危うし!! サイバー再生医療

暗伝光

第1話 編集後








危うし!!

サイバー再生医療





















   本書の内容は、サイバー攻撃ならび

にサイバー攻撃防御技術に関わる部

分以外は、すべて著者の想像の産物

であり、現実の世界とは無関係な内

容であることをお断りしておく


















   危うし!! サイバー再生医療


        目次


   第 一章 老科学者の死


   第 二章 遺言状公開


   第 三章 情報漏洩


   第 四章 攻撃


第 五章 希望


   第 六章 絶望


   第 七章 復活


   第 八章 敗北


   第 九章 秘密は何処に


   第 十章 怨念再来


   第十一章 人名救助


   第十二章 未来







主要登場人物および間柄


比良雅元昭 比良雅元内14代目 サイバー再生医療開発者

比良雅元一 比良雅元一長男 元内15代目

比良雅元浩 比良雅元一長男 元内16代目

比良雅幸二 比良雅元一次男

酢儀多現紅 酢儀多現白13代目 医学会会長

酢儀多現緑 酢儀多現紅長男 現白14代目 医学会副会長

酢儀多現黄 酢儀多現緑長男 現白15代目

酢儀多葵  酢儀多現黄娘

真枝野至誠 真枝野良沢16代目

真枝野元菜 比良雅元一長女

永野久絵  サイバー再生医療分野の医師 酢儀多現白の姻戚

ジェームス・ヒラタ・ノイマン 天才数学者

IQ-300だったフォン・ノイマンの姻戚













第一章 老科学者の死


二0二0年十月十日(土)、東京オリンピック・パラリンピックの熱気がまだ覚めやらぬ東京虎ノ門の港ヒルズ五三階の広大な執務室で、一人の老人が死を迎えようとしていた。


比良雅元昭(ひらがげんしょう)、昭和元年の生まれで九三歳、江戸中期の有名な科学者比良雅元内(ひらがげんない)の子孫で、元内から数えて十三代目にあたる由緒の正しい老人である。


この執務室は、比良雅元昭の自宅、東京虎ノ門近傍の港ヒルズ五三階にある、元昭の自宅八百平米のうち150平米を占める広壮な執務室である。港ヒルズの五三階部分の南東の一角を占める位置に有り、東向きの窓の中央から六十度左手にスカイツリーが威容を見せ、南向きの窓の正面に東京タワーが手を伸ばせば届きそうな姿を見せている。冬になれば南向きの窓の正面から右手六十度の方向に真っ白な富士山が見える。


比良雅元昭は、この部屋からの眺め、特に夜の景観が事のほかお気に入りで、下層階にある会社の執務室をよく抜け出して、この部屋から指示を出すことも日常的であった。


比良雅元昭、株式会社超智創成・代表取締役会長は、先祖以来の小規模電子部品製造会社にあきたらず、肺結核を患ったために兵役に行かず、二十歳の大学生の時に父に懇願して、電子部品会社の開発製造担当の責任者に就任した。就任するやいなや持ち前の発想力と技術力を駆使して小型高性能の電子部品の製造に着手、特に無線関連および、通信網関連超小型電子部品の開発製造を行い、戦後の需要、電話網、インターネット、IoTの進展にのって瞬く間に売り上げを伸ばし、今や年間総売り上げ五千億円の超優良巨大企業・株式会社超智創成:SUIM社 Supra Intelligence modeling Inc.)を育て上げた立志伝のトップの一人に名を連ねる人物である。


なお元昭は一九二六年一二月の末に生まれる予定であり、大正時代の正月生まれを祝して元正と命名されるはずであったが、一二月二五日(土)に年号が昭和に変わったため、昭和元年生まれを祝して元昭という名になったという。稀有を本当にする力を持って生まれた天才だったとも言えよう。


十年前に、将来の人間を豊かにするためには、健康が第一であると唱え、サイバーと再生医療を結合した画期的なサイバー再生医療技術を開発することを決心し、社長業を息子比良雅元一に譲り、当時工学系大学院に在学していた孫比良雅元浩と二人で、サイバー再生医療研究所を立ち上げ、研究中心の生活を送り、本人の話によればようやく基本原理の実験に成功し、本年(二0二0年十月には、成果発表と勇んでいたものである。


それが、本年八月手遅れ状況の膵臓癌が発見され、自分で自分にサイバー再生医療を適用すべく寝食を忘れた研究を遂行していたのだが、九月二日に倒れて人事不正となり、いったん病院に運びこまれた。二日後の九月四日に意識を回復したが、自分の余命をはっきりと自覚し、最後は自宅でツリーとタワーに見守られて死にたいと、医者・看護師帯同でこの部屋に戻ってきたものである。


戻ってきてからは、PCで自らの研究結果をまとめる生活となり、痛みをこらえて重要事項を書き残すその姿は悲壮であった。


今日・十月十日(土)の午前四時に容態の悪化が落合一郎医師より告げられ、親族・関係者に招集がかけられ、今午前八時関係者のほとんどが揃ったところである。


ベッド枕元の左側、すなわち病人比良雅元昭の右手側に息子比良雅元一(六四歳)が立ち、病人の左手側に孫(元一の長男)比良雅元浩(三五歳)が立って不安げに顔を曇らせている。


部屋の中には、元昭の妻タエ(八八歳)、元一の妹真枝野(旧姓比良雅)元菜(六一歳)、元一の妻比良雅玲子(六十歳)、元浩以外の元一・玲子夫妻の子供、長女(元浩の妹)比良雅陽菜(三三歳)、次男幸二(三十歳)も居並んでいる。また真枝野元菜のご主人真枝野至誠(六三歳)氏も片隅に控えている。


SUIM社の関係者も複数名おり、その代表は常務取締役研究開発担当山内義明(五五歳)であり、顧問弁護士である西岡大輔氏(五十歳)およびSUIM社技術顧問で元浩の親友であるジェームズ・ヒラタ・ノイマン氏(三五歳)も日頃とは異なる硬い顔でたたずんでいる。


元昭の古い友人で家族とも付き合いのある、青山和夫氏(九一歳)と鈴木健一氏(八九歳)の二人も駆けつけており、部屋の隅で心配そうな表情を見せている。さらに元浩やジェームスとゴルフ仲間の医師永野久絵嬢(三三歳)ならびに国際IT評論家大月玲子嬢(三七歳)も沈痛な表情でベッドを見つめていた。


午前八時半となり、元昭に動きがなくほとんど呼吸をしなくなったかに見えた。落合一郎主治医がベッドに近づき脈を診ようと右手首を握った瞬間に元昭の顔が紅潮し、両目がカッと開かれた。医師の手を振りほどいて右手はまっすぐ伸ばして元一に向け、低くしっかりした声で、

「元一 SUIM社を守れ」

と語りかけた。元一が、

「命にかけて」

と返答すると、安心したのか右手をおろし、元昭はいったん目を閉じた。


しかし間をほとんどおかずに目を再び開け、しっかりした目線で元一から順に回りにいる人々を見てゆき、最後に元浩を眼にすると、ふたたび右手をまっすぐ伸ばして元浩をさし、

「元浩、教えたようにサイバー再生医療を完成せよ。そのために私が愛用している二台のオルゴール鶴&亀はお前が管理せよ。また愛犬 富士」

「おい 富士ここに来い いないのか」

元浩が

「富士は別室にいます」

というと、元昭は

「解った。富士はお前が面倒みよ。よいな」

「はい わかりました。しっかり面倒みます」

との元浩の言葉を聞いた瞬間に右手がドサッとベッドに落ち、元昭の目の光が消えてなくなった。落合一郎医師が慌てて右手の脈をとり、次に瞳孔反応を調べて静かに首を振った。


波乱万丈の成功者、世紀を風靡した比良雅元昭の死の瞬間、二0二0年十月十日(土)午前八時三八分十一秒の臨終である。


比良雅元浩は、元昭の右手が自分に向けられ強い目線を感じた瞬間に自分の心が宙に舞いだすのを感じた。高校時代、祖父元昭と愛犬富士と美ヶ原の高原で走り回っている自分を見つめ、祖父元昭が優しく 「この鶴と亀の2つのオルゴールを教えた手順で聞けば、お前を助けることになる。また富士がそのときお前を助けてくれるはずだ。しっかり耳を澄ませて音を聞くんだよ」 と繰り返し祖父が子守歌のように語り掛けるのが耳元に聞こえていた。


次の瞬間元昭の実の娘である真枝野元菜が元昭にすがって号泣する声で、元浩はハッと現実にもどり厳粛な死の瞬間に立ち会うのであった。

(でも今のは、なんだったのだろうか)

色鮮やかにそして現実の祖父の声を聞いた感覚はしっかり残っており、元浩は祖父のダイイングメーセジとして受け止め心に深くしまっておくこととした。


二日おいた十月十二日(月)に通夜を行い、あけて十月十三日(火・仏滅)に比良雅元昭の告別式が東京青山斎場で午前十一時から浄土真宗の式典で行われた。


「ただ今より故比良雅元昭様 戒名 紹電隆院釋宙昭戒 の告別式を執り行います。導師入場 ご一同様ご起立と立礼をお願い申し上げます」


お経がしめやかに流れる中、故人の業績をしのぶ弔辞をたまわることとなった。

「ただ今より故人を偲ぶ弔辞をたまわりたく存じます。まず内閣総理大臣 伊東弘武民様」


「 弔辞


比良雅元昭(ひらがげんしょう)さん わが国日本は本日最も大切な人を失いました。あなたは、これからの日本のみならず世界が必要とするハード・ソフトを世界の誰よりも早く実用化し、日本に大きく貢献して頂いていました。


今世界はどのようになっているのでしょうか。近年は、ネットワークとの接続が広く謳われ、つながっていること=Connectedの概念の重要性が、前面に押し出されました


「宇宙船地球号(Spaceship Earth)」という言葉を、ご存知ですよね。一九六三年に、米国の建築家・思想家である、バックミンスター・フラー氏が提唱した概念・世界観で、地球を、宇宙という海を航海する船に見立て、地球そのものが船のように、閉じられた世界であることを示しました。この、船のように閉じられた世界の中で、平和に共生するべきとの願いが込められた言葉です。


国際連合はこれを受けて、最近、この閉じた宇宙船地球号の中での課題を解決しようと、世界に働きかけています。国際連合が、二0三0年までに解決しようという、世界を変えるための、持続可能な十七の開発課題(SDGs:Sustainable Development Goals)が、その内容です。


貧しさや餓えを無くし、皆を健康にし、皆を教育し、平等の世界を作ろうと、十七課題の解決を、国際連合は、世界に求めているのです。さらに言えば、すべての課題を解決するためには、科学・技術および創造(Science/Technology & Innovation)の進展が必要であると、結論付けています。


進歩の速い今、この解決策には変化が生じているのではないでしょうか? 最近強調されている、つながる=Connectedの概念、つまりInternet of Things(IoT)の考えを、いれなくて良いのでしょうか? いつまでも、宇宙船地球号なのでしょうか?と私は考えています。


つながるということで、今や地球上のすべての情報源、具体的には百五十億個の携帯・スマートフォン、二十億台のパソコン、無限ともいうべきメモリ、さらには七六億人になる人間の知性が繋がれ、共有されているのです。すなわち、地球の表面に存在する、情報発信源のすべてが接続された結果が、IoTだと言えましょう。


七六億人もの知性が繋がり、動く地球は、もはや、サイバー空間的には、超知性地球と呼ぶべきでしょう。地球は、「宇宙船地球号:Spaceship Earth」という物理的存在から、サイバー空間での「超知性地球:Super Intelligence Globe」と呼ばれるまでに、成長しているのです。


IoT時代とは、超知性地球に組み込まれている地球人一人一人が、この超知性地球を活用して、創造意欲を現実の創造・イノベーションとすることなのです。地球人は、専門能力と教養と知性、そして完成の過程にある超知性地球を活用して、新しく、より高い創造・イノベーションを起こし、全人類に貢献しなければいけません。


比良雅元昭さん、あなたは会社にあって、実に七十年以上も、あなたの創造性と努力をもって数々の製品を送り出し、わが国ひいては世界全体の産業と文化の発展に貢献してくださいました。あなたを失った日本ならびに世界はこれからも進歩し続けることは可能でしょうか?


特に、近年あなたが実用化を目指されている、サイバー再生医療技術は、すべての人をわけへだてなく健康にすると聞いています。

まさに国連の掲げる十七の目標の中の第三項:「すべての人に健康と福祉を」をずばり実現するもので国としても大変注目しており、その完成を心から願っておりました。


比良雅元昭さん、完成を目の前にしての終焉は「本当に悔しい」と思います。でもあなたのことです。必ずや後継者を選び免許皆伝を授けていると思います。天上から、その指名した人を指導してかならずやサイバー再生医療を完成してください。


本日は内閣総理大臣として、弔辞の形で比良雅元昭さんにいかに期待していたかを披露し、この場にいるはずの彼の後継者に、彼の意思をついで、人類すべてを幸せにするサイバー再生医療の完成を加速することを懇願し、業半ばにして亡くなられた彼の霊が早く癒されることを念じるためにこの場に参りました。


比良雅元昭さん、私のこの言葉を聞いて誰かが早急にあなたの意思をついでくれることを念じて私の弔辞といたします。

        

二0二0年十月十三日

             

内閣総理大臣

 伊東 弘武民   」


首相の弔辞を聞いた比良雅元浩は、祖父比良雅元昭の後継者が自分であり、他に誰もいないことを確信すると同時に、その責任の重さで、つぶれそうになる自分を誰かに支えてもらえないかと、気弱な面をさらけ出した。仲間たち(ノイマン・永野久絵・大月礼子)は、そんな元浩を一人にできず、元浩を港ヒルズの自宅に送る途中、西新橋の安芸路酒処で元昭を偲び、元浩を激励する会を開くこととした。

運よく空きがあって安芸路酒処に落ち着いた四人は、まず元昭に献杯し、その冥福を祈った。献杯後最初に声を出したのはノイマンで

「サイバー再生医療って何だ。初めて聞くが説明してくれ」

これに対し比良雅元浩は

「簡単には説明できない。祖父元昭と一緒に研究をしていたが、想像を絶する内容で、いまだに原理と全貌がわからない。ともかく細胞のDNAの修復に関する話だ。大月さん、あなたの博学のなかに何か手がかりはないのか?」


大月礼子はしばらく考えた後に

「最近の研究では、病気特に癌は細胞更新時に非常に少ない確率で発生するDNAコピー異常が重大な原因であると言われている。このことが関係していると思う。」

「なぜDNAコピー異常が発生するのか?」

と元浩が問う。


これに対し医師永野久絵が、

「強い紫外線があたったり、強い刺激やストレスが加わると稀にDNAコピーが正常に行われず、欠損DNAを持つ細胞が再生されてしまう。周囲の組織と合わないDNAを持つ細胞は自分たちの仲間で機能部分を作ろうと再生速度をあげて猛烈に増殖し始める。これが癌になるわけで、欠陥DNAを持つ細胞を正常細胞に早めに置き換えることができれば癌は止められることになる。」


「一方欠陥DNA群が勝って機能単位を作りあげると、ほぼ正常な機能を果たすようにみえて、結局長続きのしない組織となったしまうことがある。扁桃腺肥大や心臓弁膜症はこの類で、いずれは重大な障害を引き起こすので、早めに正常に戻すべきとなる。肝臓癌や胃癌などのように転移する前に欠陥DNA細胞で構成される組織を切り取れれば治癒するが、心臓のように一部だけを切り取ることができない臓器の場合は、臓器移植以外治癒の方法がないの」

と解説した。


元浩は

「そんな話を元昭じいさんから聞いている。元昭じいさんは欠陥DNAを持つ細胞を正常DNA細胞に置き換える手法はないものかと研究をし、原理を見つけほぼ実用になるまでにしてきたはずだと思っている。問題はその資料が見つからない状況なのだ。SUIM社の研究開発本部の超機密レベルの資料の中にそれがあるのではないかと思っているが」

との推測を示し、会社が落ち着いたらサイバー再生医療研究所関連資料をすべて調べてみることにすると申し出、他の三人はその資料を研究し、元浩を支援することを確約して、解散した。


四人とも臓器移植なしでの機能修復の効果は絶大であることは理解したが、具体的手法については何のアイデアも浮かばず、比良雅元昭が本当に完成したのか疑心暗鬼のまま、元浩の資料探索活動で光明を見出せるかに一縷の望みを託すだけであった。






第二章 遺言書公開


告別式の翌日十月十四日(水)、比良雅元昭の親族及び関係者全員に一通の書状がSUIM社の顧問弁護士であり比良雅元昭の個人的弁護士でもあった西岡大輔弁護士より送られて来た。


「  前略

                    小生 西岡大輔

は、比良雅元昭氏の遺言書をお預かりしております。つきましては、本遺言状を皆様に公開いたしたくご参集くださいますようお願い申し上げます。


          記


比良雅元昭氏遺言状の公開と執行について


  日 時:二0二0年十月十七日(土)午後二時より

  場 所:比良雅元昭宅執務室(病室として使用されていた部屋)

  参集者:① 比良雅タエ

      ② 比良雅元一

      ③ 真枝野元菜

      ④ 比良雅元浩

      ⑤ 比良雅陽菜

      ⑥ 比良雅幸二

      ⑦ 青山和夫

      ⑧ 鈴木健一

   なお配偶者の傍聴は可とする。

   SUIM社幹部の傍聴も可とする

   ①~⑧の参集予定者が欠席した場合はいかなる理由があれ相続放棄をしたものとみなす。

                           以上

     二0二0年十月十三日

           比良雅元昭 顧問弁護士 西岡大輔


   各位                      」


比良雅元浩はこの書状を受け取って仰天し早速父比良雅元一と会い情報を求めた。しかし息子たる比良雅元一も本件については比良雅元昭からまったく相談を受けておらず、内容についてはまったく不明のまま十月十七日(土)の当日を迎えることとなった。


比良雅元一夫妻は母タエと一緒に港ヒルズ五三階の比良雅元昭のマンションに住んでおり、三人の子供はそれぞれ同じ階の別室を与えられて住んでいる。比良雅元一の妹は真枝野至誠と結婚した時に愛宕山近傍の高層マンションの一室を用意されそちらに住んでいる。


十七日(土)には三々五々故比良雅元昭の執務室に集合した。執務室の中央には二十人が着席できる大テーブルが用意されており、すでに西岡弁護士が中央に着席していた。比良雅元一を中央に比良雅タエ、真枝野元菜、比良雅元浩、比良雅陽菜、比良雅幸二の6人が西岡弁護士と向き合って座り、青山和夫と鈴木健一はテーブルのサイド側に着席をした。

元一の妻玲子、元菜の夫真枝野至誠、SUIM社関係者の常務取締役山内義明、技術顧問のジェームズ・ヒラタ・ノイマンの計四人が傍聴者として出席しており、元一の背後に配置されて椅子に腰掛けている。


十七日十四時ジャストに西岡弁護士が開会を宣言した。



「皆様ご参集いただき有り難うございます。ただ今から故比良雅元昭の遺言状の開封ならびに公表を行います。


本遺言状は、二0二0年九月七日(月)に新橋公証人役場において、青木和夫氏ならびに鈴木健一氏を証人として比良雅元昭氏が自書し捺印し封筒に納められてものを私がお預かりしたものです。


没後一週間後以降に公表をすることが同時に遺言されていましたので、青木氏・鈴木氏ならびに私は今日まで内容を厳秘してまいりました。青木氏・鈴木氏が守秘義務に忠実であったことに深謝いたします


遺言状は二パートから構成されており、第一のパートは遺産目録であります。第二のパートが遺産分割に関わる遺言であります。」


「まず第一のパートを申し上げます。

比良雅元昭は没にあたり次の資産を遺産として残す。


  ア SUIM社株式 五六万株

      内訳 比良雅元昭名義 五十万株(時価 五百億円)

         青山和夫名義 二万株

         鈴木健一名義 二万株

         比良雅タエ名義 一万株

         比良雅元一名義 一万株


  イ 預貯金・証券類 一千億円


  ウ 不動産 自宅、真枝野宅、孫宅三、別荘二 計七棟

          総額 十七億円

 

 エ 比良雅元昭所有の家財道具 高価な物無 総額 十億     

                           円


ア項~エ項で遺産総額は 一五二七億円 となります。


この遺産の内訳および総額に何かご質問ありますか?」

一同沈黙。再び西岡弁護士が発言を続ける。


「ご質問が無いので、パート二、遺産分割内容を読み上げます


A 青山和夫様 一億円を贈る

B 鈴木健一様 一億円を贈る

C 比良雅幸二様 現在居住のマンションならびに一億円を贈る

D 比良雅陽菜様 現在居住のマンションならびに一億円を贈る

E 比良雅元浩様 現在居住のマンションならびに一億円を贈る

        ならびに鶴・亀の二台のオルゴールおよび

愛犬富士を贈る

F 比良雅玲子様 二億円を贈る

G 真枝野元菜様 現在居住のマンションならびに二億円を贈る

H 比良雅タエ様 三億円を贈る

I 比良雅元一様 A~Hまでを差し引いた残り全部を贈る

          比良雅タエの面倒をみること


以上です。これに沿った比良雅元昭遺産分割協議書を作成してありますので遺産を相続される方々はこの場で署名押印いただきたい。


以上で遺言書の公開を終了し、分割協議書の確認、署名、押印に移りたいと思います。」


西岡弁護士の発言をさえぎるように真枝野元菜が金切り声で発言。

「異議があります。分割が兄にのみ厚く私が少ないのは不公平です。まず遺言書は正規の手続きで作成されたのですか?」


西岡弁護士は冷静な声で

「はい、正規の遺言書です。新橋公証人役場で正規の手続きで、本人が署名・押印したもので、日付・自署名・自分での押印とすべて正規です・このことは証人たる青山和夫氏・鈴木健一氏もお認め頂けますね。」


青山和夫、鈴木健一両氏は、

「西岡弁護士の発言に間違いはありません。」

と即座に発言した。真枝野元菜は、


「遺言書の正規性と今西岡弁護士が告げられた内容が書かれていることは理解しましたが、あまりに理不尽で私は承服できないので、この内容の分割協議書に署名・押印することは拒否します。内容が理不尽なので、公正にしていただくよう裁判を起こしたいと思います。」

と述べ、争うことを明確としました。


「困りましたね。故比良雅元昭氏はSUIM社と将来の主たる業務であるサイバー再生医療技術の完成のためには、SUIM社が一体となって動く必要があり、そのために株式を分けることはせず、今までと同様比良雅家の責任者が五十万株を引き継ぐ必要があると言われ、相続税対策も考慮にいれて、このような遺産分割を行うことを決められたので、真枝野元菜様にもお父上の意向を尊重してご了解いただきたいと思いますが。」

と西岡弁護士が言えば、青山和夫・鈴木健一の両氏も、


「我々も配分が偏りすぎている。真枝野元菜様がSUIM社の大株主となっても血縁関係者なのでSUIM社は安泰なのだから配分をもうすこし均等化したらいかがかと薦めたが、故比良雅元昭氏はまったく聞く耳をもたなかった。」

との証言を行った。


真枝野元菜は、

「故比良雅元昭・父が可愛がっていた娘にこのような仕打ちをするはずがなく、これは比良雅元一の私欲に父が負けたせいであるから、あくまで裁判で決着したい」

との発言強く行った。


「困りましたね。」

と西岡弁護士が弱音を出したときに、比良雅元一氏が、

「本件には深い事情があります。公表できる話ではないので、私が妹・真枝野元菜と話し近日中に決着をいたします。今日のところは、真枝野元菜を除いた皆様に署名・押印を頂き、私の説得がうまく行かないときに改めてご相談するということで本日は収めさせてください。」

