第6話「魔物」


 欝蒼うっそうと茂る草木を抜けると向こうにメイエル神殿が見えた。山の尾根おねに出たようだ。

 尾根伝おねづたいに登って行けば神殿の入り口だとマグリッドは美浦と山水に教える。


 まだ太陽は高く見下ろした先には世界が広がっていた。どうやらこの土地は山に囲まれているようだ。

 今いる尾根が地続きにぐるりと円状に連なっている。山水はマグリッドに山の向こうはどうなっているのか尋ねてみる。


「今いるメイエル山はスピア連峰と呼ばれる山々のうちの一つなんです。詳しく言うと西ダラム大陸スピア地域スピア連峰内、メイエル山の頂上付近ですね」


 マグリッドは丁寧に説明をしてくれた。


「なので山の向こうは西ダラム大陸が広がっています。南と東側は主に平野です、街道沿いには村々や街もあり、大きな川も流れていて船での移動も盛んですよ」


「西側と北側は平野じゃないのね」


 美浦も興味があるようだ。


「ええ、北側は凍土地帯、雪山や凍りついた湖が有名ですね。そして西側、ここメイエル山の向こうにそびえ立つ『ホリドの壁』を超えると海が広がっています。つまりスピア地域はダラム大陸の中で最も西側にあると思って下さい」


 なるほどメイエル神殿の奥には一枚岩のような巨大な岩壁が立っていた。


「海が近いとは思わなかったな、港町なんかもあるんですか?」


「もちろんあります、ですが『ホリドの壁』を迂回しなくてはならないですから行き来は地図で見るより大変です。彼らはそのホリド港からスピア地域に入って来たんですよ」


 マグリッドは一緒に護衛を担当している二人を見た。


 デイオスとカゼアミだ。


 デイオスは浅黒くて背が高い、ゆらりゆらりと歩いているが山水が村の人達に話しを聞いた所、スピア地域にもその名が届く歴戦の戦士だそうだ。

 たくわえた髭が一層屈強さを与えている。村の人はダラムの希望とも呼んでいた。


 カゼアミは東方の戦士で、武士のような印象を受ける。TVに出てくるサムライのような綺麗なまげでは無く、伸びた髪は無造作に頭の上で結わいてある。

 山水は彼にどこか親近感を感じるが、目の鋭さと口数の少なさ故、まだ会話をするに至っていなかった。


 そして先ほどから説明をしてくれているマグリッドは護衛隊のリーダー的存在だ。

 長身、金髪、身なりを整えればどこぞの国の王子と言っても疑わないだろう。さらに丁寧な口調と柔和な対応なのだから彼の懐の深さを感じる。

 彼も名のある戦士らしく、魔物に屈しない姿は大陸の憧れのようである。


 他にも後四人の戦士が『勇者』、つまりは美浦と山水の護衛及び魔物討伐の任務に就くそうだ。それぞれが各語り部から選ばれた強者らしい。

 しかし彼等は勇者ではない。

 それが山水にとって不思議なところではある。

 自身は弱く何も出来ない、周りの人間が屈強なだけの勇者パーティーなどあるのだろうか。

 護衛のメンバーやこの世界の住人はそれで納得するのだろうか、そんな疑問が山水を不安にさせる所でもあった。



「間も無く神殿の入り口です、中ではお二人の知らない作法もあり窮屈な思いをするかもしれませんがご容赦を」


 マグリッドが近づく神殿を前に説明を加える。


「郷に入りしは郷に従えね」


 美浦がマグリッドの言葉に返す。


「その通りです、素晴らしい言葉を知っていますね」


 感心するマグリッド。

 ふと、山水は疑問に思う。


「何でその言葉が通じるんです? 『郷に入りしは』って僕たちの世界の僕たちの国の言葉だと思うのだけれど」


 マグリッドはにっこりと微笑み答えてくれた。


「それこそきっと勇者の力の一つなんですよ」


「言葉が伝わるのが?」


「ええ、お二人の口から出る言葉は自然と私たちの理解できる言葉として耳に入ってくる。お二人の耳に入る言葉はこの世界のどんな言語だろうとお二人は理解できる、そんな事が出来るのは勇者くらいなものです」


