ハル、時々謎、ところにより解決

英知ケイ

第1話 手術台とミシンと洋傘

 手術台は 古くは開いたものだがもはや不要 評価に値しない

 ミシンは 縫う必要は無く 電気は流れぬ

 洋傘は 考えずともよい 示すものは氷の国




 (T o T)ノ (6 o 6)?




「ハルちゃん、相談があるんだけど……」

「えーっ、立花さんそれって今じゃないとダメですか?」


 瀬川ハルは、目の前で申し訳なさそうな顔をして頭を書いているスーツの男性に対し抗議の声をあげた。


「もちろん今だよー。話が早いね」

「えーっと、今から私友達と約束があるんで……」

「嘘言っちゃいけないなぁ、どうせアニメの録画でも見てる途中だったとかじゃないのかい?」


 くっ、こういうことだけは、この男は鼻がきくのだ。


「大きなお世話です!全く、そういうことはすぐわかるのに、どうして私に毎回相談するんですか?」

「ハルちゃんのことならわかるんだけどね、どうもそれ以外はからきしなんだ」


 ……ハルはその言葉に戦慄した……。


「このストーカーがっ!訴えますよっ!!」

「手厳しいなあ。そうしたらボク、確実に職を失っちゃうからさー養ってよ」

「どーして私が立花さんをっ!」

「責任はとってね、ハルちゃん」

「女子高生にそーゆーことを求めないでっ!」


 らちが明かない。

 ハルはあきらめることにした。


 このままズルズル続けても相手が根負けするとは思えない以上、素直に話を聞くというのが賢い判断だろう。何より、宇宙英雄ビックバンの続きを早く見たい。


「はあ……立花さん、それで今日はどんな相談なんですか?」

「ありがとう、ようやくその気になってくれたんだね」

「感謝の言葉とかはどうでもいいです。早くしないとパソコンの電源落としちゃいますよ、立花刑事」


 ノートパソコンのとあるウィンドウの中で刑事立花は慌てていた。

 そう、彼女は、今Webウェブカメラを通じて彼とやりとりをしているのだ。


 瀬川ハル、彼女は、引きこもりである。

 ここ1年程は家から出たことがない。


 家から出たことはないのだが、ひょんなことから、ネット経由で知り合った刑事立花と共に、これまで数々の事件を解決している。


 すなわち、彼女は安楽椅子探偵ならぬ、ネット探偵、いやこれではどこかで既にありそうだからWebウェブ探偵としておこうか、うんWebウェブ探偵である、語感は悪いが……。


「わかったハルちゃん、手短に説明する」

「お願いします」

「あっ、その前に一応確認だけど、これ他に見たり聴いたりしてる人いないよね?」

「やっぱり電源……」

「ま、待ってください、お願いします、お願いします!」


 閉じられかけたノートパソコンの画面に、悲痛な叫びをあげている彼の顔が拡大されている。


「全く気が小さいわね……私の部屋私以外いないし、回線もしっかり暗号化されてるから大丈夫よ!」

「それでは、安心して……実はね」


 彼の語るとことではこうだった。


 国内に潜伏していたテロリストが、とあるホテルで仲間と機密情報の受け渡しをするという。


 そこで、立花は、かのテロリストが宿泊しているというホテルの部屋を張っていたのだが、残念ながら、あと一歩のところで逃げられてしまった。


 部屋の中を捜索したところ、1枚のメモが見つかった。

 そこに書いてあったのが冒頭の文章というわけだ。


 念のためもう一度。


『手術台は 古くは開いたものだがもはや不要 評価に値しない

 ミシンは 縫う必要は無く 電気は流れぬ

 洋傘は 考えずともよい 示すものは氷の国』


「何のことだかわかるかい?仲間に何かの方法で機密情報のありかを伝えようとしてるんじゃないかとは、流石にボクも思うんだけど」

「うーん……ちょっと教えてほしいんだけど、いい?」

「何でも!……といいつつ話せる範囲にはなっちゃうけどね、まだボク職失いたくないから」


 これまで流した情報だけでも、十分30回くらいは減給、下手したら懲戒免職モノじゃないの?と思ったハルだったが、また面倒な会話になりそうなので、反応せずに続けた。


「テロリストさんは、どこの国の人?」

「イギリス人だってさ、007みたいで格好いいよね。こんな日本語の文章も書けるし凄いよ」


 007はテロリストじゃなくてスパイだ!


 それはそれとしても、スパイだって違法な存在だし、刑事の自覚あるのか、立花!!


 といいたいところではあったが、でも、ここでつっこんだら負けである。

 彼女は意識をどこか遠いところに飛ばしつつ、彼と会話することにした。

 どうせ、あと少し、そんなには、かからない。


「じゃあもうひとつ。部屋の中の様子を教えてもらえる?」

「部屋の中?手術台もミシンもなかったよ?洋傘はあったけど、広げてみても何も出てこなかった」


 普通、ホテルに手術台があると思うか?立花ァッ!!


 ハルは頑張って、頑張って、この台詞を飲み込んだ。


「そういうことじゃなくて、ベッドとか机とかクローゼットとかテレビの上とかに何かなかった?」

「テレビの上にはリモコンと番組表だね。おおっ、これはすごいな。こんなハードなモノまでやってるんだね、桃色チャンネルか……」

「何の番組なのよ!!!……他は?」

「クローゼットはもぬけの殻だった。ベッドはキレイなもんでね、メイキングされたままだった」


 ああもう、情報を小出しにするんじゃない!

