カワイイカワウソカフェ

腹筋崩壊参謀

第1話

「え、カワウソカフェ?」

「そう、最近出来たんだって!」


 お昼時、とある大学にある食堂の一角で4人の女子大生が繰り広げていた話題は、数日前に大学近くの街に開店した『カワウソカフェ』についてだった。


 ここ最近、彼女たちはテレビや雑誌、ネットなどで『カワウソ』と言う動物の画像をよく目にしていた。細長い胴体に短い手足、触り心地がよさそうな毛並み、愛らしい表情、そしてこちらを見つめるつぶらな瞳――『可愛い』と言う言葉を形にしたようなその動物に、日本に住む多くの人々と同様、彼女たちもすっかり夢中になっていた。是非本物のカワウソに会いたい、と恋焦がれる彼女たちであったが、残念ながらこの大学の近くには動物園や水族館などカワウソが飼育されている施設が存在せず、一番近い場所でも車を長時間運転しないとたどり着けないほどに遠かった。

 そんな中で開店したカワウソカフェは、彼女たちにとってまさに願ったり叶ったりの場所だったのである。


「折角だからー、皆で一緒に行こうよ、ね!」

「勿論行く行くー!」

「ついでだから写真もいっぱい撮ってさ、たくさんSNSにアップしようよ♪」

「そうしたらフォロー数爆稼ぎ間違いなしじゃないのー?」


 そんな皮算用なんて通用しないって、と互いに冗談を言い合いつつ、彼女たちは即決でカワウソカフェに予約を入れる事を決定した。幸いカフェ側にも余裕があったらしく、ぜひ楽しみにしている、と言う返答がすぐに戻ってきた。あの可愛らしい動物と思いっきり触れ合える時間を楽しみにしつつ、彼女たちは残された昼食を残さず食べ終えた。骨が多いし面倒だし、何より味が自分に合わない、と魚を丸ごと残した1人を除いて。


「残しちゃうんだ、勿体ないなー」

「仕方ないでしょ、苦手なんだからさ……まぁカワウソだったら喜びそうだけどね」

「まあそうだよね、カワウソはお魚が食べ物だもんねー」

「ほんと、楽しみだなぁ……♪」



 そして数日後の予約日――。


「おーいリョウコ、こっちこっち!」

「リョウコおそーい!」

「寝坊したんだとばかり思ったよ、もう……」

「ごめんごめん、お待たせみんな……」


 ――時間ギリギリで到着した、『リョウコ』という名の女子大生を含む4人が集まったのは、住宅地の傍に佇む静かな公園だった。目的地のカワウソカフェはここから目と鼻の先、素朴な立て看板が道に置かれた雑居ビルである。


「えーと、確か『荒谷あらやビル』……」

「あったあった、ここだよーここ」


 その公園から徒歩1分と言う近さ故にすぐ到着する事が出来た彼女たちは、手招きするカワウソが描かれた看板を見つけた。そこに書かれていたカフェの名前は、ずばり『カワイイカワウソカフェ』であった。確かにカワウソは可愛いけれど率直すぎる名前だ、と心の中で突っ込みを入れつつ、彼女たちは近くにあった扉をゆっくりと開き、待ちに待ったカフェへと足を踏み入れた。

 中に広がっていたのは、木の柱や障子、畳など、純和風の落ち着いた雰囲気で彩られた空間だった。そして――。


「「「「うわぁ……!」」」」


 ――その一角にはリョウコたちが一番待ちに待っていた小さく愛くるしい動物・カワウソたちが、透明のケージの中で4人を待っていたのである。

 

 とは言えここは動物園や水族館ではなく、食べ物を扱うカフェである。彼女たちはまずドリンクとスイーツを注文し、畳敷きの椅子に腰かけながらゆったりと寛ぐ事にした。コーヒーやジュース、和風の抹茶ラテなど、どのドリンクも絶品と言えるほど美味しかったのだが、やはり彼女たちの注目は、隣のケージの中で動き回るカワウソたちへと移っていた。暇そうに寝転がったり、元気に走り回ったり、自分たちの様子を興味深そうに眺めたりと様々な愛嬌あるしぐさを見せ続けるカワウソたちを見ているうち、彼女たちの1人が手にスマートフォンを取り出し――。


「えいっ♪」


 ――と共に、カワウソたちを写真に収めたのである。


「え、待って……今フラッシュ焚かなかった?」

「あ、そういえば……まあいいんじゃない?」


 それはまずいよ、とリョウコは慌てて彼女に注意した。そんな事をしたらカワウソの目に影響が及んでしまう、と。しかし、注意された側は反省するそぶりも見せず、いちいち気にしすぎだ、と軽く返した。周りの店員だって全く注意していないし大丈夫だ、と残りの2人まで加勢されては、リョウコも引き下がらずを得なかった。

 本当に大丈夫なのか、カワウソたちは平気なのか――そんな彼女の心配は、直後あっという間に吹き飛んでしまった。待ちに待った、カワウソとのふれあいタイムの時間がやってきたからである。


「ようこそ、私たちのカフェへ。たっぷりカワウソたちと楽しんでいってね」

「あ、ありがとうございます……」

「ど、どうも……」

「す、凄い美人……」


 リョウコたちにカワウソの抱き方や餌のあげ方など諸注意を行ったのは、この『カワイイカワウソカフェ』を営み、カワウソや店員の面倒を一手に見るという女性店長だった。癖の入った長い髪、済んだ瞳に潤んだ唇、すらりとしたモデル顔負けのスタイル、そして何でも優しく包み込みそうな大きな胸――大人の色気と魅力に溢れたその風貌に、同性であるリョウコたち4人の女子大生もつい夢中になりかけるほどだった。しかし、すぐ気を取り直した彼女たちは、店員たちがケージから取り出した愛くるしいカワウソたちと思う存分触れ合う事にした。


