決着
離婚の話はとてもスムーズに運んだ。
夫は貯金のごく一部と結婚前から持っていた身の回りのもの、そして例のノートパソコンを抱えて家を出た。
あるじを失った家は妙に広く、落ち着かない。
夫の部屋だった場所に入る。
もう遠慮する必要はないのだが、なんとなく忍び足になってしまう。
ところどころ抜けた本棚。そこには「あの」新刊も残されていた。パラパラとめくってみるがもちろん例のメモはない。
パソコンの置いてあった机をそっと撫でていると涙が溢れてきた。
出会ってからこの約10年、なんだったのだろう。
私が気付かなければこんなことにはならなかったのだろうか。
いや、違う。
例え私が『レイ』の存在に気付いていなかったとしても、それどころか夫が『レイ』に出会っていなかったとしても、私たちの関係ははいつか破綻していただろう。いつの頃からかお互いの顔をまともに見ることなく生活をしていた。
夫が『レイ』とこの先どうなっていくのかは私にはわからない。私が夫のストーカー行為を知っているということが、夫にとって少しは抑止力になれば良いのだが。
少なくとも、あの日ショッピングモールのフードコートで『レイ』がボーカルの女の子に向けていた眼差しが夫に向けられることはないだろう。『レイ』は見るからに健全な少年で、あの少女に恋をしていた。
夫が家を出て数日後、記入済みの離婚届が送られてきた。消印は隣の県になっている。
同封されていた手紙には、『レイ』との出会いや彼の素晴らしさ、そして私への愚痴が綴られていた。手紙にさっと一通り目を通すと、通帳と一緒に貴重品として保管することにした。もし復縁を迫られたとしてもこれを突きつけてやるのだ。
離婚届は届いたその日に私の名前を記入して提出した。晴れてバツイチの出来上がりだ。
元夫が残していった本や服は、元夫の実家にまとめて送り付けてやった。私に散々孫をせっついて嫌味を言っていた義母がなんとか処理するだろう。
二人の貯金の大半が手元にあり、家も名義を書き換えたので何もせずともしばらくは暮らして行けそうだ。
私はその間に資格を取ることにした。
ずっと介護の仕事をやってみたかったのだ。
なんとか資格を取り、手元に証書が届いた。離婚時に旧姓を選択したので、久し振りに生まれた頃の名前に戻った。
私は介護士として第二の人生を歩み始めた。
最愛 なっち @nacchi22
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