第7話「メイエル神殿」


 大きな衝撃と共に岩が砕け散る。サイクロプスの一撃はマグリッドの下を通り地面を直撃していた。

 マグリッドは飛んだ勢いのままサイクロプスの右肩を剣で撫でる。

 同時にデイオスが石のような物をばら撒く。


 ドォンッ!


 複数の爆発がサイクロプスを襲う、これには堪らず両手を交差し防御の構えを取るサイクロプス。

 しかしこれで勝負ありだったようだ。


「今だ!」


 デイオスがマグリッドに合図を送る。

 マグリッドは着地と同時に剣を高く放り投げていた。剣は煙で隠れたサイクロプスの真上に上がる。


 ズシャッ!


 その瞬間、マグリッドの剣は稲妻と化しサイクロプスを目掛け落ちていった。


 爆発の煙が流れ見えてきたのは、石像のように硬質化したサイクロプスの姿だった。


「倒したのか?」

「そうみたいね」

「石になっちゃってるよ」

「きっとそういうものなのよ」


 山水と美浦は少し離れたところから見守っていた。

 二人は視線をもう一方の戦いに移す。


 カゼアミとマンティコアだ。

 まるで闘牛のように攻撃をかわしながら少しずつ斬撃を入れるカゼアミだったが、致命傷には遠く苦戦を強いられていた。


 鋭い爪がカゼアミを襲う、カゼアミはステップでそれをやり過ごしマンティコアに剣を向ける。

 マンティコアは身体を捻りながら剣を避け、死角から棘の生えた尾っぽをカゼアミに仕掛ける。

 カゼアミはそれが見えているかのように、剣でいなしマンティコアの懐に剣を放つ。

 すかさずマンティコアは激しく縦回転し、大きく跳ね上がりカゼアミと距離を取る。


「カゼアミ、加勢させてもらう」

「えらく苦戦しているな、らしくもない」


 戦闘を終えたマグリッドとデイオスがカゼアミの側による。


「有難い、ですか油断しないで下さい。あのマンティコアやけに戦闘慣れしている」


 カゼアミはマンティコアから視線を外さずに二人にそう伝える。


「スピア連峰にそんな強力な魔物が出るとは聞いていなかったな」


「サイクロプスだってこんな山奥に出る魔物ではないですよ、何者かが送り込んだのでしょう」


 マグリッドはチラッと美浦と山水を見る。


「七長老の死と勇者の出現、それを感じての斥候か」


「とにかく早く片をつけないと、また子分どもを呼ばれても面倒だ」


 デイオスはぶっきらぼうに剣を担ぎマンティコアの横に位置を取る。


 マンティコアも三体一では容易に手は出せず、睨み合いの形でジリジリと距離を詰めていた。


 その時神殿方から怒号が聞こえた。


 後ろに目をやると複数の馬が出て来るのが見えた。

 マンティコアはその怒号と騎馬兵を確認し、敵わないと悟ったのか大きく後ろに飛び跳ね距離を取った。


「逃げる気か!」


 デイオスはマンティコアを追う構えを見せる。

 それをすぐにマグリッドが制止する。


「ほっておこう、今は二人を神殿に送るのが先だ」


 追撃がないと把握したマンティコアはそのまま木々の茂る尾根の先へと姿を消した。


 こうして美浦と山水がこの世界に来て初めての戦闘が終わった。

 二人はマグリッド達に歩み寄る。


「ありがとうございました、怪我はないですか?」


 美浦が戦った三人の様子を見ながら聞く。


「ええ、この通り大丈夫ですよ。他の二人も問題ないでしょう」


 マグリッドが答える。

 そこにデイオスがぬっと割って入る。


「勇者のお嬢ちゃん、あんた逃げるの断ったんだってな、怖くなかったのか?」


「怖かったわよ、でも目を背けたらこれから目の前にする問題を見失うかもしれないじゃない」


「なるほど、これは随分と強い胆力を持ったお嬢ちゃんだ。そこの兄ちゃんはどうなんだ?」


 デイオスは山水に言葉を振る。


「僕は……成り行きです。怖くて逃げようにもまだその足すら持ってないですから」


「ふんっ、正直だな。しかしこの世界カッコつけてもしょうがないからな、俺だってちからがなかったらビビってションベン漏らしてるよ」


 このデイオスという男は見た目よりも気さくな性格らしい。


「マグリッドが興奮した理由も少しわかるな、とりあえず信頼してもらえるのは光栄だ。これからもよろしく頼むぜ」


 デイオスはニカっと笑った。


「こちらこそよろしくお願いします、マグリッドもカゼアミも改めてよろしくね」


 二人は護衛の三人に頭を下げた。

 カゼアミとマグリッドも手で返事を返してくれていた。

