第十一話 時間の喰う男たち

「……と言う訳でね? ミスター・マニングマン直々にお呼ばれしてきたのよ、あたしたち」



 栗色の髪をくりくりと揺らしながら満面の笑みを浮かべた少女が一しきり説明を終えると、脂ぎった金髪を撫でつけた体格の良い二人のいかつい顔付きの男たち――ビルとテッドは物も言わずしかめ面を見合わせて首を傾げた。


 この二人――ビルとテッドの『スミス兄弟』は、つい先日マニングマンに雇われたばかりの用心棒バウンサーだ。兄弟、と名乗ってはいるものの、実際にはたまたま苗字が一緒だったというだけで、その方が商売上通りが良い、というだけの間柄でしかない『赤の他人』である。



「あー。……どう思う、?」

「どうもこうも。俺ぁ聞いてねえぞ、そんな話」

「だよな。あー。悪いんだがね、ええと……」

「エ・イ・プ・リ・ル、よ。エイプリル・ロックス」



 やたら愛想の良い少女――ブリルは、渋い表情をしたままの二人にウインクまでしてみせる。



「んで、こっちはメイビィ。このとおりちょっぴり不愛想だけど、サービスの方はとびっきりなのよ。ねえ、あんたたちが聞いてようが聞いてまいが構やしないんだけど、こっちはミスター・マニングマンから御指名されてここまで来てるのよ? 通してくれないと困っちゃうわ」

「困るって言われてもよ。さっきも言ったが、そんな話聞いてねえんだよ」



 背の高い方の男はぶっきらぼうに言葉を吐き捨て、ついでとばかりに口腔に溜まったニコチン混じりのつばを足元のしげみ目がけて吐き捨てた。もごもご低くこもって言葉が聞き取りづらいのは、どうやらこの噛み煙草のせいらしい。すると、少しだけ背の低い男もうなずいてみせる。



「あー。予定外の客人が来たら追い帰せ、あの旦那にそう言われてるんだよ。な、兄ちゃん」

「じゃあ、何も問題ないじゃないのさ」



 呆れたように大袈裟すぎる程ぐるりと目を回してみせ、ブリルはくすくすと笑った。



「ミスター・マニングマン直々にお呼ばれしたあたしたちは、当然あんたたちの言う『予定』って奴のうちに入っているに決まってるんだもの。でしょ? じゃなかったらおかしいわよ」

「おかしいもおかしくねえも。聞いてねえもんは聞いてねえんだよ、この腐れアマ」



 さすがにその一言を耳にすると、それまで愛想良く笑顔を振りまいていたブリルの頬まわりの筋肉が、ひくり、と引きったのだが、追い帰す気満々の二人の男は気付きもしない。



「ふーん? じゃあ聞くけど? ……あんたたち、ミスター・マニングマンがいつ用を足してるかってことまで知ってるって訳? いつたんまり貯め込んだお金の勘定してるだとか、いつあたしみたいなセクシーな女のこと思い浮かべてにやついてるかってことまで知ってるの?」



 ブリルがからかうような口調でそう告げると、二人はたちまち苦い顔付きをして応じる。



「そんなの知る訳ねえだろ」

「あー。まあ知らねえわな」

「あたしみたいな、ってのが余計にな」

「あー。このアマ、足は良いけど胸がな」



 途端に下卑げびた笑い声をあげはじめた二人に向かって、これ以上ないくらい満面の笑みを顔中に貼り付けたまま、こめかみにうっすら青筋を浮かべたブリルが荒々しく音を立てて一歩踏み出そうとしたところで、横からさっと伸びてきた手に押し留められた。振り向くと――こっちも笑っているではないか。ブリルはますます腹が立ったが、どうにかこうにか自分を殺して笑顔を作る。


「あ、あたしの胸の話は良いじゃない? ほ、本命はこっちのこの子なんだから。ね?」

「た――確かに立派だがよぅ。不愛想すぎねえか? 大体、なんでメイドの恰好してやがる?」

「ほ、ほら! 分かるでしょ? ミスター・マニングマンたってのご希望なの」

「べっつに、メイドなんざ普段から好き放題ヤれるんじゃねえのか? ご主人様なんだからよ」

「そんなの、あたしは知らないわよ。ここのメイドが年増ばかりなんでしょ?」

「あー。確かに婆さんばっかだわ。じゃあ、お前はなんで魔道写機なんてぶら下げてやがる?」

「ヤってる最中をばっちり撮ってくれ、って言われたの。そういう趣味って奴よ」



 矢継ぎ早に繰り出される質問にまるで予め台本でも用意されていたかのように淀みなくすらすらとブリルが応じてやると、ようやっと二人の男は納得したように頷いた。そして言う。



「分かった分かった。通してやる」

「あー。仕方ねえよな、兄ちゃん」

「ほ、ほんと!」

「ただし、だ――」



 続いて繰り出された科白は、安堵の息を吐きかけたブリルの動きを止めるのに充分だった。



「俺らにとっちゃ、予定外は予定外。それに……毒味役が必要だとは思わねえか? ん?」



 脂ぎっただらしない笑みを浮かべるのは男二人。

 それから、かちゃかちゃ、とベルトを揺らしてバックルを鳴らす。


 思わず顔を見合わせるのは女二人。

 それから肩をすくめて、はぁ、と溜息を一つ。


 そうしてから、今まで一言も発しなかったメイビィ――メイベルは手招きして二人に告げた。



「どうしてもそのようにと仰るのであれば致し方ありません。では、私のとっておきの『技』という奴をこの場でご披露すると致しましょう。さあ、お二人とも、どうぞこちらへ……」



 それから殊更ことさら丁寧に腰を折って会釈をする。すると、ますます豊かに実る二つの胸の隆起が否が応にも強調されて、たちまち二人は吸い寄せられるようにその一点に釘付けになった。



「へへへ……」

「ち――ちょっと! メイベ……じゃない! メイビィ!?」



 慌てたのはブリルである。

 隣のメイドにそっと顔を寄せて潜め声で囁いた。



「だ、大丈夫なの? ねぇ!?」

「……問題ありません。慣れておりますので。ええ」



 ますます心配になったが、そう言われてしまったら引き下がるしかない。

 二人と一人が門の奥の方へと消えていくのを黙って見送るしかなかった。


 そのわずか数セコほど経った頃だったろうか。






 ――ごぎん!!!!!






 あたりの空気が震えるほどの鈍い音が響き渡り、すぐさま静まり返った気配の中、ゆったりとした足取りでメイド姿のメイベルがしずしずと戻ってきた。衣服にはわずかな乱れもない。



「お待たせしました、漏らショタ嬢。それでは早速お邪魔させていただくとしましょう」

「………………な、何をしたの?」

「実に簡単な話です」



 そう言ってメイベルは、立てた一本の指先で丸眼鏡の位置を直し、ほんの少しだけ口角を笑みの形に引き上げた。



「……お二方には、私のとっておきの『技』で仲良く昇天していただきました。たまらずあっという間に噴き出してしまわれましたよ。今は気持ち良さそうにお休みになっておられます」



 そう告げて身をひるがえし、再び屋敷の方へと進んで行くメイベルの背を追って恐る恐る歩を進めるブリルが見たものは――。






 へし折れた鼻っ柱から派手に血を噴き出したまま揃って伸びている二人の男の哀れな姿であった。



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七連装《セブン・バレット》の魔剣銃 虚仮橋陣屋(こけばしじんや) @deadoc

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