混ざりモノ

「それじゃあ説明してもらえるかな?」




エノスはマナを連れて、近くにあった食堂に入った。


夕方と夜の隙間のような時間だった事もあり店内に人が少なく、すぐに席へ案内された。


隅っこの目立たない席に案内されたので話をするにはお誂え向きだろう。


そうして、席につくなりエノスはそう切り出したのだ。




「えっと……その……マナを……あたしをっ!い、一緒に居させてもらえませんかっ?」




マナがエノスに尋ねるその表情は必死そのものだ。


エノスはその表情を見て、ただ思いつきで言っているわけではなさそうだと感じた。




「……どうして?はっきり言って俺と一緒にいてもロクな事にならないと思う」




ここまでの道中でマナとは色々話をしていて、護衛の依頼が終わったら旅に出る事も伝えていた。


しかし詳しい事情は話していなかった為、この同行の申し出は正直困惑したのだ。




はぁと一度息を深く吐き出すと何かを確認しながらマナはゆっくり口を開く。


猫耳がいつになく逆立ち、緊張感をこれでもかと見せつけてくる。




「あの時……エノスさんの腕を掴んだ時に思ったんです。マナも一緒に行かないとって。色んな事情があるのはなんとなくですけど……知ってます。だって、時々何かを見ながらとても深刻そうな顔をしていましたから」




確かにエノスは時間があればポケットにしまってある”シェリー”の絵を見ていた。


それをまさか見られていたと知って少し顔を赤らめた。




「それでもいいんです。ここで着いていかないと後悔する、そう思ったんでふ」




途中まで調子よく喋っていたのに最後の最後で噛むのがマナらしいな、とエノスは口角をあげた。




「……殊更隠しているわけではないんだけど……」




エノスが口を開いた時に頼んでいた料理が出てきた。




「いや、まずは食べてからにしようか」




馬車を失ってからというもの碌な食事を取っていなかった二人は話を後回しにして食事にかぶりついた。


肉をたっぷりと使った煮込み料理で、野菜が申し訳程度には入っており彩りを添えている。


ランサ国には鉱山があって、力が有り余る山の男が多く暮らしている関係もあるのか、メニューを見てもこういった肉を多めに使った料理がメインのようだった。




「さて、一息ついたところで俺の方の事情を話しておくか。着いてくるにしてもここで別れるにしても、決めるのはその後にした方がいいと思うからね」




「は……はい、お願いしましゅ」




マナはまさかエノスが自分の事を話してくれるとは思っていなかったようで驚いたような顔をしている。




「あまり大勢がいる所でわざわざ話すことでもないから黙っていたんだけど、実は俺には……記憶がない」




「き、記憶が?」




「あぁ、あるのはつい一年程前に病院で目覚めてからの記憶だけだ。そして俺は自分の記憶を取り戻す手掛かりを探している。その一つが……これだ」




エノスはポケットからシェリーの絵を取り出した。


テーブルに置こうと思ったエノスだったが、テーブルはやや油っぽくてベタつきがあったため、絵とはいえシェリーをそんな所に置きたくはなかった。


結果としてマナに突きつけるようにして見せるような形になった。




目の前に突きつけられた手からやや遠ざかるようにしてそれを見つめるマナ。




「これは……女の人ですね。深い碧の眼がとっても素敵……です。こちらは?」




「俺には記憶がないと言ったが、この絵はそんな俺が記憶を探り探り描いたものだ。つまりこれは俺に関係のある人物、という事になる。そしてこの絵の人物が誰かは既に分かっている。つまり……」




