第4話「役者」

 白い髭をたくわえた七人の語り部が語る。


「『不在の時代』そう呼ばれ随分と経った。かつてこの世界にあった秩序ちつじょは見る影もなく、今は混沌を根城に『魔物』が蔓延はびこっておる」


「バランスが崩れてしまったのだ。正義、平穏、喜び、そういった希望の光が悪意に飲み込まれ混乱を招き絶望の色を広げた」


「闇は怖い」


「恐ろしい速さで人々を惑わしながら、硝子ガラスのひびように崩壊の情報を伝播でんぱし心を決壊させる」


「『魔王』の筋書きだと分かっていながらも防ぎようがない」


「勇者を失ったのだ」


「以前はこの世界にも勇者がいた。勇者は魔王に対する人々の希望、魔王がいるなら勇者もいる。勇者が役目を終えればそれはすなわち魔王も消えるということ」


「魔王は突如現れ世界を暗闇に包もうとする、そんな時勇者は必ず出現した。勇者という使命を持って産まれる者、無自覚ながらも勇者となる者、その出自は様々だったが勇者のいる世界は悪意に負けなかった」


「その勇者が今はいない」


「勇者と魔王が共に不在の時代が永く続いた。この世界は勇者と魔王が現れない平穏な運命をこの先も続けるのだろうと皆が信じた」


「魔王の脅威を忘れ、勇者のもたらした希望を当たり前に受け止めていた」


「闇ははそんな我々をじっと見ていたのだ。ゆっくりと世界に穴が開いていた」


「日照りにより干ばつする土地が出た」


「終わりのない寒波が、ある村を襲った」


「作物が死滅する病気が流行った」


「魔物が凶暴化し人里に出るようになった」


「人々は自らの利益ばかり追うようになり争いが増えた」


「権力者同士の争い、ならず者の集団化、ついには街が一つ滅びかけた」


「そして魔王が出現した」


「平穏な運命は崩壊した、瞬く間に」


「誰もが勇者の出現を待った。魔王に挑む者も続いた、しかし挑んだ者は敗れ勇者も一向に現れなかった。そしてその絶望もまた魔王の力となっていった」


「勇者不在の時代。人々の耐えられるリミットが迫っていた。我々は『星』に

 勇者の出現を占った」


「星が出した答え」


「もうこの世界に勇者が産まれることはない」


「星は一つの選択をしたのだ」


「すなわち滅びの運命を待つ世界」


「星の選択は非情過ぎた」


「我々は絶望した」


「しかし諦める事はしなかった」


「最後に残された悪あがき」


「我々は禁忌きんきを犯す事にした」


「この世界とは違う『異世界』から勇者を召喚する。その者にこの世界の勇者と成ってもらう」


「異世界への干渉は星のルール違反。普段なら実行する事も叶わない」


「しかしバランスの壊れている今、闇に造られた穴の開いた今ならそれも可能であった」


「禁忌なのは知っていた、しかし我々にはもうその手段しか思いつかなかった」


「長々と語らせて貰ったがこの話しももう終わる、我々の歴史と苦悩と希望を御二方おふたかたには聞いて頂きたかった」


「つまり我々が召喚し、この世界に選ばれた『勇者』それがあなた方だ」



 七人の語り部は言葉を五月雨のように降らせた。

 二人は黙って聞いていた。自分達が突然浴びた出来事。信じようにも信じられない突飛な告白を。


「なぜ僕たちなんですか?」


 山水は当然の疑問を投げかける。

 聞きたいことは沢山ある。村に着き、馬車を降り案内されるがまま神殿に通された。

 今目の前で話された事もにわかに信じ難い。しかし現状此処にいる。今は受け入れるしかない、ならば一つずつ解決していくしかない。


「星の選択としか言えない。この世界に必要な我々が望む『勇者』になれる者またはその可能性を持った者を召喚した、それがたまたまあなた方だった。勿論我々にとっては必然と考えておる」


 真ん中に座る語り部が山水の疑問に答える。

 山水はもう一つ質問をした。


「僕たちは元の世界に戻る事が出来るんですか?」


 語り部達は顔を見合わせて頷く。


「出来る」


「あなた達が『勇者』という役目を終えたならその時『勇者』はこの世界から消え、元の世界に戻るだろう」


「我々はそうして得た希望を糧に新たなる『勇者』を持つことが出来る」


 語り部は順に言葉を紡ぎ出す。


「そしてもう一つ御二方おふたかたが元の世界に戻る方法がある」


「それはなんですか?」


 堪らず口を挟む山水。

 語り部はやや間を置いて答えた。


「我々の願いを断ればいい」


「え?」


「そうすれば元の世界に戻れる」


 山水は美浦の顔を見た、美浦はただ黙っている。


「それで元に戻れるんですか?」


「元々無理をしてこの世界に召喚した、我々の願いを断るならこの世界とあなた方を繋ぐものはもう何も無くなる。あなた方にとっては夢のようにこの世界は消えてなくなるだろう」


 語り部は淡々と答えた。自分達に選択権はないと、これは自分達にとっては賭けみたいなものだと。


「そんな急に覚悟は出来ないです、あなた達を見捨てる事も勇者をやるという事も。僕たちには僕たちでやるべき事があるし、勇者という大それた役目をやるなんて、それこそ出来る気がしない」


 山水はそう言って美浦を伺った。これまで黙って聞いていた美浦。美浦はどんな答えを持っているのだ、山水は美浦の答えを待った。


 美浦は今まで語り部に向けていた顔をゆっくりと山水に向けた。


 そして山水の頬をはたいた。


 はたいたというよりそれは強く頬に触れ気合いを入れたと言う方が正しいのだろう。


「山水しっかりしなさい。目の前に困っている人がいる、そして私たちに役割がある。それで断るなんて誰が出来るの? 山水に出来ても私にはできないわ」


「それじゃ引き受けるんですか?」


「当然じゃない。役名は『勇者』! いいじゃない、私にとっては役不足かも知れないけれどそれならそれで勇者を越えるまでよ! この私に出来ない役なんてないの!いえ、どんな役でもやってみせるわ!」


 そう啖呵を切った美浦。語り部は色めき立つ。


「それでは我らの願いを聞いていただけるのか?」


「ええ、やるわ」


 語り部達は山水を見る。


「あなたは元の世界に戻られますか?」


「山水もやるわ」


 答えたのは美浦だった。


「私一人でも出来るけれど、役者は観客がいなければ成り立たないの。あなたは私の観客になるのよ!」


「それじゃあまるでごっこ遊びじゃないですか、そんなんでいいんですか?」


 語り部達は大きく頷いた。


「それで良いのです、我々に必要なのは『勇者』という役割。残念ながらこの世界にはそれが出来るものがいない、だからごっこでも勇者役を演じて頂けるならそれで良いのです」


 美浦も頷く。心なしか美浦が輝いているように見えた。


「決まりね。山水! 今から私たちはこの世界の希望となるの! 一つ大事なことを伝教えるわ」


「なんですか、美浦さん」


 山水は諦めたように美浦を見る。


「役者は一人では何も出来ないわ、だから私を助けてね」


 美浦はにっこりとウィンクを山水に投げる。

 山水はもう断る気は無かった、しかしこの後の困難を想像し美浦のウィンクに答えた。


「よろしくお願いします。勇者役の美浦さん」









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