世界の天才を超えられるメモリーカード

ちびまるフォイ

使い過ぎにご注意ください!

「――であるからして、人間の発熱は42度を超えると命の危険があり……。

 おや、もう攻撃終了の時間だな。ここまでの内容をレポート提出するように」


講義が終わってやっと解放されたと思ったが、レポートという地獄が待っていた。


「レポートって……授業なんて全然覚えてないよ……」


授業中と書いて「すいみんじかん」と読む俺にはノートもなければ、

貸してくれる友達もいないし、彼女もいない。


そもそも、この脳科学なんていう授業を履修したのも

学内イチの美人がこの科目をとっているからついてきたストーカー根性によるものだ。


検索エンジンで「あんきパン 味付き」を検索していると、別のものがヒットした。


「人間メモリーカード……?」


Mamazonで注文すると仕送り段ボールの中にメモリーカードが入っていた。

メモリーカードを持って、鏡の前に立つと、額に空いているカードスロットに差し込んだ。


「なにも変わらないな」


試しに、手元にあった本を軽く読んでみる。

本を読み終わってからも、最初の一行目の文章を覚えていた。


「すごい! 本当に記憶容量が増えてる!!」


昨日の晩御飯すら忘れる俺には快挙だった。

これで今後の授業はしっかり覚えることができる。


翌日、脳科学の授業に参加していると、美人が声をかけてきた。


「ごめん、講義のノート取ってる?」


あやうく失神しかけたが、ノートを取ってないことを伝えると、美人は去った。

今思えば、実は彼女なりのアピールだったのではと考えてしまう。


「せっかくのチャンスを台無しに! なんでもっと授業をまじめに参加しなかったんだ!」


あのとき、ノートを渡していれば、ノートきっかけで交換日記がはじまるかも。

あこがれていたキャンパスライフが送れたかもしれない。


悔しくてたまらなかったので、授業の記憶はそっちのけで、美人の情報を頭に詰め込んだ。


どんな音楽が好きなのか。どんな服が好みなのか。趣味はなんなのか。

などなど。


そして、彼女の気を引くために関連する情報を頭に詰め込んでいった。

さながら歩く情報誌。


彼女の興味を引く情報を提示できれば「できる男」として、

生物界の頂点に立つことも夢じゃない。


――のはずだった。


「……あれ? なんか最近は覚えが悪いなぁ」


旅行雑誌をまとめ買いして、おすすめスポットを頭に叩き込んでいると

以前はすらすら覚えられた部分も、どんどん忘れて抜け落ちていた。


額にかかる前髪を上げてみると、おでこに【容量いっぱいです】の絵文字が表示されていた。


「もう! こんなときに!!」


容量が足りなくなってまた買い足すことになるとは思わなかった。

めんどくさいので今度はお店で最大容量のメモリーカードを買って、その場で差し込んだ。


「おおおおお! 一気に覚えられる領域が増えた気がする!」


記憶容量が広がったので、今度はすれ違った人の顔まで覚えられるようになった。

そんな広大な記憶容量のすべてを、彼女の気を引くための情報領域にあてがった。


これみよがしに勉強を続けること数日。ついに実を結んだ。


「○○くんって旅行好きなの?」


学校内であえて旅行誌を広げていた俺に美人が声をかけた。


「うん。実は旅行好きなんだ」

「私も旅行好きなの」


ええ、そうでしょうとも。リサーチ済みです。


「どこかおすすめの場所ってある?」


美人が尋ねると、俺の頭の中で大量の記憶データが噴出した。


おすすめの場所。おすすめってなんだ。

何をもって紹介すればいいのか。彼女の好みは?

どんな目的で行くかによって異なる? 自分の好みを伝えるべき?


「ご、ごめん。やっぱりなんでもない」


俺の頭から煙が出て、瞳に「Now loading..」が映し出されたころ

美人はさすがに気まずそうにして去っていった。


その夜、俺は関東圏に洪水警報を出させるほど涙を流した。


「ちくしょう! どれだけ情報があっても、記憶があっても、使えなきゃ意味ないよ!!」


多くの情報を知っているがゆえに、持て余してしまっていた。

もっとスマートに記憶管理ができれば話も違っただろう。


そんな自分の悩みをインターネットに吐き出していると、とあるURLを紹介された。

クリックしてみると、商品紹介ページへと飛んだ。


「Mendows1.0 ……こ、これだ!!」


今の今まで「人間OS」というものを知らなかった。

注文して届いたQRコードを食べると、頭の中にMendowsOSとイルカが映し出される。


今まで取っ散らかっていた記憶や経験がOSにより整理整頓され、

いつでも必要な時に瞬時にアクセスできるようになった。


そのうえ、並行処理も可能になり、小説書きながら晩御飯の献立だって考えられる。

人間を負かした将棋コンピューターにだって勝てそうだ。


「これなら、いつどんな質問を振られてもスマートに答えられるぞ。

 もっと早くMendowsをいれておけばよかった」


『それな』


脳内のイルカが答えた。


Mendows対応の頭になったことで、様々なメシプリも入れられるようになった。


「はい、電卓メシ一丁!」

「地図メシこちらです」

「カメラメシでお待ちのお客様~~」


テーブルに広げられたメシプリを平らげることで、頭にインストールされる。

脳内で電卓機能や、マップや、カメラ機能まで追加される。


「まだまだぁ! どんどんもってこい!!」


もう二度と美人からのチャンスを無駄にするわけにいかない。

わずかなチャンスで最大限のアピールをするためには、いくらメシプリがあっても足りない。


フードファイトを制した俺の頭にはすでに把握できないほどのメシプリ機能が追加された。


それらを常に常駐起動させておいて、いつでもどんな対応もできる。


「ふふふ、さぁ、どんと来い!!」


フルアーマー・俺の状態で学校にいくと、チャンスはすぐにやってきた。

美人がまた話しかけてくれた。


「あの、聞いたんだけど、君ってグルメなんだよね」

「うん、もちろんだよ」


「この近くでおいしいランチの店って知ってる?」


その言葉を待っていた。

俺の脳内でメシプリが一気に動き出し、記憶が引き出されていく。

ガリガリガリと脳がすさまじい音を立てて回りだした。


そして――。







「お悔やみ申し上げます……。まさか発熱で死んでしまうなんて……」

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