トポロペカプパ

安良巻祐介

 

 大きな帽子をかむった男が、辻を一人で踊るように歩いて来て、真ん中で立ち止まると、ふと空を見上げた。

 男の帽子は、硝子のように透けていて、流れ水のように柔らかである。

 帽子の鍔を透かして、空へ輝く太陽を見ると、ワイングラスへ白い火を入れたようで、男は眩しげに口笛を吹くと、辻を北へ向けて曲がった。

 道に人気はない。何処まで行っても、左右に青青と牧草が広がり、家も見えてこない。

 太陽だけを共に踊り歩きながら、男は、いつの間にかパイプを出して、口に咥えていた。

 パイプもまた、硝子の色をしていて、中にいくらか吸い残した煙の残っているようであった。

 男はさらに、懐から硝子色の小箱を出すと、そこから青白いマッチ棒を抜き、歩調に合わせて勢いよく擦った。

 鈴のような音色がして、硝子色のパイプに火が灯った。

 この火は赤くも青くもなく、言うなれば透明の火であって、陽炎のように周囲を揺らめかせることで、その形が知れるのであった。

 それを旨そうにふかしつつ、男は草地の途切れるところまでを、一息に飛びこえた。

 見れば、太陽が少し傾いて、色も少しく桃色がかって来ている。

 男は帽子越しにその色を見ると、今度は懐から軸の入っていない硝子のペンを出し、パイプから離した口で以て、それへ何かを吹きこんだ。

 ペンを持つ手が弧を描き、同時に、水を打つような清かな音がして、空の雲がしゅくしゅくと一斉に後ろへ引いていく。

 さらに、道の上の柵や標が倒れ、道とそれ以外との境界の線が薄くなり、色も均等になり始めた。

 男は帽子の下で大きな口を弓のようにたわめて笑った。

 そして、そのまま、スクリーンを行進するように平坦になっていく地平の上を、新たなステップで以て、くるくると回りながら、遠く、遠く、歩き去って行った。

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トポロペカプパ 安良巻祐介 @aramaki88

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