第2話

 リョウコたち4人の女子大生が、街中に開店したカワウソカフェ『カワイイカワウソカフェ』の魅力を知ってから、少しの時が流れた。


「「「「お邪魔しまーす」」」」

「あら、いらっしゃい♪」


 老若男女誰もが振り向くであろう美人店長と、純和風の店内で頂く美味しい飲み物やスイーツ、そして一番の名物である愛くるしい仕草と表情を振りまくカワウソたち――街の中に忽然と現れた不思議で楽しいカフェに、4人がハマらない訳はなかった。初めて入った時の素晴らしい体験がきっかけとなり、彼女たちは暇を見つければ積極的に訪れる常連客になっていたのである。


「わー、今日も可愛いねー♪」

「見てみてー、すっかりあたしと仲良くなったみたい♪」

「写真撮ってSNSにあげよっか♪」

「いいねー♪」


 程よい甘さのラテやスイーツを頂いた後、今日も4人は店で飼われているカワウソたちと戯れ始めた。小さく可愛いカワウソを抱きしめたり、おねだりをするカワウソに美味しい餌をあげたり、何度同じ事をやっても彼女たちは決して飽きる事なく、カワウソの可愛さをたっぷりと楽しみ続けていた。しかし、リョウコだけは違った。何度もカフェを訪れるうちに、友達がどこか変わり始めている事に薄々気づいていたのである。ただし、良い方向に。


「おっとっと……ごめんね」

「ふふ……」


 最初に訪れた時、彼女の友人の1人はカワウソにカメラのフラッシュを焚いたり大声で興奮したり、まるでカワウソを単に可愛らしい生きた人形のように扱っていた。自分本位に動くことで動物たちが大変な目に遭うと言うを知らなかったのだろう、とマナーを知らない彼女をリョウコは心の中で密かに感じた、僅かながら卑下する思いを抱いていた。でも、今の友人はそういった問題行動を一切起こす事無く、カワウソに対してな接し方を心掛けている。きっとあの日がきっかけとなり、動物との触れ合い方を知ったのだろう、と生き物が大好きであるリョウコは少し嬉しい気分だった。

 残りの2人は相変わらず相変わらず大声をあげて興奮してばかり、動物と触れ合う時のを全くわきまえていなかったが。


 そんな彼女たちの背後から、どこか艶やかさが混ざった声が聞こえた。


「あら、今日もみんなお揃いでようこそ♪」

「あ、店長!」「お邪魔してまーす」


 『カワイイカワウソカフェ』を経営している、美人の女性店長である。


 常連客となっていたリョウコたちは、店長ともすっかり顔馴染みになっていた。店で飼育されているカワウソについての様々な知識を教えてくれるだけではなく、様々な相談に乗ってくれたり、時に美味しいスイーツをサービスで振舞ってくれたり、気づけば店長は彼女たちの優しい『先輩』になっていたのである。


「今日のチーズケーキ美味しかったです~!」

「また作ってくださいね、あたし幾らでも食べますから!」

「ふふ、了解♪」


 カワウソ以外にもこの場所を訪れる楽しみを見つけていたリョウコたち女子大生が美人店長との会話を弾ませていた時、リョウコの友人――先程興奮してカワウソへ向けて大声を発していた1人が、ふと浮かんだ疑問を口に出した。このカフェで飼育されているカワウソは『コツメカワウソ』、名前の通り小さな爪を生やし愛嬌ある姿をいつも見せてくれる小さな種類である。しかし、この日本にはそれとは別にもう1種類、古くから知られていたあるカワウソが生息していたはずだ――。


「このカフェに『ニホンカワウソ』って、いないんですかー?」


 ――一瞬の沈黙の後、彼女に返ってきたのはリョウコを含む3人からのツッコミであった。かつて日本各地に分布していた固有種のニホンカワウソは、毛皮を目当てにした乱獲や環境破壊によって何十年も前に姿を消し、既に絶滅宣言も出されている、とっくに1匹もいない事が証明されてしまった動物だ。それがこんな街中のカフェで飼われている訳がないじゃないか、という至極まっとうな指摘を受けてしまっては、流石の友人も苦笑いしつつ先程の質問を謝罪するしかなかった。しかし、店長はそんなやり取りに呆れたり怒ったりする事無く、彼女を優しく励ました。確かにこのカフェの中で飼育されているカワウソにニホンカワウソはいないけれど、別の場所で今も平和に暮らしている可能性は十分にある、と。


「え、そんな事ってあり得るんですか?」


「そうね……ずっと絶滅したと思われていた魚が、別の湖に持ち込まれて、そこで生き残っていた。そんな話、聞いた事ないかしら?」

「あ、ああ……そういえば……」

「そんなニュース、昔あったよねー」

「思い出した!あったあった!」


 もしかしたらこのカフェの近くの川や池に、二ホンカワウソが密かに住んでいるかもしれない――どこか夢溢れる話に友達3人が興奮する一方、リョウコは少しだけ妙な違和感を感じていた。ほんの一瞬だけ、店長が何かのように見えたのである。しかし、すぐ彼女はそんな自分の思いを否定した。瞳の中に映っているのは、間違いなく大人の雰囲気をたっぷりと醸し出しているいつもの美人店長。折角こんな素晴らしい話をしてくれているのにこのような気持ちを抱いてしまうのは失礼だ、と考えたからである。

 そしてたっぷりと楽しい時間を味わったリョウコたちがこの場を去ろうとした直前、先程質問をした彼女の友人が恐る恐る手を挙げ、店長に何かを耳打ちした。直後、店長が指さした場所――カワウソたちがいる部屋から廊下を少し歩いた先にある、『WC』と書かれた扉へ向け、友人は急いで駆けていった。そして数分後、友人が戻ってきたのを見計らって、今度こそ4人は店長に礼を言い、カフェを後にしたのであった。



 そして、リョウコたちがその友人の『異変』に気づいたのは、その翌日だった。


「あれ、最近メイク変えたの?」

「なんか雰囲気違うねー」

「えへへ……どうかな?」


 前日――絶滅したニホンカワウソの話題で盛り上がった時の彼女の髪型やメイク、アクセサリーは、どちらかと言えば年下の女子の雰囲気を纏うものが多かった。だが、この日大学で再会した彼女は、打って変わって年上の美女のような雰囲気に包まれていた。今までどこかふわふわしていた衣装もどこか落ち着いたものに様変わりしていたのだ。予想外の変貌に驚くリョウコたちに、彼女は笑顔のままその理由を簡潔に伝えた。あの素敵で綺麗な美人店長みたいになりたくなったからだ、と。


「……なるほどねー、分かる分かる!」

「女子でもあれは憧れちゃうからねー」

「でしょー。ね、リョウコ?」

「う、うん……」


 その気持ちは、リョウコも大いに理解する事が出来た。抜群のスタイルや衣装は勿論、人々の心を掴むトーク術、自分たちを包み込むような魅力は、確かに同性として大いに見習いたかったからである。しかし、同時に彼女の心には、何度も現れては消えていた『違和感』がまたも姿を見せようとしていた。何かがおかしい、何かが変わっている、でもその『何か』の正体が掴めない。一体、何がどうなっているのだろうか――。



「そんな難しい顔しないでさー、これ食べなよ?」

「あれ、これ……?」

「歯が鍛えられるよー♪」


 ――疑問が消えないまま、リョウコは友人に礼を言いつつ、貰ったを口いっぱいに頬張った……。

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