第十話 当たらないと言った筈だが?

 トゥエルブ=マニングマンが自らの剣銃に触れたのはこれがはじめてだ。


 今までは、その必要すらない、とでも言いたげに《結命晶エージス》から得た力によって回避することに専念していた。しかし、相手――レイナードが同じく《結命晶》を得た者であることを知り、はじめてホルスターに収めた剣銃に手を伸ばして攻撃する意志をあらわにしたのである。


「貴方も剣銃を扱えるとは驚きですね」

「ああ。だが、上手くはない、決して。しかしながら……それでも何一つ問題はないのだよ」


 事前に集めた情報の限りでは、トゥエルブ=マニングマンが過去剣銃遣いだったことはない筈だ。実際、目の前でホルスターから緩慢な仕草で剣銃を取り出そうとしているトゥエルブ=マニングマンの動作には、おおよそ熟練の技というものが欠けていた。




 だが、不思議な形をした剣銃である。

 果たしてこれを剣銃と呼べるのだろうか。




 極めてオーソドックスな鈍色の回転式剣銃リボルバー。その銃身は短い。


 しかし問題なのは、剣に相当する部分だった。あまりに細く、長い。刀身は黒い何かに覆われ、切っ先にあたる部分には靴べらのような平たい板状の物が取り付けてある。レイピアであるにしろフルーレであるにしろ、手の甲を護るための金属板を湾曲させた鍔もなく、柄には飾りも見られずあまりにもシンプルである。


 レイナードの分析はこうだ。


(撃つにしろ、突くにしろ、近距離が領分のようですね――)


 短銃身である欠点は集弾率が低いことである。そして、おのずと有効射程も短い。刀身が長いとはいっても届くのは蹴り足の届く範囲、2・5クルスがせいぜいといったところだろう。


 ――ならば、近寄らせさえしなければ




 凜!




 先手を打たんとレイナードは、瞬く間に無数の小魔法陣を鮮やかに宙に描き出すと、澄んだ鈴の音を響かせて魔弾を射出した。めらり、と周囲の空気をむように赤々とした一撃がトゥエルブ=マニングマンに襲いかからんとする。


(水の元素魔法が効かないのなら、火の元素はどうです!?)




 ――ゆらり。




「くっ……ふははははっ! 当たりはせんとも!」


 やはり駄目だ!


 しかし、この一撃は無駄ではなかった、とレイナードはわずかな手掛かりを握り締めた。


 確かに少年はその眼で捉えていた。魔剣銃より放たれた実体なき豪炎の弾丸が放つ眩いばかりの輝きが、約束されたその瞬間その刻に、トゥエルブ=マニングマンがどんなトリックを使ったのかを映し、浮かび上がらせ、ときを切り取ったのである。




(彼の姿が……ブレています! やはり何らかの方法を使って移動して回避している!?)


 そして、もう一つ。


(右手の紋様が光った……ということはつまり……っ!)




 トゥエルブ=マニングマンの右手にはめられた白い手袋の下に隠された時計の紋様が、その瞬間、確かに一際鮮やかに光輝いたのを見たのだ。レイナードは確信する。これは時間魔法を使ったトリックなのだと。


 だが、それがどういう現象を引き起こすものなのかまでは分からない。


(もう一度……もう一度観察すれば、見極められるかもしれない……!)


 レイナードは再び魔剣銃を構え――。




 凜!




 しかし、その思考がレイナードの甘さ、《決刀》における不慣れさを露呈する結果となる。


「……もう何度も、当たらない、と言った筈だが?」




 びしぃっ!!




「あ……! あ……?」


 次の瞬間、レイナードの全身に激しい痛みと痺れが駆け抜けた。遅れて、ほんの一瞬で目と鼻の先へと接近したトゥエルブ=マニングマンの手にする剣銃でしたたか打ち据えられたのだと気づく。いや、それを剣銃だと思い込んでいたのがそもそもの誤りだったのだろう。剣というよりは使い込まれた鞭だ。あまりの衝撃に、数セコの記憶が消し飛んでいるとさえ感じる。


「くっ……!」

「この距離ならば外すまい、そう君は思ったのだろうな?」


 相手の得手とする距離に踏み込んだ――いや、無理矢理引きずり込まれた焦りと恐怖からレイナードは無我夢中で手にした魔剣銃を大きく横薙ぎに払ったのだが、




 びしぃっ!!




 それはかすりもせず、またもや痛烈な一撃を浴びてしまい、今度は左半身が束の間麻痺するほどのダメージを負ってしまった。視界の端にわずかに見えた彼の右手にかすめでもすれば、という思いはちりほども叶わない。どころか、どう避けられたのかも分からなかった有様だ。


「君は呑み込みの悪い生徒だな。予め当たらないと言っておいたろう。ん?」


 見れば、トゥエルブ=マニングマンはすでに手の届かない距離まで移動している。嘲るように片方の口端を引き上げ、右手に握る剣銃の刀身にあたる部分を、空いた左手に一定のリズムで打ち付けていた。


(彼にとっても好機だった筈……何故距離を置いたのでしょう?)


 レイナードは不思議だった。

 が、それは直接彼の口から語られることになる。


「さて――」


 トゥエルブ=マニングマンは、膝をつき、いまだ引かない痛みに呻き立ち上がることのできないレイナードを冷ややかに見下ろしながらこう告げるのだった。


「こうして教鞭を取るのも久しぶりだな……。君のような出来の悪い生徒を徹底的に教育するのも私の務めでね。ではじっくりと、今まで無駄に費やされた時間を取り戻すとしよう!」



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