習作4 平凡作品殺人?事件~問題編1~

「どうだい? これこそ類例のない新しきクローズドサークルというものだろう?」


 綾小路文麿はそっくり返って胸をやたらと張りまくった。彼の背後には美しい珊瑚礁の海底パノラマが広がる。近頃の好天続きで沖縄地方は穏やかなブルーオーシャンを満喫できる。世界に誇る日本企業の雄、綾ノ重金属の経営者グループの子息は壮大なパノラマを背景にして、ふんぞり返っているのだった。


 否を唱えたのは堂本慎二だ。招待者、綾小路文麿の幼馴染みであり永遠のライバルと勝手に宣言されている男で、大柄な体躯を斜に構えて立っていた。ちなみに両親は外交官だ。


「携帯電話の範囲内だろ、通報すれば一発で破られる脆弱さだね。」


 不敵に笑って文麿は右手の人差し指を立てて左右に振った。


「甘い。このオーシャンビューホテルはまだ発表前で、企業秘密の情報統制が掛かっているのを忘れたのかい? 君たちの携帯機器も今朝方集めさせてもらっただろう? その他、パソコンやデジカメなども入念なボディチェックで取り上げてあるはずだ。そして迎えは三日後まで来ない。つまり、この海底ホテルは現時点で完璧なクローズドサークルなのさ!」


 パノラマビューを眺めていた女性陣からも声が上がった。


「それはそうだろうけど、某探偵アニメの映画でやらなかったっけ、これ。」


「うそ! ボクはアニメなんか観ない、ほんとにあったの!?」

「あったよねぇ、てゆうか在り来たりじゃない? 海底だからの密室なんて。」


 堂本も首を捻っていた。自身の読書歴においては見当たらないのだが、確かに漫画やアニメまで持ち出されると、どれほどのマニアだろうが全てをカバーするのは不可能だろう。現代科学の発達はSFを軽く凌駕し、ミステリの幅を圧迫し続けている。


 巨大なドームは海底に建造され、内部には緑の庭園が造られ、洋風のヴィラが建ち並び、プールに人工海岸まで備えられている。海底に波打ち際があるという、よくよく考えれば悪趣味シュールな建築物だ。空に文字通り魚が泳いでいる。


 堂本たちが居る場所は、ヴィラとは別個になっているホテルの一つで、背面はそのまま海底ドームのクリスタルガラスに併設されていた。水圧分散の設計がどうとかで、ヴィラやその他の施設とは完全に分離され、ホテル群も一つ一つが独立したエリアとして管理されているらしい。どこかで事故があったとしても、他の施設が被害を被らないためのリスク回避だとか。


「だからこのホテルは実質クローズドサークルで孤立した舞台なんだよ。」


 前例がすでにあるかも知れないと解って、招待者の文麿はふて腐れた様子だった。連盟で招待者側に名を連ねる堂島千鶴子はいつも通りの生意気そうな微笑でもって、従兄弟の背を肘でつついた。慎二が振り向くと、意地の悪そうな可愛い笑みで上機嫌だった。こちらは日本有数の複合企業、堂島財閥のお嬢様だ。相変わらずポーズを決めてお高くとまっている。


「ホテルは全室貸し切りだそうよ。というより、このドームには現在わたしたち以外の人間は居ないんですって。ロボットは居るそうですけれど。」


 ロボットの件も慎二はすでに承知のことだ。ドームの接続ゲートでロボットによるボディチェックを受けて、ロボット運転によるリニアカーに乗り、このホテルへの案内だってロボットだったのだ。


「ロボットが予期せぬ動作を起こして、てのも定番のSFミステリだと思うね。」


 範囲がSFにまで及んでしまえば、洋画やアメコミにまで広がってそれこそ収集はつかなくなる、しかし限定的な推理小説に限っていえば、ロボットのみの海底ホテルというクローズドサークルは本邦初なのかも知れないと期待した。


「よろしい、君からの挑戦、謹んでお受けするよ。僕をここへ招待したのみならず、助っ人の参戦まで認めるとは剛腹じゃないか、文ちゃん。」


「文ちゃんと呼ぶな! ボクは綾小路文麿だ!」


「その展開もどっかで観たわぁ、」


 クリスタルガラスに背をもたせかけた別の女性客が首を捻る。彼女の後ろをゆったりと、大きなサメが横切っていった。

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