と発言し、真枝野元菜もしぶしぶ賛成したので、本日の会合を終了することとした。時間は十月十七日午後四時を回っていた。


「それでは、署名・押印の必要な人はそれを行って、皆様お引取りくださいますようお願いいたします。」

との西岡弁護士の発言で、真枝野元菜を除く皆は退出することになった。退出する人々は概ね納得顔であったが、比良雅元一・玲子夫妻の次男・比良雅幸二とSUIM社常務取締役山内義明がやや不満そうな顔をしていたことは密かに皆が気付いたことであった。


真枝野元菜の夫真枝野至誠は

「自分も比良雅元一から話が聞きたい」

と発言したが

「兄妹の間での込み入った話なのでまず二人だけで橋をさせていただきたい」

と比良雅元一が強行に主張したので、真枝野至誠氏は折れて退出することとなった。比良雅元浩は、遺言にあった二台のオルゴールと比良雅元昭の愛犬富士を受け取って退出した。


残された真枝野元菜は、

「兄さんひどいじゃないの・そんなに私が邪魔なの?」

と兄比良雅元一に食ってかかった。

「元菜、まあ座れ。これから長い話をしなければならない。冷静に聞いてくれ。」

と元一。


「いまさら何の話があるのよ! 父さんがいつのころからか私に冷たくなったのは感づいていたけれど、多分溺愛の娘が結婚したので寂しくなったからと思っているわ。もっと頻繁に家に顔を出せばよいのかもしれなかったけれど、山内常務取締役の秘書って忙しいのよ。それに会社でしょっちゅう顔をあわせるので、そのときかなり気を使ってあげたりして親孝行はしているつもりなのよ。父さんは私たちの結婚に反対しないどころか大喜びで高価なマンションまでプレゼントしてくれたのよ! それなのにこの仕打ちは何なの」

と息巻く元菜に対し、


元一は重大な話を切り出した。

「元菜、お前は日本史に強いか、特に江戸時代後期だが?」

元一が元菜に問うと

「多少は知っているけど詳しくはないわ。」

と答える元菜。


「では、ターヘルアナトミアと解体新書・蘭学事始という本は知っているか?」

と元一が問うと元菜は即座に

「酢儀多玄白という人がオランダ語で書かれたターヘルアナトミアを翻訳して解体新書として出版し、そのときの苦労話をまとめたのが蘭学事始でしょ」

と学のあるところを見せる元菜。


元一は鎮痛な表情で

「では日本で最初に発電機を作った人を知っているか」

と元菜に問う元一、

「そんな科学の話、私は知らないわ」

と答える元菜。元一はさらに続ける。


「では比良雅元内という人は聞いたことがあるか」

「発明家として有名だと聞いたことがあるが、比良雅という姓が珍しいのでもしかして家と関係があるの?」

「その通り。比良雅元内という人はわが家の祖先であり、父比良雅元昭は、元内から数えて十四代目、私元一は十五代目、元浩は十六代目にあたるのだよ」


「それが何か今回の遺産相続に関係するの」

「冷静に聞けよ。比良雅元内と解体新書を出版した酢儀多現白とは十歳違いでほぼ同時代を生きた人なのだ。比良雅元内は日本人で最初に動く発電機(当時の名前はエレキテル)を作った人で当時江戸の大天才と呼ばれていた。


一方酢儀多現白は御典医の家系で医者としてはそれなりの人であったが蘭語ができず、ほぼ同時代の比良雅元内を天才として褒めている文章などを残している。しかしながら酢儀多現白は多くの人の手を借りてターヘルアナトミアの翻訳を行い解体新書を出版した。


この事実を当時の徳川幕府は大変賞賛し、翻訳に関わった人たちは幕府に雇われるなど出世をとげている。代表的な人は蘭語に通じ翻訳を手伝った大月現沢という人で、幕府の翻訳関係の要職についている。


天才といわれた比良雅元内は、幕府に認められず、比良雅元内から紹介されたターヘルアナトミアを蘭語のできない酢儀多現白が翻訳本解体新書を出版したとしてもてはやされる状況に、比良雅元内はあせりついには心が乱れて犯罪を犯し獄中死を迎えることになった。この件は酢儀多現白の密訴と言われていて、それを隠すために酢儀多現白はしらばくれて比良雅元内の葬式を取り仕切った。これとても比良雅元内には屈辱であったと思う。


酢儀多現白とその仲間は、わが祖先比良雅元内を死においやったも同然であり、比良雅元内の心中を察するに末代までも怒りを感じて当然と思っている。つまり江戸時代後期から現代まで、比良雅家にとって酢儀多現白とその仲間の家系は不倶戴天の敵ともいうべきなのである。」


「兄さん、比良雅元内と酢儀多現白との関係はわかったけれど、それが何か関係するの?」

「酢儀多現白の一番弟子というか、蘭語の師匠に真枝野良拓というひとがいる」

「エッ! もしかして主人の真枝野と関係があるの?」


元一は厳粛な顔で言った・

「その通りなんだよ元菜。お前が至誠君を連れてきて結婚したいといったとき故比良雅元昭も至誠君を好青年と理解し皆で大変喜んだものだ。ただお前が至誠君と帰ったあと、おやじが真枝野という姓が気になる、江戸後期解体新書出版で有名な酢儀多現白の仲間に真枝野良拓という人がいてその家系と関係しているかどうか心配だ。元一密かに彼・真枝野至誠君の家系を調べなさいと言われた。」


「それでお兄さんは調べたの?」

と元菜、

「ああ、おやじの命令だから調べたよ」

と元一、さらに続けて、

「びっくりしたことにおやじの感が当たって真枝野至誠君は、比良雅家と酢儀多家の怨念の渦中にある真枝野良拓家の数えて直系十六代目にあたるのだよ」

「嘘おー」

と元菜は真っ青な表情となる。


元一は一切の感情を無視した声で、

「元菜、事実は受け入れなくてはいけない。おやじは二六0年前の話だ、真枝野至誠君は詳細を知らないだろう。彼に先祖の怨念をぶつけるつもりはない。怨念はあくまで酢儀多現白であり、その直系の子孫だ。酢儀多家は常に優秀な医者を輩出し酢儀多現白以来日本の医学会を牛耳っている。


一方比良雅家は電気科学の世界で台頭しており、小さいながらも世界を先導する電子部品の製造にかけては日本トップであり世界をも先導し続けている。しかしながら医療電子機器の製造に関しては、研究開発実用化しても何故か日本の医学会には受け入れてもらえず今日に至っている。酢儀多家の意向のせいとは思えないのだが、おやじ比良雅元昭はいまだ二六0年前の怨念が続いていると信じ込んでいた。」


元一は一息ついてさらに続けた・

「酢儀多現白直系第十三代目の酢儀多現紅は医学会長であり、㈱医療先端生活推進社(MALP社:Medical Advanced Living Promotion Inc.)を起業し、代表取締役会長として医療電子の世界を牛耳っている。その息子の第十四代酢儀多現緑は現東大病院長で医学会の現副会長だ。彼はMALP社の代表取締役社長も兼務している。さらにその子の第十五代酢儀多現黄はなりたての医者だがMALP社サイバー医療部長を務め再生医療に取り組んでおり成果を挙げつつあるそうだ。」


元一は顔をゆがめながらさらに続ける。

「おやじは怨念の塊だ。電気科学技術では優位に立ったが、何とか医療技術でも酢儀多家に対して一矢報いたいと十年前にSUIM社の将来が磐石となるとみるや、経営から身を引いて医療技術の研究開発へ返り咲いたのだ。」

「そんな怨念の世界は私たちに関係ないでしょ!」

とたたきつけるように言う元菜。


元一は憂鬱そうに、

「その通りだ。ただ真枝野家の調査結果によると真枝野家はかなり没落しており、お前の旦那真枝野至誠君は酢儀多家の援助で大学・大学院をでて、医療機器の輸出入業を始めたらしい。」


そして、元一は核心を話し出した・

「最近のおやじの研究、特にサイバー医療技術の研究に酢儀多現緑が注目しているらしい。おれは二六0年後の今、第二の怨念事件になるのではないかと心配しているのだよ。」


元一の懸念はさらに続く。

「おやじは、真枝野至誠君が真枝野良拓の直系の子孫であることがわかったときにこうも言ったのだよ。」

「これは現代版ロミオとジュリエットというべき話かもしれない。しかし真枝野至誠君は好青年で元菜を幸せにしてくれる可能性は大であろう。しかし私は医療分野で酢儀多家に一矢を報いたいという怨念を消すことはできない。したがって元菜の結婚は祝福してやる。ただし今後元菜をSUIM社の枢要な役職につけることも経営に関与させることも一切しない。元一このことはお前もよく心しておけ。」


語り終えて元一は悲しげな目を真枝野元菜に向けた。元菜は元気なく、

「お父さんはそんな昔のことに囚われていたの。悲しいことね。お父さんが私と真枝野至誠との結婚を許してくれたことは感謝しなければいけないけれど、私は昔風に育てられているので夫に従わなければならない時にはたとえSUIM社の利益やお父さんの怨念をはらすことに障害になることもしていくことになると思うの。お兄さん申し訳ないけれどそんなことになったら私を許してね。」


「元菜、お前の今の気持ちはわかる。だがサイバー再生医療技術は全世界の人のための技術なのだ。SUIM社はその完成に全力を挙げる。そのための妨害はすべて排除する。いつか怨念を消して皆で手を取り合える日を作りたいと思っている。そのことだけは信じてくれ。」

と元一は複雑な心境を吐露した。


元菜は、

「解りました。今回の遺言状の意図は理解しましたので、署名・押印はします。お兄さんの理想には協力したいのだけど、これからは私は夫真枝野至誠とともに歩みます。お兄さんさようなら。」

泣き出すのを必死にこらえながら部屋をあとにする元菜を送りながら、元一はサイバー再生医療技術の前途に大きな暗雲が湧き上がってきつつあることを感ずるのであった。






第三章 情報漏洩


同じ十月十七日(土)の深夜、なかなか帰宅しない妻真枝野元菜の帰りを夫至誠はイライラしながら待っていた。やっと帰ってきた元菜の泣きはらした様子を見て至誠は何か異変が起こったことを直感した。至誠は言う、

「どうした。何かあったのか?」


元菜は、キッと至誠をにらんで、

「あなたは私に隠していることがあるでしょう。私は今大変つらい目にあっています。ぜひ本心を聞かせてください。」

という。至誠はびっくりしたまなざしで、

「何の話かわからないのだが」

「酢儀多現紅さんや酢儀多現緑さんとの関係です。」

「そのことなら君に黙っていて悪かった。私の家は古い家柄ではあるがあまり才能がなくどんどん落ちぶれてしまった。私の親の代でどうにも立ち行かなくなり、私が大学へ行くなどとんでも無いことであった。


ところがある日突然酢儀多現紅氏が私のおやじのところに来て至誠君は大変優秀と聞いている。将来私が開こうとしている病院で重要な役どころを勤めて欲しいのでぜひ大学に行って欲しい。それもアメリカの有名大学でMBAを取得してきて欲しいとの申し出があって、こちらとしては大変嬉しい話なのでそのまま受けて米国へ留学した。


幸いMBAが取得できたので、帰国しようと思ったら、米国で医療機器の輸出入会社を立ち上げるのでそのまま米国にとどまってその会社の面倒を見て欲しいと頼まれ今に至っている。なぜこんなに良くしてくれるのか不思議に思っているのだが、お返しはしっかりやろうと決心を新たにしているところだ。酢儀多家との関係はこんなところで、家が貧乏だったということをあまり話したくなかったので今まで黙っていて申し訳なかった。」

と至誠が言い訳するのを聞いて、この人は二六0年前の怨念関係を本当に知らないのかもしれないと元菜は思い始めた。


「あなたのご先祖は江戸時代後期に世に現れた真枝野良拓という方でしょう。酢儀多現紅様のご先祖様はやはり同じ江戸時代後期の酢儀多現白という人ですよね。この方々が今から二六0年前にどのような活躍したのか当然解っていますよね。」


「元菜ごめん。私は歴史が嫌いで歴史上の人物だのその業績についてはまったく解らない。元菜が知っているならわがご先祖はどんなことをしたのか教えて欲しい。」

と真枝野至誠は元菜に頭を下げるのであった。


元菜は至誠と元菜がロミオとジュリエットに類する関係であることを知りながら至誠が元菜に近づいたのではないことを喜び、今日兄比良雅元一から聞いた比良雅家の酢儀多家及びその仲間に対する二六0年前の壮絶な怨念話を至誠に聞かせるのであった。至誠はこの話を聞いてなぜ酢儀多家が真枝野至誠を援助してくれたのかに合点がいくともに、二六0年を超えてもまだもち続けられている怨念関係のおそろしさに震え上がるのであった。


一夜あけた翌十八日(日)、至誠は元菜に緊張した顔つきで話しかけてきた。

「昨日のお前の話で色々なことがつながり、関係がわかってきた。実は比良雅元昭の告別式の伊東総理の話を聞いた酢儀多現緑から呼び出しがかかって、聞かれたことがお前の奥さんは旧姓が比良雅で比良雅元昭の実子であることは間違いないのかということだった。私はなぜそのことが重要かがわからなかったが、昨日の話でその謎がとけた。お前のお兄さんが言うように比良雅家と酢儀多家の第二の怨念話が始まろうとしているのらしい。」


「何かその兆候があるのですか?」

と元菜が問い返すと、

「何とか比良雅元昭の研究成果がどんなものか手に入れたい。真枝野至誠君、君は最も比良雅家に近いので何とか概要でも手に入らないかと今言われている。どうしようかとお前に相談しようと思っていたところだ。」


元菜は、

「私はSUIM社常務取締役研究開発本部長山内義明の秘書をしていますが、どれがサイバー再生医療に関する書類かもわかりませんので、あなたに協力をするといっても何をしたら良いのかわかりません。ただ山内と元一の次男比良雅幸二は今度の遺産分割に若干の不満を持っているようなので協力してもらうことはできそうです。」


「なぜその二人は不満なのか?」

と問う至誠に元菜は、

「山内はこの後元一が会長になるなら社長に、元一が社長のままなら副社長になりたいとの希望を持っていました。そのためにはSUIM社の株が必要で故比良雅元昭がいくらか分けてもらうことを期待していました。次男比良雅幸二はやはり株をもらってSUIM社役員になることを期待していました。両者とも期待に沿わない今度の遺産分割は不満なのでしょう。」

と答えた。


至誠が聞く、

「つまり元菜・お前や幸二はSUIM社に勤めているがサイバー再生医療関連の情報にまったくアクセスできないということか?」

元菜の答えは、

「その通りです。お役に立てなくてすみません。」

至誠が、

「それでは、もう一つ聞く。これからサイバー再生医療に関する激烈な競争にはいり、あるいはお前の行動がSUIM社の計画を遅らせたり、つぶしたりすることになる可能性もあるが、それでも私に協力してくれるのだね。」

「もちろんです。私はあなたの妻ですから。」

とやさしく答える元菜であった。

「ありがとう。それではこれから計画をたてるので協力宜しく」

と真枝野至誠家は波風立つことなく新しい方向に動き出すこととなった。


十八日(日)の朝、妻元菜と重要な話を終えた至誠はその足で酢儀多元黄を訪問し計画に着手した。

妻元菜に対する質問と協力要請はつぎのようなものでとなった。

  

① SUIM社内でこの一週間確実に会社に出ずかつ会社に出社する日が決まってる女子社員がいないか調べて欲しい。

  

② 山内常務取締役にサイバー再生医療関係情報にこちらから指定する時間にアクセスするように働きかけて欲しい。

社内のネットワークがサイバー攻撃にあって大変な状況 になるように働きかけるので、サイバー再生医療関係の情報が安全か確認するようにある時間帯にアクセスさせるようにして欲しい。

その時間帯は至誠が元菜の携帯にメールで知らせる。

  

③ 比良雅幸二君を真枝野至誠に紹介して欲しい。


至誠と元菜の間の作業が完結したのが二0二0年十月二十日(火)でありその後真枝野至誠の計画は密かに進行して行った。


十月二六日(月)午後三時SUIM社は異常な雰囲気に包まれた。ことの発端は午後三時の休憩を終えて自席に戻った営業一課の朝山恵子という係長だった。自分のPCを立ち上げた瞬間

「きゃー、何これっ」

という黄色い悲鳴が部屋中に響きわたった。


隣の席の新藤次郎が朝山のPCを覗き込んで、

「髑髏画面か! まずい、これはウィルス感染だ。すぐ情報センターに連絡しなければ」

と言って自席のPCを操作しだした。メールソフトを立ちあげた瞬間新藤は

「やばい! 俺もやられている。」

と絶叫した。その声につられるように、部屋中の人々が、

「俺もだ」

「私もよ」

と騒ぎ出し、結局営業一課全体が騒ぎだした。


 その瞬間、

「皆静かに」

との声と共に一人の男が壁際に飛んで無線LANの電源を引きちぎった。営業一課のネットワークマネージャー新谷聡である。

「皆PCにもう触るな! 

これはネットワークマネージャーの命令だ。

ウィルス攻撃を受けたので、PCをすべてネットから遮断し、情報センターの調査を待つ、

それまでPCに触らず、自席から動かないように」


と言いおいて、新谷は電話を握った。

「情報センターですか? 営業課ネットワークマネージャーの新谷です。室長比良雅元浩さんをお願いします。

あっ、室長ですか。ただ今営業一課がウィルス攻撃にあったようで、全課員のPCに異常兆候がでています。調査をお願いいたします。」

「はい無線LANは止めました。全PCはそのままで、全員動かないようにお願いしました。了解です。」

電話を切った新谷は、

「ただ今情報センターの人が調査にみえるそうだ。以降その方の指示に従うようにとの、比良雅元浩情報センター長の要請です。」


 飛んできた情報センターの係員、斉藤雅彦は部屋に入るなり手近なPCを診て操作を行った。PC画面は普通の作業画面に戻ったが再び髑髏画面に戻った。斉藤は電話を取り上げ、

「比良雅センター長、先週末のウィルス攻撃と同一です、なぜ感染が広がったのかわかりません」

と報告した瞬間、隣の営業二課で派手な悲鳴があがった。

「髑髏だ! ウィルスだ!」


斉藤は慌てて隣の部屋に行く。営業二課職員が皆PCの電源を落とし始めていた。斉藤は大声で、

「全員PCから手を離せ! 電源も切るな。電源を切る行為が他のPCを汚染するウィルス発信を起動するのだ。何もしないでウィルス対策ソフトの到着を待て。簡単なウィルスなので、PCの内容そのものには影響ないので安心してください。」


しかし事は遅かった。営業一課はネットマネージャー新谷の機敏な行動で無線LANが切断され、課員がPC操作を行わなかったので、ウィルスの他への拡散動作は起動寸前止められたが、営業二課は何人かがPCの電源遮断操作を行ったために、ウィルスは全社内にばらまかれてしまった。


社内の各課で次から次に起こる派手な悲鳴は、それから三時間SUIM社全社をゆるがせた。


十八時、ようやくウィルス対策ソフトの準備ができ、全社員似対しPCをネットワークにつないで、ウィルス駆除ソフトによる駆除を受け入れるようにとの指示があった。このウィルス騒動が全社的に静まったのは二一時を回ったときであった。


 情報センターでは、センター長比良雅元浩が苦りきった顔で技術顧問ノイマンに問いかけていた。

「なぜ、こんな大騒動になったのだ。調べたらウィルスそのものは愉快ウィルスで何の被害も与えないしろものだった。」

「その通り」

とノイマン。

「しかも先週中ば、二回に渡って攻撃を受け、全社員に警告を発したはずのウィルスだ。全社員が被害に会うような騒動になるなどありえない。」

と続けたノイマンは、詳細な調査を続けるよう情報センターの担当員斉藤に指示した。


情報センター担当員斉藤は、営業一課と二課が最初に汚染されたこと、営業二課の対応が悪く、したがって全社にウィルスがばら撒かれて大騒動になった過程については報告したが、なぜ営業一課と二課から騒動がスタートしたかについての検証は行わなかった。このことが、情報センター長比良雅元浩や技術顧問ノイマンの判断を狂わせ、SUIM社社内ネットワークに脆弱性を残し、あとにきた様々なサイバー攻撃を許すことになったのである。


一方、SUIM社のこの騒ぎが午後三時に始まり社内が最も対策に終始しているさなか、ライバル社MALP社の記者会見があり、サイバー再生医療技術の実用化に成功したとの話が発表された。


十月二六日(月)午後六時に関連報道機関に次の通知が回された。


「    記者会見通知

㈱超医推進社(MALP社)は究極の医療技術であるサイバー再生医療技術の研究・実用化に成功したので、本日午後七時弊社本社講堂にて詳細をご報告いたします。報道機関各位のご出席をお願い申し上げます。


    二0二0年十月二六日


        ㈱医療先端生活推進社(MALP社)広報部


   報道機関各位                  」


午後七時、MALP社講堂は百社を超える報道関係者であふれていた。MALP社社長酢儀多現緑・サイバー医療部長ならびに医師永野久絵が登壇、酢儀多現緑が発言、

「皆様急なご案内に関わらずご参集いただき誠に有り難うございました。当社は近年再生医療の研究に取り組んでまいりましたが、さらにサイバー空間を活用する手法を再生医療技術に導入することを試みその実用化に成功いたしました。詳細をサイバー医療部長酢儀多現黄より発表いたします。」


酢儀多現黄が引き取る。

「サイバー医療部長の酢儀多現黄です。再生医療とは従来IPS細胞を用いて、必要とする機能部分を作り出し、これを手術によって病巣と取り替えることにより治癒を行う医療であります。


IPS細胞からすべての部位が再生でき、すべての病巣が治癒できる見込みではありますが、すべての部位の再生がまだ完成されていないこと、手術によって病巣と取り替える方法では、手術が不可能な部位の治癒が出来ないことの2つの問題点がありました。


この二つの欠陥を取り除き、すべての病巣を治癒可能とするのが今回実用化されたサイバー再生医療技術です。現在この技術を習熟し治癒が行えるのは、東大病院再生医療科に勤務する永野久絵だけですので、永野久絵医師から技術の詳細を説明いたします。では永野医師どうぞ。」


「医師の永野久絵でございます。サイバー再生医療のポイントだけ簡単にご説明させて頂きます。


この医療のポイントはDNAがモーツアルトの音楽が大好きで聞きたがるというところからはじまります。皆様は昔から美味しい牛肉はビールを飲ませモーツアルトを聞かせると作られるという半ば冗談に近い話をお聞きになったことがあるかと思います。私はこれを冗談ではなくもしかして本当の話ではないかと考えました。ビールを飲ませる話ではなくモーツアルトの音楽を聞かせるはなしです。」


一息ついて永野久絵医師は続ける。

「皆様はDNAが螺旋構造を持つことはご存知かと思います。螺旋はバネと同じ構造ですから伸び縮みもしますし、振動もします。DNAの構造は一様ではありませんから、それぞれの 部位で振動数は異なり、したがってDNAは部位によって異なる振動数を持つと考えられます。


ためしに超音波をDNAにあててみるとそれに共振する部位があり、各部位で周波数や波形が違うことがわかりました。同時に解ったことは、その部位のDNAに欠陥がある場合には当然のことながら同じ周波数と波形を与えても共振は起こらないということです。」


