい言い訳・・・ん~仕方がない、詩音『アレ』やっちゃって!」


「『アレ』?・・・『アレ』ってまさか・・・ここで『アレ』やるの!?」


「うん!よろしく!」




 私と響は藤之宮兄の急所を狙った手を離すと、響がニコニコとしながら私の方を見てくるので、私は『アレ』の意味を悟りうんざりした表情になる。


 しかしチラリと藤之宮兄の顔を見て、相変わらず頑なな態度でいる事に肩を落とし大きくため息を吐く。


 そして今度は高円寺の方に顔を向けると、高円寺も響が何を言いたいのか分かったようで、苦笑しながら私に頷いてきたのだ。


 その高円寺の様子に私はガックリとうなだれ、仕方がないと思いながら再び顔を上げて藤之宮兄の顔をじっと見つめる。




「・・・麗香さんのお兄さん」


「ん?なんだ?だが何を言われても、私の気持ちは変わらんぞ!」


「・・・麗香さんを、学園に戻してあげて下さい。お願いします」


「・・・っ!!」




 私は藤之宮兄の目をじっと見つめ、そしてふんわりと柔らかく微笑みながらお願いした。


 すると私の顔を真っ直ぐ見ていた藤之宮兄の顔がみるみる赤く染まり、目を見開いたままポーと惚けた表情になる。


 私はその藤之宮兄の様子に、もう一押しだと確信してさらに笑みを深くし藤之宮兄の目を見つめた。




「・・・良いですか?」


「あ、ああ・・・良いだろう・・・」


「よし!響、言質取ったよ!」


「ナイス詩音!!」


「なっ!い、今のは!!」


「麗香さんのお兄さん、今良いって言いましたよね?」


「っ!」


「ちゃんと、その口から言われたの聞きましたよ?勿論この場にいる、他の方々も聞いてたと思いますけど?」




 そう言って私は高円寺や桐林達に視線を向けると、皆苦笑しながらも頷いてくれたのだ。




「・・・久しぶりに詩音ちゃんの『天然スマイルキラー』見たな~。でも、相変わらずの破壊力だね~」


「いや、あれはもう『天然』の部分は抜けている思うぞ。どう見ても意図的だった」


「確かに・・・そしてあの笑顔を、直接あの至近距離で受けたんだ、多分もうどんなに頑張っても・・・堕ちたな」




 そんな榊原、藤堂、桐林の会話がされている事など気が付かず、私はニヤリと勝ち誇った笑みを向けた。




「くっ!わ、分かった!確かに私は言った!仕方がない・・・麗香の事を認めよう!!」


「お兄様!」


「麗香さん、良かったね」


「はい!ありがとうございますですわ!」




 悔しそうにしている藤之宮兄から許可を勝ち取ると、藤之宮は本当に嬉しそうに私にお礼を言ってきたのだ。




「・・・そんな嬉しそうな顔をする麗香を見るのも久しぶりだ。そうか・・・本当にあの学園が良いんだな。分かった、もう二度とこんな事が起こらないよう、さらに警備を強化させておこう」


