─変えられない過去、変えたくない今、だから─

沢木圭

嘘だ。

思春期症候群。

それは思春期の子供が神隠しにあったり、ドッペルゲンガーができたりと、色々な症状があるようだ。だが言ってしまえば、思春期特有の不安定な精神状態引き起こす幻想のようなものだ。所詮ただの都市伝説である。

何の気にすることもない。AIは人類を滅ぼすとでも言った方が説得力がある。

僕はそう思っていた。そんなものはないと。



僕、渡島孝太おしまこうたはこれからのことを考えていた。

先程、フラれたのだ。

告白したきっかけは、自分でもわからない。今日はいつもどおり生活して、いつもどおり友達と話して、ふと思ったのだ。好きだと。

単純に欲求不満なだけか。唐突に。そしていてもたってもいられず、夜になってから電話をした。

君が好きだと伝えた。

結果は、見事に撃沈。他に好きな人がいるとのことだ。ただ断る口実か、もしくは本当なのかはわからない。そして、彼女が言った言葉こそ、僕を悩ませている。


『これからも、友達だよね?』


僕は、もちろんと答えた。正直どう返すのが正しかったのかわからない。フラれた時点で、当然、元通りの関係に戻れるなんて思っていない。

よく思い返すとアホだなと思う。好きだと気付いた日に告白。そしてフラれて落ち込む暇もなく、どう接すればいいのか分からなくなって、悩む。

「はははっ」

失恋ってこんなに辛いものなんだなと思った。

「あーあ、早く卒業にならんかなぁ」

今は、高校一年生の2学期が始まったばかりである。

なんでこの時期なのか、秋は失恋と勉強で暗くなりそうだなんて思いながら、僕は静かに泣いた。


翌日の朝。

今日は、いつもより早く起きた。正直寝られなかったのだ。

とりあえず、学校の支度をする。

いつもは大慌てで支度をするのだが、今日は余裕がある。

「…はぁ」

ため息が出てしまう。

外でもゆっくり歩いたら気が晴れるだろうと思い支度を終えた時。


『ピーンポーン』


誰かが来た。

「こんな朝っぱらから何だよ」

昨日フラれたせいかどうでもいいことに腹が立つ。

眉間にシワをよせながら玄関のドアを開けると、そこにいたのは。


「おはよ、コータっ」


「はっ?」

僕は呆気にとらわれた。

そこには、セミロングで茶髪の可愛い女の子、昨日僕のことをフッた張本人。幼稚園からずっと幼なじみの桃原玲奈とうばるれいなが立っていた。

「ん?どうしたの?」

どういう…ことなんだ?

普通驚くだろう。昨日フラれた相手が朝に自分の家にくるなんて。僕の頭の中はぐちゃぐちゃだ。

「ねぇコータ、何してるの?」

その声にハッとした僕は、一旦冷静になろうと思うが何の効果もない。

とりあえず「上がって」と言って居間に向かう。

玲奈が座って落ち着く。

「なんで……ここ」

「うーん、やっぱりコータの家は落ち着くねぇ」

なんでここに来たんだ?そう聞こうとしたが遮られ、昨日のことには触れることもなく、玲奈がとりとめのない話を始めた。

まだ、気持ちの整理がついていない僕はぎこちなく受け応えをする。

「玲奈ちゃん?」

すると、母さんが声をかけてきた。

「あ、おばさん!おはようございます」

「おはよう。どうしたの?こんな朝はやくに?」

少々ニュアンスが違うが母さんは僕の聞きたかったことを聞く。

「あ、そうですね。おばさんには報告しないとですよね。」

と、玲奈がうつ向き恥ずかしそうに言った。

ん、どういうことだ?報告?何を?僕をフッたこと?

「えっと…」

玲奈は顔を上げニッコリとした笑顔を見せた。


「コータとお付き合いすることになりました!」


「え?」

今、僕の頭には思春期症候群という文字がぼんやりとならんでいた。



「どうやら彼女ができたらしい」

僕は教室で友達とダベっていた。

「玲奈?」

「うん」

「そうか、以外だな」

友達が少し驚いたような顔を見せた。

「なんで?」

「いや、なんとなくだけど」

そんなに似合わないかね僕ら。

「まぁ、いんじゃね」

「うん」

フラれたよな僕。 本当にどうなっているんだろう。

僕としては嬉しいけれど、そうじゃないとも思えるのだ。いつか、必ず僕がフラれたときのことを玲奈に聞こうと心に決めた。

それから、僕は玲奈といる機会が増えた。登下校、昼休み、休日。常に一緒にいた。当然、学校内でも交際が認知され始めている。

僕は玲奈といることが凄く好きで、一緒にいるのが嬉しくて、でも常にどこかでもやもやを感じていた。



何だかんだ付き合って1月がたった。

今日は日曜で、1ヶ月の記念にデートをすることになっていた。プランは玲奈に一任しているので、僕には知らされていない。

しかし、1ヶ月間振り替えってみると恋人らしいことなどなにもないのである。これでは、一緒にいる機会が増えただけだ。

それに、未だに僕がフラれたときのことを玲奈に聞けずにいる。


デートの待ち合わせの時間になり、玲奈がくる。

「さ、どこいく?」

「今日は本屋巡り!」

ということで今日は本屋巡りだ。

デートで本屋巡り?というのも、僕と玲奈は大の本好きなのである。


二軒の本屋に寄ったが、互いにいい本が見つからない。

時間がたつのも早いもので、そろそろお昼だ。最寄りのファストフード店で昼食をすることにした。

会計で、

「彼氏さん彼氏さんご馳走さま」

玲奈に屈託のない笑って言われると何とも言えないもので、奢ることになった。

一緒に食べているのに静かなものだ。

お昼のあとはもう三軒ほど周り、僕は三冊、玲奈は二冊買った。本は流石にねだられることはなかった。

そして、デート中にも関わらずやることがなくなった。もうそろそろ夕暮れである。

玲奈は「ははは」と笑っているが、1ヶ月記念がこんなので良いのか?と少し不安に思う。

「海でもいく?」

玲奈が言い出した。

近くには丁度いい砂浜があるので、そこに行くことにする。

海に着くと、潮の匂いが僕らを包み込んだ。

「うーん!いい匂い」

「そう?」

僕は潮の匂いが決して好きではない。

「そうだよ。デートで海で夕方って、とてもロマンチックなのに、潮の匂いで現実を見せられてる気がする」

それがいい匂いなのか疑問に思ったが聞かないでおく。

二人で堤防に座って夕日を黙ったまま眺める。

何分くらいそうしてたのか。不意に、視界が暗くなり唇に柔らかい感触があった。

「……」

何が起こったのか瞬時に理解できなかった。

視界が晴れると、玲奈がしてやったりという顔でこっちを見ていた。

「あ」

そこで察しがつく、キスをされたのだ。

「夕日ばかりで私の方見ないんだもん」

と笑いながら言う。

僕はすっかり照れてしまって、また黙り込む。それを見た玲奈もまた顔を赤くして黙った。


しばらくして落ち着くと、唐突にフラれたときのことを今聞いておかなければいけないと思った。

「玲奈」

玲奈は首を傾げた。さっきまでの僕と様子が違うことに気付いたらしい。

「告白したあの日のこと」

「うん」

「僕はフラれたよね?」

「え?」

玲奈は驚いたように声をあげた。

「そんな訳ないじゃん。そしたら今一緒にいないよ」

「あ、あぁそうだよね。ごめん変なこと言って」

また黙ってしまう。

…この状態は思春期症候群なのではないか?僕がフラれたことがショックでこの状態を引き起こしているのでは?

しかし、あまりに非現実的過ぎて、すぐには信じられない。

日が完全に沈んで少し肌寒くなる。

「さ、行こっか」

玲奈が急に立ち上がった。

「どこに?」

「それはついてきたらわかるよ」

といって玲奈が歩き出したのでついて行く。

歩いているときの玲奈は先ほどまでとは違い、何か決意した様子でずっと硬い表情をしていた。

玲奈が足を止める。

「ついたよ」

緊張した様子で言った。

つれてこられたのはホテルである。

僕は唖然としていた。昨日まで、恋人のこの字も感じなかった関係である。それがいきなりだ。

「戸惑ってる…よね」

「あ、ああ」

小さい声で囁くように聞いてきた。

「でも、私達もう高校生だし、ただ付き合うってそういうことでしょ?」

「ああ」

今度ははっきり聞いてきた。

俯いている玲奈を見ると、少し体が震えている。怖いのか?いや、違う。何でなんだ?

