第3話

「え、もう1回言ってくれる?」

「……いや、2人の様子、最近なんか変だなって……」


 講義の休憩時間の合間、リョウコが友達の1人――のままで居続けてくれている友人にそんな話題を振ったのは、彼女たちが『カワイイカワウソカフェ』に入り浸るようになってから数週間後の事だった。可愛いコツメカワウソや同姓でも見惚れる美人店長が待つカフェへ、リョウコたちは頻繁にお邪魔するようになっていた。最初は数日おきだったのが、気づけば1日おき、ここ最近は3日連続で訪れるようになっていたのだ。


 それに関しては、リョウコ自身もそこまで気にしてはいなかった。ビルの中にある別世界のような空間で、店長やカワウソ、そして友達と楽しくゆったり寛げる時間を味わえるのは決して嫌な事ではない、と考えていたからである。

 だが、問題はリョウコと共にカフェに入り浸っている、もう2人の友人だった。


 以前は動物と交流する際のすらわきまえておらず、平気でフラッシュを焚いたり大声で叫んで興奮したりとカワウソたちを困らせる事ばかりしていた2人であったが、カワウソカフェの常連客になってから一切そういった迷惑行為をしなくなり、可愛いカワウソと平和に、そして正しく触れ合えるようになっていた。それだけなら生き物が大好きなリョウコにとって喜ばしい事だったが、それ以外にも2人の友達の私生活に奇妙な変化が生じ始めていたのだ。


「あの2人って、そんなに魚食べてたっけ……?」

「……あれ、そうだっけ?」

「もう、学食で鉄火丼とか焼き魚とかムニエルばかり注文してるじゃん最近……」

「うーん……そうなの?あまり気にしてなかったけど……」


 単に魚の美味しさに目覚めたからじゃないか、と呑気な態度で話を聞く友人に、リョウコは若干苛立ちを感じていた。様子がおかしくなった友達の1人は、もともと大の魚嫌い。アレルギーではないのだが、口に入れる事すら嫌がっていたはずである。それなのに、カワウソカフェに行くようになってからは毎日のように魚料理を食べるようになり、昨日に至ってはおやつと称して煮干しを大量に頂いていたのだ。友人の言う通り、カフェで魚を頬張るカワウソの可愛さに影響されて魚好きになった、というのなら納得したかもしれないが、それでも彼女には引っ掛かるものがあった。


「それにさ……あの2人、あんな大人びてたっけ?」

「あー、そういえば雰囲気変わったよね、最近……」

「でしょでしょ!?絶対変だって!」


 流石にそれに関しては、友人もどこか違和感を感じていた。ここ最近、2人は揃ってどこか大人びた感じのメイクやファッションで自分を飾るようになっていたのだ。そう言うものが流行している、という事もネットやテレビでは流れていないし、単なる好みだとしてもどこか腑に落ちないものがある。一体何がどうなっているのだろうか、と友人と一緒に悩み始めたリョウコであったが、互いの『問題』の捉え方が正反対である事を、彼女は直後に知る事となった。



「あ、そこにいたんだ、おーい!」

「今日も一緒にカフェ行こうよー」


「!?」

「いこいこー♪」


 今回の話題の渦中の2人――最近様子がおかしい2人の友達が、あの美人店長が営むカワウソカフェへと誘ってきたのである。すぐ楽しそうな顔になってその話に乗る友人の一方、リョウコはその言葉に対し素直に嬉しさや楽しさを見せることが出来なかった。確かにあの可愛らしい動物や艶やかさと落ち着きを見せる大人っぽい店長とのひと時は楽しく落ち着くものだが、何故か彼女の心には緊張、戸惑い、そして一抹のが表れていたのだ。

 そして、リョウコは恐る恐る残りの3人に告げた。今日は急用が入ったから、カワウソカフェに行けない、と。


 その言葉の直後に訪れた沈黙の時間に、とっさについた嘘がばれてしまったのか、と思った彼女であったが、幸いそのような事はなく、それなら仕方ない、リョウコの分までカワウソと触れ合ってあげる、と逆に同情のような思いをかけられてしまった。素直に自分の言葉を受け止めてくれる友達に若干の罪悪感を覚えた彼女に、意外な言葉が飛び込んできた。そんなに怖そうな顔をして、何か悩み事でもあるんじゃないか、と。


「え、いや、その……」

「いつものリョウコらしくないよー」「一体どうしたの?」「悩みなら私たちが聞こうか?」

「う、うん、ありがとう……でも……」


 そう優しく接してくれる2人の友達そのものが『悩み』の原因だなんて言えるわけがない。でも、なんだかんだ言って助けになってくれる2人を裏切るわけにもいかない、一体どうすれば良いのか――様々な思いが巡り、悩み苦しむリョウコの助け舟になってくれたのは、先程まで相談に乗ってくれたもう1人の友人だった。そんなに深刻に悩んでいるのなら、今度カワウソカフェを訪れた時店長さんに相談すれば絶対に解決するはずだ、と。


「あ……そうか……そうだよね!」


 容姿のみならず様々な知識も豊富、困った時にはどんな相談でも真剣に、そして優しく聞いてくれる――店長の存在を思い出した事で、少しづつリョウコの心に安心感が戻ってきた。だけど、つい先程あのような嘘をついてしまった以上、今日はカワウソカフェを訪れる事が出来ない。次にカフェに来訪する機会があった時に、自分の口から相談してみる、と彼女ははっきりと友達に宣言した。その顔からは、ずっと滲み出ていた困惑や恐怖がすっかり消え去っていた。


「それじゃね、リョウコー」「お土産貰ってくるからねー」「あったっけお土産なんて?」

「あはは……ありがとう」


 楽しそうに大学を後にする友人を、リョウコは笑顔で見送った。

 あの時言われたように、案外大した変化じゃないかもしれない、これからも4人で楽しい日々を過ごせればそれで良いのかもしれない――楽観的な考えに心を切り替えながら。


 しかし、その翌日――。


「……ねえ……」

「「「……ん?」」」


 ――昼間の学生食堂で、一心不乱にを頭から貪り食う3人友達を様子を目の当たりにした彼女から、そんな楽観的な思いは消え去っていた。外見には特に変わったところはないし、傍から見ればただ美味しそうに焼き魚定食を食べるごく普通の女子にしか見えないかもしれないが、いただきますと声を合わせて挨拶をした直後から一言も口を利かず、目の前の料理に夢中になる3人を目の当たりにしてしまうと、とても『普通』とは思えなかったのである。それに、今朝から3人の雰囲気や気配が、今までとどこか違うような、妙な違和感が沸き上がっていたのだ。

 とは言え、どこが『普通』ではないのか、違和感とは具体的に何なのか、その内容を論理的に整理する事はどうしても出来なかった。見た目も普段の生活もいつもの3人そのものなのに、自分でもわからない『何か』が異なる、そのような状況をどう言葉にすれば良いのか――。


「……ご、ごめん、何でもない……」

「「「……♪」」」


 ――結局彼女は、昼食をものすごい速さで平らげる3人を止める事は出来なかった。


 ごちそうさま、の挨拶を声を揃えて告げた後、リョウコは何とか言い訳を口にしながら3人と距離を作り、一目散に学生食堂を後にした。大事な友なのにどうしてこんなに嫌がってしまうのか、何故違和感が拭えないのか、もしかしたらそのような事を1人で勝手に考えてしまう自分自身がおかしいのか――思い悩み、苦しんだ時、彼女はある事を思い出した。自分1人ではどう考えても解決できないような事があった時、相談に乗ってくれる頼もしい人がいる、と言う事実を。



「……よし!」



 彼女は決心した。午後の講義がない今こそ、カワウソカフェの『店長』に自分の悩みを打ち明ける絶好の機会だ、と。

 

 そしてリョウコはたった1人で大学を後にし、町中にたたずむ雑居ビル――可愛いカワウソの看板が手招きする場所、『カワイイカワウソカフェ』へと向かった……。

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