第1話 借りパク事件
私は学校から帰宅すると、すぐに私室のノートパソコンを開きました。
ピポンと軽快な電子音が鳴ってパソコンが起動します。
私はパソコンが立ち上がるのを待ちながら、胸がときめくのを感じました。
学校にいたときの沈んだ気持ちが嘘のように軽くなっていきます。チャットでネット上の友人と話をしている時間は退屈な生活で唯一楽しいものでした。
チャットソフトを立ち上げて。
「パピコいますか?」キーボードで打ち込みます。
返事はすぐにきました。
「お帰り、コトリ。学校はどうだった?」
コトリというのは私のハンドルネームです。小鳥遊サヨの名字からとってコトリ。もうちょっと捻って考えれば良かったと、今では少し後悔しています。
「いつも通りですよ。パピコは今日何してました?」
「朝から寝てた。昼に一度起きて、ご飯食べて、寝て、今起きたとこ」
「羨ましい限りです。私も引きこもりたい」
「うぇるかむ、とぉう、あんだーぐらうんど!」
「そうしたいのは山々ですがね、親が許してくれません」
「それは残念。ところで、文字打つの面倒だから通話にしない?」
「そうですね」
チャットソフトに付属しているビデオ通話機能を立ち上げて、パソコンのカメラのスイッチを入れると、チャットとは別のウィンドウが開いて、線の細い女の子がパソコンに映し出されました。
女の子は花柄のパジャマを着て、片手に熊のぬいぐるみを持ちながら、眠そうに目を擦っています。
彼女がパピコ。本名は知りません。
彼女のリアルについて私が知っている事は少ないのです。
不登校の引きこもりであること、私と同じ小学五年生であること、とんでもなく美少女であること、そのくらいでしょうか。
私達はネットで知り合って一年経ちますが、実際にネットを介さずに会った事はありません。
でも、相手の人となりさえ知っていれば、それでいいと思うのです。
私は自信を持ってパピコを友達だと断言できました。
「ムジナはまだ学校かな?」
パピコが画面の中で、色素の薄い長髪を手で梳きながら尋ねてきます。
「どうでしょう? 普段なら私よりも早く来てますけど、今日は遅いですね」
私が答えた、その時。
ーー15;40 狢が入室しましたーー
チャットの画面にメッセージが表示されました。
パソコンの画面に新しいビデオ通話のウィンドウが開き、黒縁の眼鏡をかけた少女が映し出されます。
「噂をすれば、お帰り、ムジナ」
パピコが声をかけると、ムジナは。
「た、ただいま」
肩で息をしながら答えました。
ツインテールに纏めた髪の毛先は乱れ、額からは汗が滝のように流れ落ちています。
呼吸も荒く、どうやら学校から走って帰ってきたように見えます。
よほど慌てていたようで、画面に移るムジナは、赤いランドセルを背負ったままでした。
私が指摘してあげると、ムジナは今気付いたようにランドセルを脱ぎ捨て、画面に向き直ります。
「そんなに慌ててどうしました?」
私が問いかけると。
「ち、ちょっと待って。息整えるから」
ムジナは手の甲で汗を拭いながら、大きく深呼吸しました。
「水でも飲んだら?」
パピコが心配そうに言います。
「それには及ばないわ。大丈夫。それより事件よ!」
落ち着きを取り戻したムジナが勢い込んで叫びました。
「「事件?」」
私とパピコが首をかしげると。
「そう! 大事件!」
ムジナはパソコンの画面に食らいつくような前傾姿勢で叫びます。
私とパピコは思わずパソコンの画面からのけぞってしまいましたが、ムジナはそんなことお構い無しに事件の顛末を語り出しました。
「わたしの学校で起こった事件なんだけどね。
今朝わたしが学校に登校すると、クラスの様子が変だったの。
なんかこう、どよんと暗くてお通夜みたいな雰囲気。
普段は騒がしいお調子者の男子も今朝は黙りこくって、教室全体が静かだったわ。
なんだろうって思いながら席につくと、どうもクラスの女の子同士が喧嘩してるみたいなの。
しかも喧嘩してるのが女子の中心人物でね、所謂クラスカーストの最上位みたいな二人だったの。
一人が石巻カンナ、もう一人が西條ミキ。
二人は互いに睨みあいながら言い争っていたわ。