「でもそんな特殊な能力、元の世界にいた時は持っていなかったけれどな」


「それではこの世界に来るときに付与されたお土産みたいなものですよ、お二人は『何も出来ない』と悩んでいるようでしたが『そんな事はない』と理解して頂けたら幸いです」


 マグリッドのその優しさこそ勇者じみていると山水は感じた。


「なんだか嬉しいじゃない、私にも役に立つ事が出来るって気がしてきたわ」


 美浦もしっかり勇気を貰っている。

 勇者が勇気づけられてどうするんだと山水は思ったが口には出さない。


「マグリッド!」


 突然デイオスがマグリッドを呼び止める。

 デイオスとカゼアミは何かを感じたのか剣を抜き構えていた。


「なんですか?! 敵?」

「どこ? 何もいないわよ」


「静かにっ!」


 マグリッドも辺りに意識を集中する。

 音が聞こえる、地鳴りのような音。


「このままだと囲われるぞ。マグリッドは二人を連れて走れ」


 カゼアミがマグリッドに指示を送る。

 マグリッドは頷き、目でデイオスに合図を送る。

 何がなんだか分からず狼狽うろたえる山水。美浦も身構えていた。


 一瞬にして場に緊張が走る。


 砂ぼこりが舞っていた。音が近づいて来る。

 デイオスが尾根の下、急な下り坂になっている方に剣を向ける。


 獣が居た!


 見たことのない大型の獣。

 ライオンのような身体。口元には長く白い牙。そして人のような顔。


 その人面ライオンが唸りながら凄い速さで駆け上がって来る!


 左から三頭、右からも来ている。


「な、ライオン!?」


 その迫力に山水は腰を抜かしそうになる。美浦も足がすくみ、動きが止まる。


「マンティコアだ!動きが速いぞ、気をつけろ!」

 デイオスが声を上げ、前に出る!


「美浦さん、山水さん! 走りますよ!」


 敵意を剥き出した獣の圧力とはこんなに怖いものなのか、叫ぶことも出来ない。マグリッドの声を聞いても身体が動かない。


 ドォン!


 デイオスが何か道具を使ったみたいだった。

 爆発で人面ライオンがひるんだ。


 二人の身体の膠着こうちゃくも解ける。

 美浦と山水は走り出した。


 しかし一頭の人面ライオンがデイオスの頭上を越え、美浦と山水に迫る


「来た!」


 人面ライオンは美浦の目の前で腕を振り飛び掛ってくる!


 ジャッ!


