第5話「七人の語り部」

 山水と美浦は山を登っていた。

 最初に案内された村からそう遠くない場所にある霊峰メイエル山、その頂上にあるメイエル神殿を目指していた。

 霊峰といっても整備された登山道で山の中腹までは馬車で送られた。案内人兼護衛も三人付いており道中は安全そのもの、この世界が闇の手で覆われているとは実感できないくらい心地の良いトレッキングだ。


「昨日から野原を歩いたり山登ったり健康な生活してるわね私たち、山水もいつもは室内に閉じこもっているんだからこういうのは体が喜んでいるんじゃない?」


「そんな呑気な事言って、この世界は魔物が出るって話し美浦さんも聞いたでしょ、油断は禁物なんじゃないですか」


「もちろん油断なんかしてないわ、でも実際見るまでは実感湧かないわね。ここら辺にも魔物はいるんでしょう?」


 美浦は護衛に付いている剣を携えた男マグリッドに声をかける。


「もちろんいますよ、しかしこの辺りは星の加護が強く凶悪な魔物はいません、そもそも個体数も少なく滅多に出会わないです」


「ふーん、仮に魔物が出てきたら私たちだけで倒せるものなのかしら?」


「それは難しいかと、お二人は戦闘に関して全くの素人と伺っています。ですからそのような時は魔物には手を出さず私共にお任せ頂きたい」


「ですって。山水も調子に乗って剣なんか抜かないでよね危ないから」


「わかってますよ。自分の領分は超えない。生きる秘訣です」


 美浦の方が調子に乗って暴走する、山水にとってそっちの方がよっぽど心配だったが、そんな事を口に出す程野暮でもない。

 それにしてもこうして平和に歩いていると何処かのツアーに参加しているような気にもなる。

 本当に僕たちに勇者の資格があるのかどうか、山水はそんな事をぼんやり考えていた。


 美浦が勇者をやると言ったのは昨日の事だ。

 村の語り部達から話しを聞き終わり、晴れて勇者になる事を承認した美浦と山水。


「それでこの後僕たちは何をすれば良いんですか、勇者になって此処ここで安全に過ごすというわけにはいかないでしょう?」


 語り部に山水が尋ねる。


「うむ、御二方にはメイエル神殿にて神託の儀を受けてもらう。その後は各地に蔓延はびこる魔物に関する問題を解決してもらいたい」


「魔物に関する問題って、僕たち闘うとか無理ですよ」


「そこは安心してもらって結構、戦闘に関してはこの世界の者がサポートする」


「なら何をどうやって解決するんですか?」


「『勇者の力』というものがある、その力は勇者にしか扱えない。そして『勇者の力』は戦闘では解決出来ない事を解決出来る」


 具体的ではないが山水にも概要がわかってきた。


「つまり闘う以外の問題を『勇者の力』を使って各地で解決していけば良い、そういう事ですよね」


「そうだ。その為にまずは神殿で儀式を済ませその地の伝承を教わってきて欲しい。本来なら我々が付いていき各地の伝承を伝えれば良いのだが、もう時間が無い。我々に出来るのはここまでという事だ」


「どういうことですか、時間がない?」


 体力的に教えられないというわけでもあるまい、語り部の言葉に山水は何か引っかかった。


「我々は禁忌きんきに手を出した。異世界の者の召喚にはそれ相応の危険がある。即ち、我等七人は自らの命を賭してお二人を召喚した」


「命? それじゃあ……」


 美浦と山水は言葉を失った、間も無く目の前の老人達が死ぬというのか、それこそ信じられない。

 語り部達はそんな二人を見て続ける。


「それほどまでに勇者を欲していたという事だ、我々はそれぞれの地に語るべき言葉を託している。その言葉達はお二人を助ける事が出来るだろう」


「そんな、まだ聞きたいことがある、いくらなんでも早すぎるでしょ」


 山水は狼狽うろたる。


「そんな急に死んでしまうものなの? なんとかならないの?」


 美浦も信じられない様子だ。


「今までお二人に語らせてもらっていた時間がおまけみたいなものだ、それを感謝しなければならない」


「御二方には何もかもが突然で申し訳無く思っておるよ、しかしこれも運命を捻じ曲げた結果だ」


「紹介が最後の別れになって申し訳ないが、我々の名前を覚えて欲しい。各地で役に立つだろう。後のことは万事使いの者に託してある」


 二人はもう語り部達の言葉を聞くことしかできなかった。


 気づくと語り部達はあわく光り出していた、まるで実感の湧かない人間の消失。しかしそれに気を止めることもなく語り部は語る。


「おやおや、この世界もせっかちだな。消える前に紹介せんとな。私は『ソクレス』大いなる勇者よこの世界を頼みます」


「私の名は『イヨスコ』ここでお別れだが我々は言葉に生きておる、また会おうぞ」


「我は『チェホ』異世界の勇者よ我々の残した言葉を是非活かし下くれ」


「私の名前は『イプセス』この世界の言葉が勇者の力になりますよう祈っている」


「私は『ベケト』勇者よ我々は失敗をした、しかし上手く失敗したのかもしれない」


「私は『チカツマ』伝えたい事は山ほどあるが仕方あるまい、後は頼んだぞ」


「私の名は『シェピア』絶望は各地に渦巻いておる、希望の光りに幸あれ」


 七人の語り部達は名前を残すと、泡のように消えていった。

 死んでしまった、とは思えなかった。それでもガランとした部屋に寂しさを覚える。美浦と山水はしばし立ち尽くしていた。


 語り部の従者が美浦と山水に声をかける。

「私はマグリッド。お二人のサポート及び護衛を担当します」


 美浦が返事をする。


「私は美浦、こっちは山水。どう呼んでもらっても構わないわ」


「美浦さんと山水さん、よろしくお願いします。今日はもう疲れているでしょう、部屋を用意してありますのでそちらでお休み下さい。明日は朝からメイエルの神殿に向かいます、山道になりますからしっかりと休養を取ってください」