永野久絵医師の話す衝撃的な新発見に開場は静まり返っている。その中に永野久絵医師の説明さらに広がってゆく。

「もう一つ面白いことはIPS細胞の中にはある周波数の電磁波に反応して活性化されて細胞分裂を始め、本来同じDNAを持つはずだがDNAに欠陥がある細胞が隣にあるとこれと置き換わっていく能力のある特殊IPS細胞を発見いたしました。


この二つの性質を使用すると、成長に必要な電磁波を与え、ある部位に共鳴する超音波を与えると、超音波に共鳴しない細胞を置き換えていくことになっていくことが実現されます。最終的にはその部位は正しいDNAを持つ細胞にすべて置き換わりますから、結果としてその部位は正しい機能を持つことになりその部位は治癒されることになるのです。いかがでしょうかご理解頂けましたでしょうか。」


永野久絵医師がここまで話して言葉を切るとすかさず記者から質問が飛んだ。

「それではこの技術は病気の治癒のみならず筋肉の増強や整形にも使え、スポーツ選手の能力向上や美容整形につかえるのでしょうか?」


永野久絵医師はにっこり微笑んで、

「この質問は当然出てくると予測しておりました。サイバー再生医療では、本来あるべき正しい細胞への修復を行うのみですから、本来のDNAのみになります。したがって異なったDANへの変更はありませんので、本来の姿にしかなりません。

豚を牛に変えようとしても、周辺にまったく共鳴要素が無いときにはこの機能は発揮されませんので、豚を牛に変えることはできないのです。」


「では患部が袋状になっていて外側と中側で異なる機能を持つときにはどのようにして治療するのでしょうか?」

「核心をついたご質問です。この場合にはまず外側を修復し次に中側に同じ機能を持つIPS細胞をいれ内外対応させながら修復してゆきます。したがってサイバー再生医療には4つの機能が必要です。


  ① 患部の中で正しいDNAを持つ細胞を発見し治療者にこれを伝える機能 この機能を持つIPS細胞群をサイバー再生核:CIPC( = Cyber Induced Pluripotent Core)と呼びます


  ② 患部の外側を修復するIPS細胞群 これをサイバー再生本体:CIPB( = Cyber Induced Pluripotent Body)と呼びます。


  ③ 患部の内側を修復するIPS細胞群 これをサイバー再生補助剤:CIPA( = Cyber Induced Pluripotent Auxiliary)と呼びます。


 ④ CIPCを患部に導き、CIPBを患部の外側に展開してまず患部の外側を修復することを制御し、次に内部に注入されたCIPAを制御して修復外部に対応して内部の修復を制御し、最終的に患部が治癒するよう制御する制御器が必要になります。これをサイバー再生制御器:CIPD( = Cyber Induced Pluripotent Developer)と呼びます。


以上のべたようにサイバー再生医療は、すなわち、CIPC・CIPB・CIPA・CIPDの四要素を準備・駆使して初めて実現できるものなのです。」


「永野久絵先生、大変素晴らしい技術は理解し、このような素晴らしい技術を創成された先生に心からのお礼を申し上げます。関心事はいつこのサイバー再生技術の実際例を見ることが出来るのでしょうか?」


永野久絵医師は酢儀多現黄サイバー医療部長と相談していたが、

「現在準備を進めています。約二ヶ月後には実現できると思います。そのときには改めて皆様にご連絡いたします。」


最後に酢儀多現紅MALP社会長が、

「熱心に聴いて頂き深謝します。人類の健康のためになお一層の努力をいたしますので、今後とも皆様のご支援をどうぞ宜しくお願い申し上げます。」

と締めたところ、会場を埋めていた報道関係者から万雷の拍手が起こり、その拍手を浴びながら壇上の三人は顔を紅潮させて退出して行った。


同じ時にウィルス感染で大童のSUIM社で、比良雅元浩と技術顧問ノイマンがこのMALP社の記者会見を見ながら首を捻っていた。二人は、安芸路酒処で議論した後、SUIM社研究開発関連部門の機密書類を点検し、ようやくサイバー再生医療関係の情報を十月二四日(土)に発見し、中身を点検し終わったばかりのところであった。


「ノイマン、今日のMALP社の発表をどう思う。あまりに内容が似ていないか?」

と比良雅元浩がいえば、ノイマンも、

「俺もそう思う。永野久絵医師の述べた内容は我々の持っている情報をにわか勉強したようなもので、実現に二ヶ月かかるというのも盗んだ情報を理解して材料を揃えるのに必要な期間と思える。今日のSUIM社のウィルス騒ぎを別の角度から見直すべきだな。」

と応じた。


ノイマンは続けて、

「つまり意図的にウィルス騒ぎを起こしてSUIM社全体の目をそちらに引きつけ、目の届かなくなった間を利用して重要機密事項にアクセスしその情報を盗んだとは考えられないか?」

とウィルス騒ぎの再調査を示唆した。


同時に今日のウィルス感染騒ぎを起こした端末をチェックしていた元浩が注目すべき発見をした。すなわち、この端末からは情報センターからの二度にわたって送られているはずの警告が消されていたのである。

ウィルスを送り込んだ犯罪者は、それを情報センターがどのように対応するかをチェックし、社内警告のパターンと内容を掴みこれを基に最後は当該端末の警告を消し、この端末のみにウィルス送り込み、二週間休暇だったこの端末の持ち主が警戒なくウィルスを取り込むように細工していたことは明らかとなった。


「とすると誰かがサイバー再生医療情報にこのウィルス騒ぎの間にアクセスしたはずだな」

と推理するノイマン。比良雅元浩はすぐにサイバー再生医療情報へのアクセス者をチェック。ウィルス騒ぎ中にアクセスしたものは山内常務取締役のみで、時間は十月二六日(月)午後六時半。山内常務は、

「ウィルス騒ぎが発生したので、役目上情報の状況を思いつくまま発作的にチェックしたまでで、私がアクセスする時間帯を事前に知ることは絶対にできないはずだ。」

と述べたので、情報漏洩はありえないと考えざるをえなくなった。


しかし元浩・ノイマンはサイバー再生医療に関する情報が何らかのたくらみでライバルMALP社に漏れたと確信したので、MALP社のはでな記者発表に対抗するためには、こちらが先に実験を行うべきことを比良雅元一社長に進言した。これが認められて、可及的すみやかに実証実験を進めることとした。


サイバー再生医療におけるSUIM社の命運は、この実験をいかに成功させるかにかかることになった。






第四章 攻撃


SUIM社からの報道陣への通知が出された。


「    記者会見通知


㈱超智創成社(SUIM社)は究極の医療技術であるサイバー再生医療技術の実用化を完成したので、近日、弊社サイバー再生医療研究所においてサイバー再生医療の世界初の治療執刀実証実験を行います。報道機関各位のご出席をお願い申し上げます。なお実証実験準備に必要な時間が3~4日か一週間かは現時点で確定しませので、に実証実験日の二日前に詳細な日時・場所を発表いたします。


報道機関各位のご参集をお待ちいたしております。


    二0二0年十月二七日


            ㈱超智創成社(SUIM社)広報部

  

報道機関各位                  」


この通知を受け取った報道各社は、さあ天下分け目の大戦と色めきたった。SUIM社・MALP社双方の広報担当では、今の時期の発表合戦の思惑・意義を問う電話が鳴りっぱなしとなった。


SUIM社の大きな問題点は、この時期に永野久絵医師の協力が取り付けられるかということであった。もともと元浩の妹比良雅陽菜の中学・高校と同級生であったことで紹介を受けていた元浩・ノイマンであり、ゴルフをともに回りゴルフ談義はあっても、仕事の話はしたことがなかった。


そこでまずゴルフをやって話を切り出そうということになりノイマンが会員である霞ヶ関カンツリー倶楽部で、永野久絵医師と大月礼子国際評論家の四人でラウンドを計画した。


十月三十日(金)平日にも関わらず四人とも仕事のやりくりがついたので、朝九時OUTスタートでラウンドを行った。ノイマンはシングルプレーヤであるが他の三人は九十台前半の実力である。今回は皆はっきりした目標を持って集まってきている。前回霞が関カンンツリー倶楽部東コースの名物ホール十番の池越えショートホールで皆池に捕まり痛い目にあっているので、今回再挑戦でクリヤしたいと言うのが皆の目標だったのである。


前半OUTは無難にそれぞれ不満のないスコアでこなし、いよいよ問題の十番ホールに臨むことになった。オナーはいつものようにノイマン。ただ今日は調子が今一である。オリンピックの後遺症かラフがかなりきつくなっており飛距離の出るノイマンはラフに捕まるケースが多く苦労をしていたからである。

案の定ティショットはややひっかけ気味となりグリーンの左にはずしあわや池かというぎりぎりのふちに止った。二人の女性はいずれも負けず嫌いなのでレディスのティは使わずプレーをしている。

 

二番手は大月礼子。今日はショット・パットとも会心ではないが当たっており、気分良くプレーをしている。前回は何とか乗せようとスイングが弱めになって手前の池にいれたので、今回は大きめスイング。結果としてはピンをオーバーすることにはなったが奥に止ってワンオンとなって大満足である。


三番目は永野久絵。ここまでは好調で自己ベストスコアを上回る勢いで進んできている。調子に乗ったスイングはこのホールでも決まってピン右横三mに止った。


「やった。ニヤピン」

とはしゃぐ久絵。


「まてまてまだニヤピンは早い。私がニヤピンにつけよう。」

という比良雅元浩に、久絵に見えないようにウィンクするノイマン。

その心は、

(今日は永野久絵を喜ばせる日なのだから、間違っても内側に付けるな。)

である。その甲斐もなく、きれいなスイングで打たれた元浩のボールはまっすぐ飛んでピン左横二mにオンした。


「悔しい」

の声が久絵から上がりぺロっと舌をだす元浩、ノイマンは馬鹿かという顔で元浩を見ていた。大月礼子は八mのロングパットを決めてバーディ、永野久絵も三mを決めてバーディ、ノイマンは二オン一パットのパー、元浩は2mをはずしてパーとなり、女性人が

「やったー」

の快哉を叫ぶホールとなった。


その後も調子を上げ気分を良くしている永野久絵に、元浩は遠慮がちに声をかける。

「今日は調子が良いですね。ゴルフの後お時間をいただけませんか? お願いがあるのですが。」

喜び顔の永野久絵の顔が一瞬曇ったように見えたのは気のせいだったのか。

「ええ、いいわよ」

と明るく答えた永野久絵であった。


ゴルフ後クラブハウスの特別室に落ち着いた四人はそれぞれの飲み物を手に乾杯を行った。元浩が、

「久絵さんも礼子さんも素晴らしい成績でおめでとう。お喜びの最中で恐縮ですが私から永野久絵様にお願いがありますので、お話を聞いていただけますか? ゼヒお願いします」


大月礼子が、

「こんな時に無粋な人ね。私と付き合ってくださいというお願いなら聞いても良いけど! まっ、今日は負けてくれたので聞いてあげましょうよ、久絵。」

「礼子が言うなら仕方がないわ。手短かにお願いしますね。」

と応ずる久絵。


「有難うございます。単刀直入に申し上げます。SUIM社のサイバー再生医療治療実証実験で執刀してください。世界中探してもあなたしかいないのです。」

と元浩。永野久絵は、

「何を馬鹿なこと言っているのですか。私がSUIM社とサイバー再生医療分野で競争しているMALP社のサイバー再生医療実証実験の執刀医師に指名されていることはあなただって知っているでしょう。競争している会社の双方の執刀を引き受けることが出来ると思っているの。無理です。引き受けられません。というより頼むほうがおかしいでしょう。」

と怒った。


元浩は涼しい顔で、

「私はそうは思いません。サイバー再生医療は全世界の人が望んでいる医療です。あなたがこの分野の執刀第一人者であるならば、すべてを体験し、どうすれば完成するかの助言を皆に与えるべきです。一社だけに偏っていては進歩の加速が出来ないではないですか。もちろん特許やノウハウに関わる部分があればそれを守秘することは必要と思いますが、わが社は先生に何も隠しませんし、先生に守秘義務も求めません。もっと心を開いて世界のために取り組んで頂けませんか?」

と説得した。


大月礼子も、

「国際評論家の立場から言えば比良雅元浩さんが言うことが正しいは! 久絵、あなたはもっと高い立場からサイバー再生医療の執刀に取り組みなさい。SUIM社はオープンで良いと言っているのだから、MALP社にそれで掛け合ってみるべきと思うわ。私が説得を応援するから頑張りましょう。」

と永野久絵を説得した。


「確かに進歩のためには一つに偏ってはいけないはね。MALP社に掛け合います。MALP社が頑なな場合は申し訳ないけれど引き受けられませんが、そうでなければSUIM社の執刀を行いましょう。」

と永野久絵は前向きに動きだした。懇親ゴルフは成功したのである。その後永野久絵より比良雅元浩に電話があり、MALP社のOKが取れたとのことで、永野久絵医師とSUIM社と実証実験執刀契約が成立した。


SUIM社はこの執刀におけるCIPD(制御)に使用するための最新鋭・最速のPCを2台用意し、CIPC・CIPB・CIPAの培養にとりかかった。培養は順調に進み、十一月三日(火)後以降であれば実証実験が可能となる見通しとなり、SUIM社サイバー再生医療執刀実証実験は、十一月三日(火)午後二時から行われることになり、報道関係者に連絡された。


この状況の結果MALP社は困った立場におかれることになった。MALP社の実証実験は二ヶ月後しかできない状況にあることは変えようがないために、SUIM社の後塵を拝することなってしまうからである。MALP社酢儀多現黄と真枝野至誠とは打開策をいくつか考え、社長酢儀多現緑の許可を得た。


十一月三日(火)となり、午後二時めがけて多数の報道関係者がSUIM社サイバー医療研究所の手術見学室に集合した。手術室にはCIPA(制御ソフト)を組み込んだPC、現用・予備の二台が設置され、培養されたCIPC細胞群、CIPB細胞群およびCIPA細胞群が手術台間近に準備され、手術台には一匹の大きな豚がくくりつけられている。


十三時五十分、永野久絵執刀医が手術室に入り、執刀準備を開始した。永野医師が見学の報道関係者にカメラ映像を見せながら説明する。

「今お見せしている映像は、手術台上の豚の膀胱の内外部映像です。ご覧のようにこの部分に悪性腫瘍が発生しています。従来はこの部分を切除して治療するわけです。簡単な手術ではありますがそれでも切らなければなりませんし、見えない部分もしっかりと切除しないと治癒はいたしません。サイバー再生医療ならば、切ることもなくまた取り残しもありえません。完璧に治癒できるのです。


それでは世界初のサイバー再生医療実験を始めましょう。

「CIPA(制御機構)スタート。」

永野医師の指がスタートキーを叩いた瞬間、PCが異様な音を立て、画面に{不気味な髑髏}を表示して停止した。ウィルス感染の典型的症状である。永野久絵医師は平然と、

「予備機切り替え」

と指示を出し、係員がそばに用意されていた予備機に配線をつなぎ変えた。


再び永野執刀医が、

「CIPA(制御機構)スタート。」

と言って、スタートキーを叩いたが、その瞬間PCはまったく同じ{不気味な髑髏}を示したのである。さすがの永野執刀医もこれには唖然とし青ざめて立ちすくんだ。


そのとき元浩が同じPCを抱えて手術室に飛び込んで来た。

「万が一のためにもう一台用意していました。これをためしましょう。」

再び第三のPCに配線がつなぎかえられ、永野執刀医が恐る恐る祈りをこめた顔でスタートキーを叩いた。その瞬間、

「もういや! やめて!」

と永野久絵の金切り声が手術室に響き渡った。PCの画面はやはり{不気味な髑髏}を示していた。


これには比良雅元浩もびっくり仰天したが、主催者としてすぐ立ち直り、

「ご覧のように用意したPCがすべてウィルスに汚染されてしまっています。サイバー安全管理不行き届きで誠に申し訳ありません。本日の実証実験は中止いたします。また今回の件はすべてSUIM社の責任であり、永野久絵執刀医にはまったく責任が無いことをこの場で明らかといたします。報道各位におかれましては、永野久絵医師の名誉を傷つけることなく報道上ご配慮いただきたく心からお願い申し上げます。」

と締めくくった。


報道陣は全員呆れ顔で、

「SUIM社はどうしようもないな。徹底して叩こうぜ。」

と言いながら引き上げ、当日の夕刊はまさにその文字がすべての報道に躍ったのである。SUIM社の信用は地に落ちた。


同じ日の深夜(SUIM社サイバー再生医療実証実験に失敗)との文字が躍る夕刊を十種類ほど集めて、酢儀多現緑、酢儀多現黄、真枝野至誠は銀座の行きつけのバーの奥まった専用の部屋で祝杯をあげていた。マダムのエリカや気に入りのホステスが同席しようとしたが、真枝野至誠が、

「今日は特別重要な話なので、酒とつまみをおいたらもう下がっていてくれ・」

と秘密会とした。

「それにしてもこううまく行くとは思わなかったな。」

と現黄。

現緑が音頭をとり、三人は勝利の美酒に時の立つのも忘れて酔いしれるのであった。


同じ頃、比良雅元浩とジェームズ・ヒラタ・ノイマンの二人はSUIM社社長室で比良雅元一社長から厳しい叱責を受けていた。

「何という失態だ。SUIM社の信用は地に落ちたぞ。しかも二重の意味でだ。」


元一は叱責をつづける・

「まずサイバー再生医療の世界初の実証実験に失敗したことだ。たとえ本来の実験ではなくPCがウィルスにやられて動かなかったなど言い訳にもならない。現に実際に出来ないことを隠すためにウィルスにかかったと嘘をついていると報道している新聞もあるのだぞ。この分野におけるSUIM社の信用はゼロになったと思え。比良雅元昭は天国で嘆きかつ烈火のごとく怒っているに違いない。」


「次に自分で仕掛けたウィルスでないとしたら本当に侵入されたことになる。サイバーセキュリティも重要な事業としているSUIM社にとっては回復しがたいダメージだ。これもどうしてくれるのだ。ともかく原因を早急に明らかにすることと、ダメージがどれだけか、どう回復するのかの対応策をすぐ作れ。三日以内だ。」

と元一は机を叩いて二人に厳しく命令した。


元浩とノイマンは返すことばもなく、

「解りました。」

と答えて社長室からうなだれて退出した。同じ階にある比良雅元浩のマンションにもどると冷蔵庫から出した缶ビールを飲みながら椅子にだらしなくかけて声も出ない二人であった。元浩が声をやっと絞り出してノイマンに話かける。

「ノイマン、おやじ元一にはさっき言わなかったけれど、もっと重大な問題がある。」


「今起きている信用失墜問題以外に、何の大きな問題があるのだ?」

とけだるげに問うノイマン、

「実はサイバー再生医療に関する情報がすべて失われたのかもしれないのだ。前回関係情報が漏洩していると考えたときには、実は比良雅元昭が残した情報のほぼ三分の一が漏洩したに過ぎなかったのだ。残りの三分の二はMALP社に渡っていないと僕は確信している。」

「それで」

とノイマン、


「全部の情報がMALP社に流出したら困るので、この関係の機密情報全体を私の個人持ちのPCと、先日実証実験に使用したPC2台に写し、コピーは全部消したのだ。」

「なに!」

と急にシャキっとして目の色をかえたノイマン、

「本当にどこにもコピーは無いのか?この前の攻撃はランサムウェアであり、攻撃者はMALP社と推定できる。とすればMALP社は金を払えばランサムウェアを解く鍵を教えるなどと言ってこないし、最悪はランサムウェアと称して情報破壊も組み込んでいるかもしれない。」

「ランサムウェアは知っているつもりだったがもう一度解説してくれ。」

とノイマンに懇願する比良雅元浩。それに答えてノイマンが解説する。


「侵入経路については後ほど検討することにして、ランサムウェアのポイントを説明しよう。中に入り込んだランサムウェアは次の三種がある。


① 記憶領域にある情報をすべて破壊する方式


② 記憶領域にある情報を暗号化してそのPCの保有者には読めない形としてしまう方式


③ ①&②を組み合わせている方式、


の三種である。」


ノイマンは続けて、

「これらの三方式では、②のみ暗号化の鍵をもらえれば情報の復元が可能であり、攻撃者が被害者に情報復元の鍵を金を払って買えとの取引をして金を脅し取るなどのことが多く行われている。悪質なのは③で、一度取引をし、復元できないとのクレームに対しさらに第二の鍵があるなどと何度も要求し続けることがある。今回は③の場合のような気がする。」

とノイマン


「だとどうなるのだ。」

「その場合はランサムウェアを自力で復元したとしても、蓄積されていた情報の完全復元はできないことになる。」

「エッ、そうなったら比良雅元昭が寝食を忘れて研究した成果が、MALP社に盗まれた一部を除いて完全に失われて、サイバー再生医療は振り出しにもどってしまう。」

と比良雅元浩は真っ青な顔になってしまった。

「ともかく三台のコンピュータに対するランサムウェア攻撃の復元は私が試みよう。」

とノイマンが引き受けてくれたので、元浩は一つ重荷を下ろした気分となる。

元一からの宿題をこなすためには、なぜ今回サイバー攻撃を撃退できなかったのかを解明する必要がある。






第五章 希望


失意のどん底ではあるが、元浩とノイマンは協力してなぜSUIM社のサイバー防御体制が破られたのかの解明に当たった。SUIM社内部ネットを精査したところ次の事実が浮かびあがってきた。


不審状況A


   十月二六日(月) この日はウィルスに感染して社内が大騒ぎになった日である。この時山内常務取締役がサイバー再生医療情報が無事かと確認のためにアクセスを行う直前に、大西大輔顧問弁護士が発信人と思われるウィルス騒ぎの状況を問い合わせる添付ファイル付きメールが比良雅幸二営業部長に送られていた。比良雅幸二はこのメール及び添付ファイルを開き、原因究明がすんだ旨回答をしている。


当日サイバー再生医療情報にアクセスしたのは、山内常務取締役のみであり、そのアクセス直前で社外から来ているメールは、大西弁護士→比良雅幸二というこの一通のみであった。元浩はこの事実に着目し事実関係を調査したところ、大西弁護士側にはこのメールの発信記録はなく不審メールであることは明らかとなった。


さらに十月二三日(金)にサイバー攻撃技術に関わる業界団体の集まりがあり、比良雅幸二はこの会合に出席、たまたま席が隣であった真枝野至誠と会話をかわしたことも判明した。この会話の中で、真枝野至誠が最近のウィルス攻撃の激しさをなげき、真枝野至誠は攻撃の状況を逐一顧問弁護士に報告しておかないと将来防御対策を外部から調査された時に対策不備で問題だと言われる可能性があるので、常に顧問弁護士との連絡はかかせないのだとの話を聞かされたことも判明した。


このような状況で比良雅幸二が大西弁護士からと称するメールを開き返信したことはやむを得ないと考えられるが、本人発信でないメールに細工があったのではないかと疑われ今後精査が必要と判断される。


不審状況B

   

十一月三日(火)は最も重要なPC三台がランサムウェア攻撃をかけられてダウンし、SUIM社の世界初サイバー再生医療実証実験が失敗した日である。三台のPCに対するランサムウェア攻撃がどのように行われたかは、SUIM社情報室の最大の汚点であるだけに早急な解明が必要である。


十一月三日(火)以前の社内の状況を見ると、特に目立つのが十月最終週における関係各社からの営業部員に対する状況問い合わせメールの数が多いことである。通常時の十倍に及ぶメールがきており、営業部員がメール対応で仕事にならないと営業部から報告が情報センターに上がってきていた。