 報告するときは、まとめて、端的にって就職したときに習ったりするんじゃないの?

 ハルのイライラは頂点に達していた。


「あ、そうだ、食べかけのケンタ君のフライドチキンがあったから、ばっちぃと思って捨てちゃったよ」

「そ、それだああああああああああああああああああああああああああああ、捨てんな!」

「えっ?」


 絶叫するハル。

 立花は、カメラの向こうで怪訝そうな顔をしたままだった




 (T o T)ノ (6 o 6)?




「どういうことだい?ハルちゃん」

「こんなの謎でもなんでもないわ。一生懸命に推理モノ書いてる小説家さん達に失礼よ」

「謎じゃないの?!」

「わからないのね、立花さん。仕方ない、いつもどおり解き明かしてあげる……でも、その前にツッコミいれてもいい?」

「……どうぞ」

「なんでこのご時世にスパイがわざわざこんな文章を残すのよ?メールかLYNEにしとけっての!私の手間が増えるじゃない!!」

「さあ……念には念ということでは?それにアレだよ、電子だとサーバに残るとか気にしたんじゃない?」


 意外にまともなことを言う立花。

 しかしここで下手に評価したら、つけあがるに決まっているのだ。

 ハルは聞かなかったことにした。


「それにこれ、仲間はわかるの?イギリス人なのに日本語なの何で?」

「ハルちゃん、そのあたりは、ボクたちが出くわす事件の都合だから、それを言ったら作者が……そうだ、早く教えてくれよ」


 いけない領域に踏み込みそうになったハルを立花が制した。

 こういうあたりはやはり大人である。大人の事情なだけに。

 

「いいわ、もう気が済んだし。では、始めましょうか。まず、この文章の最初の言葉をそれぞれ英語に置き換えてみて」

「それは無理だよハルちゃん。ボクは英語苦手なんだ。理系だったし」

「苦手言うなし!話が進まないじゃない!!というか、女子高生の私より英語できないってどういうことよ!!!」

「ごめんなさい……」

「もういいわ……今からスペル言うからしっかりメモして!」


 ハルは立花が間違えないようにと、ゆっくり言った。 


 手術台 operating table

 ミシン sewing machine

 洋傘  umbrella


「それで、ここからどうするのさ?」

「まずは、手術台からね。『古くは開いたものだがもはや不要』っていうのは、『Ope』のことだと思ったの」

「『Ope』?」

「古い英語で開くって意味。それが不要なんだからとっちゃおうか。そうすると『rating table』になるでしょ。これは『評価表』って意味ね」


  手術台 operating table

  → 評価表 rating table


「な、なるほど、どこか部屋に表みたいなのあったかな……」

「ダメダメ、『評価に値しない』んだから『評価(rating)』も取るの、そうすると『テーブル(table)』になる」


  手術台 operating table

  → 評価表 rating table

    → テーブル table


「そっか!だからテーブルの上だったんだね!」

「待ちなさい!それだけじゃ確定できないでしょ。他の文も解かないと」


 この男は、いったい推理というものを何だと思っているか、単細胞め!

 そろそろ本音言っちゃってもいいかなって思い始めたハルだった。


 が、自分を待っている宇宙英雄ビックバンのことを考えてなんとか耐えることに成功した。


「『ミシンは 縫う必要は無く 電気は流れぬ』だから、これも『縫う(sewing)』と『電気(ma)』を取ると、『chine(骨、骨つき肉)』になる」


 ミシン sewing machine

 →骨、骨つき肉 chine


「ちょっと待って、教えてほしいんだけど」

「何?私の説明を遮るレベルの教えて欲しさなの?」

「先生……お願いします。自分、『電気(ma)』がよくわかりませんでした」

「……あなた理系じゃないのっ!?ミリ・アンペアよ!!」

「……」


 立花が無言のまま下を向いた。

 ハルはなんだか少し可愛そうになったが、気の迷いだと思うことにして続けた。


「最後は、『洋傘は 考えずともよい』で『um』を消して『brella』ね!」


 洋傘 umbrella

 → brella


「……」

「ちなみに、『um』は『えーっと』とか『うーん』とか考えるときに使う口語、『brella』はちょっと難しいけどアイスランド語で『仕掛け』ね。ここだけ英語じゃないからグルグルで探すのにちょっと時間かかっちゃった。確かに氷の国アイス・ランドね」

「英語できるな、すごいなー、って思ってたのに……ハルちゃん」

「何とでもいいなさい、今のご時世、情報リテラシーが全てよ!……ということで、まとめるとこんな感じよ」



 『テーブル(table)』の『骨、骨つき肉(chine)』に『仕掛け(brella)』」あり



「あった、あったよ!MicroSDカード!!よーし、早速戻って解析だっ」


 立花のその声と共に、彼の姿は消え、ウィンドウに通信終了の表示がされた。


「あー待ちなさいよっ、せめて特典付きのブルーレイが買えるくらいのお礼はしなさいー」


 今日も結局、立花に振り回されただけだった。

 ハルは深いため息をついた。

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