第22話 おまけ:レオニードのエリザベス観察

 ――――エリザベスはバザーを終えても忙しそうだ。


 レオニードは、変わった食べ物を売っていた屋台がすべてバラされた広場にいた。

 代わりに、そこにはいくつものテーブルと椅子が置かれ、ささやかな宴席となっている。


 エリザベスと領主クリストハルトの発案による、バザーを労う場だった。

 飲んだくれているのは村人や商人、酒のつまみにしているのは、今日売っていた変わった食べ物――――は、ほとんど売り切ってしまったので、エリザベス曰く、余った材料で作ったアレンジレシピとやらだ。


 タコの代わりにチーズの入ったたこ焼きに、蜜がけのポップコーン。


 クリームの入ったアップルパイ。


 顔の出来がいまいちでエリザベスにはじかれた猫の形のカステラは、皆が食べ飽きたのか人気はなく、あまり気味だ。


 塩気のあるつまみが足りない者には、肉と野菜のごった煮が配られている。


「…………」


 レオニードは、酒の席に長く居座る性格ではない。

 しかしながら、さっきまでエリザベスがうろうろとしていたので、広場の隅の席で座って見守っていたところである。


 気がゆるむ宴席では出入りする者に細心の注意を払わなければならない。

 いつでも動けるように、広場の出入り口で立って見ていたら、物騒だからやめてくれとクリストハルトに言われたので、仕方なく、座ることとなった。


 ――――教会へ見に行ったほうがいいか?


 エリザベスとシスター達は、子供達を寝かしつけると言って、一時間ほど前に教会へと戻っていった。

 当然のようについていこうとしたら「子供達が興奮して眠らなくなるので」と、納得のいく説明を受けたので、ここにいる。


 帰ってしまってもよかったが、エリザベスは土産とやらを持ってくるので、まだいてくださいね! と、言い残していたため、戻ってくるつもりだろう。


 そわそわと待つのは性に合わないが、一日中、エリザベスと店を切り盛りした名残がまだある身のせいか、宴席に長居するのも苦ではない。


 酔っぱらった村人や商人が声高に叫ぶのは、今日という日の興奮であった。

 エリザベスがノルティア村へともたらした、一日である。


「…………ふ」


 不思議とうるさくは感じない。微かに口元がゆるみ、誇らしい気持ちになった。


 今日の、くるくると動きまわるエリザベスの姿は、レオニードの記憶の浅いところに刻まれたままで、目を閉じれば簡単に思い浮かべることができる。


 レオニードがここへ来た時よりも、エリザベスとの距離は縮まった気がする。

 何度思い出したことか。


 ――――ノルティア村で、初めて会った日は……。


 教会の門で、ぎこちない顔を向けられた。



『お忙しい騎士団長殿が、こんな地まで、何の御用でしょうか?』



 他人行儀な口調であれ、知った顔だと認識されていることに感動した。

 騎士団長であれ、個として知られていると思わなかったから。



『用件をおっしゃって!』



 公爵令嬢ではなくなり、意気消沈しているものと思っていたら、エリザベスは元気そうであった。

 緋色の瞳が輝きを増している。


 ――――俺は、俺は……。

 エリザベスを……。


「……お前を追ってここまで来た」


 レオニードの呟きは、宴席で今日の売り上げを自慢する商人の声で掻き消えた。

 気持ちは、ここへ来た時も、今も変わらない。


 レオニードは、エリザベスを追いかけてきたのだ。

 監視でも、護衛でもなく。

 ただそばで見守りたいのだから。


 近くで過ごしていると、より、強く――――近くにいたいと思うようになっているが、それは自然なことのように感じる。


 少しずつ親しくなり、まずは友人として――――。


「……もう、友人か?」


 レオニードは、ぼそりと口にした。


 友人の域には達していると思う。

 二人で港へ買い出しにも行ったし。


 頼りにしてくれていると感じる瞬間もある。

 ただ、その基準は、誰が定めるものなのだろうか?