ウィルス騒動の直後だけに、そんなこともあるかと見過ごしていたが、元浩は標的型攻撃がかかっていたことを見過ごしていたのではないかと考えるようになった。精査してみると、十月最終週に営業部員にきていた状況報告を求めるメールの八割は発信人不明でありそのすべてが報告用のフォーマットが添付されており、しかもそのフォーマットが発信会社に無関係におなじものであったこともあきらかとなった。


しかもこの添付フォーマットは、不審状況Aにおいて比良雅幸二が受け取った大西弁護士からと称する不審メールに添付されていたものと同じと確定された。


ここまで調べた結果、比良雅元浩とジェームズ・ヒラタ・ノイマンは次の報告をSUIM社代表取締役比良雅元一に行った。


十月二六日(月)ならびに十一月三日(火)サイバー攻撃の概要


まず結論を申し上げる。今回の一連のサイバー攻撃はライバル会社MALP社の陰謀であると推定する。その手口は以下に示すとおり。


  第一ステップ 計画立案


比良雅元昭葬儀時の伊東総理大臣のSUIM社でのサイ バー再生医療研究に期待するとの発言を聞いたMALP社幹部が、SUIM社サイバー再生医療の研究内容の奪取をもくろむ。


SUIM社内部の危機感をあおり、内部への侵入の足がかりの作成・情報奪取ならびに情報奪取後の破壊を企画。計画立案は酢儀多現黄、実行は真枝野至誠ならびにその配下のハッカー集団と推定される。


  第二ステップ SUIM社内部に不安醸成


二通りの手段を使用


まずSUIM社幹部の不安を醸成する。同時に実際のウィルス攻撃を行う。幹部の不安醸成には、比良雅元昭遺産相続に対し不満を持ったと思われる、真枝野元菜・比良雅幸二ならびに山内義明に折を見てアクセスし、重要情報の保護対策が肝要であるとの話を世間話で伝える。


ウィルス攻撃の手法としては二0一六年に発生した。日本年金機構の情報漏洩事件を参考(巻末参考資料1 125万件の年金関連情報を流出させた「Blue Termite」攻撃 参照)として行う。四段に分けて攻撃。三段階までは陽動なので解りやすいウィルスをセキュリティを熟知した社員おくり、警戒発動をさせる。


年金機構例によれば二段階目まではウィルスを受けた社員が情報センターに報告するので全社に情報センターより警報が出され、全社での警戒態勢が確立する。二回送られた警報を把握する。三回目は全社で警戒しているので受けた社員も当然の防御作業をするので、情報センターに報告は行かず全社への警報は出されない。


四回目は本番で必要な作業を埋め込んだウィルスを一週間以上休暇を取って久しぶりに出てきた社員を狙って送る。この時この社員に送られていた前二回の警報は削除しておく。年金機構例によれば、この社員は全社員が警戒態勢にあることを把握せず、しかも警報が削除されているために簡単に添付ファイルを開けウィルスを社内にばらまく踏み台になってくれる。


第三ステップ サイバー再生医療情報の奪取


以降は社内大騒動になるので、その間に本命サイバー再生医療情報の奪取作業を行う。サイバー再生医療関連開発本部長の山内常務取締役は別途の工作によりこの日は一七時半帰社予定。ウィルス騒動の真っ最中なので重要情報の点検をまず行うはず。


真っ先にサイバー再生医療情報のチェックを行うよう本部指令が出されていることを伝えるよう秘書に細工し、まずサイバー再生医療情報のチェックを行わせる。


比良雅幸二に送られた偽西岡弁護士からのメールには一七時半時点の山内常務の重要情報アクセスを密かにコピーして意図者に転送する悪意ソフトが組み込まれており、皆が予定通りに行動すれば、山内常務取締役が一七時半にアクセスした情報がコピーされて意図者(真枝野至誠と推定している)に送られることになる。


事実サイバー再生医療情報の一部が漏洩した(山内常務が一部を点検してアクセスを終了したため、情報の一部のみしか流出しなかったのは不幸中の幸いであった)。


  第四ステップ 

サイバー再生医療世界初の実証実験の取り合い


サイバー再生医療情報をつかんだMALP社は情報の中身を精査することなく。実証実験を二ヶ月以内に行うことを報道発表。これを受けて当社SUIM社は先手を打って世界初の実証実験を十一月三日(火)に行うことを発表し、準備に入った。


第五ステップ 当社に対する標的型攻撃と情報の破壊工作


医療担当者による十一月三日(火)の世界初サイバー再生医療実証実験に関する詳細情報を永野久絵医師から入手(永野久絵医師に当社の実証実験に関する情報はすべてオープンでOKと確約)したMALP社は、当社の実験をつぶすことと当社内の情報を消去することを意図、その工作に入った。


敵方MALP社が準備しなければならないことは、三つある。


A 当社実証実感に使われる制御PCの製品番号と予備機 も含めて何台用意されているかを調査する悪意ソフトを送り込むこと。


B それら制御器と目されるPCにその内容すべてを破壊 するランサムウェアを送り込むこと。


C 送り込んだランサムウェアを最高のタイミングで起  動する悪意ソフトを送り込むこと


比良雅幸二のサイトには初期に裏サイトを作ってあるので、悪意ソフトウェアは全貌がつかまれないように断片的にその裏サイトに送り、構成することとした。


比良雅幸二のPCに作った裏サイトにA、B、C三種の悪意ソフトを直接送り込むことは、監視が厳しくなっていることから困難と推定される。


そこで比良雅幸二がMALP社のサイバー再生医療実証実験の情報を細大漏らさず集めるよう指令を出していることを利用して、SUIM社営業部三百人への標的型攻撃を仕掛けた。


SUIM社およびMALP社双方に関係を持つ会社からの発信を装って営業部員に対し一日十通ずつのメールを送りその中に悪意メールを紛れ込ませる標的型攻撃を仕掛けた。事実当時営業部員には大量のメール送られていた。


すべてのメールはMALP社のサイバー再生医療の実証実験の動静を伝えるファイルが添付されており、受け取った営業部員は与えられた指令のとおり、直ちにその内容を営業部長比良雅幸二に送っていた。当然紛れ込んでいた悪意メールも比良雅幸二に送られることになり、この結果比良雅幸二の裏サイトには目的とする三種の悪意ソフトが構成されてしまった。


この段階で営業部から大量のメールが送られてきているとの報告は出されていたが、対外への信用の失墜とライバル社のサイバー再生医療実証実験計画の発表という状況で、営業部は情報の収集に追われており、異常事態であることを見過ごしてしまっていた。このため比良雅幸二のPCの裏サイトにはA,B、Cの三種の悪意ソフトが容易に構成・準備されてしまった。


まずは当社サイバー再生医療実証実験に使用するPCの特定が行われた。これは当社の実証実験発表直後にサイバー再生医療研究所が高性能PCを二台購入しているので特定は簡単にできたと思われる。特に超音波が発信できる特殊広帯域スピーカ搭載したPCは世界的に見ても一機種しかないので特定は容易である(サイバー再生医療による治療には超音波の発信が必須であるため)。ただし比良雅元浩が同じPCを一台一ヶ月前に購入していることを把握し、使用の可能性のあるPCを三台と推定したことは敵ながら感心する。


次に特定された三台のPCに準備されたランサムウェアが送り込まれた。


最後に三台のPCに送り込んだランサムウェアをいつ起動するかであるが、これは永野久絵医師の几帳面さと趣味を利用することとした。永野医師は異常とも思えるほど時間には厳しく、決められた時間に必ず予定の動作を行うのが常である。従ってランサムウェア起動のための悪意ソフトウェアは十一月三日(火)十三時五九分に動作させるものとする(それ以前だと永野医師が準備のために動作を行う時にしかけたランサムウェアが起動されてしまう可能性があるため)。


起動のサインは永野医師がいつも起動サインとして使用する「KITTYKITTY+時・分」のKITTYKITTY部分を使い永野医師が打ち込んだ瞬間にランサムウェアが起動され、中の情報が読めなくなったと推定される。


第一ステップから第五ステップまでの仕掛けにより、十一月三日(火)のSUIM社の実証実験はものの見事に失敗したのである。


今後の対応について。

  以下の行動をとることが望ましい。


サイバー攻撃防御策の強化


従来のサイバー攻撃防御策では、内部犯行を含むすべての攻撃を防御できないのでつい最近SUIM社で開発に成功したホワイトリスト方式による最新かつ完全な防御システム(インターセプト防御方式)を全社的に導入する。


なお比良雅幸二のPCに設定されていた裏サイトは消去した。


また当社のサイバー再生医療情報は攻撃された三台のPCにのみ存在し、これが流出した状況はないので、現在サイバー再生医療の使える形での原情報はどこにも存在しないことが明らかとなった。


三台のPCにあった情報がすべてランサムウェアにより利用不能とされてしまったので、ランサムウェアを解くか、SUIM社内を徹底捜索してサイバー再生医療の原情報を探す必要がある。


なおMALP社に流出したサイバー再生医療に関わる情報は一部でありその部分だけでは治療は完成しないので、MALP社のサイバー再生医療実証実験は妨害をしないで静観をする。その間に当社の情報復元と治療手法の完成に全力をあげることとする。


またMALP社に、当社が情報漏洩に気付いたこと、漏洩した情報は一部であったことを悟らせないために、MALP社に協力した疑いのある、真枝野元菜、比良雅幸二および山内義明の三名については当面不問とする。


比良雅元浩とノイマンは異常の内容を社長比良雅元一に報告し今後の活動方針の承認をえた。ノイマンは3台のPCのランサムウェア攻撃を回復しることに全力をあげ、元浩は社内のどこかにサイバー再生医療の原情報が記憶されていないかを探索することとした。






第六章 絶望


SUIM社ではこのような分析活動が行われて、活動方針が定められ元浩たちが動き出している頃、一方のMALP社は発表されたサイバー再生医療実証実験に向けた準備が行われ、その状況が逐一報道発表されてゆくため世界的な注目と期待を集めていた。


十一月十日(火)ついにMALP社が実証実験の日程を明らかとした。二0二0年中十二月一日(火)午後三時からMALP社本社特別研究室において実証実感を行うと発表したのである。この実証実験TV等で公開されるとのことで、世界中の注目を集めることとなった。


十二月一日(火)当日。執刀予定の永野久絵医師は制御用のPCの前に立ち執刀開始時間をまっている。傍らの手術台には豚が一頭固定されており、さまざまな配管・配線がなされている。手術台に横たわる豚は膀胱に腫瘍ができたとの想定で、膀胱内の腫瘍部分がカメラにより映し出されている。また膀胱の外側部分も別な画面に映し出されている。


十五時、永野医師が立ち上がった。進行役の酢儀多現黄が、

「それではただ今よりサイバー再生医療による豚の膀胱癌治療を行います。本日の執刀医は、この分野の世界第一人者である永野久絵医師です。それでは先生執刀お願いいたします。」

「かしこまりました。」

と永野医師


「手術を開始する前に、サイバー再生医療とはどのような治療を行うのかご説明いたします。」

「まず画面を見てください。手術台にいる豚の膀胱の内部と外部が映し出されています。内部のこの画面の中央に腫瘍があることにお気づきかと思います。この部分に対応する外側はこちらの画面ですがほんのちょっとだけ黒ずんでいることがわかります。両方から見ますとかなり進んだ癌ということが解ります。」


「癌のすべてはその生体部位を形成する細胞が新しくなるための分裂を起こすときに何らかの原因でDNAのコピーミスを起こして異なった細胞となることから起こるものです。その生体部位本来のDNAを持たない細胞群が偶発的な原因により発生するとその細胞群は変異した自らのDNAを持つ細胞のみで生体組織のその部位を構成すべく急激に増殖を始めます。これが癌という訳です。」


「従来はこの本来のDNAを持たない細胞群を切除することにより癌治療を行うか、この変異細胞群を成長しないようにする薬つまり抗癌剤を使用して治療していました。変異細胞群を取り損なったり、取る前に他の組織にとりついて、そこで増殖を始めたり、適切の抗癌剤でなかったりして癌は治りにくいとされて、死亡原因の筆頭に近年はなっています。」


「変異したDNAを持つ細胞群をなくして正常なDNAを持つ細胞群にもどしてやれば癌は治療できるわけです。生体機能が衰えることによる病気もありますが、これもやはり正常なDNAをもつ細胞群と異なるDNAを持つ細胞群になっているからだと思われます。すなわち正常DNAを持つ細胞群に置き換えることができればすべての病気は治癒するのです。」


「現在言われている再生医療とは医学上の重大な発見であるiPS細胞がもつ多分化能を利用して様々な細胞を作り出して、ある人の何らかの理由で失われた機能を代替することにより治療を行うもので、健全なる身体機能を常に保つことの出来る夢の治療法なのです。」


「ただiPS細胞による再生医療はまだ完璧な手法は確立されておらず、まだまだ夢の段階にあります。特に手術によって機能を代替する方式は手術のしにくい生体機能部位もあるので、人類の夢をすべてかなえることは困難と思われています。」


「比良雅元昭氏が創出したとされているサイバー再生医療は今までの再生医療の欠点を補い人類の夢をかなえてくれる治療法といわれています。」


永野久絵医師は一息いれると再び情熱的に語りだした。

「比良雅元昭氏は(十五年ほど前松坂市を訪れ松坂牛のすき焼きを食べたときに牛にビールを飲ませたりモーツアルトの音楽を聞かせたりすると美味しい肉がもっと美味しくなるのです)という話を聞いたそうです。」


「比良雅元昭氏は冗談とはとらず何か科学的な因果関係があるのではと考えたそうです。ビールについては因果関係を付けるのは難しいと結論付けたそうですが、モーツアルトについては研究をすすめたそうです。その結果DNAの螺旋構造が音響振動に反応する可能性があることを見出したのです。」


「DNAの螺旋構造は基本的にはバネの構造と同じです。伸び縮みし揺れるのです。バネはその構成から固有振動数を持っており、それと同じ振動数を与えると共振します。実験してみると音響下ではDNAが共振することがわかりました。この共振周波数はDNAの部位によって違います。すなわち我々は生態に組み込まれているDNAの特定部位を探し出す手段を得たのです。」


「この共振はコピーミスしたDNAではおこりません。膀胱を例にとりましょう。膀胱の外側を構成する細胞はDNAのその部分が活性化されて膀胱の外壁になるように成長するのです。膀胱外壁細胞のDNA共振周波数を与えれば膀胱外壁全体が共振いたします。この時膀胱外壁に異なるDNAを持つ細胞群があるとこの細胞群は共振しませんので、正常でない組織と判断されるわけです。この性質を利用して共振しない部分のみを切除すれば癌治療としては完璧になるわけです。が今日細胞の大きさレベルで切り分ける外科手段は存在しませので、このような切除治療は不可能です。」


永野医師はさらに続けた。

「比良雅元昭氏はiPS細胞が色々新しい特性をもつのではないかと調べました。その結果ついに 特殊iPS細胞を発見したのです。iPS細胞の中にはある周波数の電磁波を与えると細胞分裂が活性化すると同時に周囲にある異分子(DNAの異なる細胞)を攻撃しその細胞を殺すとともに自分自身の分裂細胞でその細胞を置き換えてしまう性質を有するiPS細胞を発見したのです。」


「たとえばこの豚の膀胱外壁には異常な部分があります。もしこの膀胱を発見された特殊細胞で外から覆い、この生体組織の共振周波数を音波で流し、全体に活性化電磁波を与えるとどうなるでしょうか。」


「外壁を覆う特殊iPS細胞群は共振を始めると同時に異物を検出して置き換える活動を始めます。外壁の写真で言えば黒ずんだ部分以外は正しい細胞ですから同じように共振しており、特殊iPS細胞は攻撃を加えず何もおこりません。」


「ところが黒ずんだ部分は異なるDNAを持っていますので共振せず、したがって異物とみなされて特殊iPS細胞の攻撃対象となり、この黒い部分は外壁を覆う特殊iPS細胞に攻撃されて置きかえれてしまいます。すなわち黒ずんだ部分のみが置き換えられて正常細胞になり癌は消滅してしまうという理想的な手術が行われて治癒するわけです。」


「膀胱の外壁と内壁はそれぞれ役目がちがいますので、別のDNAを持つ細胞が必要です。外側の修復が済んだら、内側に内壁用特殊iPS細胞を入れ、外壁と呼応して修復を行わせればよいとことになります。」


永野医師は一息ついて水でのどを潤してから説明のまとめに入った。

「非常に簡単にもうしあげれば、薄い膜で出来た球体があります。まず外側に特殊iPS細胞で幕を作り全体を覆います。二重膜の球体になったと思ってください。これに共振周波数の超音波をあて、活性化のための電磁波をあたえますと、前から存在していた膜を構成している異なるDNA部分は共振していませんので攻撃されてなくなります。つまり外側は修復された二重膜の球体になります。」


「次に内側膜と同じDNAを持つ特殊iPS細胞を内側にいれ、外側特殊iPS細胞にガイドさせて内側全体に膜を育て内側ももとからある膜と新しく貼り付けられて特殊iPS細胞からなる二重膜をつくります。これが出来上がれば、内側幕の共振用音波と活性化のための電磁波を与えます。」


「外壁のときと同じように癌の部分だけ修復されることになります。最後に特殊iPS細胞に非活性化電磁波を当てれば、特殊iPS細胞ははがれ落ちて体外へ輩出され、残ったのは内外壁とも正しい細胞でできた膀胱となっているわけです」。


「以上は、故比良雅元昭氏が研究開発した方式ですが、MALP社酢儀多現黄氏は、比良雅元昭氏が世に出した非常に少ない文献から、同じことを研究し、独自に考えてほぼ同じ方式を研究開発し、SUNP社研究陣の総力をつぎ込んで実用化いたしました。本日はこの酢儀多現黄発案のMALP社方式で執刀を行います。


永野医師が

「それでは説明を終了して実証実験にはいります」

「この2枚の写真にある豚の膀胱の癌を治療します。」


「第一段階として癌の出来ている生体組織が何であって、その組織の正しいDNAは何であるかを把握する必要があります」。

「この役目、すなわち 患部の中で正しいDNAを持つ細胞群を発見し治療者にこれを伝える機能 この機能を持つIPS細胞群をサイバー再生核:CIPC( = Cyber Induced Pluripotent Core)と呼びます。今画面上に現れた黒い点がこの役目を果たす細胞です。」


「この細胞群を癌とおぼしき部位の近くの正常細胞のそばに置き正しい細胞のDNAを読み取りこれを外部制御器CIPDに送ります。CIPCには送受信機能を組み込んでありますので、制御器との情報の授受は可能です。」


「送られてきたDNAを検査し正しいDNAかどうかをチェックします。合格すればそのDNAを持つ特殊iPS細胞を作ります。これが患部の外側を修復するIPS細胞群で、これをサイバー再生本体:CIPB( = Cyber Induced Pluripotent Body)と呼びます。培養に時間がかかりますので、ある程度の広さを構成する量を作って置きました。今外側に広がっている青色の膜がそれです。」


「黒ずんだ部分を広範に覆いましたので治療を開始します。徐々に黒ずんだ部分が少なくなっているのがお分かりと思います。」

「はい、今黒ずんだ部分がなくなりましたので外壁は修復されました。」

「オー!」と皆感嘆の声をあげる。


「では次に内壁を同じ方式で治療します。患部の内側を修復するIPS細胞群 これをサイバー再生補助剤:CIPA( = Cyber Induced Pluripotent Auxiliary)と呼びます。今度は内壁の映像をみてください。CIPCを近づけて内壁の情報を取って制御器CIPDに送りました。」


この時手術全体と制御している制御ソフトCIPDを収容している永野意思の目の間にあるPCが警報音をだした。永野医師はびっくりした顔で制御器のチェクを行った。そして顔をあげ沈痛な表情で、再び語る。


「CIPCを患部に導き、CIPBを患部の外側に展開してまず幹部の外側を修復することを制御し、次に内部に注入されたCIPAを制御して修復外部に対応して内部の修復を制御し、最終的に患部が治癒するよう制御する制御器が必要になります。これをサイバー再生制御器:CIPD( = Cyber Induced Pluripotent Developer)と呼びます。以上のべたようにサイバー再生医療は、すなわち、CIPC・CIPB・CIPA・CIPDの四要素を準備・駆使して初めて実現できるものなのです。」


「今出された警報は、この豚の膀胱の内壁に関する情報がないので、これ以上治療を続行することができないという警告です。」

「誠に申し訳ありませんが準備不足のようですので、本日の実証実験はこの段階で終了させていただきます。細胞レベルでの手術による完全治療の実現性については十分ご理解して頂けたと思います。」

と永野医師が締めくくった瞬間会場には万雷の拍手が沸き起こった。その中を永野医師は無念そうな顔で足早に退席していった。


その日から全報道機関はこのMALP社の実証実験を大きく取り上げ夢の実現とはやしたてている。SUIM社の地盤沈下は会社の存続にまで響くとおもわれだした。


この一連の状況を元浩とノイマンは情報探索活動を続けながら報道を丹念に見て事態を追っていた。しかしながら永野医師の執刀によるMALP社の実証実験が思いのほか成果を上げたので、二人は絶望のふちに沈んでゆくのであった。






第七章 復活


サイバー防御の完全化と情報の復活努力は元浩とノイマンを中心に精力的に続けられた。

「新しいサイバー防御システムの進捗状況を教えてくれ?」

と元浩が十二月四日(金)にノイマンに尋ねた。

「世界で最も優れた技術と言われているホワイトリスト型(末尾参考資料2 「ホワイトリスト型サイバー防御システムの優位性」 参照)の完全防御可能な新サイバー防御システムはすでに完成しており、実証を今試みている。」

「どんな実証方法を考えているのか?」

と元浩


「来週、十二月九日(火)から十三日(日)まで日本最大のセキュリティコンテストが北千住の東京電機大学でおこなわれる。これは基本的にCTF:Catch The Frag 形式のコンテストなのだが、そこにブースを設置して、わが社のサイバー防御システムを攻撃してもらい、もし攻撃に成功したら賞金を出すことにして、実証実験をしようと考えている。」


「どんな人が来るのか?」

と元浩、ノイマンは答えて

「世界中から腕に覚えのある攻撃チームが参加して主催者側の出した防御問題を攻撃し、速さを争っている。」

「世界で最も強いチームも参加しているので参加者のレベルは非常に高い。その人たちがコンテストの合間に当社のサイバー防御システムを攻撃してくれて、こちらが守りきれれば、防御性能は実証されたといえるのではないか」

とノイマン。


「良く解った。十四日(月)の報告を楽しみにしているよ。」

と元浩。逆にノイマンが、

「元昭じいさんのサイバー再生医療の全貌を語る情報はみつかったのか?」

と元浩に尋ねた。元浩はさっと顔を曇らせて、

「今のところ手がかりはなしだ。ノイマンすまんがランサムウェアにやられた三台のPCをわたすので、ランサムウェアを解いて復元してくれないか?」


ノイマンは

「三台が同じランサムウェアでやられてはいるが、同時ではなく異なった時間帯にランサムウェアでやられているのかどうかわかるか?」

この問いにたいし元浩は

「それが解読に関係するのか? 三台のうち少なくとも私のPCは、情報を取り込んだのが十月二七日(火)であり、残り二台に情報をコピーしたのがPCの来た日、十月二八日(水)であった。」と元浩、


「私のPCから他の2台に情報を移してから私のPCは内容整理のため、十二月二日(水)正午までネットから切り離していた。」

「一方永野医師が最初に使用した二台は十一月二九日以降永野医師が実証実験の準備のために使用しており、彼女は注意深いからそのときランサムウェアがしかけられたら気付くはずだ。」


