第10話 エピローグ

 それから数か月……


「ふわぁぁあ。おはよ~」

「おはよ、陽平。はい、朝ごはん!」

「今日も美味そうだ」

「ほら、座って食べてなさい。お父さん起こしてくるから」


 千恵子はそう言って奥の部屋の戸を叩く。


「朝ですよ~。美味しいごはんですよ~」

「わーったわーった。今行くよ」


 光平は気だるそうに起きてくる。


「ちゃんと仕事頑張ってね!」

「任せとけって」


 千恵子は無事目を覚まし、光平は大工になった。陽平は変わらず学生をしながら、自分たちの命を取り戻す方法を調べている。


「んじゃ、行ってきます!」


 陽平は食器をシンクに置き、慌ただしく靴を履いて外に出る。陽平が外に出ると同時に、隣人の千亜希さんとばったり会う。


「あ、どうも!」

「おはよう。これから学校?」

「はい、千亜希さんは?」

「私も学校。そのあと実家に顔を出すの。母がまだ本調子じゃなくてね」

「そうなんですか……。早く元気になると良いですね!」

「あら、ごめんなさい。そう言うことじゃなくてね。元気は有り余ってるの。ただ、こっちに帰ってきてから私たちにお詫びしようと毎日動きっぱなしなのよ。それが心配でね」


 千亜希さんは嬉しそうに話す。どうやら千里さんの容態は良好のようだ。


「千夏は?」

「うん、あの子も今は実家から中学校に通っているわ。仲良く二人暮らししてるみたい」

「なら良かった。っと、それじゃ俺、急ぎますね!」

「えぇ、今度は家族でゆっくり私の実家に遊びに来てね?」

「はい!」


 目を覚ました千恵子の話によると、千里とは姉妹であり、つまり陽平と穂村姉妹は従妹であったことが判明していた。

 陽平は千亜希の横をすり抜けて、アパートの階段を下っていく。

 急いで商店街まで行き、商店街前を左に曲がろうとするが、商店街に見慣れた人影が。


「お、アレは?」


 あちらも気づいたようで、こちらに近づいてくる。


「ふぅ、おはよ。千恵子、元気になってよかったわ」


 兎鞠は相変わらずタバコを吸っている。


「はい、まさか兎鞠さんが母さんの体を匿っているとは知りませんでした」

「男に渡したら悪戯するでしょ?」

「え、兎鞠さんも十分怖いっすけど?」

「ぐふ、ぐふふ。何もしてないわよ」

「いやいや、その笑い方は疑いますよ?」

「ふぅ、本当に何もしてないわ。少し抱きついたくらいよ?」

「少しの幅が図れないですけどね……」

「もういい。早く学校に行きな。あたしもこれから狭戸家にお邪魔しなきゃいけないんだから」

「分かりました。それでは」


 兎鞠は手を軽く上げ、ひらひらと揺らして商店街をぶらぶら歩いていく。


「なんか手掛かりがあると良いけどな~」


 兎鞠は幸蔵が使っていた機械の数々を調べ、そこから魔者増幅の手掛かりや、現世の陽平たちに鼓動を戻す術を探していた。陽平はその成功を願いながら学校に向かって走り出す。


「おはよう。おはよう。ほら急げ、早くしないと遅刻になるぞ? ハッハッハ」


 正門では生活指導教員が、挨拶運動を行っている。


「おざます!」


 陽平も挨拶をしながら正門を通り抜けていく。下駄箱に着くと靴を脱ぎ、急いで上履きに履き替えて階段を上る。

 ガラガラ。教室の戸を開けると、いつも通り廊下から二番目の列の、一番後ろの席に着く。廊下側の席に勇仁の姿はない。それは勇仁が里帰りをしていたからである。両親が引っ越し前の自宅付近で見つかり、今はその看病の為に実家に帰っているのだ。勇仁の両親も無事意識を取り戻し、順調に回復しているそうであった。

 キーンコーンカーンコーン。

 チャイムが鳴り、担任が教室に入ってくる。


「起立、気を付け、礼!」


 日直が挨拶をし、陽平もそれに合わせて挨拶をする。

 一通り朝のホームルームが終わり、陽平は髪を直すためにトイレに向かおうとする。そして廊下に出ると、そこには雪月がいた。


「おはようございます」

「おぉ、おはよ」

「みんな無事目を覚ましたようですね」

「あぁ、誰一人欠けなくてよかったぜ……。でも、幸蔵さんは……」

「良いんですよ。あんな記憶、無くなってしまった方が。それのせいで研究は進展なしですけど……。不謹慎ですが、私は少し嬉しいです。優しかった父上に戻った気がして……」

「……そっか。雪月が幸せなら、俺もそれが正解だと思う」

「ふふ、ありがとう。それじゃあまた今夜」

「あぁ、しっかり勉強しろよ?」

「それはこちらのセリフです。居眠りは禁止ですよ?」

「ハハハ! 寝てんのバレてたか!」

「ふふ、陽平君ならやりかねないですからね」

「そ、それじゃ、戻るか……」

「え、えぇ、そうですわね」


 いつの間にか二人は大勢に囲まれていた。不釣り合いな二人を凝視する目は、「なぜ陽平を選んだ?」「陽平が脅しているな」など、様々な考察が飛び交っていた。

 二人はその目から逃れるように、そそくさと教室に戻っていく。


 …………。

 学校も終わり、生徒たちは各々部活に行ったり、委員会に行ったり、バラバラに行動を開始する。その中で、陽平と雪月は早々に帰宅して夜のパトロールに備えて寝始める。

 深夜に起きると大抵千恵子も起きており、


「今日も行くのね?」

「あぁ、この町のため。俺らのためだ」

「お父さんに似て責任感が強いのね?」

「そうなのかな? 今は大いびき立てて寝てるけど」

「クスっ。アレでも昔はそうだったのよ」

「母さんが言うならそうなんだな」

「そう。母は偉大ですからね。それじゃ、気を付けてね」

「おう、ちょっくら行ってくる」


 陽平は動きやすい服に運動靴といつもの格好で学校に向かう。

 着くと正門にはすでに雪月の姿があった。


「お待たせ」

「いえ、私も今来たところです」

「今日もささっと行きますか」

「えぇ、ささっとね」


 二人は慣れた動きで正門を越え、校内に侵入し、保健室の扉を開ける。


「よし、行くか!」

「はい!」


 ブウゥゥゥゥン。

 二人は鏡に飲み込まれ、思念世界へと旅立った。

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魔鏡戦線 玉樹詩之 @tamaki_shino

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