話を横から聞く限りだと、どうやら石巻が西條からマンガを一冊借りて、それを盗んだみたいなの。所謂借りパクってヤツね。
で、西條はマンガを返せって石巻に怒っていて、石巻はマンガなんて借りてないって言ってるの。
それで二人が言い争っていると、担任の先生が来て、喧嘩はひとまずお預けになった。
だけど、問題はまったく解決してないから今日は一日中クラスの雰囲気が悪かったのよ。
女子はクラスカースト最上位の二人、どちらにつくのかを迫られて派閥ができたわ。
クラスの女子は石巻派と西條派に二分された。
ただ、唯一わたしだけは、普段からクラスで空気みたいな扱いだったから、どちらの派閥にも属してなかったんだけどね。あはは・・・・・・。
まぁ、とりあえずそんな感じでクラスの雰囲気が最悪のまま放課後になったんだけど、終わりの会の後、石巻と西條の喧嘩が再度勃発したの。
石巻がとにかく西條を口汚く罵って、最後には西條が泣きだした。
そしたら、西條派の女子達が石巻を責め立てはじめて、今度は石巻が泣いちゃったの。
もう教室内は騒然としちゃって、クラスの男子が仲介に入って、二人を引き離すことにしたわ。 石巻派は教室にそのまま残って、西條派は教室から出ていった。
わたしは終わりの会も終わってたし、帰りたかったんだけど、クラスの誰も帰ってなかったし、騒動が一区切りつくまでは帰っちゃいけない空気があったから、渋々残ってたのよ。
男子達は皆教室の空気が重いのを嫌がって、教室前の廊下に集まってひそひそ話をしてた。
男子達に混じって廊下に居る訳にもいかないから、わたしは石巻派の人達と一緒に教室に残って、本を読んでいたの。わたしは関係ありませんよってオーラを出しながら。
でも、それがいけなかったんでしょうね。
西條が泣き止んで教室に再び戻って来た時に、それは起こったの。
西條が石巻を平手で殴ったのよ。怒りが収まってなかったんでしょうね。
それを受けて石巻も頭に血が上ってやり返した。
口喧嘩から殴りあいの喧嘩に発展しそうになったのを見て慌てて一人の男子が仲裁に入った。
高野っていうんだけど、クラスのリーダー的な男子で、彼が止めに入ったお陰でなんとか収まったわ。
だけど、その時に殴りあいを止めた弾みで西條の机が倒れてしまったの。
それだけだったら直せばいいんだけど、机が倒れた拍子に引き出しに入っていた物が溢れちゃって、その中に何故か借りパクされた筈のマンガが入っていたのよ。
クラス中が「あれ?」ってなって。
石巻はそれを見て、自分が借りてない証拠が出てきたと喜んだ。
「やっぱり西條は被害妄想で私に罪を着せようとしていた性悪だ」って言ってね。
もちろん西條は反論して。
「そんな筈はない。あたしは確かに石巻にマンガを貸したし、それは数週間前に貸したきり返って来ていない。
最後の授業で、机に教科書を入れた時にもマンガは引き出しに入っていなかったし、あたしの勘違いで貸していなかったなんて事もありえない。
そもそも昨日あたしがマンガを返してって催促した時には、あなたも同意してたじゃない! 今日になってから突然手の平をかえすなんて、おかしいわ。
石巻が罪を免れて、あたしを貶めるつもりで借りていたマンガを机に入れたに違いない」って主張したの。
皆どっちの主張を信じていいか分からなかった。
石巻の言う通り、西條が悪意を持ってありもしない罪をでっちあげて、石巻を貶めようとしたのかもしれない。
又は、西條の言う通り、石巻が西條の机にこっそりとマンガを返して、悪女に仕立てあげようとしたのかもしれない。
石巻と西條の主張は対立した。
だけど、もし西條の主張通りに石巻がマンガを机に入れたのなら、西條や西條派の女子が教室にいない安全なタイミングでやる筈でしょ。
今日一日の間でそんなタイミングは一回しかなかった。
放課後、石巻と西條が泣き出して二人を引き離した、あの時よ。
あの時、教室内には石巻派の女子と私しかいなかった。
西條とその派閥は教室から離れて、どっかに行ってたし、クラスの男子連中は教室前の廊下に出払っていた。
もし、石巻が西條の言うように借りパクしようとしていたマンガを西條の机にこっそり返していたのなら、その瞬間を目撃できたのは、西條派の女子達とわたしだけになる。
