習作4 平凡作品殺人?事件~問題編2~
「解釈違い、という事柄をどう解釈するかという点がむしろ重要かも知れない。」
割り当ての自室に戻ってから、慎二は京都での『彼』の言葉を思い出していた。助っ人として指名した知人だ。いや、慎二は親友のつもりでいるのだが、彼の方ではどうだか、本心を言わない男だからよく解らない。
彼はまだ姿を現さなかった。快諾とはほど遠い状態で無理強いした手前、すぐ来いと呼びつけることも憚られる。コールは極力我慢して、豪奢な室内を熊のようにうろつき回っていた。
部屋で打ち合わせをしたかったのだが、本人が自室に籠もってボイコットの様相では仕方がない。無理に呼び出せば完全にリタイアされてしまう恐れもあり、ここは触らぬ神になんとやら、というところだった。機嫌が直るまで待つよりない。彼は気難しい男なのだ。ほぼ騙し討ちで参加させたから仕方ない。
「まったく。なんで僕にだけ、ああまでワガママかなぁ。」
腕組みで考えてみたが、最初の出会いですでに我が儘だったような気もするし、彼だけでなく、慎二の周囲の誰もかれもが我が儘なような気もした。さっきロビーで話した千鶴子嬢もそうだ。学校では聖女のように優しく振る舞っていると聞く。
考えても仕方ない、ため息をひとつ落としてベッドに腰掛けた。
さすがは超の付く一流ホテルを謳うだけあり、客室内部においてさえ、調度品からアメニティやリネンに至るまでの細々な物が品質の高い品を揃えてあった。額面通りで受け取ってよいのならば、の話ではあるが。
確かに解釈が違うという事実を把握しているかどうかは重要なポイントだ。思い込み、誤解、偏見、言葉は色々あれど、すべては解釈違いの言い換えなのだから。
同じ物事が人によっては見え方が違ったり、言葉次第で違うイメージに結びつく。
今回、慎二が助っ人に指名したのは京都に住む知人の縣恭介だ。彼は言った。
「陰陽師の術は神道とはまた別個だが、基督教における悪魔払いでも他宗教のものでも基本は同じで、人間外を人間社会から追い払う方法ということだ。方法も理屈も違うが、解釈が違うというだけだと俺は理解している。これ自体も俺の勝手な解釈に過ぎんけどな。」
彼はまだ、自身がその解釈違いの難問に巻き込まれる予定だとは知らなかった。慎二は先回りで事の背景から説明をし、海底ホテルの抱える特殊事情を告げた。縣は、今まさに自身が叙述トリックに引っかけられている最中とは思っていなかったろう。
仕掛け人の一人、堂本慎二はホテルの概要を伝えた後、締めくくりで言った。
「場所が問題アリだとする意見があったんだ。ウタキの一つに、あまりにも近過ぎるらしい。神聖な場を乱すことに繋がるかも知れないってことで反感が持たれている。地元に敵に回られちゃ上手くいくものも上手くいかないから、共同開発者である堂島の側からは慎重論が出たそうだけど、強行に決まったそうだ。」
「例のリゾートか。信心深い者とそうでない者との間にも解釈違いが生じるし、信心深い者の中でさえ、それぞれで解釈の違いが出てくるからな。祟り一つとっても、さっき言った神道と陰陽道と基督教とで違うし、宗派の違いや他宗教まで加われば収拾が付かない。」
旨い珈琲を味わうように優雅に啜った後で、そう言い放った。コマーシャルのように絵になるイケメン顔は、店内では浮いていて、彼の馴染みの店でなければもっと注目を集めたことだろう。見慣れているらしき常連たちは知らん顔だった。
何も知らない彼の態度は無責任極まりないものだ。俺には関係ない、とばかりに機嫌は良好だった。
「怪異といって、これも解釈は様々だからな。好きなだけお祓いでも祈祷でもすればいいじゃないか。九割方は気の持ちようでしかないし、作ってしまったものなら今さらどうにもならないだろ。」
「そうは言うけどな、君。建設反対派の中にはかなり過激な連中だって居たんだぞ。テロの標的にでもなったらどうするんだ。海底ってことは、そういうリスクは地上とはまるで違う観点を持つし、様相を呈するはずだよ。」
「お前が思い悩むべき問題ってわけでもないだろ?」
「そりゃそうだけどさ。」
絶対的に安全な場所、だから彼はあくまで無責任だった。
「とにかく、僕は参加するよ。少なからぬ知人たちが参加を決めているし、放っておくわけにもいかないさ。それで、君には本業からのアドバイスで何か聞いときたかったんだけど。ユタはさすがに畑違いか、いや、すまない。」
彼はこの言葉にムッとしたようで、秀麗な顔を大きく歪めた。神社の息子としてはプライドを損なわれたといったところか。
「少しくらいなら知ってるさ。踏まえた上で、解釈違いだと言ったんだ。」
「ほ~ぉ、例えば?」
「人由来の怪異はたいがいの解釈では祓えることになっているが、物由来の怪異は祓えないから逃げることになる。陰陽師における方互いもそういう方法論だし、基督教のエクソシストだって、媒体になった人間から魔を引き剥がすことを主目的としていて、滅ぼせるという解釈ではない。」
「ウタキってのは、つまり、相手が神様になるってことか?」
「神道でも荒魂というのは神を指しているさ。触らぬ神になんとやら、だ。」
彼が乱暴に言ったその通りの状況で、今、まさに慎二は荒ぶる旧神状態の助っ人を待ちぼうけていた。
ミステリカフェでたまごサンドを【川端通り本店】 柿木まめ太 @greatmanta
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。ミステリカフェでたまごサンドを【川端通り本店】の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
今さら「あつ森」日記/柿木まめ太
★0 エッセイ・ノンフィクション 連載中 5話
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます