最終場「夏休み」
セミの声が、やけにうるさかった。
生徒会の会議が終わった帰り道。僕は、いつものように電車を待っていた。
そこに一足遅れて、会長の沢渡さんが来る。
「星野くん、お疲れ。うーん……まだまだ暑いねぇ」
「……そうだね」
「私のわがままで、ごめんね、休み中に」
「そんなのみんな同じだよ。生徒会だから、当たり前って思ってるし 」
「ありがとう……文化祭、まだ先だけど、どうしても、今年は去年より大がかりなものにしたくて」
「……あぁ、大丈夫」
「あれ、どうしたの、ボーっとしてる? 寝不足?」
「うん……昨日の夜……」
「昨日?」
「やっぱなんでもない」
「なに、気になるじゃん」
「……沢渡さんにはさ、会いたくても、もう会えない人っている?」
「どうしたの突然」
「いないなら別にいいけど」
「……いるよ」
「どんな人?」
「……うーん、やっぱり、死んじゃった、人かな。星野くんは?」
「僕も、いるよ。そういう人。でも、もう会えないって実感がわかない」
「え、どういうこと?」
今朝、母から鉄郎の訃報を聞いた。明日が、告別式になるそうだ。
「僕らにとって、身近な誰かが死ぬこと、って、ファンタジーみたいなものだと思うんだ」
「ファンタジー?」
「ゲームとか童話の中にしか存在しない、一枚画面を隔てた、向こう側の世界の出来事」
「ははは……でも、本当は、そうじゃないよ」
「うん、知ってる。本当は、違う。なのに僕たちは忘れるんだ。いつも忘れてしまってから、気づく」
昨夜のことなのに、徐々に記憶や実感が消えていく。
朝、目覚めたら、もう鉄郎以外、誰が乗っていたのかさえわからなくなっていた。
あの旅路は死者のためのもので、生きている僕たちには必要のないひとときだったんだ。
近いうちに銀河鉄道のことを、忘れてしまう。
あいつとの最後の思い出が、なかったことになる。
「スマホとかネットとかですぐ声がきけるから、いつでも連絡がとれるから、ずっとそれが変わらないものだと、勘違いする」
それでも一つだけ、絶対に忘れちゃいけない、こみ上げてくるもが、あった。
「……過去を切り捨てちゃ、いけなかったんだ……僕は……僕は、もう、あいつには、会えないんだよ……!」
ホームへ電車が到着する直前、向かいのホームに、鉄郎の姿が、みえた。
晃、俺、もう行かなきゃ
「え?」
幻想第四次、銀河鉄道の旅はここで終わりだ
「ちょっと待って、何言ってるのか全然聞こえないよ……!」
俺はここで、降りなきゃいけない
「聞こえないよ! 鉄郎!」
……ごめんな、晃
「嫌だ、行かないでよ、僕を置いてかないでよ!」
鉄郎は、曖昧に笑った。
「僕も一緒に行くよ! ずっと、あの銀河鉄道に乗っていこうよ!」
電車にかき消されて、聞こえるはずのないあいつの声が、聞こえた。
「……晃、俺はもう、寂しくないんだ」
銀河鉄道は、これからも、死者と生者の一瞬を繋いでいく。
現代冥府のカンパネルラ なかやま。 @nkym1992
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