 間一髪のところをマグリッドが剣で追い払う。

「ありがとうマグリッド」

「お礼は後で、今は入り口まで走りますよ」


「見て!もっと大きいのが来ます!」


 山水が指した先に大型の人面ライオンが姿を見せていた。


「こいつらはマンティコアという魔物です、その親玉も登場しましたか」


 マグリッドは冷静に眺めている、焦りや恐怖はないのだろうか。


「勝てるの?」

 美浦が尋ねる。

「マンティコアは手強いですが、護衛の彼等は優秀です。だから今は神殿に急ぎましょう」


 再び走り出す美浦と山水。後ろにはマグリッドがついている。

 一頭がしつこく美浦と山水を狙っていた。

 マグリッドは二人を守るように小型のマンティコアと対峙する。

 その隙に二人は魔物から距離をとる。


 向こうではデイオスが剣で牽制し獣の進撃を弱める、複数いるマンティコアはデイオスを越える事が出来ない。


 とにかく走って神殿に向かう二人、美浦が走りながら後ろの様子を見たときカゼアミが大型のマンティコアに飛び込んでいる姿が見えた。


 あんな化け物に思える生き物が怖くないのだろうか、魔物に足がすくみただ逃げるしかできなかった美浦は自分が何も出来ないことに悔しさを覚えていた。


 マグリッドは小型のマンティコアを倒したのだろう、美浦と山水に追いついて来た。


「もう大丈夫です、最初の道中で危険な目に合わせてしまい申し訳ない。行きましょう」


 マグリッドは二人を促す。


「美浦さん!何してるんだ、急いで走って!」


 山水が美浦を逃げるように急かす。

 美浦の足は止まっていた。


「美浦さんどうしました? 足、挫きましたか? もし走れないなら私が担いで……」

 マグリッドが心配し近づいて来る、美浦はそのマグリッドの言葉を止める。

「違うの」


「違う?」


「私、これじゃいけない」


「何がいけないんですか?」


 マグリッドは美浦の心を探る。

 山水は遠くで何か言っている。

 美浦は言葉を続ける。


「あれは私がこの世界で始めて出会った魔物よね? 勇者をやるわたしがそいつから逃げるなんて、私が許せない」


「でも今はまだ闘えないでしょう、入り口まで走りましょう」


 マグリッドは美浦の手を引く。

 しかし美浦はその手を払う。


「いいえ、今私がやる事は逃げる事じゃないわ、私が闘って勝てるわけない、そんなのわかってる! でも今逃げてはいけない、私は勇者よ!」


「ならどうするんですか?」


 マグリッドが聞く、真剣に美浦の言葉を待つ。


「美浦さん!早く!」


 山水はパニックを起こしそうだ。

 デイオスを振り切ったマンティコアがこちらに向かって来るのが見える。


「山水!静かにして!」


「な」


 美浦はマグリッドの目を見る、心を決めた、そんな目をしていた。


「マグリッド、私にあなた達の戦いを見せて頂戴」


「それは危険です、今貴方を危険に晒すわけにはいかない」


「いいえ、危険じゃないわ。私たちの命はあなた達が守ってくれる、そうよね?」


「ええ、それが私達の役目です」


「なら見せて頂戴!」


「駄目です、あなた達が危険に飛び込むのは止めないといけない、それも私の役目です」


「私がどんな危険だろうとマグリッド、デイオス、カゼアミあなた達三人なら守り切ってくれる。私はそう信じるわ」


 マンティコアの足音が聞こえる、もう近くまで来ている。

 美浦はマグリッドに伝える、自分の言葉を。


「あなた達が戦うなら私はその三人の戦いを見守るわ、それが私のよ!」


 マグリッドは美浦の言葉に驚き、美浦を真っ直ぐ見た。


「それが貴方の覚悟ですか?」


「ええそうよ」


 マグリッドの驚きは笑いに変わっていた。


「これは、良い! 凄く良いですよ美浦さん!」


 何がそんなに面白いのか、マグリッドは心の底から笑っているように見えた。


「なら私はここにいてもいいわね」


「ええ、わかりました。凄く良い言葉だ!ええ! その役目しっかりと果たさせて頂きます!」


 マグリッドは振り向きざま剣を抜き、飛び掛っていたマンティコアを薙ぎ払っていた。流れるような剣技、これがマグリッドの実力。


「山水さん! こちらに来て下さい!」


 山水は何がなんだかわからないまま、マグリッドと美浦に近寄る。


「美浦さん、私は今凄く興奮しています! 面白い! これが勇者と共にするという事なんですね! 山水さんもここでお待ち下さい。私達の戦いを見せてあげましょう!」


 そう言うとマグリッドは魔獣のいる戦線に踊り出た。


「デイオス! カゼアミ! 私達の仕える勇者は真の守る価値のある勇者だ! 必ずその命を守れ! それが私達の役目! 彼等はそれを見守ると言っている!」


 マグリッドは声を上げた、嬉しそうに興奮した声を。


 その時尾根の奥、美浦達が歩いて来た方から巨大な化け物が突進して来た。

 三メートルはある一つ目の巨人!


「ほう! サイクロプスまでこんな所に出るとは、魔の手も勇者の出現を感じているのか!」


 マグリッドはどこか嬉しそうだ。


「あんな性格だったけ? マグリッドさん」

「さあ、でもいいんじゃないかしら。嬉しそうよだって」

「それにしても何で逃げないんだ、危険じゃないのかこれ」

「いいのよこれで。私たちは彼等の戦いを見守る、それが今の役割よ」


 マグリッドはサイクロプスに向かい、剣を振る。

 マグリッドの牽制が効きサイクロプスは突撃をやめ、マグリッドと対峙する。


 小型のマンティコアを粗方退けたデイオスはマグリッドに加勢する。

 マグリッドと挟撃の形になる。


 サイクロプスが乱暴に腕を振り下ろす!

 その衝撃で地面がえぐれる、足場が揺れ体制を崩すマグリッド。すかさずサイクロプスが突っ込んで来る!


「危ないっ!」


 堪らず山水が叫ぶ。


 が、倒れたのはサイクロプスだ。足元をデイオスが払い逆に体制を崩す。

 マグリッドはその隙に大きく距離を取る。

 サイクロプスも致命傷ではなくすぐに起き上がってくる。


「やはり手強いな、カゼアミは大丈夫か?」


 マグリッドは楽しそうに声を上げる。


 カゼアミは大型のマンティコアと戦い続けていた。

 その大きさからは想像出来ない速さで動くマンティコア、しなやかな猫のように鋭い攻撃をカゼアミに繰り出していた。

 しかし、カゼアミはそれを全てかわす。

 一度受ければ致命傷になりかねない鋭い爪から飛び跳ねながら間合いを取る、マンティコアは身体を捻りながら続けて爪を出す。

 それをしゃがみ込みやり過ごす。

 信じられない反射と動体視力である。


「僕は大丈夫だ、ただ長引きそうだ」


 カゼアミはマグリッドに答える。その間にもマンティコアの攻撃をいなし続けていた。


「凄い」


 山水はカゼアミの闘い振りを見てそう呟いた。


「凄いわね、でもあれが彼等の役割よ」

「僕には出来ない」

「ええ、私にも出来ないわ」


 美浦の横顔がいつもと違うと山水は感じた。まるで舞台上に立っている時の美浦の表情。


「美浦さんは自分の役割を見つけたんですね」

「まだ何も分からないわよ」


 僕は何をすれば良いのだろう、いや今はそんな事を考えている場合ではない。

 山水は目の前で繰り広げられる日常離れした世界を見ながら、自分の拳を握り締めていた。

















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