あの日あの時あの場所で

朝凪 凜

第1話

 高校まで付き合っていた男の子がいた。

 入学からクラスメイトで、たまたま委員会が同じだったのがきっかけだった。

 毎週木曜日の放課後に委員会があり、なんだかんだと一緒にいあたらいつの間にかというやつだ。

 そして、その委員会が終わったら必ず行く場所があった。


 学校から少し離れた場所にある喫茶店。

 帰る途中にあるけれど、距離が離れてるのと駅から反対なこともあって、あまり学生はこっちの方には来ない。

 そういうこともあり、いつしか秘密というほどでは無いにしろ、週に一回の休息があった。

 そして注文するものもいつも同じ。学生なのだからあまり色々頼めないので、この店の定番メニューであるフレンチトーストとオリジナルコーヒーを頼む。

 店員さんは気さくで注文ついでに世間話をしてくる。週に一回来るだけなのだけれど、何度も何度も来ているからかお客さんが少ないからなのか顔と名前はしっかり憶えられた。


 そんな毎日を送っていた三年間。大学進学になり、私たちはそれぞれ別の大学へ行くことになった。

 お互いやりたいことがあったから、同じ大学にというのは無理だったのだ。

 そして一年生では意外と忙しく、大学生というものに慣れるのにいっぱいいっぱいで、彼氏とは疎遠になってしまった。向こうも同じように、いや私以上に忙しいというのは聞いていた。

 そして今はもう一人。大学にいるとやれ合コンだ、飲み会だと誘われるのだけれど、適当に理由をつけて断っていたら誘われなくなった。

 そう、未だに一人なのだ。大学では男女ともに友達はいるし、寂しいわけではない。無いのだけれど、付き合うということまでは無かった。

 そして、それから二年の月日が経った。


 たまたま、本当にたまたま、あの喫茶店へ入った。

「あらあら、久し振り! 高校生の時以来じゃない!?」

 気さくな店員さんは二年以上も来ていなかった私のことを憶えていた。

 席に案内されると、当時いつも座っていた場所だった。そういえば今日は木曜日だった。

 このいつもの場所で二人、いつも笑って過ごしていた。

 そういえばケンカらしいケンカは一度も無かったな、と思い耽る。

 そのまましばらく物思いに耽っているとフレンチトーストとコーヒーがやってきた。

「あれ、頼んでないのに……」

 我に返って、店員さんをまじまじと見つめる。

「席に着いてメニューも見ないでぼーっとしてるんだもの。いつものだと思ったんだけど違った?」

「あ、ううん。合ってる、大丈夫」

 せっかく持ってきて貰ったのだからと視界からメニューを外して受け取る。

「うんうん。じゃあしばらくゆっくりしてってね」

 そう言って踵を返す彼女の足取りは嬉しそうに見えた。

 何も頼んでいないのに出てきたメニュー、いつもいた席、否が応でも思い出す。

 フレンチトーストを口にする。

 あの頃と同じ味。普通のお店よりも甘く芳ばしい風味。

 一口食べたら鮮明に想起される。

 なんで同じ大学に行かなかったのだろう、

 なんで大学で忙しくなるように単位を組んでしまったのだろう。

 なんで――

 堪えられずに溢れてくる想い。また声が聞きたくてどうしようも無くなってしまった。そのまま俯いていると

「遅かったじゃないか」

 その声が聞こえた。

 それは今まで幾度となく聞いていたから間違えようが無かった。

 弾けるように顔を上げると

「おかえり。毎週このいつもの場所で待っていたんだけど、まさこんな待ちぼうけさせられるとは思ってもみなかったよ」

 おどけて見せた彼を見た途端、笑顔を作った。全然笑顔にはなっていなかったけれど。

「ただいま」

 掠れた声でなんとか絞り出せた一言がこんなにも嬉しいとは知らなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

あの日あの時あの場所で 朝凪 凜 @rin7n

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