で、そのように考えた西條は、聞いたの。
「誰か石巻があたしの机にマンガを返したところ見なかった?」って。
もちろん、石巻派の女子達は首を横に振って否定したわ。
仮に見ていたとしても石巻の腰巾着でしかない彼女達が、石巻を裏切るような事を言える訳がないわよね。
つまり彼女達の証言には証拠能力がない。
となると、石巻の犯行を目撃できた人の中で、唯一信用できる証言をすることが出来るのは一人だけ。
わたしなのよ。
突然白羽の矢が立って、私は驚いたわ。
クラス中の誰もがわたしの発言に注目していた。
そんなこと初めてだったから怖かった。
わたしは正直に答えようとしたわ。
「見なかった」って。
そう、わたしは見てないのよ。
石巻やその取り巻きが、マンガを西條の机に返すところを。
つまり、それは石巻の無罪を証明することになるんだけど、それを言おうとして、わたしは思い止まったわ。
石巻の無罪を主張すれば、それは石巻派についたと思われるんじゃないかって考えたの。
もし、西條派の人達にそう思われたら、わたしは今後、それが原因でイジメを受けるかもしれない。
逆に「石巻さんが返すところを見た」って嘘を吐こうかとも考えたけど、それはそれで、今度は石巻派から恨まれる。
わたしは怖くなって、何も言えなくなった。
そして逃げたの。
真相を知りたがるクラスメイト達から逃げて、走って、走って、走って、家に帰ってきたの。
なにも言わずに。
明日学校に行ったら、きっと聞かれるわ。
「なんで昨日逃げたの? 本当は石巻が返したところ見たんでしょ?」って。
あぁ・・・・・・、嫌だ。どうしよう。
わたしはなんて言えば良かったんだろう?
明日、なんて言えばいいんだろう?
明日学校行きたくない。不登校になりたい。
コトリ、パピコ、助けて・・・・・・」
語り終えたムジナは、パソコンの画面の中で涙を流していました。
客観的に聞けば、ムジナの自業自得に聞こえますが、私には彼女の気持ちが分かりました。
私だって学校ではボッチです。
もちろん好きでやっている訳じゃありません。
生来の気が弱くて、対人能力が低いから結果的に孤独になっているだけなのです。
そんなボッチがいきなり衆目の面前で喋ることなど出来ません。ましてや喧嘩の勝敗を左右する証言ともなれば尚更です。
ムジナが逃げたのもやむなしでしょう。
「なるほどね。でも助けるったって、どうやって? あたし達、互いに本名も住所も知らないんだよ?」
パピコが困ったように尋ねると、ムジナは瞳に溜まった涙を手の甲で拭って答えます。
「考えを聞かして欲しいの。わたしが明日学校で見たままの証言をしたら、西條派の人達に恨まれるかもしれない。
だけど、もし西條の机にマンガが返してあった事の真相が分かれば、どちらの派閥にも恨まれない返答が出来るかもしれないから」
「どのような経緯で西條の机にマンガが返って来たのか、私達で解き明かすということですか?」
「うん、お願いできないかな?」
ムジナが真剣な面持ちで画面越しに頭を下げてきます。
「いいよ、やろう!」
即答したのはパピコでした。
「大切なムジナのピンチだしね。それに、ちょっと面白そうだ」
パピコはニヤリとやらしい笑みを浮かべます。
どうやら友人のピンチよりも、趣味を優先させているように見受けられます。
まぁ、それは私も同じで。
「私もムジナの力になります」
口では思いやり溢れる事を言いながら、胸の中ではちょっとしたミステリーに胸をときめかせていました。
友人の相談をネタにして楽しむなんて不誠実かもしれませんが、しかし、この相談を持ちかけてきたムジナ自身も実は心の内で楽しんでいる筈なのです。
自分のピンチにも関わらず、相談を持ちかけてきた当初に放った言葉が「助けて!」ではなく「事件よ!」だったのが何よりの証拠。
困っているのも確かでしょうが、それ以上に私達三人は自身の性癖を優先させる人間なのです。
なぜなら私達は『アマチュア探偵団』なのですから。
私達はさっそく考え出しました。
パピコが手を打ち鳴らして注目を集めます。
「まずは相談内容を整理しよう。
①ムジナの学校で借りパク事件が発生した。