「ねえマグリッド、あなたは語り部さん達が消えてしまう事知っていたの?」


「もちろん、存じ上げておりました」


「反対はしなかったの? 大事な人達だったんじゃないの?」


「私はイヨスコ様に使えておりました。この方の力になる、それがこの世界を支える事になるそう思って今までやってきました。ですから命を賭けると聞いても反対はしませんでした、これは大いなる決断だったのです。長老達が出した最後の希望、その希望を繋ぐのが私の使命だと考えております」


「私で大丈夫かしら……なんて言ってられないわね、夜まで少し村を歩いて良いかしら? せっかく異世界にいるのに入ってくる情報が多すぎてパンクしそう、少しリフレッシュしたいわ」


「それはもちろんどうぞ、小さい村ですから遊ぶところもありませんが異世界から来たお二人には新鮮に感じる物もあるかもしれません。外には出ないで下さいね、ここら辺は安全ですがそうは言っても魔物がいないとは限りませんので」


 美浦はそれを聞いて、外に出て行った。


「山水さんは行かないのですか?」


「マグリッドさん、僕たちは役に立つんですかね。腕っ節も無くて、何か特別な才能があるわけでもない、何でここに居るのかやっぱり理解出来ないんですよ」


「それなら大丈夫です。私たちからすれば『今までいなかった勇者がこの世界にいる』それだけで勇気が湧きます。その為なら剣を振るえます。だから今日はゆっくり休んで下さい、部屋はあちらになります、美浦さんにも後で伝えておいて下さい」


 明日の準備がありますので、とマグリッドも外に出て行ってしまった。

 誰かの為なら剣を振るえる、そういう存在が勇者なのだろうか。

 山水はもやもやした気持ちを振り払い外に出た。

 長閑な村だ。

 風車がある、川の力を利用した水車もある。畑だろうか耕された土地が広がっていた、牛小屋の姿もある。

 しかし電気が通っている気配はない、でも村の神殿の通路にはランプが灯っていた。何か知らない技術や力があるのだろう。


 この世界の事をもっと知っておかないといけない、山水はそう思い村の人間の話しを聞いて周ろうと考えた。

 明日は山の神殿に行く、もう僕たちのお話は動き出している。


 山水は村を周りこの世界の事、情勢や常識を一通り聞いて村の神殿に戻ってきた。

 もう日は落ち、外は暗闇が支配していた。


 山水は美浦の姿も探したが、小さい村の割に見つけることは出来なかった。

 仕方なく休んでくれと言われた部屋に先に入ることにした。

 簡素な部屋だが広くテーブルの上には多分夕食だろう、パンやスープ、果物が置いてあった。

 そしてベットには美浦が寝ていた。先に戻ってきていたのか。

 起こすのも気が引けた山水は、用意された食事を頂き隣のベットに横になる。


「ねえ山水」


 びくっと驚く山水。


「美浦さん起きていたんですか」


「少し横になっていただけだもん」


「散歩してリフレッシュしました?」


「山水、私少し不安だわ」


 なるほど、ビシッと啖呵を切っていた本人も全く不安がないわけではなかったのか。山水は素直な美浦に少し驚く。


「大丈夫ですよ。それに勇者になるって言ったのは美浦さんですよ。役不足だけど仕方ないって」


「わかってるわよ、意地悪言わないで」


「意地悪じゃないですよ、この世界の人々は勇者がいれば勇気を持って剣を振るえるんだそうです。そうすれば魔の手から世界を救える。その為なら頑張れるんじゃないですか」


「そうね、だいたいまだ始まっていないものね、私の物語」


「そうです、まずは明日山に登る。それからはその後です。なんか珍しいじゃないですか美浦さんが弱気だなんて」


「普通よ。語り部さん達が命を賭けていたっていうのが少しショックで」


 美浦はだからあの後外に出たのか、山水は納得する。


「そうですね、確かにそれは僕もショックでした」


「あの人達はそうまでしてこの世界を救いたい、そう願ってこの世界を私たちに託したんだわ」


「その期待に応えましょう、何とか頑張って、駄目になりそうな時は誰かを頼って、どうにか頑張りましょう」


「そうね勇者だもんね、山水の言う通りだわ、しゃくに触るけど」


「じゃもう寝ましょう、明日は早いですよきっと」


 山水は布団の中に潜り込む。


「ええ、そういえば山水、大事な事伝えて良い?」


「何ですか?」


 美浦の話はまだ終わっていないようだ、それに大事な話とは。


「二人きりだからって私を襲わないでね」


 山水はベットから落ちそうになるのを堪えた。


「襲わないですよ、なんて事言うんですか!」


「あら私ってそんなに魅力ない?」


「魅力的だから襲うなんて生活してたら僕はまともな人生送れてないですよ」


「自分の人生がまともだと思っていたの? それはそれで危険ね」


「とにかく、襲わないですし、危険な人生でもないです。だいたい美浦さんが僕の人生の何を知っているんです」


「何も知らないわ、今度教えてちょうだい」


「わかりましたから、もう寝ますよ」


「信頼してるわ、山水。でも凄く大事な事だったのよこれ。それじゃおやすみなさい」


「はい、美浦さんもおやすみなさい」


 二人は長い一日の疲れを取るようにベットに沈んでいった。




 そして出発の朝を迎えた。

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