 気安く名を呼ばれることが証のような気もするが、エリザベスはまだレオニードとしか呼ばない。


 騎士団長殿と呼ばれるよりは、ましだが――――。


「むっ……」


 あることを思い出して、レオニードは唸った。


 レオニードの愛馬であるフロレスターノのことをフーノと愛称で呼ぶのに、レオニードのことはレオと呼んではくれない。


 親しさで馬に負けている。

 馬は友人なのか、エリザベスよ。


 問い詰めてもいい問題だと思うが、切り出し方がわからない。


「レオ! 楽しんでるかい?」


「…………」


 レオニードが考え込んでいる前の席、許可もなく、ワイン片手にテーブルに座ってきたのはクリストハルトだった。

 この男は、気安く名を呼ぶから、友人なのだろう。


「エリザベス嬢、行っちゃって寂しいね? でも、あんまりつきまとうと、重たい男になっちゃうから。あっ、このチーズたこ焼き、ワインに合う」


「……知らん」


 レオニードは、ガタンと席から立ち上がった。


 クリストハルトは酔っている様子はないが、そもそも言動が不可解なのでシラフでも酔っ払いである。

 ふらふらと領主の伯爵が歩いている宴席も珍しいが、厄介な奴に絡まれた。


「まあまあ、今日はエリザベス嬢と仲良さそうだったね。一番の友人が、客観的に見た彼女との距離、教えてあげるよ」


「…………」


 必要ないが、勝手に話した言葉が耳に入ってくる分には、問題ない。

 レオニードは浅く椅子へ腰掛けた。


「僕は驚いたよ。君はエリザベス嬢から自然に頼られている。不器用さんが、いったいどんな手を使ったんだい?」


 仰々しい口ぶりが癇に障るが、エリザベスから頼られているという評価は、なにやら心地がいい。


「……近くにいただけだ」


「ふうん、だろうね。相性がいいのかな? お互いの足りないところを補っているとか……あー、ないな。二人とも頭の中、筋肉質そうだし……だから気が合うとか? ううん、恐るべし脳筋ポジティブ」


「エリザベスを悪く言うな」


 響きから、エリザベスが貶されていると感じ、レオニードは獅子が唸るような声を出した。


「えっ? いや、褒めてるんだけど……気が合うねって。わかりにくかったかな」


 悪びれた様子もなく、クリストハルトがワインを口に含む。


「他のシスター達や村の女の子達からの君の評判も聞く?」

「いらん」


 クリストハルトはどこまで情報通なのだろうか。


「じゃあ、エリザベス嬢について、詳しくだけど。今は、お友達って感じだね。港に出かけた時、せっかく二人きりだったのに、彼女をドキッとさせられなかったのかい? 何かを買ってあげるとか、エスコートするとか」


 友達、友人か。やはりな……。

 いい関係となりつつあることに、レオニードは安堵した。


 あの日は、友人としてふさわしい行動であったのだ――――。


「エリザベスの買い物に付き合った。商館へも共に行った」


「…………そういうことじゃなくて……」


 なにやら、クリストハルトが頭を抱えている。


「じゃあ、反省会だね。遅刻したら言い訳はちゃんとすること。機嫌を取ること。エスコートすること。何かに気づいたら気を利かせて褒めること!」


 今日のクリストハルトはいつもに増して口やかましい。


「必要ない」


 レオニードは、クリストハルトにぴしゃりと返した。


「友人より上に行くには必要なんだって。嘘をつけってわけじゃないよ、口に出さないと伝わらないこともあるし、気づいてあげないとがっかりさせることもあるんだから。君は騎士として着眼点はよさそうだし」


 ――――必要なこと?


 レオニードは記憶を探った。あの日、気づいたことはあった。


「……エリザベスは、シスターの服ではなかった。髪にリボンが付いていた」


「それだ! 可愛かっただろう? 次に見たら、褒めて褒めて……あー、それは、無理そうだから“その姿、似合っている”ぐらいでいいから、事実を言うだけならできるでしょう?」


「それだけのことで上に行けるのか?」


 向上心ならばある。


「もちろんだよ! あっ、エリザベス嬢が戻ってきた」


 見ると、タタッと走ってきたエリザベスは、帰ろうとしている村人へ、何かを強引に渡している。


 目をやると、それは猫の形のカステラにクリームを挟んだものであった。


 口の中が急にぱさぱさする。まだ残っていたのか。


 クリームを挟んだだけという形は、エリザベスでも工夫に限界があったようだ。


「あっ、レオニード、まだいた。よかった! はいこれ、お土産です。明日までには、頑張って食べてね」


 他の村人への包みとは違う、ずっしりとしたカゴを渡された。

 隣にいるクリストハルトは包みなので、誇らしい気持ちになる。


 このまま、距離を詰めてしまうのもいい。


 上に行ける証明を、今ここで――――。


 レオニードは、エリザベスに向き直った。


「エリザベス!」


「えっ? あっ、決して、残り物を押し付けたわけでは……おほほ……」


 おどおど……と、目をそらす様子が、なんとも可愛らしい。


「エリザベス。その姿、似合っている!」


 レオニードはきっぱりと口にした。


「…………今じゃないよ。よく見てよ」


 クリストハルトが頭に手を置いて、夜空を仰ぐ。


 確かに、今のエリザベスは、港に出かけた時の服ではなく、いつものシスター服である。


「…………っ」


 ――――しまった……。


「…………っ、ふふっ、やっぱり――――レオニードもそう思います?」


 凍り付いたレオニードの前で、エリザベスはシスターのベールへ手をかけて、心からの笑みと共に嬉しそうに口にした。


「私、シスターのほうが合ってるかなって、思うんです。ありがとう!」


 エリザベスの屈託のない笑みが、レオニードの心をぎゅっと掴む。


「……ああ」


 なるほど、言われてみれば、吸い込まれるような温もりをまとったエリザベスは魅力的だ。


「もう、君たちは勝手に進めばいいよ……」


 クリストハルトのぼやきは、聞こえない。

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悪役令嬢の追放後! ~教会改革ごはんで悠々シスター暮らし~ 柚原テイル @yuzulatte

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