「つまり三台のうち永野医師用に用意された二台のPCにランサムウェアが仕掛けられたのは、十月二八日から十一月二八日までの間であり、私のPCにランサムウェアがしかけられたのは十二月二日正午から翌三日十五時までの間なので、異なった日に仕掛けられ田ことは明らかです。」と元浩はノイマンに告げた。


「さらに言えば情報を探して元昭じいさんのPCを十月二八日に調べたところすでにランサムウェアがしかけられていたよ。」

「とすれば、異なったやり方なので、解読の可能性は大だ。暗号化の使い方の事例が多いほど解読の可能性は高くなる。元昭じいさんのPCも事例を増すために貸してくれ。解読を頑張ってみるよ。」

とノイマンが取り組んでみることを約束してくれた。


十二月四日(金)情報探索疲れのため、元浩はPCを前に机に突っ伏して寝込んでしまった。

「元昭じいちゃん、ちょっと算数教えてくれる?」

元昭の書斎を訪ねて甘えている中学三年生の元浩がいた。

「じいちゃんは今大事なお仕事中だから三十分待ってね。その辺に座って勉強しながら待っていなさい。」

とやさしく元昭が元浩に言う。


元浩が見ていると元昭は漆塗りで銀の象嵌で鶴と亀の描かれている二台の古いオルゴールからの音楽を聴きながら、しきりにPCを操作している。二台のオルゴールの曲は鶴が「エリーゼのために」で亀が「椰子の実」で、丁度終わる時間が一緒のタイミングのときのみ、最後の二十秒間、元昭の愛犬「富士」が低くうなって尻尾を嬉しそうに振っていた。


「元浩ごはんよ。そんなところで寝込まないで、早く夕食食べて家に帰って寝なさい。」

という母比良雅玲子の声で我に返った元浩は中学時代の楽しかった夢を見ていたのだと悟ったが、ふと妙な感覚に襲われた。元昭のオルゴール好きは昔から有名であったが、元浩はまったく同じ光景を繰り返し見ていたような気がしたのだ。


比良雅本家での夕食の後自宅マンションにもどった元浩は、ノイマンを呼んで自分の発見をノイマンに語った。

「元昭が朝、鶴と亀のオルゴールを前にPCを操作する光景を俺は一度ではなく何度もみているように思う。それも確か毎月第一日曜日朝九時からだったような気がする。」


ノイマンが

「それがどうしたの」

と問いかける。元浩は、

「毎月第一日曜日の朝九時はじいちゃん(元昭)にとって特別な作業をする時間帯だったのではないだろうか。」

「この時間帯にじいちゃんはオルゴールとPCをつないで何かしていたのではないだろうか?」

と話す元浩。ノイマンは早速PCを取り出して情報センターにアクセスする。


「まず二0二0年九月第一日曜日(六日)朝九時のアクセス状況を見ましょう。この日その時間帯の比良雅元昭氏からの重要情報へのアクセスはありません。」

「では八月第一日曜日(二日)の九時はどうですか?」

と比良雅元浩はせかせる。

ノイマンの答えは、

「やっぱりアクセスはありませんね、七月・六月・五月それぞれの第一日曜日もありませんよ。」

とノイマン

「そんなはずはない。爺さんは明らかにPCを操作していたよ!」

と元浩。ノイマンが言う。


「とするとコンピュータシステムに強い元昭じいさんのことだ、毎月第一日曜日九時に作動するプログラム作っていたのかもしれない。しかもこいつはきっと動作終了後その痕跡を消すようになっているはずだ。だとすればもう追えない。」


「唯一可能性は元昭じいさんが病気後このプログラムの存在を忘れていて処置をしていないとすれば、今でもこのプログラムが動く可能性があることだ。十二月の第一日曜日(十二月六日)がポイントになるだろう。そのことに掛けてみよう。明後日が運命の日だ。」

と元浩は期待をこめて宣言した。


十二月六日(日)ノイマンは元浩の自宅に朝七時に現れ、情報センターへのアクセスの監視を始めた。ログは消される可能性があるので情報センタープロセッサから直接ノイマンのPCにログを取り込むソフトを作成して情報センターにしかけた。


日曜日なので情報センター機密情報部分へのアクセスはまったく起こっていない。運命の九時、急に振って沸いたように機密情報へのアクセスがあり、そして消えた。慌てて情報センターのログを調べたが、痕跡も残されていなかった。高度なテクニックを持つハッカーが作成して情報センター内コンピュータに仕掛けられているプログラムが一瞬動いたのである。


「ログを別にとるプログラムをしかけておいて良かったな。そちらのログを調べてみよう。」

とノイマンは早速ログを読み取る。

「これは!」

と絶句するノイマン。

「どうしたんだ?」

と問う元浩。


「今動いたプログラムは機密情報中のサイバー再生医療情報を含むメモリ領域をそっくりコピーして比良雅玲子の使っているPCに暗号化した上で(玲子の趣味記録二0一二0六)というファイルで記録されているのだ。」このタイトルではこのファイルは玲子さんの個人ファイルで誰も重要と思わないし、暗号化されているのでサイバー再生医療等の単語検索にもひっかからない。」

とノイマン。


「元昭爺さんは、毎月第一日曜日の朝九時に、このプログラムの動作を待ってその後玲子さんのPCにアクセスし (玲子の趣味記録n年m月d日)というファイルを読み出してオルゴールに記憶させていたにちがいない。もしかして玲子さんのPCにこのファイルの最近のものがあればサイバー再生医療の完全情報が復活できるぞ。」

と元浩は興奮した声で叫んだ。


ノイマンは早速玲子さんのPCにアクセスした。

「あった!」

天のお告げがノイマンの口から元浩に伝えられた。

「いつの日付だ?」

とせっかちに問う元浩。

「ことしの六月の第一日曜日の版だ。」

「やった!」

と躍り上がる元浩。苦しい情報探しが終了した瞬間である。


「このサイバー再生医療の情報にはどこまでが入っているのだろうか?すぐ調べてみよう」

と元浩。しばらく無言で情報を解読していた元浩は半分曇った顔で

「サイバー再生医療に関して今回発見された情報には治療手法のすべてが記述されているが、もっとも重要な標準DNAリストは含まれていない。豚の膀胱のように実証実験を行おうとしたものの他に百種くらいのDNAリストはあるので、いくつかの実証実験はできるが、すべての病気の治療を行うには、DNA標準全リストを探し出すか、あらためてそのリストを作るしかない。」

と元浩。


「それでもMALP社を逆転できる。すぐ社長に知らせて公表しよう。」

とノイマン。

「まてまて、具体的な作戦計画を立ててからだ。慎重に運ばないとまたMALP社にしてやられてしまうぞ。」

「今度はサイバー攻撃完全防御のソフトをつんでいるから、彼らには一指もふれさせない。がそれだけに効果の高い計画が必要だ。」

と自信満々の元浩。


「SUIM社として再度サイバー再生医療実証実験をおこなうことを発表しよう。時期はなるべく早くが良いが問題がいくつかある。」


「執刀医としては永野久絵医師しかいないので永野医師に頼む必要があるが前回の失敗があるので、引き受けてもらえるかどうかだ。この交渉に一週間見よう。同時並行して豚の膀胱のサイバー再生医療に必要な特殊iPC細胞の培養が必要となる。これにも一週間必要となる、。同時並行できるので余裕を見て三週間後が妥当と思われる。」

と元浩、

「私もそうだと思う。」

とノイマン。


「では十二月二一日(月)にしよう。

「今までは実証実験といってもわが社とMALP社の勝手な行動であった。これでは社会の信頼が得られないので、今回は医学会が認める公式の実証実験にしたいと思う。」

と元浩は言う。ノイマンは、

「やるべき事としては正しいが永野医師の件も、医学界会長がMALP社会長の酢儀多現紅氏であることからいずれも難しくないか?」と懐疑的であった。

「しかしノイマンよ。今度もSUIM社単独の私的な実証実験では、名誉回復にはならないのではないか。やはり学会の承認のもとにやるべきではないのか」

との元浩の声にノイマンもついに賛同し、


1. 十二月二一日(月)十四時から

2. 永野医師に執刀を依頼する

3. 医学界に承認を求め医学界の行事として行う


事を計画しSUIM社社長比良雅元一に、サイバー再生医療情報の完全復活とあわせて報告・承認を求めた。


元一は、

「全力を挙げて三条件を満たすように。」

と述べて計画を承認した。






第八章 敗北


計画の承認をもらった元浩は次のような実行案をたてた。

  

1 十二月二一日(月)までの実験機材の準備について。

実証実験に使用するIPCDソフトを収容する機器の 準備とサイバー攻撃からの防御はノイマンが担当 インターセプト型防御方式を公式発表し完全防御が可能と発表する。

特殊iPS細胞の培養は元浩配下のサイバー再生医療 研究所が担当、十分な量のIPCC・IPCB・IPCAを培養で作成する

  2 永野医師の説得は元浩の担当、ノイマンが支援 

  3 医学界への報告及び医学会公式行事化は比良雅元一の担

    当


まず比良雅元一が医学会会長酢儀多現紅氏とのアポをとり、報告と公式行事化の依頼に出向いた。詳細の説明を求められることも想定して元浩も随行した。」


「前回十一月三日(火)の当社(SUIM社)のサイバー再生医療実証実験が失敗したことで医学会に多大なご迷惑をかけたことを心からお詫び申し上げます。」

「言い訳になりますが、この時の失敗は使用PCにサイバー攻撃をかけられ、使用不能となったために起こった失敗でサイバー再生医療の原理が間違っていたゆえの失敗ではありません日本の医学会の名誉のために、再度実証実験を行うことをお認めいただきたい。」

と元昭。


医学会会長酢儀多現紅氏は、

「SUIM社の失敗により日本医学会は大変信用を失墜したが、MALP社の成功により世界的名声は回復したと考えている。ただMALP社の実証実験は一部未完なので、今回SUIM社が完全なサイバー再生医療を実証実験してくれるならば、それはありがたいことなのでぜひ実行して欲しい。」


「ただし今回も失敗した場合は、医学会から除名という処分が下る可能性もあることを念頭において頂けるならば、医学界はこの試みを認めるし、また公式行事かもOKする。さらに言えば実証実験は同じ豚の膀胱癌でおこなうことを条件とする。これは竜者の実験の比較を容易とするためである。それよろしければ提案をOKする。」

と述べた。あまりにも厳しい条件に元一が反論しかけようとすると元浩が元一の袖を引いてOKせよと目配した。


「会長様、了解いたしました。いただいた条件のもとで実証実験をやらせて頂きます。医学会承認の公式行事としてお認めいただける件本当に有り難うございます。」

と元一が言うと、学会長は

「こちらの条件を実行して頂けること深謝します。医学会としてもこの実証実験でサイバー再生医療の技術が完全化することを心から願っています。」

と締めくくった。


さらに、

「お宅の会社はサイバーセキュリティはご専門だと思いますが、ご専門でも防御しきれないものなのでしょうかね?」

と続けた。元浩が引き取って、

「確かにお話のようにわが社は大変恥をかきました。その教訓をもとに、完全防御が可能なホワイトリスト方式のインターセプター型サイバー防御技術を開発し、これを全社で対応しております。次回攻撃されたとしても完全防御するとともに誰の攻撃が失敗したかも公表できますので逆に攻撃した側が名誉を失うことになると思います。」

と強く発言した。


酢儀多現紅ははっとした顔を一瞬見せながらもそこは狸、

「そうですか。それでは攻める方も大変ですな。頑張って下さい。」

と話を切り上げた。


医学会の承認がとれたので、元浩は永野久絵医師とあって再度の執刀を依頼することとした。横浜の見晴らしの良いレストランを会見場所に選び、元浩は約束時間前に席に座って永野医師の到着をまった。几帳面な性格の通り約束の午後七時にレストランに現れた永野医師は、元浩が口を開く前に、

「どんな顔して私の前に現れるのか楽しみにしていましたよ。」

きつい発言を行った。


元浩は、

「誠に申し訳ありません。本来ならば出入り禁止にもあたりますのでお声も掛けられないのですが、あなたの意思としての責任感の強さを信じて、もう一度だけお目にかからせていただくことにしました。」

「私の責任感、つまりこの前の失敗は私の責任だというの! 不愉快です。帰らせてもらいます。」

と席を立とうとする永野医師。


元浩は静かに、

「そうではありません。失敗は私どもの責任です。ただ二度にわたるサイバー再生医療実証実験で、サイバー再生医療は完成したとは見えていません。世界第一人者である永野先生がそれで良いのでしょうか。私は今回サイバー再生医療の完全治療を先生にお願いして、先生の権威を高めていただきたいと伺ったのです。」

と言い出した。永野医師はいったん浮かせた腰を元にもどし、

「それってどういうことなの」

との質問を発した。


元浩は続けて、

「正直に申し上げます。十一月三日(火)の当社の実証実験は、ある社からのサイバー攻撃を受けたための失敗でした。当社からの提供手法・提供システム・提供データには問題がなく単純にランサムウェア感染したために動作ができなくなったのが原因です。」

さらに元浩は続ける。

「SUIM社のサイバー再生医療実証実験に際しライバル社からサイバー攻撃を受け、当社は当社の保有していたサイバー再生医療に関する情報がすべて破壊されると同時にその一部がそのライバル会社に漏洩していることも発見し、ライバル社も特定することが出来ました。


ライバル社に渡ったサイバー再生医療情報を不完全なものでCIPBに関する情報は完璧でしたがCIPC、CIPA、CIPDに関わる情報は完全なものではありませんでした。」

「先生がCIPBの治療をすませながら、CIPAの治療に進めなかったのは、CIPAの情報が欠落していたためと推定しております。」


「つまり先生は当社から流出したサイバー再生医療治療手法にそって実証実験を進めようとしたために、あの段階での実験中止は当をえたもので、サイバー再生医療全体の名誉守って頂き心から感謝いたしております。」

「当社の破壊されたサイバー再生医療に関する情報は、幸い管理者の適切な対応により復活することができ、完全なサイバー再生医療を提供出きることとなりました。」


「そこで先生に再度後執刀いただき、当社のためではなく、人類のために完全なサイバー再生医療の姿を世に示して頂きたおのです。どうか世界中の人のために、そして先生のサイバー再生医療を完成させたいとという席責任感のために、改めて執刀をお願いしたいのです。」

と言って、元浩はさらに言葉を継いだ。


「今回の実証実験は当社SUIM社の私的な実証実験ではなく、医学会公認行事としての実証実験です。その実験は先生が執刀しなければならないと私は信じています。どうかお引き受け下さい。」

熱のこもった言葉を言うが故に元浩の顔は紅潮しており、永野医師はこの一連の言葉に感動をしていた。


「解りました。お話の通りなら私がやるべき理由もはっきりしてますのでお引き受けいたします。ただし、復活したと言われるサイバー再生医療に関する情報をすべて私にお見せください。また前回と同じように私は守秘義務を負わないということでよろしいでしょうか?」

と問う永野医師に対し、


元浩は、

「医師として人間としてあなたを信用して、今情報はお渡しいたします。どうぞ宜しくお願い申し上げます。」

と元浩は情報を収めたUSBメモリを永野医師に渡した。


SUIM社のこの一連の動きはMALP社にすぐに伝わりMALP社の動きが始まった。始め真枝野至誠は、前と同じように攻撃すれば思い通りになると考えた。しかいながら、SUIM社のサイバー防御システムは現時点では完璧であるとの判断がなされ、攻撃が出来ないことがはっきりした。また医学会会長である酢儀多現紅からも、今回は医学会公認行事であるので、小細工はするなとの厳命が出されるにいたり、酢儀多現黄と真枝野至誠は妨害をあきらめた。


十二月二一日(月)がきて、十二月三日(火)と同じお膳立てがそろい、十四時から永野医師の説明がはじまった。


執刀予定の永野久絵医師は制御用のPCの前に立ち執刀開始時間をまっている。傍らの手術台には豚が一頭固定されており、さまざまな配管・配線がなされている。手術台に横たわる豚は膀胱に腫瘍ができたとの想定で、膀胱内の腫瘍部分がカメラにより映し出されている。また膀胱の外側部分も別な画面に映し出されている。


十四時、永野医師が立ち上がった。進行役の比良雅元浩が、

「それではただ今よりサイバー再生医療による豚の膀胱癌治療を行います。本日の執刀医は、この分野の世界第一人者である永野久絵医師です。それでは先生執刀お願いいたします。」

「かしこまりました。」

と永野医師


「手術を開始する前に、サイバー再生医療とはどのような治療を行うのかご説明いたします。十二月一日(火)MALP社主宰のサイバー再生医療実証実験を体験された方には同じ説明になりますが、重要なことなのでぜひお聞きください・」


「まず画面を見てください。手術台にいる豚の膀胱の内部と外部が映し出されています。内部のこの画面の中央に腫瘍があることにお気づきかと思います。この部分に対応する外側はこちらの画面ですがほんのちょっとだけ黒ずんでいることがわかります。両方から見ますとかなり進んだ癌ということが解ります。」


「癌のすべてはその生体部位を形成する細胞が新しくなるための分裂を起こすときに何らかの原因でDNAのコピーミスを起こして異なった細胞となることから起こるものです。その生体部位本来のDNAを持たない細胞群が偶発的な原因により発生するとその細胞群は変異した自らのDNAを持つ細胞のみで生体組織のその部位を構成すべく急激に増殖を始めます。これが癌という訳です。」


「従来はこの本来のDNAを持たない細胞群を切除することにより癌治療を行うか、この変異細胞群を成長しないようにする薬つまり抗癌剤を使用して治療していました。変異細胞群を取り損なったり、取る前に他の組織にとりついて、そこで増殖を始めたり、適切の抗癌剤でなかったりして癌は治りにくいとされて、死亡原因の筆頭に近年はなっています。」


「変異したDNAを持つ細胞群をなくして正常なDNAを持つ細胞群にもどしてやれば癌は治療できるわけです。生体機能が衰えることによる病気もありますが、これもやはり正常なDNAをもつ細胞群と異なるDNAを持つ細胞群になっているからだと思われます。すなわち正常DNAを持つ細胞群に置き換えることができればすべての病気は治癒するのです。」


「再生医療とは医学上の重大な発見であるiPS細胞がもつ多分化能を利用して様々な細胞を作り出して、ある人の何らかの理由で失われた機能を代替することにより治療を行うもので、健全なる身体機能を常に保つことの出来る夢の治療法なのです。」


「ただiPS細胞による再生医療はまだ完璧な手法は確立されておらず、まだまだ夢の段階にあります。特に手術によって機能を代替する方式は手術のしにくい生体機能部位もあるので、人類の夢をすべてかなえることは困難と思われています。」


「比良雅元昭氏が創出したとされているサイバー再生医療は今までの再生医療の欠点を補い人類の夢をかなえてくれる治療法といわれています。」


永野久絵医師は一息いれると再び情熱的に語りだした。

「比良雅元昭氏は(十五年ほど前松坂市を訪れ松坂牛のすき焼きを食べたときに牛にビールを飲ませたりモーツアルトの音楽を聞かせたりすると美味しい肉がもっと美味しくなるのです)という話を聞いたそうです。」


「比良雅元昭氏は冗談とはとらず何か科学的な因果関係があるのではと考えたそうです。ビールについては因果関係を付けるのは難しいと結論付けたそうですが、モーツアルトについては研究をすすめたそうです。その結果DNAの螺旋構造が音響振動に反応する可能性があることを見出したのです。」


「DNAの螺旋構造は基本的にはバネの構造と同じです。伸び縮みし揺れるのです。バネはその構成から固有振動数を持っており、それと同じ振動数を与えると共振します。実験してみると音響下ではDNAが共振することがわかりました。この共振周波数はDNAの部位によって違います。すなわち我々は生態に組み込まれているDNAの特定部位を探し出す手段を得たのです。」


「この共振はコピーミスしたDNAではおこりません。膀胱を例にとりましょう。膀胱の外側を構成する細胞はDNAのその部分が活性化されて膀胱の外壁になるように成長するのです。膀胱外壁細胞のDNA共振周波数を与えれば膀胱外壁全体が共振いたします。この時膀胱外壁に異なるDNAを持つ細胞群があるとこの細胞群は共振しませんので、正常でない組織と判断されるわけです。この性質を利用して共振しない部分のみを切除すれば癌治療としては完璧になるわけです。が今日細胞の大きさレベルで切り分ける外科手段は存在しませので、このような切除治療は不可能です。」


永野医師はさらに続けた。

「比良雅元昭氏はiPS細胞が色々新しい特性をもつのではないかと調べました。その結果ついに 特殊iPS細胞を発見したのです。iPS細胞の中にはある周波数の電磁波を与えると細胞分裂が活性化すると同時に周囲にある異分子(DNAの異なる細胞)を攻撃しその細胞を殺すとともに自分自身の分裂細胞でその細胞を置き換えてしまう性質を有するiPS細胞を発見したのです。」


「たとえばこの豚の膀胱外壁には異常な部分があります。もしこの膀胱を発見された特殊細胞で外から覆い、この生体組織の共振周波数を音波で流し、全体に活性化電磁波を与えるとどうなるでしょうか。」


「外壁を覆う特殊iPS細胞群は共振を始めると同時に異物を検出して置き換える活動を始めます。外壁の写真で言えば黒ずんだ部分以外は正しい細胞ですから同じように共振しており、特殊iPS細胞は攻撃を加えず何もおこりません。」


「ところが黒ずんだ部分は異なるDNAを持っていますので共振せず、したがって異物とみなされて特殊iPS細胞の攻撃対象となり、この黒い部分は外壁を覆う特殊iPS細胞に攻撃されて置きかえれてしまいます。すなわち黒ずんだ部分のみが置き換えられて正常細胞になり癌は消滅してしまうという理想的な手術が行われて治癒するわけです。」


「膀胱の外壁と内壁はそれぞれ役目がちがいますので、別のDNAを持つ細胞が必要です。外側の修復が済んだら、内側に内壁用特殊iPS細胞を入れ、外壁と呼応して修復を行わせればよいとことになります。」


永野医師は一息ついて水でのどを潤してから説明のまとめに入った。

「非常に簡単にもうしあげれば、薄い膜で出来た球体があります。まず外側に特殊iPS細胞で幕を作り全体を覆います。二重膜の球体になったと思ってください。これに共振周波数の超音波をあて、活性化のための電磁波をあたえますと、前から存在していた膜を構成している異なるDNA部分は共振していませんので攻撃されてなくなります。つまり外側は修復された二重膜の球体になります。」


「次に内側膜と同じDNAを持つ特殊iPS細胞を内側にいれ、外側特殊iPS細胞にガイドさせて内側全体に膜を育て内側ももとからある膜と新しく貼り付けられて特殊iPS細胞からなる二重膜をつくります。これが出来上がれば、内側幕の共振用音波と活性化のための電磁波を与えます。」


「外壁のときと同じように癌の部分だけ修復されることになります。最後に特殊iPS細胞に非活性化電磁波を当てれば、特殊iPS細胞ははがれ落ちて体外へ輩出され、残ったのは内外壁とも正しい細胞でできた膀胱となっているわけです」。


永野医師が

「それでは説明を終了して実証実験にはいります」


「この2枚の写真にある豚の膀胱の癌を治療します。」

「第一段階として癌の出来ている生体組織が何であって、その組織の正しいDNAは何であるかを把握する必要があります」。

「この役目、すなわち 患部の中で正しいDNAを持つ細胞群を発見し治療者にこれを伝える機能 この機能を持つIPS細胞群をサイバー再生核:CIPC( = Cyber Induced Pluripotent Core)と呼びます。今画面上に現れた黒い点がこの役目を果たす細胞です。」