「うわー、可愛いー!見てみて、カワウソー!」

「すごいすごーい!私にも触らせてー!」

「あらあら、随分気に入ったようね♪」


 きょとんとした顔で抱きかかえられるカワウソに大声をあげて興奮し、その小さな体をもみくちゃにしていく友達の様子に、リョウコは再び不安を覚えた。あの行為はどう見てもカワウソなど小動物にとって迷惑なものなのだ。ところが、周りの店員は遠巻きに見ているだけだし、何より店長は注意するどころか彼女たちを褒めている。果たして注意するべきなのかどうか、と思い悩んでいた彼女を、別の友人――カワウソ目掛けてスマホのフラッシュを焚いた友人が明るい声で呼んだ。待っている間にケージの中で見つめているカワウソたちへのエサやり体験を一緒にしよう、と誘ってきたのだ。


「へぇ、これがカワウソのご飯……」

「そうですよー。これを……あ、ほらほら……」

「わぁ……!」


 手に持った小さな餌を見つけた途端、カワウソはつぶらな瞳を潤ませながらこちらに近づき、ケージに開いた穴から小さな前足を伸ばしてきた。おねだりするようなその格好の可愛さであっという間に不安感が薄れていったリョウコは、餌をカワウソにそっと渡した。そして瞬時にそれを受け取り、目の前でおいしそうに食べ始めるその様子に、彼女と友人の顔はすっかり緩んでしまった。


「ふふ……やっぱり可愛いね、カワウソ……♪」

「よし、早速写真を……あ、フラッシュのスイッチは切ったからね、ちゃんと」

「お願いね……でも本当にかわいい……♪」


  こうしてカワウソと触れ合う夢のような時間はあっという間に過ぎていった。最高だった、ぜひもう一度行きたい、と口々に言う友人たちと共に、リョウコも楽しい時を与えてくれた事への感謝の言葉を店長たちに告げ、店を後にした。



「それにしても、リョウコって心配性だよねー」

「うんうん、言っちゃ悪いけど……」

「ほんとほんとー」

「えっ?」


 その帰り道、リョウコは3人の友達から『カワイイカワウソカフェ』での態度についてやんわりと文句を言われてしまった。確かに彼女は理学部、それも生物を研究する道を歩もうとしている身、そういった動物のことを心配するのは理解できる。でも、自分たちの行為を店員も店長も咎めていないし、何よりあの美人店長が語った注意にもそう言った事は一切書かれていなかった。そこまでカワウソに対して神経質になる必要なんてない、もっと気ままに楽しむのが一番じゃないか――友達からの忠告に、リョウコは若干納得しつつもどこか不満な感情を拭い去る事は出来なかった。例え注意されていなくても、動物相手にフラッシュを焚いたり大声を出したりするのはマナー違反なんじゃないか、と考えたからである。そして、その反論を口に出そうとした直前、友達の1人――数日前の昼食で魚を丸ごと残し、カワウソにフラッシュを焚いたあの友人が唐突に大声を発した。カワウソに夢中になりすぎたせいで、スマホなど重要なもものが多数収納されたバッグを店内に置きっぱなしにしていた事に、今になって気づいたからである。


「え、それ大変じゃん!まずいよ!」

「このドジー!」

「早く取ってきなよー!」

「ごめーん!少し待っててー!」


 そして、慌てた様子で駆けて行ってから少し経ち、その友人は何事もなく、バッグと共に無事帰還した。店長が見つけて保管してくれたお陰でスマホや財布などの盗難もなかったと聞いて安心したリョウコは、先程の文句も忘れ、カフェの思い出を友達と語らいながら帰路に就く事にした。


 それから数日後――。


「ねーねー、また行かない?

「あそこって……あぁ、あそこ!」

「言わなくたって分かるよねー♪」


 ――昼下がりの食堂に集まって一緒に昼食を食べていた彼女たちは、再び『カワイイカワウソカフェ』を訪れ、のんびりカワウソたちと戯れる計画を練っていた。可愛い仕草やつぶらな瞳、そして滑らかな毛並みがどうしても忘れられなかったのだ。当然話はとんとん拍子に進み、彼女たちは数日後にカフェへ向かう予約を入れた。そして、目の前に残った昼食に手を付けたとき、リョウコはある事に気が付いた。


「……あれ、魚……」

「ん、どうしたの、リョウコ?」

 

 今までずっと文句をつけては魚を残し続けていた友人が、骨付きの魚を美味しそうに食べていたのだ。一瞬体全体に妙な違和感を覚えたリョウコであったが、色々あって魚の美味しさに気が付いた、こんなに美味しいなんて知らなかった、と本人に言われれば納得せざるを得なかった。口に魚をほおばりながら見せる友達の嬉しそうな表情を見たとたん、不安があっさりとからである。


「ごちそうさまでしたー」

「バッグ忘れないでよー、この前みたいに」

「もう大丈夫だって!その記憶は忘れていいから、ね!」

「あははは……」


 そして、リョウコたちは『カワイイカワウソカフェ』へと思いを馳せるのだった。可愛らしいカワウソたち、そしてあのの事を頭に浮かべながら……。

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