②被疑者は石巻カンナ、被害者は西條ミキ。
③西條は石巻に貸したマンガを返せと主張したが、石巻は借りたこと事態を否定。喧嘩になる。
④放課後、西條の机からマンガが見つかる。
⑤石巻はそれを借りてない証拠と主張。一方で、西條は石巻がこっそり自分の机に返したに違いないと主張した。
⑥もし仮に西條の主張通り、石巻がマンガを返していた場合、それを目撃し、公正な証言をすることが出来たのはムジナだけである。
⑦ムジナは石巻と彼女の派閥に所属する女子がマンガを返した所を目撃していない。
⑧ムジナは一度は逃げてしまったが、穏便に事を済ませたい。その為、マンガがどのような経緯で西條の机の中にあったのか真相を知りたい。
ということで良いかな?」
パピコはチャットの画面に事件の推移を箇条書きしながらムジナに尋ねました。
「うん、わたしは何故西條の机にマンガが入っていたのか分からないのよ。
石巻が返したんじゃないとすれば、西條がそもそも貸してなかったって事になるのかもしれないけど、貸してなかったマンガが唐突に西條の机の中から出てくるなんて変じゃない」
「ムジナは石巻を疑っているんですか?」
私が問いかけるとムジナは首肯しました。
「そりゃそうよ。貸したものを盗まれたなんて言ったところで西條には何の特もないじゃない」
「それこそ石巻が言っていたように、罪を着せて貶めるつもりだったのでは? クラスカーストの上位層は生存競争が激しいと聞きますし」
「どこの情報よ、それ。石巻と西條は普段仲が良かったから、そんな陰謀めいたことしないと思うわよ」
「じゃあ、貸していたというのは西條の妄想、又は勘違いだった。ってのはどうだ?」
パピコが言うと、ムジナは首を横に振って否定しました。
「西條が精神疾患を患ってたとでも言いたいの? 常識的に考えてありえないでしょ」
「いや、そうでもないぞ。あたしはプリンを食べられて姉貴に殴りかかったことがあるんだが、後になって自分で食べていたことを思い出した。人の記憶ってのは、それくらい曖昧だ」
「お姉さんが不憫すぎる。
というか、仮に西條が記憶を捏造したとして、放課後の教室の机の中にマンガが入っているのはおかしいじゃない。
学校にマンガを持ってくる理由なんて無いんだから、前提として貸してなかった場合マンガは西條の家にある筈でしょ」
「たまたま持ってきてたんじゃないか? クラスカーストの上位って事は不良なんだろ? 校則違反の品を持ってきていても不思議じゃない」
「偏見で物を言わないで。西條はわりと真面目よ。
それにマンガを持ってきていた、ということは、今日西條はマンガを手に取った。ということだから、マンガを石巻に貸したと勘違いしたってこともありえない。
痴呆じゃないんだから、その日あったことを忘れたりはしないでしょ」
「じゃあ、やっぱり石巻に恨みでもあったんじゃないか?」
「西條の腹の内は分からないけど、石巻に借りパクされたって嘘を吐くのに、借りパクされた筈のマンガをわざわざ学校に持ってくる理由はないわ。盗まれた筈なのに、なんで西條の手元にあるの? ってなるじゃない。っていうかなってるじゃない」
「実は、西條は持ってきていたマンガを石巻の机とか鞄にこっそり入れて、石巻が盗んだという証拠をでっちあげようとした。っていうのはどうでしょう?」
私が思い付きで問いかけてみると、ムジナはまたしても首を横に振りました。
「それもないわ。仮にコトリの言うように証拠をでっちあげようとしたとする。
成功したとすると、マンガは石巻の机か鞄の中にある筈。実際にマンガがあったのは西條の机の中だからこれはないわ。
失敗したケースだと二通り考えられる。一つは西條が仕掛けるタイミングを掴めずに、石巻の持ち物に仕掛ける前に自分の机の中にある所を発見されてしまったケース。
これは西條が数週間前に貸したマンガの返却を石巻に対して迫っている訳だから理屈に合わない。数週間前に貸して、いまだ返して貰っていないマンガが石巻の持ち物から見つかった場合、なぜ石巻は数週間前に借りていたマンガをいまだに鞄や机に入れているのか? といった疑問が出てきてしまう。