「この細胞群を癌とおぼしき部位の近くの正常細胞のそばに置き正しい細胞のDNAを読み取りこれを外部制御器CIPDに送ります。CIPCには送受信機能を組み込んでありますので、制御器との情報の授受は可能です。」


「送られてきたDNAを検査し正しいDNAかどうかをチェックします。合格すればそのDNAを持つ特殊iPS細胞を作ります。これが患部の外側を修復するIPS細胞群で、これをサイバー再生本体:CIPB( = Cyber Induced Pluripotent Body)と呼びます。培養に時間がかかりますので、ある程度の広さを構成する量を作って置きました。


今外側に広がっている青色の膜がそれです。」「黒ずんだ部分を広範に覆いましたので治療を開始します。徐々に黒ずんだ部分が少なくなっているのがお分かりと思います。」

「はい、今黒ずんだ部分がなくりましたので外壁は修復されました。」

「オー!」

と皆感嘆の声をあげる。


「では次に内壁を同じ方式で治療します。患部の内側を修復するIPS細胞群 これをサイバー再生補助剤:CIPA( = Cyber Induced Pluripotent Auxiliary)と呼びます。今度は内壁の映像をみてください。CIPCを近づけて内壁の情報を取って制御器CIPDに送りました。」

「内壁用の共振周波数超音波と活性化電磁波を照射します。内壁の黒ずみが徐々に消えてゆくことがおわかりになるかと思います。はい、今黒ずみが消えました。内壁も修復されました。」

その瞬間手術室全体が万雷の拍手に包まれた。


司会役の比良雅元浩は、

「これでこの豚の膀胱の癌は完全に治癒されました。」

と宣言した。


永野医師が補足する、

「CIPCを患部に導き、CIPBを患部の外側に展開してまず患部の外側を修復することを制御し、次に内部に注入されたCIPAを制御して修復外部に対応して内部の修復を制御し、最終的に患部が治癒するよう制御する制御器:これをサイバー再生制御器:CIPD( = Cyber Induced Pluripotent Developer)と呼びます。以上のべたようにサイバー再生医療は、すなわち、CIPC・CIPB・CIPA・CIPDの四要素を準備・駆使して初めて実現できます。」


「CIPCが正しいDNAを検出してCIPDに送りこれをCIPDの持つデータベースにある標準DNAリストと比較して正しいDNAと判定されれば手術は進行します。標準データベースには必要と考えられるあらゆる部位のDNAが登録されていますので、原理的にはすべての癌・病気を治癒することが可能です。これがサイバー再生医療技術なのです。」


「ただ今非活性化電磁波を照射しました。特殊iPS細胞はこの照射で細胞としての生命力を失い老廃物化して体外に排出されます。この結果この豚の膀胱は本来のDNAを持つ細胞のみで構成されますので、文字通り再生されたことになります。」

と永野医師が宣言力強く宣言する声を掻き消して、会場には、

「ブラボー!!」

の大合唱が繰り返された。


元浩は永野医師とがっちりと握手しながら、

「おめでとう! これでサイバー再生医療の第一人者として不動の地位を築きましたね。これからも頑張ってください。人類のために万人がいつでも治療してもらえる素晴らしいサイバー再生医療を確率しましょう。協力を惜しみません。」

と永野医師に告げた。

「ありがとう。これからもよろしく。」

と永野医師は答えたが、その声はやや震え気味であったことが元浩には少し気になったが、手術成功の興奮のためと思うこととした。


さて本実証実験は医学会公認の行事として行われたものであり、医学会の権威がいかなる判断を示すかが大変重要となる。元浩もノイマンも大成功であり、日本の医療レベルの高さ先端性をじっしょうするものとしてこの実証実験が高く評価され、SUIM社のサイバー再生医療技術分野での復権がはかられるものとして期待していた。


医学界の本実証実験に関する評価結果発表会は二日置いた十二月二三日(水)午前十時から、医学会本部で行われた。SUIM社の名誉復権を期待して、元一社長・元浩・ノイマンも傍聴席に座った。壇上には、医学会会長酢儀多現紅博士、医学会副会長(臨床担当)落合一郎博士および執刀した永野久絵医師が着席している。


司会の医学会事務局長中村恭子博士が、

「皆様お待たせいたしました。先日十二月二一日(月)に行われました医学会公式行事サイバー再生医療実証実験の結果検証をただ今から行います・お忙しい中かくも大勢様お集まりいただきまして有り難うございます。」

と切り出した。事実医学会のこの手の発表会では異例な参加者数であり千名を超える人が集まっているとの噂もある。報道界も異例の関心を示しており、TY局のカメラも三十台を超えていてこれまた医学会の新記録となっていた。


「それでは医学会酢儀多現紅会長より総評を申し上げます。会長どうぞ宜しくお願い申し上げます。」

「ただ今ご紹介いただきました医学会会長を務めます酢儀多現紅です。皆様お忙しい中お集まりいただき有り難うございました。先般十二月二一日に行われましたサイバー再生医療実証実験は医学会における最近百年間における最大の画期的進歩を象徴する素晴らしい成功事例となりました。」


「執刀された永野久絵医師に心からの敬意を評するとともに、ノーベル医学賞を授与されたも同然の偉業と心から賞賛いたします。皆様もすでに公開実験でご存知のように、このサイバー再生医療技術は手術の危険や薬の副作用といった心配もなく手軽に受診・完治でき、ほとんどの場合その日のうちに帰宅でき、翌日から職場に戻れるという夢の治療法であります。」


「いま少しの研究進展が必要かと思われますが、永野医師を先頭とする実用化チームを医学会が結成、早急に皆様にお届けいたします。あらためて日本医学界の先端性を世界に示したいと思います。どうかご期待ください。今後ともご支援のほどどうぞ宜しくお願い申し上げます。」

万雷の拍手に迎えられて酢儀多会長が着席した。


司会役の中村恭子博士が、

「酢儀多会長有り難うございました。それでは執刀した医師永野久絵博士よりご感想を伺います。永野様どうぞ。」

「ご紹介頂きました永野でございます。本日はこのような重要な会合にお招きいただき誠に有り難うございます。会長がただ今言われたような、百年に一度という画期的な医療技術の執刀を担当させて頂き、今体中から震えが来ております。若輩者の私にこのような重大な手術の執刀をお任せいただき心からお礼を申し上げます。」


「ただ今回の手術は準備がすべてであり私は慎重にレールをはずさないようにしていただけと思っています。今後ともサイバー再生医療の分野で努力を続けてまいる決心でございますので、諸先生のご指導どうぞ宜しくお願い申し上げます。本当に有り難うございました。」

と真剣に語った。


司会役の中村先生は、

「永野久絵博士、執刀お疲れ様でした。サイバー再生医療の第一人者としてこれからもこの分野を先導して頂けるようお願い申し上げます。次に技術的評価に付きまして医学会診療担当副会長落合一郎博士よりご説明お願いいたします。」


「ご紹介いただきました落合です。医学会公認行事として行われました今回のサイバー再生医療実証実験の技術的評価を申し上げます。前回十二月三日にMALP社が行ったサイバー再生医療実証実験に比較して、永野久絵医師の執刀のよろしきを得て治療が完了したことは酢儀多玄紅会長の言われたごとく我が医学会の歴史に残る快挙であり慶賀なことあります。」


「前回のサイバー再生医療実証実験で治療が完了できなかったのはDNAデータの不備であったことは明らかで、今回の完了結果からみて前回もデータさえあれば完了できたことは容易に推測できます。すなわちサイバー再生医療技術としてほぼ完成の域にあることは、今回のSUIM社の技術も前回のMALP社の技術も同様のレベルであると判断いたします。」


「二つの実証実験で比較出来たのは双方で実際に進行した膀胱外壁に関するCIPB手術でーた。これに関する技術的評価を申し上げますと、両社とも治療技術はほぼ同じでありましたが、治療進行速度には大幅な違いがありました。具体的に数値を申し上げますと、前回MALP社の治療進行速度は今回SUIM社の治療速度のほぼ十分の一でありました。使った豚の膀胱の大きさは計測の結果ほぼ同じであるとの報告がありますので、ここの明らかな技術差があることは明らかです。」


「このような大幅な治療進行速度の違いが出た原因については今後詳細に究明いたしますが、現状の事実だけから判断すればMALP社の技術がSUIM社の技術に比較して優れていると医学会は判断いたしました。したがってMALP社サイバー再生医療技術が現在のところ最高の技術であることを医学会は公式に宣言いたします。以上で技術評価結果の発表を終わります。」


「以上で本日の評価結果発表会を終了いたします。本日の発表内容に付きましたは医学会のホームページにすでに掲載してございますのでご参照いただければ幸いです。お忙しい中のご参集誠に有り難うございました。」

と司会の中村恭子博士は締めくくり、壇上の三人も降壇し、得に質問の時間もなく散会となった。

 

「何だこの結果は・ひどいではないか。実際に治療を完成させたのは我がSUIM社でありそれをもっと評価すべきではないか!」

と怒りを顕わにする元浩であった。ノイマンも、

「その通りだ。結果の判定の仕方はおかしいと思う。ただなぜ治療速度があんなに違っていたのだろうか?」

と発言する。その日の報道は、MALP社技術が最高との医学会の宣言がすべての報道においてトップを占めSUIM社のサイバー再生医療技術の評価はふたたびどん底に落ちてしまった。


翌日元浩・ノイマンを前に元一社長は、

「怨念がまた再燃してしまった。酢儀多家の情報操作による結果であり、比良雅家を貶めようとの酢儀多家の意図が働いた結果と思う。どこが問題だったか至急解明をする必要がある。元浩・ノイマン至急調査を進めてくれ。」

と元一社長は命令した。


このような敗北的宣言を医学会は行うとは想像もしなかったSUIM社の失意は大きく社内の雰囲気は消沈した。元浩とノイマンは医学会評価結果発表会場を出るときから評価結果の徹底究明を心にちかっており、早速行動に移った。






第九章 秘密は何処に?


サイバー再生医療技術に関する医学会の屈辱的結論をひっくり返すにはどうしたらよいかを元浩はノイマンと話し合った。

「医学会の結論の中でもっとも不思議なことは、CIPBの展開速度が十倍異なることだ。永野医師の操作ミスはありえないので、制御情報に違いがあったとしか考えられない。この件は永野医師に聞くこととするがその前にもう一つ解明しなければならないことがある。

「何だ。それは?」

とノイマンが聞く。

 

わが社での先日の実証実験のビデオ見た専門家が、CIPCの動きがおかしいと言っているのだ。病巣の部分に送られたCIPCが病巣でない正しい細胞群のDNAを検出してCIPDに送るとしているが、その行為にかかっている時間が短すぎるというのだ。だからはじめからDNAを持っていて、それによって勝手に動いているのではないか。つまり、SUIM社もMALP社も豚の膀胱のDNAをセットされた状態で治療しており、その場でDNAを検出していないというわけだ。


だとすれば毎回患部からDNAを取り出してセットしなければならず、患部からDNAを正しく取り出すことは難しいので、結局このサイバー再生医療は普遍的には使えない万人の役にはたたないということをその専門家は言っているのだ。」

「それは本当か?」

とノイマン。


「これも永野医師に確認をしなければならないが、現在手持ちの比良雅元昭作成のサイバー再生医療に関する情報の中にはCIPCがDNAを検出してCIPDに送信する機能やCIPDから新しいDNAを受信してCIPB等に配信する機能に関する記述がないのだよ。だからCIPBもCIPAも内部に持っているDNAで治療を行っていると思うのだよ。」

と元浩。


ノイマンは、

「もし元浩のいうことが正しいとすると、SUIM社実証実験の際に豚の膀胱のDNAとMALP社実証実験における豚の膀胱のDNAとは異なっているはずで、CIPB部分の実証実験が一方はうまくいってももう一方はうまく行かないことにならないか?」

という。

「それが正しく思えるが。ただ豚は哺乳類で相当進化した動物といえるが、膀胱部分のDNAは皆一緒と考えられないか。」

と元浩。


「そうだとすると医学会が技術の比較のために同じ豚の膀胱で実証実験をしろと条件をつけたことは、我々にとって有利に働いたわけだ。もし猿の膀胱でやれといわれたら、我々はまた失敗して、医学会から除名され、医療機器分野の事業が出来なくなってしまっていただろう。冷や汗ものだったな。」

とノイマンは苦笑いした。

「そだねー」

と茶化す元浩。


だが、急に怖い顔になって、

「こうなったら完全なCIPCを作る情報と人間を形作るあらゆる部位のDNAリストが必要だ。元昭爺さんは今年十月にはすべて発表でき、実証実験が可能だと言っていたから、きっとすべてを完成しているはずだ。また探さなければ。」と言う。

「しかしこれだけ家捜ししてそれらしい情報ファイルが見つからないのだから、もう無理と違うか?」

とノイマン。


その時元浩ははっとして、

「元昭爺さんは私元浩をさして、鶴・亀の二台のオルゴールと愛犬富士を私にくれると言った。これは元昭爺さんの私へのダイイングメッセージと取るべきであろう・」

「愛犬富士がどのような働きをするのか解らないが、ともかくこの二台のオルゴールが大きな役割を果たすことは間違いがない。」

と元浩。


ノイマンが考え込んで、

「ともかくこの二台のオルゴールを調べる必要があるだろう。」

「何をしらべるのだ?」

と元浩。ノイマンが

「お前の親父は回路や発信機の専門家だ。機械の透視装置があるだろう。あれでこの二台のオルゴールを透視してどんな構造かを見てみよう。」

「解った。」

と元浩。


二人は二台のオルゴールを持ってSUIM社研究所に行き透視装置でオルゴールの構造を写真化した。見てみると単なるオルゴールではなく古い機械の脇に新しい電子回路等が組み込んであることがわかった。ノイマンが、

「これは俺たちの手に終えない。元一おやじに見てもらおう。」

「それがいい。」

と元浩・で早速元一社長の部屋を訪れ写真をみてもらうことにした。元一社長はしばらく写真を眺めて、

「これはまた最新の電子機器がつまったいるな。元昭じいさんはいつのまにこんなものを作ったのかな。使用されている部品を見ると五年以上前に作られたものらしい。」


「とするとこの中のメモリにサイバー再生医療関連の重要情報が記憶されている可能性は大だ。ただどうやって取り出すかがわからない。何か手がかりはないのか。」

とノイマン。


元一が続ける。

「この鶴のオルゴールには無線LANの受発信装置が組み込まれているが常時は動いていない、電源は周囲の電波を拾って充電する仕組みなので今でも動くことは間違いない。まてよ。この脇の回路は何だ。マイクロフォンに見えるが。」


「とするとこいつは音声で起動される可能性が強い。高性能マイクではないので可聴音で動作するはずだが、どんな音に反応するかはわからない。このマイクロフォンは常時作動しているので、鍵となる音を聞かせれば鶴オルゴールは動き出すだろう。」


翌日午後三時元浩・ノイマンそれによぼよぼで元浩に抱かれた富士が元一の部屋に集合した。元一が、

「二台のオルゴールから情報がどうしたらとりだせるか推理したか。」

とたずねた。元浩が、

「元昭爺さんがオルゴールと愛犬富士をおれに贈ると言ったこととどちらのオルゴールにもマイクロフォンがあることから、富士の吼える声が鍵ではないかと思った。そこで富士に吼えさせると二台は何か信号をだすのではないかと思った。富士に吼えさえて起動されるかどうか見たいと思う。」

と提案。


元一はしばらく考えていたが、

「それしかないか。」

と賛成。実行に入る。老衰した富士はなかなか吼えないので、やむを得ず録音してあった富士の吼え声を二台のオルゴールに浴びせた。その瞬間にノイマンが、

「鶴が発信した!」

と興奮して叫んだ。

「解読できるか?」

と元浩。


「今やっている。どうやら鶴にはいる方法とパスワードのようだ。鶴に入ってみるぞ。」

「やった。入れた、鶴の情報が引きだせた。元浩お前中身がわかるか?」

「みてみよう。これは!」

と元浩が絶句・

「どうした元浩。」

「ここには完全なCIPCの構成方法記述されている。これをもとにCIPCを培養すれば目的とするDNAを読み取りCIPDへ送ることが出来る。」

「よし培養してみよう。」

ここにCIPCは完全化されたのである。


翌日元浩とノイマンは、落合医師と永野医師に会った。元浩が、

「落合先生、永野先生、ようやくCIPCの完成版を培養できました。これで実験したいと思います。まずCIPCの完全版の情報をお読みください。」

読みふけった落合医師と永野医師は、

「これは素晴らしい。このCIPCを使えばどんな部位でも修復かのうになる。」

と異口同音に叫んだ。


このとき元浩が冷静な口調で尋ねた。

「一つだけお教えいただきたいのですが。」

落合医師と永野医師は不安そうに、

「何でしょうか。」

「十二月二一日(月)の医学会公認の実証実験において、CIPBの展開速度がその前のSUIM社実証実験の十倍の時間がかかっているのですが、これはなぜでしょうか。私どもは同じにできるはずと思っているのですが。どこが違っていたのですか。ぜひお教えいただきたいのですが。」


落合医師と永野医師は顔を見合わせていたが、落合医師がうなづくと永野医師が話し出した。

「CIPBの修復速度を制御するパラメータがあることはご存知ですよね。A周波数の電波が基本でこれを照射すればCIPB細胞群は活動を続けます。B周波数はCIPB細胞群にエネルギーをより活性化しますのでCIPB細胞群の展開速度を上げられます」


「十二月一日(月)のMALP社実証実験の時には治療効果をより強く印象づけるためにB周波数の電波をかなり強く照射しましたので、治療速度が早くなりました。十二月二一日の医学会公認業行事の実証実験では治療の様子が素人にもわかるようにせよとの指示がございましたのでB周波数の電波は使用しませんでした。」


「この結果公認実証実験ではCIPB細胞軍の展開速度は十分の一になり治療の状況はわかりやすく見えたかと思います。」

「そのことをなぜ結果発表のときに言わなかったのですか。」

とノイマンが怒りをこめた声で問う。困った顔をした永野医師が落合医師の顔を見てかすかにうなづくのを見て再び話し出した。


「結果発表をどのように行うかで落合医師と私は酢儀多現紅医学会会長に呼び出されました。その時に速度が調節でき、公認行事のときは速度を速める操作をしなかったので遅くなったことは会長に申し上げました。会長はそれが良かったとおっしゃって速度調節機構の話はせずに、十倍速度が違ったことだけ取り上げて評価の優劣の根拠とする。その方針に従って評価結果を述べる。余計なことは言わないようにと言われました。」


落合医師が、

「会長がそのように言われたのでそれは正しい評価ではないと私は反論しました。ところが会長は強行にその結論で発表は行うと言われ、永野君もそれで良いね。と念を押されました。私は永野医師が再度反対されると思ったのですが、黙ったまま反対されませでしたので、あのような発表になったのです。後で永野意思から事情を伺いやむを得ないことと思っています。」


その時決意をこめた表情で永野医師が発言した。

「落合先生にはお話したのですが、私は酢儀多現紅様とは遠い親戚にあたります。江戸時代後期の酢儀多現白先生を始祖とする家系で、本家の酢儀多家には代々お世話様になっています。世間様にはそのような関係はお分かりになっておられませんが、元浩様の比良雅家とはその始祖同士が解体新書・蘭学事始の出版をめぐって争いが絶えずあったと聞いています。」


「私自身はそのような争いには関係いたしませんが、父や係累は酢儀多家から常にそのことを聞かされて育っていますので、対比良雅家となりますと理性的に対処できないようで、色々と陰湿なことが行われているようです。私はそんなことに組したくないのですが、酢儀多現紅様から言われてしまうと種々の関連から反論できないのです。今回のこともつい黙ってしまいましたが評価結果発表会が終わったあとこれではいけないと思い落合医師にお話いたしました。」


「こんな素晴らしい技術を二六0年前の怨念の故に発展を遅らせてはいけません。落合先生とお話をし、比良雅様にもきちんとお話をしておこうと思いました。」


元浩は永野医師・落合医師に、

「真実をお話頂き心から感謝いたします。十月にお話したように私たちは世界中の人たちが健康を取り戻せるようにこのサイバー再生医療を完成させ皆様に喜んで頂こうと思って今後とも努力はいたします。落合先生や永野先生にはご協力いたしますし、またご一緒にサイバー再生医療の発展に貢献したいと思います。」


「しかしながら酢儀多家に対しては、今回の仕打ちもあり、比良雅元昭の怨念もあり到底許すことはできません。酢儀多家の方々に対してこのサイバー再生医療を使うことは絶対にないことを先生方にはお許しいただきたいと思います。」


落合医師は苦い顔で

「江戸時代後期今から二六0年前の比良雅元内と酢儀多現白の確執が今まで持ち越されていることは本当に驚きですが、今回の酢儀多現紅氏の仕打ちはその怨念の故のようですから比良雅元浩様がそれにまきこまれたとしてもやむをえません。サイバー再生医療の発展にはお互いにつくしましょう。その影での比良雅家・酢儀多家の怨念争いは本筋に影響のないところでやっていただきたく思います。」


元浩・ノイマンとも、

「ご理解いただき有り難うございます。できる限りの努力でサイバー再生医療の発展に尽くします。どうぞ宜しくお願い申し上げます。」

と答えた。この時永野医師が寂しそうに、

「それではすべてお話いたしましたので私はこれで失礼いたします。皆様のご検討をお祈りいたします。」

と言って席を立とうとした。


元浩は慌ててドア向かう永野久絵医師の前に立ちふさがり腕をつかんで引き止めた。 

「永野先生帰らないでください。先生はサイバー再生医療の分野ではかけがえのない人です。ぜひ一緒にやりましょう。世界中の人々のためにたとえ怨念があったとしてもそれはほんの一握りの人たちだけの問題です。私たちはもっと大きな気持ちで頑張りましょう。ぜひお願いします。」

と懇願した。


落合医師もノイマンも等しく期待のこもった目で永野医師を見つめている。

「ご期待にそえる実力があるかどうかは心もとないのですが、世界の人々のために働くことはぜひやらせてください。どうぞ宜しくお願い申し上げます。」

ろ涙を浮かべながら永野医師が元浩の手をとった。元浩は永野医師の手を強く握り返し、

「これで決まりだ。皆で頑張ろう。」

と左手でガッツポーズを見せた。






第十章 怨念再来


二0二一年一月二十日麻布の奥まったところにある酢儀多現紅の広壮な屋敷の二百平米からなる大広間で今から盛大な祝賀パーティが開かれようとしていた。酢儀多現紅の九十歳誕生パーテイである。


重鎮の誕生パーティなので医学会の大物が多数駆けつけている。落合一郎医師も永野久絵医師も駆けつけており、混雑を書き分けて酢儀多現紅にお祝いの言葉をのべ、飲み物を片手に壁際に下がったところである。酢儀多現紅の長男酢儀多現緑や直系の孫酢儀多現黄、真枝野至誠・元菜夫妻も姿を現しているが、酢儀多現黄の妻美貴ならびに夫妻の子供すなわち酢儀多現紅の曾孫酢儀多葵の姿は何故か無かった。


真枝野至誠夫妻が酢儀多現紅に近寄り、

「九十歳おめでとうございます。MALP社のサイバー再生医療技術が医学会で高く評価されたこともおめでとうございます。今後の進展具合では癌を根治する医療としてノーベル医学賞も視野に入って来ましたね。」