 頼もしい、この一言に尽きる。そして少し距離が縮まったような気がした。


 山水は石像となったサイクロプスに近づいていた。


「このサイクロプスは死んでいるんですか?」


 山水がマグリッドに聞く。


「ええ、魔物は倒されると石化するんです。そもそも石に魂を吹き込まれた物が魔物になったという説もあります」


「石が魔物……また動き出したりはしないんですか?」


「一度倒された魔物は二度と動きません。それに少し経つとこの石像も崩れて消えてしまいます、ほらここら辺ももう脆くなっている」


 マグリッドはサイクロプスの腕を撫でる。

 サイクロプスの石像はサラサラと崩れ始めていた。確かにもう数分もすれば跡形も無く崩れるだろう。


「さあ美浦さん、山水さん神殿から迎えも来ましたし、本来の目的に戻りましょうか」


 マグリッドがそう言うとちょうど騎馬兵達が到着した。

 デイオスやカゼアミに挨拶をしながら、騎馬兵の一人が山水と美浦に近づいて来る。


「お二人の事はシェピア様から伺っております。私はこのメイエル神殿の神官及び衛兵長を務めているイリアムです、どうかお見知りおき下さい」


 面鎧をつけているので気づかなかったが女性ようだった。


「イリアムさんね。私は美浦こっちは山水よ、よろしくお願いします」


「山水です、騎馬兵の姿だったから男性かと思いました」


「山水、それは失礼ってものよ」


 美浦がすかさず口を挟む。


 イリアムは面鎧を脱ぎ、顔を出した。赤い長髪の目の覚める美人顔だ。


「良いのよ美浦さん、ここは少し特殊な神殿ですから」


「特殊?」


「ええ、メイエル神殿は女性神官しか居ない神殿なんです。だから衛兵も女性が担当しているんです」


「女の花園的な」


 山水が適当な相槌を打つ。


「山水鼻の下伸ばさないでね、程度が知れちゃうわ」


「伸ばさないですよ、美浦さん僕を煩悩の塊みたいに思ってませんか」


「思ってるわよ」


「ふふ、だからお二人は今から神殿に入られますが、ここでは美浦さん一人が神託の儀に参加します」


「男子禁制なんですか?」


 山水が聞く。


「神殿への滞在や参拝は男性も可能です、祭事ごとだけは女性が行うしきたりなんです。ですから山水さんはマグリッドさんと行動を共にして頂きます」


「なるほど、理解しました」


 その後、ここで戦った魔物やその状況を護衛の三人とイリアムが共有し、数人の衛兵を残して一行はメイエル神殿に向かった。

 もう残り僅かな距離だが、せっかくだからということで馬の後ろに乗せてもらい、ものの数分で入り口に辿り着く。


 神殿の入り口は大きく、白い門を抜けると大階段が広がっていた。

 多分大理石だろう、これも白く太陽に映える階段は良く手入れされ埃一つない状態だ。

 馬を降り階段の下に立つ。


「壮観ね、こんな大きな階段初めて見るわ」


 美浦が神殿の階段を駆け上がる。


「平和な時代では観光目的で来る方が後を絶たなかったと聞きます。今はそんな余裕はないですが、状態だけは当時から変わらないはずですよ」


 イリアムが説明する。


 星を信仰する為に山頂に建てられたのがメイエル神殿なのだそうだ。

 ここスピア連峰はある星の力が強く秘められた地域らしく、その力を最も引き出しやすいのがメイエル山だという。


 これから行う神託の儀もその力の加護を受けるものだそうだ。

 そんな話を聞きながら階段を登り終えると、そこにはホリドの壁をバックに立派な神殿が建っていた。


 美浦は目を瞑る。


 メイエル山の頂上、神殿の前、美しい女神官イリアム、倒され石となった魔物、襲いかかる人面ライオン、人間離れした剣技を見せるマグリッド、怯まず恐れずマンティコアに立ち向かうカゼアミ、のらりくらりと敵を薙ぎ払うデイオス、魔物から逃げ出した山水と私。

 今日だけで信じられない事がたくさん起きた、そしてこれからもっと沢山の事が起こるだろう。


 美浦はそんな事を考えながら目を開ける。

 山水が間の抜けた顔でこっちを見ていた。


「さあ行きましょう!ここが私達のスタートになるのよ」


 美浦は山水の背中をバシンと叩き、元気よく神殿の中に入って行った。



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女優が異世界に行ったら勇者役のオファーを受けた 枯三水 @ssaannkkaa

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