「お兄様・・・出来ればあまり、目立たないようにお願いしますわ」


「・・・善処しよう」


「ありがとうございますですわ!」


「それはそうと・・・響だったな。お前は確か、今年学園を卒業すのでは無かったのか?それなのに、これからも麗香を守ると言ったがどうするつもりだ?」


「ああそれはですね・・・高円寺先輩、僕も卒業したらそのまま学園に残って、高円寺先輩と一緒に麗香ちゃんの護衛役引き受けても良いですか?」




 そう響が、高円寺の方に振り向いて確認する。


 するとそれを受けた高円寺が、少し考えてから響に向かって頷いてみせた。




「ああ良いだろう。手続きの方は私の方でしておこう」


「ありがとうございます!」


「こちらこそ助かるよ。ありがとう」


「そうだ詩音!悪いんだけど、僕が家に戻れるまで暫く僕の代わりにお父様の手伝い頼むよ」


「・・・はぁ~また響の身代わりをやるのね。まあ、今回は仕方がないからやってあげるよ。だからしっかりと、麗香さんを守るんだよ!」


「うん!勿論だよ!あ、でも高円寺先輩・・・その事で暫く詩音と一緒になれなくてすみません」


「いや、気にしなくて良いよ。元々、麗香が卒業するまでは無理だと思っていたからさ」




 高円寺は、申し訳なさそうに言う響に苦笑を溢す。




そっか・・・卒業しても、まだ暫くは雅也さんと一緒になれないのか・・・。




 私はそう思い、なんだか残念なようなホッとしたような複雑な気持ちになっていたのだった。




「・・・と言うわけで、卒業してからも僕は麗香ちゃんを守る為、一緒にいられる事が決まりましたよ!」


「・・・本当はお前には麗香に近寄って欲しくは無いが、確かにお前の実力なら麗香を任せられるのも事実だ。・・・仕方がない、麗香の事を頼む」


「うん!任せてよ!絶対麗香ちゃんを守るからさ!」


「早崎さん・・・」


「麗香ちゃん・・・そろそろ、出来ればいい加減名前で呼んで欲しいな~」


「っ!!あ、貴方には、名字で呼んで差し上げているだけで充分ですわ!」


「良いじゃ~ん!呼んでよ~!」


「嫌ですわ!」




 そんな二人の言い合いを、藤之宮兄は目を据わらせながら見ている。


 そして私も、この相変わらずの二人のやり取りを見ながら苦笑していたのだった。


 すると藤之宮兄が二人から視線を外し、今度はじっと私の方を見てきたのだ。


 私はその視線に気が付き、一体何だと思いながら藤之宮兄の方に顔を向けた。




「・・・確か、詩音さんと言ったな」


「あ、はい」


「・・・良かったら、今度ゆっくり私と食事でもしながら話をしないか?」


「え?」


「もう少し君を知り・・・」


「駄目です!」




 藤之宮兄が頬を染め照れながら私を食事に誘ってきが、私は何故そんな事を言われるのか分からずにいた為、全くこの状況を飲み込めずキョトンとしていたのだ。


 すると突然高円寺の強い口調の声と共に、私と藤之宮兄の間に高円寺が割り込んできたのだ。




「雅也さん?」


「雅也・・・そこを退け。私は今、詩音さんと話をしているのだ」


「いえ退きません。いくら義貴さんでも、こればかりは譲れません!」


「・・・お前とそこの彼女は、一体どんな関係なんだ?」


「私の恋人であり婚約者です!」


「・・・っ!」




 そうキッパリと高円寺に言われ、私は嬉しさと恥ずかしさで顔が熱くなる。




「・・・そう言えば、お前婚約したんだったな。そうかその相手が、そこの彼女か。・・・女に全く興味の無かったお前が、婚約したと聞いた時はさすがに驚いたが・・・なるほど。その人が相手なら納得がいくな」


「義貴さん・・・」


「ああ安心しろ。さすがにお前の婚約者に、手を出そうとは思わん。だが・・・もし彼女に愛想つかされる事があれば、私は遠慮無く奪っていくからな」


「そんな事絶対させません!」


「くく、お前のそんな顔も初めて見たな」




 藤之宮兄は高円寺の顔を見ながら楽しげに笑い、チラリと高円寺の後ろにいる私を覗き見てきた。




「詩音さん、残念だが君の事は諦めよう。・・・雅也を頼むな」


「あ、はい!」




 藤之宮兄に微笑まれ、私は慌てて頷いてみせたのだ。


 そうして藤之宮兄は嵐のように去っていき、私達も学園に戻って行ったのだった。






 学園に戻ってから暫くは、学園内も世間も騒がしかったのだ。


 何故なら、皇族が不正を行い捕まったとニュースで報じられたからである。


 そして学園内では、藤之宮が誘拐された事が広く知られていた。


 しかしそのお陰か、藤之宮に厳重な警護が付いていた理由も分かり、むしろ生徒達は藤之宮に同情し前と違って気に掛けてくれるようになったのだ。


 そして世間の皇や皇太子に対する反応も、比較的同情的であった。


 何故皇弟が捕まったのに世間がそんな反応だったかと言うと、テレビで藤之宮叔父の悪態と言う醜態が映し出されたからだ。


 すっかり優しい叔父の仮面を外した藤之宮叔父は、警察官に連れていかれながらカメラに向かって、自分こそが皇に相応しいとか自分を認めない世の中が悪いとか散々騒いでいたので、そんな親族を持ってしまった皇達に同情の声が集まっていた。


 そして何より皇も皇太子も、政務をしっかりとこなし外交もきちんと行う人徳者だった事が大きかったようだ。


 そうして暫く藤之宮の回りは慌ただしかったのだが、やがて落ち着きを取り戻し、すぐに学園内は卒業式に向けて慌ただしくなった。


 生徒会が中心に動き、卒業式を失敗しないように何度か卒業式のリハーサルを繰り返し、そしてとうとう明日が卒業式本番の日を迎えた夜、私は明日実家に送って貰う為、寮の自室で私物の荷作りをしていたのだ。