と持ち上げた。酢儀多現紅は、

「実証実験等大変世話になったね。サイバー再生医療技術が完成したらその普及は君の会社でやってもらおう。莫大な利益を生むことになろう。よくやってくれた。」

と逆に真枝野至誠の実証実験等における一連に活動をねぎらった。


真枝野至誠は、

「とんでもない。酢儀多現緑様、酢儀多現黄様にご指導頂いたお蔭様です。」

と功を酢儀多現紅の子現緑・孫現黄に譲った。このとき司会の大月礼子国際評論家(酢儀多家の始祖酢儀多現白と一緒にターヘルアナトミアを翻訳した大月玄沢の子孫で十七代目にあたる)から

「それでは皆様、本日の主役 酢儀多現紅様からお言葉をいただきます。ご静粛にお願いいたします。」

と発言があり、部屋内は一瞬にして静寂に包まれた。


「それでは酢儀多現紅様、どうぞ宜しくお願い申し上げます。」

「私がご紹介いただきました酢儀多現紅です。本日は私の九十歳の誕生日を祝って頂くためにかくも大勢の方々にご参集頂き、心からお礼申し上げます。始祖酢儀多現白が解体新書を安永三年(一七七四年)に世にあらわしてから二四七年が立ちました。現白から数えて私は十三代目にあたります。その間酢儀多家は数多くの名医を輩出し、日本の医学界を先導してまいりました。そして先般私が設立したSUIM社が最新かつ革新的医療技術であるサイバー再生医療技術において世界最高峰の技術を持つことが認められ、始祖酢儀多現白と同じように日本のみならず世界に誇れる医療技術を研究開発えきたことを本当に嬉しく思っています。」


「サイバー再生医療とは・・・・・」

このとき会場の入り口が騒然となり、ホテル係員の制止を振り切って髪を振り乱した女が会場に駆け込んできた。司会役の大槻礼子が、

「静粛にしてください。今は酢儀多現紅様のお話の最中です。」

とこの女性を制止しようとしたが、女性は委細かまわず酢儀多現紅に手をさしのべながら、

「助けてーェー」

と叫んで床に倒れ付した。

「お前は酢儀多美貴。どうしたんだ。」

と話半ばで駆け寄る酢儀多現紅。夫の酢儀多現黄が駆け寄り水を飲ませると美貴は目を開け、

「娘が! 葵が! 葵が!」

とうわごとのように話す。


夫酢儀多現黄が、

「しっかりしろ。葵がどうかしたのか。」

と現黄が美貴の背中をさすり、近くの椅子に座らせると、ようやく落ち着いた美貴が、

「葵が大変なの。このパーティlのために家を出ようとしたら娘の葵が急にぐったりしたので、救急車を呼んで病院に運んだの。そうしたら葵は川崎病冠動脈病変による重度の心筋虚血ないし心筋梗塞という病気だそうで、早急に対策しないと命が危ないと言われたの。おじいさま何とかしていただけません。」

と一気に酢儀多現紅に訴えた。


これには現紅もびっくりしてしばらく棒立ちであったが、我に返ると、

「皆様お聞きの通りです。私の九十歳はどうでも良くて曾孫葵の病気対処が重要になってしまいました。今夜は誠に申し訳ありませんがお開きといたします。私は別室に移りますが、料理・飲み物ともまだありますので、皆様はご歓談いただいた後にご参会ください。大月礼子様会場のあとのことはおまかせしますので、どうぞ宜しくお願い申し上げます。酢儀多現緑 君は残ってお客様のお相手をしなさい。」


「落合一郎先生、永野久絵先生お二人は私と一緒に別室にうつってください。また真枝野至誠君も一緒に来てください。それでは皆様お先にしつれいしますよ。」

と現黄に抱きかかえられている美貴と一緒に、現紅、真枝野至誠、落合一郎・永野久絵が大広間を跡にして、減紅の書斎に移った。

書斎にはいるとまず、

「どんな病気なのだ?」

と現紅がたずねる。美貴は改めて、

「川崎病冠動脈病変による重度の心筋虚血ないし心筋梗塞という病気です。基本的には直らない病気なので、従来小児の場合小さすぎて心臓移植の対象にならないため確実に死を迎えていました。」

と目を伏せて語る。


「葵の場合ようやく可能になった小児心臓移植を行えば救える可能性があるのだが、ドナーが見つかるまで時間がかかり葵がもたないだろうと先生が言われるの。葵の場合長く持ってあと二週間ではないかと先生が言われるの・」

「そんなに厳しい状況なのか? 落合君、専門家としての君の意見を聞きたいが、美貴の言うことは正しのか?」

と現紅。


落合医師は、

「葵さんを直接診ていないので断定はできないが、美貴様の言う病名であるならば、誠に厳しい状況にあります。直ちに病院に移って直接診る必要があります。」

と皆をせかせた。現紅、現黄、美貴、真枝野至誠、落合一郎医師、永野久絵医師の六人は車に分譲して病院に向かった。病院では担当した救急医福富新太郎医師が対応説明した。


「私の専門はたまたま心臓疾患でして、心臓系の病気には詳しいのです。その私が初めて川崎病冠動脈病変による重度の心筋虚血ないし心筋梗塞という病気に出会いました。典型的症状を示していますので、落合先生どうぞ見てください。」

と言う。落合医師はベッドに近寄り、苦しそうに呼吸をしている葵の診察を行った。


診察が進むにつれて落合医師の表情は厳しくなり、ついに診察を終えて立ち上がる時は、表情のまったく消えた能面のような顔で、

「間違いありません。確かに持っても最長二週間と思います。今から小児心臓移植を申請しても、手続き・ドナー探しの時間だけで二週間以上かかるので、基本的に間に合いません。頼りなくて恐縮です。」

と福富医師の診立てを肯定した。美貴はこの言葉を聞くや気を失って夫現黄の腕の中に倒れこんでしまった。この時部屋に酢儀多現緑が駆け込んできた・


「お客はしばしの話の後皆帰宅しましたのでパーティを終了し今付きました。状況はいかがですか?」

と尋ねた。現紅が静かに首を振るのみで誰も発言できなかった。

「そんな、神も仏もいないのか。なんとかできないのか。そうだ、この間公認行事で実証実験したサイバー再生医療技術は使えないのか?」

と現緑。これを聞いた瞬間現紅の顔に生気が戻り、

「そうだ、サイバー再生医療があった。永野久絵先生ぜひ葵を助けてやってください・」

と永野医師に近づきその手を握り締めた。


永野医師は現紅の手をそっとほどき。

「申し訳ありませんが、それはできません。」

という。

「なぜだ・」

と現紅・現緑が同時に叫んだ。現緑はさらに、

「先日公認の実証実験で永野先生はサイバー再生医療での治癒に成功したばかりではないですか。MALP社のサイバー再生医療技術はそれよりも優れていると、現紅医学会会長が世界に宣言したばかりではないですか。それでもできないとはどうして?」

と永野医師に鬼気迫る態度で詰め寄った。


この時永野医師は毅然たる態度と冷静な声音で、

「なぜ出来ないかは、ここにおられる現黄様と真枝野至誠様がご存知です。」

と答えるのであった。

「なに!」

と声を荒げる現紅、

「それはどう意味だね永野君。」

と続ける現紅に、やはり冷静な態度で、

「言葉通りの意味です。」

と答える永野久絵。現紅はイライラして、

「真枝野至誠君、サイバー再生医療の葵への使用が出来ない理由を知っていると永野医師が言っているがどういうことか答えたまえ。」

と真枝野至誠に問うた。至誠は逡巡しながら、

「MALP社のサイバー再生医療技術は葵様には使えないという意味です。」

と答える至誠。傍らでは現黄が困惑した顔で眺めていた。


「では現黄お前が答えろ。お前も知っているはずだそうだ。」

お答えする前に、

「おやじどうする?」

と聞く現黄、

「私も事実を知りたい。なぜ葵には使えないのだ?」

と現緑。

「おやじ本当に知らないのか? では本当の事をお話します。」

とふてくされて現黄が話し始める。


「実証実験の試みは三度ありました。十月二一日(水)SUIM社の試み。十二月一日(火)わが社MALP社の試み、十二月二一日(月)の医学会公認のサイバー再生医療実証実験行事です。最初の十月二一日(月)の実証実験は、使用機器がサイバー攻撃にあったために実験開始にもいたりませんでした。」


「二回目のわが社の実証実験は豚の膀胱の外側は治療できましたが、情報不足で内側部分の治療はできませんでした。最後の医学会公認の実証実験行事ではサイバー再生医療実証実験は成功し豚の膀胱は完治しました。」


「すなわち前二回の実験は不成功・不完全であり、葵に適用できるサイバー再生医療技術は医学会公認行事で使われた技術のみということになります。」

「現黄。解りきったことを言うな。二回目の技術と三回目の技術はほぼおなじものとお前は言ったはずだぞ?」

と現紅はますます激高して元黄に迫った。


「もしかして現黄二回目の我がMALP社の技術は未完成でそれで情報不足ということにして実証実験を途中で打ち切ったのか? 永野医師そうだったのか?」

とついに永野医師に矛先が向いてしまった。永野医師は、

「はいその通りです。十二月一日(火)実験開始前に外側の壁の修復が終わったら跡は情報不足で実験がすすめられないと言って終わってくださいと真枝野至誠様から命令されました。」

「違う、違う。命令したのは現黄だ。私はただ命令を伝えたまでだ。」

と慌てて否定する至誠。


「ええいみっともない。つまりMALP社のサイバー再生医療技術はいまだ完成していないということだな。ではいつ完成するのだ?答えろ現黄」

「完成はしません。」

と現黄。

「何だとなぜ完成しないのだ?」

と現紅。いつの間にか現緑も顔色が悪くなり体が震えだしたようだ。

「完成しない理由はMALP社にはサイバー再生医療技術は無いからです。無いものは完成できない。これは自明のことです。」


「そんな親父ギャグみたいな話をして現黄お前は私を馬鹿にしているのか。では二回目のMALP社の実証実験は何故できたのか?

うんその前第一回目のSUIM社の実験はサイバー攻撃で中止になったと言ったな。もしかしてお前たちが攻撃して情報を盗んだということか?」

とさらに攻める現紅、


「おやじ、追求はそのくらいにしておいてくれ。比良雅元昭の告別式の総理大臣の追悼挨拶の中でサイバー再生医療について触れられた。それを聞いたおやじは、中身を調べろと私に命令した。だから私はどんな手段でもばれなければ良いからSUIM社の開発しているサイバー再生医療に関する情報を取れと元黄に言い、それを真枝野至誠が実行したまでだ。それで手に入った情報を使って永野久絵医師に実証実験を執刀してもらったわけだ。」


「そのときすでに永野医師からは情報が足りないので、実験は途中までしか進まないと言われていた。したがっていけるところまで行って後は打ち切るという筋書きで実験を進めてもらったのだ。細かい報告をしなかったことは申し訳ない。さらに言えば一部の情報がわかれば、今までと同じように全容が把握できてこちらでも同じ技術が開発可能と思ったのだが、比良雅元昭の頭の構造は我々の想定を超えていた。盗んだ情報だけではちんぷんかんぷんでこちらで同じ技術はできなかったのだ。」

と状況を明らかにした現緑。


現紅は信じられないという顔で、現緑、現黄、真枝野至誠を眺める。

「このことはSUIM社はわかっているのか?」

と現紅。

「注意深く侵入しているので、MALP社の仕業と推定はしていると思うが証拠は存在しないはずだ。永野先生、あなたは比良雅元浩とお付き合いがありますね。何か情報がありませんか?」

と酢儀多現黄が永野久絵に尋ねた。


永野久絵は決意を秘めて表情で、

「ええ、連絡がありました。今ここで話されたことを比良雅元浩さんとジェームス・ヒラタ・ノイマンさんはほぼその通り推測していらっしゃいます。したがって彼らが最初に持っていた比良雅元昭さんが作られたサイバー再生医療に関する情報はすべてこちらからの攻撃により失われました。またこちらにわたった情報が初歩的部分だけだったことも明確に把握しています。したがってMALP社がサイバー再生医療につきいかなる技術も持っていないしサイバー再生医療の治療ができるようにならないことも把握しています。」


永野久絵はため息をつきながら話続ける。

「その上で、あなた方がSUIM社のサイバー再生医療情報のすべてを破壊した後かれらは必死になって十二月二一日以降彼らは比良雅元昭の残したサイバー再生医療に関する情報の復活を試みていました。それが成功して内側の修復のための情報が発見され

最初におこなわれる外側の修復とあわせることが出来、十二月二一日の医学会公認の実証実験の成功となったのです。」


永野久絵医師はその後の進展についても触れた。

「十二月二一日の実証実験にはその後黒い噂が立ちました。すべての情報や操作が豚の膀胱に適合して作られたもので、豚の膀胱以外は成功はしないのだとの噂です。SUIM社側もそのことは把握しておらず、現紅医師会会長はMALP社との比較上豚の膀胱での実証実験を選ばれたのでしょうが、たとえば猿の膀胱を選ばれていたら実験は再度失敗に終わっていたでしょう。これが三回の実証実験の経緯です。」

と永野医師は締めくくった。


現紅は落胆したように声を落として、

「ではSUIM社といえどもサイバー再生医療は完成させていないのだな?」

「いえ完成させています。彼らはさらに情報を追い続けDNAを制御可能なCIPC細胞群の製法に関わる情報を復元しました。SUIM社のさいばー再生医療はほぼ完成しています。」

と永野医師。とたんに現紅は紅潮し永野医師につめよった。

「それでは、もしかして私の曾孫・死蔵病で苦しむ葵をサイバー再生医療で治療することができるのか? 本当なのか?」

と現紅。


中野医師は冷静に、

「それには二つ問題があります。まずサイバー再生医療の道具立ては全部揃いましたので後は治療あるのみです。ただ正しい治療を行うためには、正しいDNA標準の全リストが必要です。作ればできますが、時間がかかります。比良雅元昭はそのリストも作っていたはずですのでそれが発見されれば、治療は必ず成功します。」


「もう一つの問題点は何か?」

と現紅。永野医師はかなり逡巡していたが、決心して吹っ切れた様子で話し出した。

「それは比良雅家と酢儀多家との間の怨念です。比良雅家では当初比良雅元昭以外はこの二六0年前から始まる両家の怨念話を知りませんでした。したがってサイバー再生医療の情報公開・実験等いずれもオープンで私も詳しく勉強させていただき、サイバー再生医療での治療に精通することが出来ました。」


「ところが医学会公認事業の技術評価に際して、現紅会長は私どもの反対を押し切ってMALP社有利の裁定をなさいました。サイバー再生医療を知らない方はこの裁定は素直に見えるのですが、中身を知っている方は故意の裁定であったことはすぐわかります。比良雅元浩ならびに周囲の方々はこの裁定が怨念の再来だと認識し、ついにオープンなこころを捨て酢儀多家の縁者をサイバー再生医療で治療することは絶対にしないと私の前で宣言したのです。私も葵ちゃんを救いたい。でも何らかの形で怨念を水にながさなければ、葵ちゃんのサイバー再生医療による治療はできないのです。」

と鎮痛に締めくくった。


酢儀多現紅は、厳しい表情で沈黙をはじめた。周りの誰もが声を掛けることも出来ないような孤高の沈黙である。一人葵の母酢儀多美貴がすすり泣きながら現紅にすがりつく目で見つめていた。






第十一章  人名救助


二0二一年一月二二日(火)九時、比良雅元一の携帯電話が震えた。携帯を取り出して発信番号を見た元一は首をかしげた。想像も出来ない相手であったからだ。酢儀多現紅、元一の父元昭が不倶戴天の敵としていた相手からの電話であったからだ出ないでおこうかとも思ったが、何故か重要そうな予感がして電話をつないだ。


とたんに、

「ご無沙汰、景気はどうか」

との大きなダミ声が受話器からとびだす。現紅らしく傍若無人な態度だ。」

「おかげ様で大過なく過ごしております・有り難うございます。ところでこのような哀れなところまでお越しいただいたのはいかなるご用事なのでしょうか? 私どもに出来ますことは限られておりますが?」


亡くなった比良雅元昭のことを思い出しさぞや無念であったろうと元一は思うのであった。故にこのような冷たい挨拶をすれば傲慢な酢儀多現紅は無理難題を迫る前に、怒って退散するだろうと元一は考えて行動をしたのだが、今日の現紅はいつのも人とはまったく変わっていた。

「今日はぜひ聞いていただきたいお願いがあってまかり越しました。どうか心を開いて聞いて頂きたいのです。」

土下座せんばかりに辞を低くして話す現紅に、元一は薄気味悪さを感じ、


「どうか頭をお上げください。お話をうかがいましょう。」

「有り難うございます。簡潔に申し上げればお宅様のサイバー再生医療技術で人を一人助けて頂きたいのです・」

この言葉を聞いて元一はびっくりし、

「何も私どものサイバー再生医療を使わなくても、私どもより優れたサイバー再生医療技術をお宅の会社はお持ちなのですからそれをお使いになれば良いのではないですか。なぜそのようなお願いを言われるのですか? 理解できませんが。」

と元一は聞く気がないとばかりに席を立とうとした。


大きな驚きであるが、この時現紅は元一に近づき手を取って、席に戻ってもらいたいとのジェスチャをしたのであった。ここへ来て元一はようやく現紅が容易ならざる事態に直面していることを推察したのである。

「なにか大変なことをお話になりたいようですね。しかも緊急らしい。しかしながらサイバー再生医療に関する話であるならば、私一人の一存で決めるわけには行かない。一緒に聞いてもらいたい人々がいる。今からその人々に連絡をとるので、四時間後・今日の午後二時に再度お越し頂きお話をしたいと思いますがいかがでしょうか。今ここで私一人がお話を聞くわけにはまいりません。」

強い決意をこめて話す元一の様子をみた現紅は、

「そうでしょうね。お会いすればお願いできると思った私が傲慢でした。午後二時に再びまいります。どうぞ宜しくお願い申し上げます。」

見たこともないほどしおれて話す現紅に元一はさらに声をかけた。


「こちらからお願いして落合一郎医師と永野久絵医師にもご同席いただきたいのですが、多分私からのお願いではご同意いただけないでしょう。現紅様からお誘いして頂けませんでしょうか?」

と元一は現紅に話した。多分言下に断ると思ったが現紅は、

「有り難うございました。こちらから落合医師・永野医師の同席をお願いしようと思っておりました。また息子現緑、孫現黄ならびに真枝野至誠の三人も連れてまいりますのでどうぞ宜しくお願い申し上げます。」

と言ったのである。

これには元一が面食らってしばし声もでず、席を立って帰ろうとする現紅に、

「せひそのように。」

との挨拶を搾り出すのがやっとであった。

酢儀多現紅が退出した後元一は長い間呆然としていた。


現紅に何が起こっているのかまったく理解できないからであった。それでも気を取り直して、比良雅元浩とジェームス・ヒラタ・ノイマンに連絡をとり至急執務室まで来るように呼び寄せた。幸い二人は元昭の開発したサイバー再生医療技術を復活するための打ち合わせを元浩のマンションで行っていたので港ヒルズの同じ五三階にあることから、間をおかずに元一の執務室に駆けつけることが出来た。二人を前に元一は酢儀多現紅自身が尋ねてくるという世にも不思議な話をして二人の感想を求めた。


まずノイマンが、

「酢儀多現黄が自分の悪事をじいさんの現紅に話すとは思えないが、こちらが元昭開発のサイバー再生医療の完全復活を進行中ということを察してそれを邪魔するための作戦を展開しようとしているのではないか? 現紅じいさんは孫現黄のために人肌ぬいでいるのではないか。」

と推理する。この発言に対し元浩は、

「それだったら元一とうさんを現紅が呼びつけるはずだ。単なる悪巧みを越えているような気がする。二時からの打ち合わせには、我々は怨念を忘れて参加しよう。」

と慎重な発言をした。しかし三人とも驚天動地の展開が待っていることは想像だにできなかった。


同日午後二時に現紅は言葉通り、現緑、現黄、落合医師、永野医師、真枝野至誠を伴って比良雅元一野執務室に到着した。部屋に入り時候の挨拶等を行って、各自の席に着くやいなや、現紅が話し出した。

「まず最初に謝罪をしたい。昨年十月以降の御社SUIM社のサイバー再生医療関連情報の奪取を目的とするSUIM社に対するサイバー攻撃はすべてわが社MALP社が行った攻撃であり、それによってSUIM社が受けた迷惑と損害をMALP社として心からお詫びし、損害はすべて補償させて頂きます。」

話した当人以外のすべてのその場にいた人は

「エ!っと」と声にならない大きな驚きの反応は「反応を示した。


現紅はさらに続ける。

「私は我がMALP社がサイバー再生医療技術に関しSUIM社に比較して大きく出遅れていることを認め、医学会の先の評価結果が誤りであり、SUIM社比良雅元昭氏開発のサイバー再生医療技術が世界のトップであることを医師会として発表し、大きな過ちをした私は責任を取って医学会会長を辞任する。またSUIM社開発のサイバー再生医療技術の完成のためにMALP社の全力を上げて協力するつもりである。」

と語る酢儀多現紅に、落合医師が、

「会長、会長のご希望は何のなのでしょうか?」

と問いかけた。


現紅は長いこと黙っていたが、

「曾孫です。曾孫の葵が心臓に重大な問題があって命が危ないのです。私は葵を救うためなら何でもする。比良雅家と酢儀多家の間の二六0年にわたる怨念も忘れるつもりだ。」

と現紅は付け加えた。このときキリッと立ち上がった永野医師が、「酢儀多現紅会長本当に有り難うございます。会長のそのお気持ちで二六0年が流れて消えてゆきます。そして私たちはサイバー再生医療技術を世界中の人々の健康長寿のために使えるよう共に戦います。皆様が心を一つにして頂けるなら私はサイバー再生医療技術を使って葵ちゃんを助けます。葵ちゃんだけではない。世界中すべての人を救います。みなさま私に協力してください。」

と訴えた。誰にも異論があるはずはない。皆大きく頷くばかりであった。


会合後、現紅、現緑、元一を除く、落合医師、現黄、元浩、ノイマンおよび永野医師は、SUIM社サイバー再生医療研究所の応接室に集まった。落合医師が言う、

「種々の怨念・軋轢・食い違い・意地の張り合いがあったと思う。それはきれいさっぱり忘れよう。緊急の課題は二つだ。葵ちゃんをどうしたら救えるか? サイバー再生医療を発展させることが出来るか? だ。」

すぐ酢儀多現黄が発言した。

「皆に大変ご迷惑かけて恐縮です。心から謝罪します。私は表に立たずにサイバー再生医療技術の完成普及に力を注ぎます。」

と強い決心で言い放った。

「それなら我々元浩とノイマンは、葵ちゃん救出作戦を実行します。永野久絵医師全面的にご協力ください。」

「喜んで」と永野久絵医師。サイバー再生医療に関する強力チームがここに発足したのである。


葵ちゃん救出作戦を担当する、元浩・ノイマン・永野医師たちはいまや難問に直面している。CIPC細胞群、CIPB細胞群、CIPA細胞群およびCIPC制御機構は、情報が復元されたことですぐに完全な形で準備できる状況であるが、それを正常に作動させるためにもっとも肝心な標準DNAテーブルがまだ準備されていないのである。ノイマンが永野医師に問う。

