第7話夏の終わり
ある日の昼下がり。お盆が終わり、8月下旬にさしかかってもまだまだ暑い。つぐみは相変わらず忙しそうに改札で仕事をしていた。
「はあ。また学校が始まると忙しくなるなぁ」
つぐみは社員も客もいない改札カウンターでボソッと独り言を言った。
「ああ。そうだね」
「ぬわわわっ‼驚かさないでください!」
つぐみは駅務室から不意に現れた主任に驚く。
「そんなに驚くこたぁないだろう?それより石田助役が呼んでたよ?」
「石田助役が?わかりました。行ってきます」
「うん。行っておいで」
主任はニコッとつぐみを送り出した。
「あのー。お呼びでしょうか?」
つぐみは石田助役の所に行く。
「うん。村野さんは、9月1日から出札に職場変更ね」
「は、はい。一生懸命頑張ります」
「うん。よろしく頼むよ。出勤パターンは、班は同じだけど、今度車掌見習いに転出する坪井のパターンだからね」
「わかりました」
つぐみは改札に戻ると主任に報告した。主任はとても喜んでくれた。
「おお。それはおめでとう。村野は総合職だから、これから本社に配属されるまで、車掌や運転士といった職場環境が目まぐるしく変化するぞ。出札への配属はその第1歩だ。気を引き締めて、しっかりな」
「はい。ありがとうございます。がんばります」
「倉家さんは、運転とか車掌試験とかの勉強はしているの?」
窓口にいたセイラは、ふらりと現れた駅長に聞かれた。
「はい。旅客関係はともかく、数学と運転法規は勉強しておけと社長から言われてますので…」
「そうか。社長も抜け目ないな。来年早々運転考査と車掌試験をするそうだよ」
「わかりました。よく勉強しておきます」
「うん。わからない所は教えてあげるから、ちゃんと聞きに来なさいよ」
「はい。ありがとうございます」
それから2日後のいつもの居酒屋。セイラとつぐみは酒を飲み交わす。
「今度、9月から出札だって」
つぐみはセイラに報告する。
「へえ~。新たなステージに昇格じゃん。おめでとう」
「うん。ありがとう」
つぐみは嬉しそうに応じる。
「所でセイラはどうなの?」
「ん~。来年早々に試験あるから数学と運転法規を勉強しとけって社長から言われたけど…」
「社長さんって叔父さんなんでしょ?」
「うん。お父さんの弟なんだ」
セイラはサワーをグイっと飲む。
「早く車掌と機関士の経験積ませたいみたいだよ」
「ふーん」
「これからは、1年1年が勝負になるなぁ」
「……」
つぐみはセイラがとてつもない速さで成長している事に気がついた。それに対して自分はどうなんだろうと考えてしまった。
翌日。つぐみは午後の休憩時間に主任にその事を話してみた。
「ふんふん。なるほど。その人はその会社の後継者なんでしょ?」
「そうです。お父さんが創業者で、今は弟さんが2代目だそうです」
「なるほど。私鉄だと規模に関わらずにある話だね」
「そうなんですか?」
「そうだとも。うちも十何年か前はそうだったからね」
「へえ~」
「へえ~って。まあいいや。俺は3代目になる筈だったヤツと同期でね、今は親会社の課長をやっているが、オヤジが会社を追われて、メガバンクから今の会長が来た時、ずいぶん楽になった様な顔をしてたのを覚えている」
「へえ~。主任ってすごい人と知り合いなんですね」
「村野もすごい人と知り合いだろう?」
「あ、そうか」
つぐみは思わず苦笑いをする。
「話がずれちまったが、会社を背負って立たなければいけない人間は大変なんだよ。できて当たり前だと周囲から思われているからね。失敗できないから本人は物凄い努力をしたと思うよ」
「なるほど。そういえば来年早々試験があるとかで、勉強しておけって言われたそうです」
「そう。で、村野は出札の勉強した?」
「え?」
「係長が勉強に来ないって、おかんむりだったぞ?」
つぐみの顔は青くなる。
「その様子では何もしてないな。明日、明けで残って勉強しろ。いいな」
「は、はい~」
つぐみは夜遅くまで帰れない事を悟ったのだった。
「うむ。よく勉強している様だな。この調子で頑張る様に」
「はい。ありがとうございます」
「後、手が空いている時は、信号や入換、運転扱いも見学して勉強する様に。人の動きを把握するのはとても大事だからね」
「はい。わかりました」
セイラは勤務終了後、駅長から抜き打ちテストを受けて褒められた。それから今後の方針についても指示を受ける。
「それじゃあ、早速見学させてもらおうかな」
セイラとつぐみの鉄道員人生は始まったばかりだ。今、それぞれの歩みが踏み出されたのだった。
完
新米駅員セイラさん 土田一八 @FR35
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