「会いにいく、と言うことですね?」




「あぁ、そういう事になる。まぁ簡単に言えばそれが旅の目的だな。自分が誰だか分からないが、手掛かりはそこにあるんだ……掴みたくならない訳がないだろう」




半分は退院を許してくれなかったヴィクターに向けたものだった。




「ぐす……そんな事情があったんですね……」




マナはエノスの抱えている問題を受け止めて涙を流し始めた。




「お、おい。こんな所で泣くなよ。他の人にどんな目で見られるか……」




エノスはそう言いながら周りの席を見回すもそこに人の影はない。




「自分の事でもないのに仕方ないやつだな」




そう言いながらエノスはマナの頭を撫でてやった。


撫でる度に手にあたる猫耳の感覚を懐かしいと思い、ふと昔の自分の近くにもこういった獣人の特徴を持った人がいたのだろうかと何気なく思うのだった。




「落ち着いたか?」




しばらくして泣くのを止めたマナにエノスが問いかけると、てへへ、と言うように少し照れた顔をするマナ。




「なんか色々と考えてたら悲しくなってきちゃいまして……」




「色々と考える所なんてあったか?」




エノスのその問い掛けに少し声を抑えて聞いてくるマナ。




「だってエノスさんはマナと同じ……"混ざりモノ"ですよね?」




「え、なんだって? "混ざりモノ"?」




エノスはその言葉に聞き覚えがなかった。


もしかしたら記憶を失った時に一緒に欠落してしまったのかもしれないと思ったエノスはマナに尋ねる。




「"混ざりもの"っていうのはなんだい?」




「え……と。要するに人と獣人種の子供だったりがそういう呼ばれ方をするんです。大体はマナみたいな動物の特徴があったりするんですけど……」




そう言われたエノスはふと自分の頭の上を触ってみるも当然そこに耳はない。




「うん?俺にはそういう特徴がないように思うんだけど……どうしてそう思ったの?」




「えっと、説明するのが難しいんですけど。マナはそういった人の"中"がなんとなく分かるというか……あ、あの人はキツネさんとのハーフだな、とか分かっちゃうんです。見た目の特徴が出ない人も結構いるのんですけど……なんか……分かっちゃって……」




説明するマナの顔色がどんどんと悪くなってしまいには目尻に涙を溜め始めた。




「おい、どうしたんだ?」




「それが理由色々あって村を追い出されちゃったので……エノスさんも苦労されましたよね……」




「だからモデクレスの所に?」




エノスがそう聞くとマナはこくんと首肯した。




「うーん……俺がそのなんだっけ? あぁ"混ざりモノ"だっけ?かどうかは分からないけどそうなのかな。でも苦労したっていうのは?」




「苦労されませんでしたか? エノスさんがいたスターティア王国が獣人に寛容だからかもしれませんけど……他の国では差別、嘲笑の対象ですから。このお店、人がいないのにこんな隅の目立たない場所に通された理由はエノスさんが私を連れていたから……です……ごめんなさい」




「ああ、どおりで……でもマナの言う通りだったら俺も"混ざりモノ"なんだから気にすることなんてないよ」




モデクレスの所にいた獣人はマナ一人だったが、周りの奴隷からは殊更見下されていたように見えなかった。


でもそれは奴隷という環境のせいかもしれないな、とエノスは思い直した。




「そう……ですね。ありがとうございます」




「でも話を聞いていると、この世界の常識とかは覚えているもんかと思っていたけど意外と抜けが多いのかなと思い知った。目的地までにはなるけどマナがそれでも良いって言うなら着いてきてもいい。だからその代わり……俺が忘れてしまっている常識みたいなものを教えてくれるか?」




「……っ! ひゃ、ひゃい!」




さっきまで気を張って噛まずにいたマナだったが、最後はやはりちゃんと噛むのだった。




「じゃあ、もし俺が一緒に着いてくるなって言ってたらどうしてたの?」




「あ……考えてませんでした」




やっぱり思いつきで言い出したのかもしれないな、と思ったエノスだった。


こうして猫耳少女のマナと記憶喪失のエノスというなんとも妙な二人の旅が始まったのだった。

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無色サリトテ美しく 〜世界の終わりに獣耳少女を添えて〜 梓川あづさ @azusagawa

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