 するとその時、部屋の扉をノックする音が聞こえてきた。




「あれ?こんな時間に誰だろう?」




 私はそう呟きながらも荷作りの手を止め、扉に近付き覗き穴から廊下を覗き見る。


 そしてすぐにそのノックしてきた人物を確認し、慌てて扉を開ける。




「麗香さん!?どうしたのこんな時間に?」


「詩音さんこんばんわですわ。・・・ごめんなさい、こんな時間に伺ってしまって」


「いや、私はべつに構わないけど・・・どうかしたの?」


「・・・少し詩音さんに、相談したい事がありましたの」


「私に相談?」


「ええ、構わないかしら?」


「良いよ。ちょっと部屋散らかってるけど、良かったら中にどうぞ?」


「では、遠慮無く入らせて頂きますわね」


「どうぞ」


「・・・貴女はここで待っていてね」


「はい・・・詩音様、麗香様の事よろしくお願い致します」


「え?あ、は、はい!」




 突然藤之宮の護衛で付いて来ていた女性のSPに、そんな事を言われ私は慌てて返事を返す。


 結局藤之宮の護衛のSPは、再度厳選な調査をし安全だと確認出来た者が配属されたと聞いているから、このSPも藤之宮に害を為さないと見なされた人であったのだ。




なるほど、この人の様子からして本当に麗香さんの事を心配してるんだな。




 そんな人が藤之宮の側にいる事に、私はホッと安心したのだった。


 そしてそのSPに部屋の外で待機して貰い、私は藤之宮を部屋の中に招き入れる。




「部屋の中、今ゴチャゴチャしてるけどごめんね」


「お気になさらなくて結構ですわ」


「そう?ありがとう。ただ今座れる所は、そこのベッドしか無いからそこに座って」




 私はそう言って藤之宮をベッドの縁に座らせ、私もその隣に腰を下ろす。




「それで、私に相談って?」


「・・・相談と言いますか、お聞きしたい事なのですわ」


「聞きたい事?」


「早崎さん・・・貴女のお兄様の事ですわ」


「響の事?」


「ええ・・・早崎さんって、彼女かお好きな方っていらっしゃるのかしら?」


「・・・ああ、そう言う相談ね」




 藤之宮が深刻そうに俯き加減で話し出すので、一体どんな相談なのかと身構えていたら、どうやらそう言った相談なのだと分かりホッとする。




「・・・それで、どうなのかしら?」


「とりあえず、私が知ってる範囲では特に彼女はいないし、好きな人も・・・まあ、いない事は無さそうだね」


「やっぱり・・・早崎さん、凄くモテていますもの。その女性の中で、好きな方がいらしゃっても不思議ではありませんわよね」


「・・・・」




 そう藤之宮が落ち込んだ顔をするので、どうやら本当に響の気持ちに気が付いていないようである。


 さすがに恋に鈍感の私でも、ここまでくれば響の気持ちも分かるし、多分藤之宮の響に対する気持ちも分かっているのだ。




・・・あ~去年までの雅也さんに対する気持ちを自覚していなかった、私を見ていた皆の気持ちが今になってよく分かるよ。




 そう自覚し、私は自分に対して呆れていたのだった。




「あ~多分それは大丈夫だと思うよ。私が見た限り、その中にそんな人いなかったと思うからさ」


「・・・本当ですの?」


「うん!双子である、妹の私が言うんだから間違いないよ!」


「・・・そう、良かったですわ」


「・・・ねえ麗香さん、響に告白してみれば?」


「えっ!?」


「だって・・・麗香さん、響の事好きだよね?」


「な、な、何を言われますの!!」




 私がそうハッキリと聞くと、藤之宮は顔を真っ赤に染めて激しく動揺する。




「違うの?私にはそう見えるけど?」


「・・・っ!!」


「ねえ麗香さん、ここには私しかいないんだし・・・本当の事言って?」


「そ、それは・・・」


「麗香さん」


「っ!・・・・・その・・・通りですわ」


「やっぱりね~」


「・・・最初は、なんだか馴れ馴れしい人だと嫌悪していましたの。でも何度も会う内に段々気になり出してきて、気が付くと無意識に早崎さんを目で追ってしまっていたのですわ。そしてこの気持ちにハッキリ気が付きましたのは、やはりあの誘拐事件の時ですの。助けに来てくれた早崎さんを見て、自分の気持ちを自覚したのですわ」


「そうだったんだ」


「でもこんな気持ち、きっと早崎さんには迷惑ですわよね・・・」




 そう言って再び落ち込み始める藤之宮に、私は慌てて声を掛けたのだ。




「そんな事無いよ!絶対迷惑だと思われないから、勇気を出して告白してみて!!」


「詩音さん・・・」


「言わずに後悔するより、言って後悔する方が良いからさ!」


「・・・分かりましたわ。私、頑張ってみますわ!!」


「うん!私応援してるから!!」


「ありがとうですわ。・・・今日、詩音さんに相談して本当に良かったですわ。さて、さすがにもう遅いですから私部屋に戻りますわね。おやすみなさいですわ」


「うん、麗香さんおやすみなさい。また明日ね」




 そうして私は部屋から出ていく藤之宮を見送り、再び荷作りを再開させながら、明日に思いを馳せていたのだった。

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