普通借りたマンガは持ち帰ってから読む筈。学校で読むのならばわざわざ借りなくてもいいし、最初から借りパクするつもりだったのなら、さっさと家に持ち帰って借りた証拠は残さない筈でしょ。
それと、もう一つの失敗したケースとして、西條が一度は石巻の持ち物にマンガを仕込むことに成功したけれど、その後石巻に再び仕込み返された。というのも考えられる。
だけど、これは成り立たない。一日の間にどちらかの持ち物にマンガを仕込める時間は放課後二人が泣き出して西條が教室から離れたタイミングしかなかった。
その時間に石巻が西條の机にマンガを入れる素振りをしたら、わたしが気づく筈だし、そもそも西條にはマンガを石巻の持ち物に入れるタイミングなんて無かったのだから、この話自体ありえない。
つまり、西條が悪意を持って石巻を貶めたなんて話はナンセンスなのよ」
「本当に一日中、互いの持ち物にマンガを仕込むタイミングはなかったんですか? 移動教室とか、給食の当番、掃除、トイレ。色々ありそうですけど」
「確かなことは言えないけれど、たぶん無かったと思うわ。今日の授業に移動教室は無かったし、給食の当番や掃除の時間では必ず両方の派閥の女子が教室内にいたもの」
ムジナの言葉に私は唸ってしまいました。
どうやら西條が嘘を言っている可能性は低そうです。
となると、相対的に石巻が借りパクをしていた可能性が高まるのですが、それだと西條の机の中にマンガが入っていた事実に説明がつかなくなります。
「石巻がマンガを返したというのならいつ返したのでしょう?」
私の呟きに、ムジナが答えました。
「たぶん、放課後じゃないかしら? というか、その時間以外考えられないのよ。
西條の机に入っているマンガが見つかったのが放課後だし、それ以前に返していたとしたら、西條が嫌でも気づくはず。
なにより他に返すタイミングが無かったんだから、放課後しか出来ないと思うわ」
「でも、放課後に返すことも不可能なんですよね? ムジナが見ていたんだから」
「そうなのよ。だから石巻が、いつ、どうやってマンガを返したのか分からないの」
ムジナは額に手を当てて悩ましげに溜め息を吐きました。
「あのさ、そういえばマンガを見つけた人って誰だっけ?」
パピコが挙手して、唐突に尋ねました。
「え? 誰とかじゃなくてクラスの皆よ。
クラスでリーダー格の高野って男子が喧嘩の仲裁に入った時に、西條の机が倒れちゃって、その時に引き出しからバサ―と教科書やらノートやら色々溢れて、その中に件のマンガがあったの」
ムジナが答えた途端、パピコの瞳がキラリと煌めきました。そして。
「あたし、真相分かっちゃったかも!」
ふふんと胸を反らしながら、得意気に言いました。
「えっ? 本当ですか!」
半信半疑で尋ねると、「もちろん!」と即答されます。
「い、石巻はどうやって西條の机にマンガを返したの?」
ムジナが興味津々といった様子で問いかけると、パピコは右手の人差し指を立てて「チッチッ」と左右に振りました。
「違うよ。そもそも、そこが間違いだったんだ。石巻はマンガを返してないんだよ」
「どういうことですか?」
「マンガを返したのは石巻ではなく、高野だったんだ」
「高野が?」
「そう。恐らく、石巻が借りパクをしたのは確かだろう。さっきムジナが説明した通りだ。
そして借りパクをした石巻はマンガを持ち帰った。借りたマンガは今でも石巻の家にある筈だ」
「じゃあ、西條の机に入っていたマンガはどうなるんですか?」
「言ったろ? 高野が返したんだよ。正確には寄付したってところかな」
「・・・・・・寄付ですか」
「高野は石巻と西條の喧嘩にうんざりしていた。 恐らくムジナと同じようにさっさと帰りたかったんだろう。
そこで彼は気づいた。自分がたまたま学校に持ってきていたマンガと、借りパクされたマンガが同じ物であることを。
そして、こう考えた。
(もし、自分の持っているマンガを、今回借りパクされたマンガということにして西條に渡せば、とりあえず物は返ってきた訳だし、一応喧嘩は一段落つくのではないか)と。
喧嘩が一段落すれば高野は帰れる。
彼は早く帰りたい一心で、一芝居うつことにした。
名付けて、なんか知らんけど、マンガ見つかって良かったじゃん作戦。
