第八話 刻まれる刻と刻

 その時、


「やっと………………見つけましたよ」


 声が聞こえた。






「だ――誰だ!?」


 マニングマンの表情が一転する。

 彼の目の前に、生垣の奥の方からゆっくりと声の主は姿を現わした。


「貴様……」

「そうです、僕です――」


 少年は足元に横たわる少女の惨状に目を向け苦しそうに表情を歪めると、そこから無理矢理視線を引き剥がして静かに告げた。


「僕の名は、レイナード・ニーディベルン……あなたたちが殺した筈の魔法使いです」

「な――何を!?」


 その科白の意味を瞬時に悟ったマニングマンは、己の右手をかばうように身体の後ろに隠しながら、よたよたと後退あとずさった。






「そして、一年前……ロザーリオという剣銃遣いを殺したのはあなたですね?」


 ずい。

 レイナードはさらに一歩踏み出す。






「わ――!」


 激しく何度も首を振り、マニングマンの髪がざんばらと乱れた。


「私ではない! 私ではないとも! そんな名は知らん! お前のことも……その男のことも……!」


 半狂乱に陥りながら、マニングマンは何かを乞うように身体の前で何度も手を振り、言い繋いだ。


「私は……私はあの時、あの場にいなかった……いなかったのだ! 一体、お前は何の話をしているのだ! ひ、人違いではないのかね!?」


 呆れるほど支離滅裂な論法だが当のマニングマンはそのことにすら意識が廻っていない様子で、レイナードは思わず微笑みを浮かべてしまったほどだ。


「あの時――その一言は決定的でしたね。そう口走りながらも、何の話だ、とは……?」

「――!?」


 愕然とする。


 しかし、それで逆に幾許いくばくかの冷静さを取り戻したようだった。乱れた髪型を震える手で撫でつけながら低く押し殺した声で告げる。


「それでもだ、ヤングボーイ。彼を殺したのは私ではないのだよ。無論、お前のこともな、魔法使い。全ては……必要なことだったのだ。私は後悔していない。あれは正しき行いだった。そうとも……」

「それはあなたたちの論理です。僕のではない」

「……っ!」


 答えに窮したマニングマンを横目に、レイナードは跪いて横たわるキャンディアの首筋に二本の指で触れた――まだ、生きている。身体中痣だらけで酷い有様だったが、少なくとも死んではいなかった。




 だが、こうなる前に止めることもできた。


 しかし、レイナードはそうしなかった。

 敢えて。




 マニングマンが《辿り着いた者ゴールド》であるという確たる証拠を掴むため、そうなると知りながら故意に少女の命を危険にさらしたのだ。


 確かに一度は生垣の裏から飛び出そうとした。


 それをすんでのところで踏み止まったその訳は、キャンディアがマニングマンの右手の白い手袋に噛みついたのを目にしたからだ。




 彼はきっと手袋を外す筈――そう踏んだからだ。




(僕は……)


 レイナードは、後悔の念にさいなまれる自分の隣に、冷徹に目の前で一秒一秒過ぎ行く残酷な現実をその瞳にただ映しているだけの無感情な自分もまた存在しているのを感じていた。


(僕は変わってしまったのかもしれません……)




 かちり。

 かちり。




(――この姿のように)




 かちかちかちかちかちかちかちかちかち――!!




 時を刻む音と共に、見る間にレイナードの全身が赤い輝きに包まれ、マニングマンの表情が驚きのあまり凍りついた。


「こ、小僧……貴様、それは……っ!!」

「さあ、返してもらいますよ、その力っ!!」



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