「葵ちゃんはいつまで保つのだ?」

永野医師は沈痛な表情で、

「長ければ一週間、短いと後三日!」

と答える。全員同時に、

「急がなくちゃ!!」


元浩が元昭じいさんのダイイングメッセージを詳細に思い起こす。やはり、二台のオルゴールと愛犬富士が鍵としか思えない。しかも鶴からはCIPC細胞群の情報が出てきた。いよいよ攻めるのは亀オルゴールである。

「亀オルゴールはどうですか?」

と元浩。


元一は、

「こちらも同じように無線LAN受発信装置とマイクロフォンが組み込まれている。ただマイクロフォンは鶴のものと違った超高性能だ。超音波を聞けるようになっている。それからもう一つ。どちらのオルゴールも押しボタンで音楽がスタートするようにはなっているがその脇に高性能電波信号受信機があって、そこに信号を入れるとオルゴールが鳴り出す仕掛けがある。何のための仕掛けだろうか?」

と問いかける元一。


しばらく考えていた元浩が、

「元昭じいさんは、鶴を動かしたあと正確に二0秒後に亀を動かすと良いことが起こるのだよと言っていた。ただ二0秒後に動かしても何もおこらないのだが?」

と元浩。

「多分その二0秒が非常に正確でなければいけないのだ。元昭爺さんの性格からするとミリ秒の単位で正確な二0秒でなければいけないのだ。これはそのような正確な電波信号を出す装置を作らなければいけないのかな。多分鶴は最初の信号で鳴り出し、亀は二度目の信号で鳴り出すのだろう。精密機械製作は私の得意なので明日までに作ってやろう。ただ動かしたらなにがおこるのか? どうすればこの二台のオルゴールから情報を取り出せるかは、それまでによく考えておいてくれ。取り出す機械が最初の一回だけしかない構造なのかもしれないので、慎重にいぇる必要があるぞ。覚悟しておけ。」

と元一が締めくくった。


「了解。葵ちゃんが心配なので機械はすぐ作ってください。明日の朝までにできますか? では明日朝までに機械を作ってください。我々はそれまでにどうすればよいか考えてきますから。では明日朝七時再集合ということで、おやじ宜しくお願いします。」

と元浩。元浩とノイマンは元一の部屋を出て、元浩のマンションに戻った。

「さすがおやじは精密回路の専門家だ。透視写真を見ただけですべてを見抜くなんてすごい。ただん何がキーワードになるのかがわからない。」

と元浩。


ノイマンが、

「元昭じいさんの元浩お前に対するダイイングメッセージを思い出せ。そこに手がかりがあるはずだ。」

「といわれても、鶴・亀二台のオルゴールと愛犬富士をおれにくれるというだけだが。」

「それだ!」

とノイマンが興奮して言う。

「愛犬富士がポイントだ。鶴は可聴音マイクロフォンがついていると元一は言っていたな。犬で可聴音といえば吼える声しかない。鶴のそばで富士が吼えれば鶴は何か信号をくれるのではないだろうか。これは一つやってみる価値がある。」


元浩が、

「もう一つ不思議なことがあった。元昭爺さんが二台のオルゴールを二0秒はなして動かすと二台同時に鳴り止むのだが、最後のところで富士が嬉しそうに尻尾を振るのだ。ところが俺が同じように動かしても富士は尻尾を振らないのだ。」

「それはこうだろう。お前が動かしたときには二0秒が正確でなかたのだろう・だから明日正確な発信機でミリ秒単位で正確な二0秒差で動かせば富士が尻尾を振るのではないか?」

と推理するノイマンであった。


元浩が憂鬱そうに、

「大きな問題がある。富士は十五年生きていて老衰状態にあったいつ寿命がきてもおかしくない。明日吼えたり尻尾を振ることができるかどうか心もとない。」

と心配する。ノイマンは、

「これこそ一発勝負かもしれない。ともかく富士の吼える声だけは今録音しておこう。また明日富士をつれていって、オルゴールを聞かせ何が起こるかビデオに収めてみよう。そうすれば再現できるかもしれない。また鶴も亀も一瞬無線LANに信号を発する可能性もあるので電波発信状況も記録しよう。」

とノイマン。

「OK。了解だ。明日が勝負だ。よろしく。」

の言葉と握手で二人は別れそれぞれの準備にかかった。


葵ちゃんの容態を考えると一刻もはやく標準DNAリストを手に入れなければならない。焦っている二人は、翌日早朝から集まって準備にかかった。元浩、

「ノイマン朝早くから有り難うございます。前の鶴の時も富士の吼え声が必要だったので今回も録音したのを使いましょう。失敗するといけないので常にビデオ撮影していましょう。


このときチャイムをならしその上慌しく玄関をノックする音が聞こえた。こちらも慌てて玄関を開けると永野久絵医師が飛び込んできて言った。

「葵ちゃんの容態が良くないのよ。今こちらに運んでいるわ。今日中に手術しないと危ないのよ。」

とまたせわしく出て行った。

「ノイマンいよいよ待ったなしの一発勝負だ。慎重に行こうぜ。まず富士号に起きてもらおう。」

と富士を連れ出しに行った元浩だったが、富士を抱いてきていうには、

「富士の様子がおかしいのだよ。こいつそろそろ危ないのかな。何とか今日だけは保って欲しいのだが。」

と悲しそうに言う。


ともかく葵ちゃん救うには一分一秒を争って標準DNAリストを手に入れる必要がある。元浩もノイマンも祈る気持ちで準備を進めている。九時待ち待った正確に二十秒間隔で二つのパルスを発信する装置が元一社長から届いた。鶴と亀を置き、そのそばに富士号を座らせ、二台のPCを作動させる。いよいよ装置を動かして鶴と亀が何を発信するかチェックを始めた。富士号はすっかり老衰していてぐったりと目を瞑っている。


今回は富士が吼えないので鶴は発信せず。鶴の二十秒後に亀が椰子の実を演奏開始する。鶴のエリーゼのためには三分、亀の椰子の実は二分四0秒の演奏時間である。鶴が動き出してから二分四五秒が経過した時点で、今で寝たきりだった富士がしゃんと立ち上がり、興奮した様子で尻尾を振り出した。八秒後富士はふたたび寝そべり目を瞑ってしまった。その時ノイマンが興奮して、

「最後の二十秒のところで鶴が発信しているぞ。富士が尻尾を振っているときが鍵なのだ。よし再現しよう。」

 

ところが富士を振り返ると本当に静かになってしまっている。泡くって脈を取る元浩だが静かに首を振った。

「おい どうする。」

と元浩。

「推理、推理」

とノイマン

「さっき最後の二十秒間に鶴からの発信はあったが亀からの発信はなかった。しかし富士は反応していた。富士は反応している時に尻尾を振るだけでなく吼えていたのだと思う。だからビデオで見ながら富士が立ち上がった時に録音した吼え声を聞かせれば、亀は発信するのではないか。鶴も発信するのは情報が分散記憶されていて、両方をとりだしてあわせないと解読できない仕組みだと思うのだが。」

とノイマン、

「それ当たりだと思う。やってみよう。」


再びパルス発信器により鶴が演奏を始め、二十秒贈れて亀が演奏を始めた。二分四十秒経過した時点でビデオを見ていた元浩は、富士が立ち上がると同時に録音されていた富士の吼え声を流した。その瞬間、ノイマンが、

「来た亀からの信号だ。鶴の信号もさっきのときとは違う。これで鶴・亀両方の信号が手に入ったので読みだし・解読ができるぞ!」

とノイマン。


それからはノイマンの独壇場であった。分散化された情報は暗号化されており、まず双方の暗号を解いたノイマンは、分散配置の方式を解読し、正しい配置に並べなおした。嬉や、そこに並んでいたのは標準DNAリストに入っているDNA群であった。


標準DNAリストは直ちに病室で待ちわびている永野久絵医師に届けられた。直ちに永野医師が執刀に入る。

「ただ今より酢儀多葵の心臓病治療に入ります。」

永野医師の凛とした声が手術室に広がります。観覧席から見下ろす心配そうな酢儀多一家。


「CIPD制御により、CIPC細外壁胞群を患部心臓外壁に送ります。」


「CIPC細胞群が葵ちゃんの心臓外壁DNAをCIPDに送りました。ただ今標準DNAリストと照合中。」


「ーーーー 照合完了 異常DNA特定 ただ今から外壁用CIPB細胞群により外壁修復にかかります。」


「外壁修復完了 経過時間十五分」


「続いて、CIPD制御により、CIPC細胞群を患部心臓内壁に送ります。」


「CIPC細胞群が葵ちゃんの心臓内壁DNAをCIPDに送りました。ただ今標準DNAリストと照合中。」


「ーーーー 照合完了 異常DNA特定 ただ今から内壁用CIPB細胞群により内壁修復にかかります。」


「内壁修復完了 経過時間四五分」


「CIP細胞不活性化を行います。不活性細胞群の除去時間おおよそ三十分」


「ただ今不活性化CIP細胞の除去終了。総執刀時間一時間二十分。手術は成功です。葵ちゃんの心臓は普通の心臓に再生されました。今回の手術は世界初めてであり,葵ちゃんの名前は医学史だじぇでなく人類史にも刻まれるでしょう。皆様おめでとうございました。」


観覧席では多くの人が抱き合っており、特に比良雅元一氏と酢儀多現緑氏が抱きあっていたのはいんしょうてきであった。






第十二章  未来


手術終了後、比良雅元浩は永野久絵医師と連れ立って横浜に向かった。横浜の高層ビルにあるスカイツリーの望めるレストランの窓際に座った元浩と久絵はまずシャンパンで乾杯した。

「今日はお疲れさん。酢晴らしく手際の良い執刀だった。酢儀多一家は大喜びで当の葵ちゃんがお母さんに抱かれてニコニコ笑っていたのが印象的だった。やはり医師は幸福を運ぶ天子なのだなあ。うらやましいよ。」

と元浩。

「そんなことはありません。医師は舞台に表に乗りますが、豚家を作る人がいなければ何も出来ません・今回は比良雅元昭様の研究成果があって、あなたたちがそれを動く形にし、医師が使えるようにしてくださったからこそ葵ちゃんを救えたのです。本当に有り難うございます。」

久絵の手が伸び、元浩の手を握り締めると、残りの手がその上に重なり、二人はそのままスカイツリーを眺めたままうごかなくなった。

かくして人類に永遠の健康を与えるサイバー再生医療は難局を乗り越えて世界的普及を始めたのである。









参考資料1

125万件の年金関連情報を流出させた「Blue Termite」攻撃


2015年5月8日、日本年金機構の職員がいつものように業務をこなしていると、公開メールアドレスで外部ストレージサービスのリンク付きメールを受信しました。

未曾有の公的機関情報流出事件につながるとも知らず、職員はこのリンクを開いてしまいます。

その先に待ち構えていたマルウェア「Emdivi t17」は早速通信を開始、内閣サイバーセキュリティセンターは即座に不信な通信を厚生労働省に通知し、連絡を受けた年金機構はその日のうちに感染端末を隔離。全職員に向けて注意喚起を発しました。


 それから10日後の5月18日、今度は101人の年金機構職員の個人メールアドレス宛てに、業務を装った101通のメールが届きます。8日のものと同じだったこのメールアドレスを、年金機構は受信拒否指定しますが、翌日にはさらに20通の不審なメールを年金機構の各所で受信。


セキュリティーソフト企業へ解析を依頼すると共に、高井戸警察署へ捜査依頼を出します。

しかし時すでに遅く攻撃は第2段階へ進行していました。Emdivi t17は解折したネットワーク状況を基に、より高度なマルウェア「Emdivi t20」を呼び寄せ、情報窃取の準備を着々と進めていたのです。


5月20日、新たに届いた5通のメールのうち1通をある職員が開封し、添付ファイルを開いてしまったことで、事態は決定的な局面を迎えます。Emdivi t20に感染した合計27端末が攻撃の拠点となり、多数の攻撃司令サーバーへ通信が発生しました。


6月1日、年金機構は125万件にもおよぶ個人情報が流出したと発表。


6月4日には年金機構ネットワークの全面遮断に踏み切りますが、ことごとく後手に回った対応が仇となり、年金システムの信用を大きく落としてしまうのでした。


 これら一連の攻撃を、カスペルスキーは「Blue Termite」と命名。

2015年8月20日付けのブログでは、日本を標的にした攻撃であることや、攻撃司令サーバーのほとんどが日本国内にあること、Emdivi t17とEmdivi t20を複合的に用いて3段階の攻撃を仕掛けることなど、特徴を解説しています。


また、2015年6月25日付けの日本経済新聞の記事では、Emdiviファミリーの解折で言語欄に中国語の指定があることなどから、中国語話者によりプログラム作成の可能性を指摘しています。









参考資料2

ホワイトリスト型サイバー防御システムの優位性


日本情報経営学会誌 2018 Vol.38、No.3 pp11-17

安田浩 東京電機大学 著

「IoT時代のサイバーセキュリティと人材育成」

より抜粋


5. サイバーセキュリティは変革中

5.1 サイバー攻撃の現状

ほぼ3年後のオリンピック・パラリンピックを控え、日本全体に対するサイバー攻撃が増加しつつある。日本はIoT関連の設備は世界一充実しているため、オリンピック・パラリンピック時期のサイバー攻撃を、今から準備し始めている兆候とみるべきである。

サイバー攻撃は年々激しくなってり、優れた防御技術を手にしなければ、生き残ることは難しい。サイバー攻撃を防御する技術は、大きく分けて下記の①~③の3種類に分けられる。


①  ブラックリスト型判定による防御技術

例えば、判定対象のプログラムが攻撃行為(註1)をするマルウェアか否かを判定する際に、攻撃行為あるいは攻撃行為を行うプログラムを特定するためのデータをリストに登録して、これをもとに判定する方法である。このリストは、一般にブラックリストと呼ばれる。従来のウィルス防御ソフトでは主流であるが、リストに登録されていないマルウェアには効果がなく、したがって、常に最新のリストに更新する必要があるなどの課題が指摘されており、「ブラックリスト型判定では、サイバー攻撃の5%しか防ぐことができない」との見解もある。実際に、マルウェアが作成されてから(あるいは活動してから)、ブラックリストに登録されるまでのタイムラグを狙った攻撃が存在する。このタイムラグは、主流なウィルス対策ソフトでも1日程度あることから「ワンデイ攻撃」と呼ばれる。現実的には、より長期の間マルウェアが侵入してからブラックリストに登録されず、結果として活発に攻撃行為が行われたケースもある。

このように、その特性上、ブラックリスト型判定ではワンデイ攻撃を完全に解消することができない。さらに、特定の環境条件を満たしたときや、特定の対象者のみを攻撃するような標的型攻撃にいたっては、標的外の環境や対象者にマルウェアが存在しても、攻撃行為が行われないことから多数のユーザの眼による発見が期待できないため、ブラックリストへの登録が大きく遅延し、長期間にわたって防御できないことが多い。

註1) プログラムの行為が、その本来のユーザの意図する行為である場合を「ユーザが意図する行為」と定義し、意図しない行為を「攻撃行為」と定義して、以下、本論文では使用する。マルウェアの動作結果はユーザが意図しない行為なので、「攻撃行為」の一種である。


② ホワイトリスト型判定による防御技術

ブラックリスト型判定に対して、ユーザの意図する行為のみを行うプログラムを特定するためのデータをリストに登録して、これをもとに判定する方法をホワイトリスト型判定と呼び、このリストを一般にホワイトリストという。

上記2つの判定において使用するリストに登録する情報のタイプによって、具体的には下記のような判定技術が存在する。


A) パターンマッチ判定技術

プログラムの行為が、攻撃/ユーザの意図する行為かを判定するために、既知プログラムのシグネチャなどのパターン情報をリストに登録して、対象プログラムがユーザの意図する行為のみを行うのか、攻撃行為かを判定する技術である。パターンマッチ方式は、プログラムがリスト中に存在するか否かを高速に判定できるという特徴があるとされるが、一方では、攻撃行為を行うプログラムが新たに確認されるたびにリストに追加する必要があるため、リストが肥大化する傾向にあり、高速判定という長所は相殺される傾向にある。

これを改善するために、簡素化したパターン情報を登録する方法もあるが、ユーザの意図する行為を誤判定するという弊害が生じる。


B) コード組み合わせ判定技術

プログラムが持つコードを分析し、使用するコードの組み合わせなどの特徴をリストに登録して判定する技術である。統計的に危険要因が多いコードの組み合わせをリスト化することで、プログラム毎にリストを登録するパターンマッチ判定と比較して、リストのサイズは肥大化しないため、判定速度が劣化しにくい。しかしながら、ユーザの意図する行為であっても危険要因が多いコードの組み合わせを有する場合があり、これらのユーザの意図する行為に対して誤判定する場合もある。

また、攻撃行為を行うコードが暗号化などにより隠蔽されている場合においては、危険要因のコードの組み合わせが認識できず、判定できないこととなる。


C) ふるまい判定技術

コード組み合わせ判定技術が、プログラムの起動前に判定する静的判定技術であるのに対し、危険要因となるコードの動作順序を攻撃行為としてリストに登録し、プログラムの実行時においてコードの動作順序を判定する動的判定技術が、ふるまい判定技術である。コード組み合わせ判定技術での隠蔽された危険要因コードを判定できないという問題は、ふるまい判定技術では実行時の動的判定により解消しているので、より防御効果は高くなる。

具体的には、攻撃コード領域を暗号化したり攻撃コードを動的に生成したりすることで、シグネチャ定義のパターンマッチやコード組み合わせ判定による対策を無効化する攻撃があるが、これらの攻撃に対してふるまい判定技術は有効である。

しかしながら、ユーザの意図する行為であっても危険要因が多いコードの動作順序となる場合が存在することには変わりないため、やはりユーザの意図する行為を誤判定するという弊害は残る。


③ サンドボックス方式(箱庭方式)による防御技術

リスト型判定と異なる方式として、仮想環境などを利用した実害のない場所を検証用に用意し、検証用環境内で対象のプログラムを実際に動作させて、攻撃行為が行われたかどうかを判定する方式である。実際に動作させた結果から判定するため、前述の従来判定技術に共通の弊害である、「ユーザの意図する行為に対する誤検知」が解消できる。

しかしながら、昨今の標的型攻撃に多く見られるように、攻撃対象環境でないことを検出した場合は、攻撃行為を行わないように設計されたステルス型攻撃などに対しては、効果がないという問題点がある。


以上に述べたように、従来の技術は実際の攻撃そのものではなく、間接的あるいは部分的な情報から、攻撃行為が行われることもしくは攻撃行為を行うプログラムであることを推定するものであるため、確定的な判定を行うには限界があり、攻撃行為をすべて防御できるものではない。


5.2 サイバー攻撃に対する新防御方針

5.1で述べたように、近年のサイバー攻撃は、攻撃行為を行うプログラム(マルウェア)のみによる攻撃行為だけでなく、既存のプログラムを利用して攻撃行為を実現したり、既存のプログラムの脆弱性やバグを攻撃行為の糸口とするケースが多く見られる。

攻撃行為を行うプログラムのみが持つ特異部分を利用してプログラムを検出し、そのプログラムの排除・起動制限を行うことが、先にのべたように、防御技術として、現在広く行われている。この防御技術では、攻撃行為を行うプログラムの特異部分を発見し、それをリスト化(ブラックリスト)して防御を行うことになり、新規の攻撃行為を行うプログラムの特異部分をリストに登録するまでは攻撃を止められない欠陥があり、防御技術としては不十分である。

一方攻撃行為の際に直接的に使用される一部のプログラムの動作で攻撃性を判定して、攻撃の前に排除(駆除)したり起動を制限したりするという防御技術がある。この場合、判定に使用されるプログラムは通常使用されるプログラムであり、ユーザの意図する行為でもその動作が使用される場合があり、その場合にも排除・起動制限が行われ、ユーザの意図する行為が実現できなくなる場合が発生する。このことから、このようなあるプログラムの動作のみで攻撃性を判定する防御技術は、ユーザの意図する行為に不便を与えるために、防御技術としては適切ではないことは明らかである。

また、あるプログラムが実行した結果を攻撃性の判定使用する方法についても、やはり得られる結果はそのプログラムで意図される結果であることから、ユーザが意図する行為にそのプログラムの結果が組み込まれている場合に、ユーザの意図する行為がやはり制限されることになり、防御技術としては適切でないことは明らかである。

しかしながら、上記動作や結果を使用して攻撃性を判定する場合、ある同じプログラムが攻撃行為に使用される場合と、ユーザが意図する行為に使用される場合との違いが検出でき、その違いを利用して攻撃行為の場合には必ず起動制限が行われるとすれば、ユーザが意図とする行為の場合のみ起動可能とすることができ、不便さは解消する。つまり、違いを明らかとし、その違いで判定するならば、同じプログラムを使用しても、ユーザの意図する行為の場合は許可され、攻撃行為の場合には起動停止されることになる。攻撃行為とユーザが意図する行為の違いを完全に記述可能であれば、新規の攻撃行為もユーザの意図する行為と異なることが判定できることから、起動停止が出来ることになる。この場合、従来の防御技術と異なって、新規の攻撃行為であっても、リストに登録するといった時間遅れなく起動停止ができることから、理想の防御技術となることは明らかである。

このように、ユーザの意図する行為を正確に記述し、攻撃行為との差異を明らかとして、これをリスト化(ホワイトリスト)するサイバーセキュリティ手法が、優れていることは示唆されはじめている(文献1第2章)が、いまだその方法について解析を行い具体化した防御技術は見出されていない。


5.3 複合型防御技術へのパラダイムシフト

5.2項でコンピュータの中心部であるプロセッサ系の防御技術に変革が始まっていることを示した。コンピュータにはこの他に、メモリ系・通信系ならびに操作者が存在し、それぞれを護らなければならない。

通信系は適切な時変暗号化処理により護ることは可能となってきたが、USB等の外部記憶機器は、コンピュータから切り離されている状態では時変処理ができないため、暗号化のみでは護りきれない。このため最近は分散化記憶技術が使用されるようになり、1つのメモリには情報をすべて記憶させない手法によって護る方向となっている。

またなりすまし操作者による攻撃がもっとも危険な攻撃であり、これを防御するには従来パスワードを用いていた。しかしながら、パスワードの桁数が多くなると本人が記憶できないため、パスワードのみで成りすましを防ぐことは困難となりつつある。そのため、異なった種類の2つ以上の認証要素を用いる多要素認証方式が使用される方向となってきている。

複数種類の認証要素を用いる場合、記憶することはやはり困難となるために、一つの認証要素に記憶しなくても良い生体認証を用いることが薦められており、最近では簡便な指紋認証が用いられている。

以上のように、単なる暗号化+パスワードでサイバー攻撃を防御することは困難なため、コンピュータシステムの種々の要素をそれぞれに適した防御技術で護る複合領域サイバーセキュリティ技術が注目されている。この状況を図1に示す。



 図1 複合領域サーバーセキュリティ技術


6. サイバーセキュリティが品格

IoTを基盤とした運営・経営をしなければ生き残れないこと、さらにサイバー攻撃を防御するサイバーセキュリティ技術が重要であることを述べた。

IoTを使用する場合、その能力が高くなければ、結局競争に負けることは明らかである。一方、IoTの能力を高くすれば、サイバー攻撃を受け易くなることも明らかである。このことから組織の能力は、いかに性能の高いIoTを利活用しているか、そのIoTを護るサイバーセキュリティ技術レベルがどのくらい高いレベルにあるかで判断されることになる。

IoTを基盤とする超スマート社会とは、サイバーセキュリティに関わるポリシーとその技術レベルを公表し、そのレベルの高さが認められなければ、品格を保てない社会なのである。

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危うし!! サイバー再生医療 暗伝光 @HYasuda

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