もちろん、作戦なんて立てずともマンガは渡せる。
しかし、西條が怒っているのはマンガを失った事実だけでなく、友人に借りパクという形で裏切られた事が原因だ。
(お前はマンガが返ってくればいいんだろ? ほら、俺のをやるから怒るなよ)
なんて投げやりな姿勢でマンガを渡せば、火に油を注ぐことになりかねない。
だから高野は自分が西條にマンガをあげるのではなく、西條のマンガが見つかった。という体で渡さなければならなかった。
そして、高野は放課後、西條と石巻が殴りあいの喧嘩を始めた時を好機と捉えて行動に移した。
高野はマンガを忍ばせて、喧嘩をする二人に近づき、喧嘩の仲裁をする振りをする。
その際に仲裁する弾みに見せかけて西條の机を倒し、机の中身をぶちまける。そのどさくさに紛れてマンガを投下し、あたかも机の中にマンガがあったように偽装したんだ」
パピコは自分の推理を得意満面に披露して。
「QED!」と見事なドヤ顔を決めてみせました。
「・・・・・・うーん、なるほど。まぁ辻褄はあっていますね」
ドヤ顔はうざいけれど、パピコの推理はあながち間違っているようには聞こえませんでした。
クラス中が喧嘩の仲裁を見守る中で、誰にも気付かれずにマンガを投下出来るものなの? とか、たまたまマンガを持っていたって都合良すぎない? とか、思うところはありましたが、少なくともパピコの推理なら西條の机に入っていたマンガの謎を説明できました。
「パピコ、さすがね! 謎が解けたわ!」
ムジナの賛辞にパピコは「うんうん」と頷いて、「まっ、天才ですから」と調子に乗っています。
私はどこかモヤモヤした物を感じて素直にパピコを褒める事ができませんでした。
パピコはそんな私の心情を読み取ったのか肩を竦めながら声をかけてきました。
「あたしだって完璧な推理だとは思っていないよ。だけど、不可能を取り除いて最後に残ったものがどんなに奇妙なことであっても、それが真実だろ?」
そんなことを言われてしまったら私には反論することが出来ません。
「仕方ないですね。納得してあげます」
私が嘆息すると、パピコは嬉しそうにニカッと笑って「じゃあ褒めてよ」と図々しく言ってきました。
「すごいすごい、パピコは天才ですねー」
あえて声から抑揚を取り除いて褒めると案の定パピコは顔をデレッと溶かしました。
単純なのです。
「さて、真相は分かりましたが、明日ムジナは学校に行ってなんと伝えるんですか?」
ムジナのウィンドウに向き直って尋ねると、彼女は少し思案して答えます。
「石巻がマンガを西條の机に入れたところは見なかったけれど、高野が西條の机を倒した時にマンガを落としたのは見たって言うわ。高野にはスケートゴープになってもらいましょう」
「明日高野は女子達に責められそうですね。余計なことすんなって」
私が高野に同情しながら言うと、「わたしの知ったことじゃないわ」とムジナは冷ややかに言いました。
その後は三人で適当に雑談をして、翌日。
私達は再びパソコンの前で互いに向き合っていました。
「今日、学校にいったら全てが解決していたわ」
ノートパソコンのスピーカーからムジナの声が流れます。
彼女の話を最後まで聞いたところ、どうやらパピコの推理が外れていた事が分かりました。
今朝、ムジナが小学校に登校すると、朝の会の前にクラス全員に担任の先生から話があったようです。
話というのは石巻と西條の喧嘩についてで、クラスの女子が半分に別れて喧嘩を始めた事にクラス崩壊の危機感を抱いたようです。
そして、先生は教壇で借りパク事件の真相を語りました。
というのも、今回の事件には先生も関わっていたようなのです。
先生が語るには、今回の事件で西條にマンガを返したのは先生とのこと。
先生は昨日の朝、廊下に落ちていたマンガを拾ったそうです。マンガを学校に持ち込むのは校則違反だから当然没収。
そして放課後、職員室にいる先生の元にクラスの男子から教室で石巻と西條が殴り合いの喧嘩をはじめたと報告があったそうです。
先生が急いで教室に向かうと、丁度教室から西條が泣きながら出てきたところ。
西條と西條派の女子達から事情を聞いて、先生はピンときました。今朝拾ったマンガが問題の品だと。
