第九話 我が名はトゥエルブ

 信じられないものを見る目つきでマニングマンはよろよろと後退あとずさる。そしてつぶいた。


「馬鹿な……! たった一粒でもあれを口にすれば、誰しも正気を失うのだぞ? しかもだ! それだけの数……一体、どれだけの者を犠牲にしたのだ!」

「……答えるつもりはありません。少なくとも貴方たちとは一緒にして欲しくはないですね。人殺しもいとわない貴方たちとは」


 十三個の魔法陣の浮かび上がった背中に結わえた魔剣銃をすっと抜き払い、レイナードはそれをマニングマンに向ける。


「僕の目的は、さっきも申しあげたとおりです。その力――《結命晶エージス》は返してもらいます。残りの者も必ず見つけ出して、残らず全て、ね」

「お、お前にはこの力が何か分かっていない!」

「時間を操る――《時間魔法》を会得できる、それを知らないとでも思ったんですか? 生み出したのはかつての僕ですよ?」

「ふ……ふははははははははははははははっ!!」


 だが、予想に反してマニングマンはレイナードの科白を笑い飛ばした。


「やはりだ……! あの方の仰ったとおりだった! 貴様はこの《結命晶》がもたらす力の真の意味を理解していない!」

「……どういう意味です?」

「答えるつもりはない――そうだったな?」




 あの方――それは一体、何者でしょう?

 レイナードの心に迷いが生じたが、それは一瞬だ。




「それは後でゆっくりとお伺いします。覚悟はいいですね、大罪人、ロイ・マニングマン?」

「ほう」


 マニングマンは片眼鏡をめていない方の目をすっと細め、口元をくっと引き上げて油断なく構えた。


「では……こちらも改めて名乗るとしよう。私のことは《XIIトゥエルブ》と呼んでいただきたい。そして、一部始終を見ていた貴様であれば、もう分かっている筈だ。……貴様の攻撃は当たらない。その出来損ないの剣銃がどんな威力を持とうが、な?」

「やってみなければ分かりません」

「では、やってみたまえ。時間が惜しい」


 ロイ=トゥエルブ=マニングマンはちらりと左手の中の懐中時計に目を向けた。

 次の瞬間――。






 凜!


 瞬時に虚空に浮かび上がった無数のミニチュアサイズの魔法陣と軽やかな鈴の音に似た響きをともなって、魔剣銃の先から実体のない魔弾が射出される。揺らめく青白い炎をまとったそれが、狙い誤たずトゥエルブ=マニングマンの眉間に突き刺さる。






 いや――しかし、そうはならなかった。






「……分かったかね?」


 キャンディアの時と同じだ。


 確かに当たると思われた一撃が、そこにあるはずの標的を置き去りにしてはるか彼方へと飛び去って行った。一方のトゥエルブ=マニングマンからは凶撃をかわそうという素振りさえ感じられなかった。彼の痩せた身体全体を大まかに視界に収め、わずかな重心移動にまで注意を払っていたにも関わらずだ。だがしかし、それはレイナードが予期していたことでもあった。


「やはり当たりませんか……」

「ほう。驚きはしないのだね?」


 トゥエルブ=マニングマンはあざけりを込めて片眉を吊り上げてみせた。


「少なくとも君が、他人の言葉には耳を貸すべし、その基本的なルールを理解していると知れて喜ばしい限りだ。だが、自分の手で試さなければ気が済まない、その性分は愚かと言える」

「またルール、ですか……」

「ルールとは常に必要な物だよ。愚かしくも哀れな俗物共を正しき道へと導くためには、な」


 ゆるゆると首を振るレイナードをよそに、トゥエルブ=マニングマンはなおも続ける。


「人間とは実に愚かな生き物だ。故に、許されざる罪と知りながらも悪しき行いを繰り返し、避けられぬ罰と知りながらも恥も外聞も捨て逃れようとする。……だからなのだ。だからこそはじめにルールがなければならぬし、そのルールが正しく理解できるよう幾度も手を差し伸べなければならないのだよ。それこそが指導者の務め。それこそが選ばれし者の務めなのだよ」


 異常なまでの『執着』。

 だがそれは、同じ力を持つ者、レイナードであればこそ辛うじて理解することができる。


 とはいえとても容認できるものではない。できるはずもなかった。

 先程より明確に、きっぱりと首を振ってみせる。


「あなたの考えは……傲慢です」

「かもしれん」


 その言葉は、嘘だ。

 片眼鏡の奥であらんばかりに見開かれ、愉悦を浮かべている瞳がそう告げていた。


「だが、ここはアメルカニアだ! 決して皇国法にも縛られることのない無限の可能性を秘めた夢と希望の新大陸、それがここ、アメルカニアなのだよ! そこでだ、我先にとこの地に押し寄せてきた敬虔で聡明なる俗物共は、一体何をしたと思うね? ん? 答えてみたまえ!」


 今は決刀の最中だ。楽しいティータイムの時間などではない。答えは返るはずもなかった。


「何もないのだ! しなかったのだよ、何一つ!」


 だが、当のトゥエルブ=マニングマンも承知の上だったようだ。じき歌うように続ける。


「……驚いたかね? 連中は、己の本能と欲望に忠実なまでに従い、慣例・習俗を無視し法を破り、ときに都合良く信心を忘れ、汝の隣人と分かち合うことよりも愚鈍で蒙昧な彼らから無慈悲に奪い取ることを選んだのだ。見たまえ、その顛末を! ここにあるのは無法のみだ!」

「全ての者がそうだとは思えません、僕には」


 レイナードは対照的に、努めて冷静に言い放った。そして続ける。


「事実、貴方が支配するこの町、オールドバニーの住人たちは法に従っているのではありませんか? たとえその根幹に恐れや怯えがあるのだとしても。たとえ貴方によって課せられた法に誤りがあろうとも。違いますか?」

「それは皮肉のつもりかね、ヤングボーイ?」


 トゥエルブ=マニングマンは、ん? とお道化た仕草で応じる。


「支配ではないよ、これは。稚拙で浅慮な彼らを再び正しき道へと導くための標、それが法なのだから。そして、彼らが恐れ怯えるのは、自らの罪深さを知っているからこそだ。だが、定められた法は必ずしも完璧ではない。あの神ですら、ときに過ちを犯すものではないかね?」


 レイナードは静かに耳を傾け、やがて静かに首を振ってみせた。


「……どうやら、何処まで行ってもこの会話は平行線のようですね」

「簡単なことだよ、ヤングボーイ。実に簡単なことだ。ここで屈するか――否、抗うか、だ」


 そしてトゥエルブ=マニングマンははじめて上着のボタンを外し、ホルスターにそろりと手を這わせて叫んだ。


「やってみたまえ、君の道を貫きたまえ! それこそが『アメルカニアスピリッツ』というものなのだからな!」



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