摸談歌留多
安良巻祐介
一汁百戦、萬づに臆する
モダン・カルト――ご存じのようにそれは、娯楽の飽和した二十三世紀末、昔ながらの「歌留多」の競技ルールに、扱う札数の大幅な増加や札取り手法の多様化を初めとした数々の耳目を集める刺激的な改訂を加えて生み出された新しいスポーツで、わが妄都中央大学にも去年末同好会が出来、なかなかの人気を誇っている。
そのモダン・カルト同好会の会長――彼は私とゼミを同じくする友人でもある――が、このところどうにも浮かない顔をしている。どうしたのかとある日の昼食後、談話ホールで彼を捕まえて聞いてみた。
この新学期に有望な新人を多く迎えたモダン・カルト同好会は、春期にてすでに百鬼夜行の地域大会激戦区を全勝突破する快挙を成し遂げ、まさに破竹の勢いと聞いている。ところが、彼曰く、その期待の新星が問題なのだという。
「奴は強い。強すぎる。だからこそたちが悪い」
彼の差し出す、刷り上がったばかりの同好会のリーフレットには、集まる会員たちの真ん中に一人の男が写っていた。"ひょっとこ"のマスクを着け、細長いメタリックな八本の腕をくねらせて、まるで己が長であるかのように堂々と座を占めている。その横で無理に笑いを作っている顔と目の前の友人を見比べながら、話を聞く。
「多腕改造を施した高級ミュータントである『奴』は、それまでの僕たちのエースを一戦で打ち破った」
「〝
高出力のサイボーグ・アームによる豪快な札取り乱れ打ちを得意技とする大男のことは、学内でも有名だった。
「蛸野郎に腕を破壊されて再起不能だ。引き留めたんだが一昨日自主退会したよ」
「なんてことだ」
モダン・カルトにとって、彗星のごとく現れた蛸の八本腕はあまりに脅威であり、以来、蛸男は完全に増長し、会内で好き勝手に振る舞い始めた。先輩への敬意など欠片もないばかりか、隣の農林部の畑の芋を盗み食いなどし、おまけに接吻魔で女子生徒に誰彼構わず唾をつける。しかし、実力至上の我が大学競技会にあっては誰も文句を言えず、皆されるがままになっているのだという。
会長の悲痛な吐露を聞いた私もまた、どうしてやることもできなかった。高等ミュータント相手では、お手上げというほかない。
ところが彼と別れて数日後、蛸男が敗北したという衝撃的なニウスが学内に流れた。
再び談話ホールで会った会長は、隣にマントを付けた陰気な男を伴いながら、相変わらず浮かない顔をしていた。
「奴を倒せる人員を、学内から募ったんだ。会内のカンパを傭兵料に。そうして、来た」
一葉の写真の中に写っていたのは、白装束を着込んだ細面の男だった。吸盤のびっしり付いた、触手のような十本腕が目立っている。
「
成程、と私は頷いた。
八本腕が十本腕にかなうはずもない。烏賊は期待通りの仕事をし、蛸を完膚なきまでに叩きのめしたという。
「よかったじゃあないか」
「ところが、こいつも曲者だったんだ」
烏賊は酒を飲んでは馬鹿騒ぎに興じ、女子部員に執拗に墨を浴びせ、賭博をやって、しかも汚い手で荒稼ぎする。競技会館にやってくる新入学生を標的に、詐欺まがいの行為を働く。蛸以上に手に負えない。
「だが、奴の天下も長くない。僕たちは新たな対抗馬を手に入れたんだ」
「任せて下さい」
ぼそりと呟いた隣の男がマントを翻すと、中からうじゃうじゃと凄い数の手が現れたではないか。
「
成程、と私は頷いた。
その手の数はその名の通り百を下るまい。しかし、手を蠢かしながら、にんまりと気味の悪い瞳を光らせる顔を見るに、モダン・カルト同好会の悪夢は終わらないのではないか…と思われた。
そして、その予想は当たっていたのである。
期待の百足新人によって本州大会をも突破したという華々しい話からさほど置かずに、烏賊以上に好色にして下劣な横暴ぶりを見せていたその百足が、サハスラブージャ(千手観音)を名乗る留学生によって下されたと風の噂で耳にした。
よくある四十二手の汎用観音モデルではなく、正真正銘「千手」タイプのミュータントらしく、その手数から繰り出される札取りは他の追随を許さないということで、それだけならばまだしも、救済を名目に居座りながら、堅物そうな見た目と裏腹に前エースを遥かに凌ぐ好色さであり、危機を感じた女子会員がどんどん辞めて行っている。このままでは青春からほど遠い、男子高校のような会になってしまうと悲鳴が上がっているらしい。今のモダン・カルト同好会会長は、観音を倒せる人材を血眼になって探しているということだ。
私は明らかに泥沼に嵌まり込んでいる友人の胃を案じながら、そこは部外者の悲しさ、どうすることもできないでいた。
しかし、終幕は思いのほか早く訪れた。
邪悪な千手観音が打倒されて会を追われたという話を聞いて、いつものホールで待っていた私のもとに、会長は一人の青年を連れて現れた。
最終的に会を救ったという救世主は、見たところごくごく平凡な男に見えた。
「失礼だけれども、君が?」
信じられない気持ちで尋ねる私に対し、はにかむような顔をするばかりの青年に代わって、会長が解説する。
今までの連中は、改造腕の制御で思考・運動両面の速度に優れ、得点力が凄まじい。それと同時に、弱点も存在していた。「お手付き」の多さである。札数や敷設のルールの変わったモダン・カルトにおいては頻発するお手付きだが、手の多い連中は特にそれが多かった。
とはいえ、奴らの札取りはお手付きの分をも圧倒的手数で取り返して余りあるのが常である。
「しかし、彼は、お手付きを全くしないんだ」
お手付きのペナルティに一切囚われない、堅実で確実な札取り。それが、彼と他の者との差だった。
彼は見事に千手観音を下し、そればかりか次々と襲い来る新たな刺客たちも全て撃破して、会の名目を取り戻した。
あの〝鉄籠手の火っちゃん〟も復帰し、そして何より、去った女子会員たちが少しずつ戻ってきて、ようやく我が会も安泰だよ…と友人は、いつぶりかわからない笑顔を見せた。
「なぁ、やっぱり華があった方がいいよな」
そのまま、青年の肩を勢いよく叩く。
「はあ、まあ…」
はにかみながら小さく笑う新エースに、モダン・カルト同好会会長は、苦笑しながら言った。
「全く、君と来たら、本当に
摸談歌留多 安良巻祐介 @aramaki88
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