先生は西條を職員室に連れていって、学校へ授業に関係ない物を持ってきた事を叱りつつ、マンガを返したそうです。
「たぶん、石巻はマンガを返す為に学校へ持ってきたが、誤って落としてしまったんじゃないか? そして、後から落としたことに気づいた石巻は素直にその事を言い出せなくて、西條に嘘をついたんだろう。石巻には私から注意しておくから、西條は今回の事を水に流して、石巻と仲直りしてくれないか?」
このように言い添えて。
しかし、西條は先生に言われた通りにしませんでした。
西條は先生から返して貰ったマンガを隠し持って教室に帰ると、こっそり自分の机の中へ仕舞いました。(図書館でカバー付きの漢和辞書を借りて、カバーの中にマンガを入れて周囲にばれないようにしたそうです。本人談)
そして石巻に平手で殴りかかりました。
ここからは先生ではなく、叱られて泣きながら教壇の前でクラス全員の前に立たされた石巻と西條の供述ですが、西條はマンガが自分に返ってきても、石巻を許す気にはなれなかったそうです。
そこで石巻を一発殴ると共に、先生から返して貰った事実を伏せて石巻に借りパク女の汚名を着せたままにしてやろうと思い立ったそうです。
しかし、西條にとって予想外の事が起こりました。石巻と殴りあった際に机が倒れて、机に仕舞っていたマンガが出てきてしまったのです。
西條に借りパク女の汚名を着せるつもりが、自分が嘘つき性悪女の汚名を被る危険性が出てきてしまったのです。
焦った西條は思い付きで口にしました。石巻やその取り巻きが、西條派が教室にいない間に机へこっそりマンガを返した。という話をでっち上げたのです。
こうして、西條の机に入っていたマンガの謎は形成されました。
結局、西條が石巻と仲直りしなかったという話は放課後の内に先生の耳に入り、今朝クラス全員の前で説教と事情を説明させられるという羽目になったみたいです。
ちなみに石巻がマンガを借りパクした事情は先生の予想通りで、返そうと思って持ってきたマンガを無くしてしまったのだとか。
困った石巻は弁償することを考えましたが、一ヶ月五百円の小遣いしか貰っていない石巻には負担が大きく返す気にはなれなかったそうです。
そこで急遽借りパクしてしまおうと悪気が芽生えてしまったんだとか。
現在、ムジナの学校では先生によって強制的に仲直りさせられた二人が表面上はニコニコ、裏ではギスギスとした冷戦を繰り広げて、大変居心地が悪いそうです。
話を聞き終えた後、パピコは推理を外したことで落ち込んでいました。
「不可能を取り除いて最後に残ったものがどんなに奇妙なことであっても、それが真実だろ?」
なんて格好つけた後でコレですから悔しさもひとしおでしょう。
パピコと同じようにホームズの言葉を借りるなら、「実生活こそ、いかなる創造力の産物にもまして思いきった、何が起こるか底知れない不思議なものです」と慰めるべきでしょうか?
いえ、こういう時はアレでしょう。
私は思い付いた言葉をチャットの画面に書き込みました。
「失敗するのは人の常ですが、失敗を悟りて挽回できる者が偉大なのです」
私は『アマチュア探偵団』というブログの常連でした。
『アマチュア探偵団』はパピコが管理人として運営していたブログで、テレビのニュースで放映された社会面の事件の真相を警察よりも早く解き明かす事を目的に創設されました。
創設された当初は、多くのミステリーオタクが集まり盛況していましたが、時が経つにつれて人口は減少していきました。
ブログでは多くの事件を取り扱いましたが、結局私達はただの一つとして事件を解決することが出来なかったからです。
仲間達が失望を露にブログを去るなか、最後まで残ったのは、私とムジナ、管理人のパピコだけでした。
パピコはブログを閉鎖。
私達はグループチャットを作り、三人だけで活動を再開しました。
今はグループチャット名『アマチュア探偵団』が私達の居場所です。
アマチュア探偵団 JSだけど探偵です! パーキング @parking
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