「行こう」

玲奈は俯いたまま僕の手をとる。

まるで、なにかを急いでいるかのように。


あぁ、そうか。


玲奈の違和感にピンときた。

「駄目だ」

僕は呼び止める。

僕の予想どおりなら、こんなことはいけない。

「なんで?」

玲奈が戸惑ってる。

「わかったよ、やっと」

「何が?」

「この茶番は終わりにしよう」

「ど、どういうことっ!」

玲奈は僕の言葉に驚き、声を荒げる。

「私、何かした?」

「…あぁ、したよ」

何を言えばいいんだろう。正直、玲奈の心までは分からない。

「玲奈は嘘をついたよね?」

「何を…」

「僕と付き合ってるという嘘だ」

「っ!」

玲奈がハッとする。

「玲奈は僕のことなんて好きじゃない、何でかは分からないけど、君は僕に嘘をついた」

そう、思春期症候群なんかじゃない、これは玲奈の嘘だ。

「……なんでわかったの?」

なんとも言えないような顔できいてくる。

「ははっ、何年幼馴染やってると思ってんだよ」

少し気を和らげようと気取ってみるが、それが原因で微妙な雰囲気になる。

「ごめんね……私」

少し自分にイラっとした、弱っている玲奈をみて綺麗だと思ってしまうのだ。今はそうじゃないと分かっているのに。

少しの沈黙。すると玲奈の涙が頬をつたった。

「私、私ね。コータが大切なのに大切なのに!…コータのこと好きになれなかったの」

「どういうこと?」

玲奈が鼻をすする。

「私コータに告白されたとき…最初に思ったのが、幼馴染じゃなくなっちゃうんじゃないかって。思い出、全部なくなっちゃうんじゃないかって。小中高と一緒にいたけど離ればなれになるのかなって。正直、コータに恋愛感情なんて抱いたことはないけど、フッたあとになにもなくなるのが怖くて、怖くて、もし付き合っちゃえば、少し違うけど一緒にいられるかなって」

玲奈の瞳からこぼれる涙がどんどん大きくなっていく。

「嘘でも付き合ったら、今までより一緒にいる機会が多くなって、そのうち本当に好きになるじゃないかと思った。だけど、だけどコータはコータでどうしても幼馴染としてしか見られないの」

あぁ、僕はこの時完全にフラれたと思った。

もう、実ることのない感情。この瞬間、この瞬間のために今ここにいるとそう思えた。

「だから、コータとの思い出を残すために、コータとの関係を続けるために……」

玲奈がホテルの方をチラッと見て、座り込む。

「……必要なの」

玲奈の声はもうかすれて、はっきりは聞こえないが、玲奈の気持ちはわかった。


「……ごめんね」


僕にはそれしか言えず、玲奈の嗚咽だけが木霊した。



昨日のことがあり疲弊しきった僕は登校中である。

玲奈とは別れたがお互い、これからもいつものように接しようと約束した。

結局、僕の淡い恋心は無に返った訳だが、良かったのかもしれない。今は諦めがついていない部分もあるが、それも時間の問題だろう。僕の中の火は完全に消えていた。

教室に着くと、友達だべる。他愛もない話しだ。やれ昨日のテレビがどうだの、あの子が可愛いだの。

ふと、友達に別れたことを言っておくべきな気がした。

「なぁ実はさ、俺玲奈と別れたんだ」

すると、友達が驚いた顔をして言った。


「お前らって付き合ってたっけ?」


心臓が一瞬止まったような気がした。

どういうことだ。

でも、友達が知らないはずがないのだ。

友達が冗談を言っているようには見えない。

僕はいてもたってもいられず走り出した。

「お、おい!」

友達が何か言っているが聞こえない。

僕は走る。

「はぁ…はぁ……まさかっ…まさか!」

たどり着いたのは別棟にある図書室だ。

中には玲奈がいた。

いつも、朝のこの時間には図書室にいるのだ。

「はぁ……はぁ」

玲奈はいきなり入ってきた僕に驚いている様子だった。

「こ、コータどうしたの?」

僕は玲奈のもとに近寄っていく。

「なぁ玲奈、昨日のことなんだが」

玲奈にそう声をかけると、何かを思い出すような素振りをする。


「えーと、昨日って何かあったっけ?」


「………」

「どうしたの?いきなり」

「……じゃ、じゃあ、1ヶ月前の夜は?」

玲奈はムッとした。

「え、何なのホント」

「いいから応えてくれ!」


「もー、1ヶ月前?……ごめん何もなかったと思うんだけど」


何もなかった。玲奈は確かにそういった。

誰も覚えていないのか?僕と玲奈のこと。

「は、ははは」

乾いた声しかでない。

玲奈が怪訝な顔をする。

「ごめん…何でもないんだ…」


今、僕の頭には思春期症候群の文字がはっきりと並んでいた。

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─変えられない過去、変えたくない今、だから─ 沢木圭 @sawaki15

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