鮮血のアゲハ

@silver_9tails

 生物の心は、血に宿っている。


 いつの頃からか、そんな考えを持つようになっていた。


 その一節の持論が脳裏をよぎる度に思い出すのは、小学校の保健室の壁に張り出されていた人体図のポスターだ。赤と青の無数の線が、迷路のように枝分かれしながら人間の輪郭の中にみっしりと詰まっていた。

 茫漠ぼうばくとした古い記憶の映像だ。それを目にしているのがいつの自分なのかまでは定かではないが、その発想に至る源泉は幼少期にまで遡るということなのだろう。無知で無垢な幼心には、指の先まで余すところなく張り巡らされた線の集合体が、ヒトという型を形成する中身そのものに思えたに違いない。


 実に子供らしい短絡的な想像に端を発する持論は、しかしそれからも変わることはなく、むしろ長じるに連れて、そうであるに違いないと確信めいたものを抱くまでになっていた。


 心という不確かなものの所在を示す際に、多くの人間は頭や胸を指す。

 しかし、脳は血液なくして機能することはなく、心臓に至っては極論血液を運ぶ為の装置でしかない。それらの働きはまず血液あってこそのものなのだ。


 絶え間なく全身を廻り続ける血液こそが、生命そのものなのだ。


 であるならば、心や魂と呼ばれる、個を個たらしめるも、そこに宿っているはずなのだ――。



 誰に語るでもなく漠然とそんな持論を抱いていた自分が、よりにもよってを与えられようとは――全くって皮肉としか言いようがない。これが俗に言う神の悪戯というものならば、私は迷うことなく神に仇なす悪魔へとこの身を堕とすだろう。


 ――いや、既に


 右手首に走る、冷たい感触。一瞬遅れて、鋭い痛み。溢れ出る鮮やかな色を見詰め、思う。


 宿――




 昏く濁った視界の中で、私のこころは漆黒の鋼となった。

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