自分の価値は

 マウェッタは戸惑っていた。


 いつもなら自分達を阻んでいる『壁』のようなものがその日はなかったから。


 そんな日に限って美味しそうな|餌(人)の匂いが強烈に香ってくるのはどういう事なのか。


 それが自分達を殺す企みであるかもしれない。


 それならば先にこちらが囲んで企みごと食い尽くしてくれよう。




 マウェッタの群れのボスはそう決めて森を征く。


 彼はこれから自分が両断されるなんて思ってなどいない。




 その足元には不自然に破壊された『魔獣除け』が転がっていた。




 ーーーーーーーー




 エノスが単独で索敵しながら周囲を確認しに行った所、マウェッタの残党は馬車のある辺りで留まっているようだった。


 もちろん食事の為だろうが、しばらくは動き出しそうになかったのでエノス達は落ち着くまでの間その場に留まっていた。




「モデクレスさん、少し落ち着きましたか?」




 エノスが尋ねる。




「あぁ、もう大丈夫だ。もちろん悲しみは消えたりしないが……それよりさっきは大きな声を出して君を危険に晒してしまってすまなかった。」




 モデクレスのそんな謝罪にエノスは慌てた。




「いえ、俺の方が。護衛なのにこんな事になってすいませんでした」




「何を言っているんだ? 私がキミの進言を無視したからこうなったようなものではないか。それに普通の護衛だったら一人も残ってないよ。周りを見てみろ、ここにいる奴はみんな君が護りきったんだ」




 エノスはそう言われて周りを見てみる。


 モデクレス、マナを含めて女性の奴隷が三人と男性の奴隷が二人、それにエノスだ。


 少ない……出発した時は全部で十八人居たはずなのに。


 でもモデクレスの言うことも分かる。


 あれは天災みたいなもので、これだけ生き残れたのが逆に奇跡みたいなものかもしれない。


 それでも……エノスは自分の力のなさに項垂れる事しか出来なかった。




「それじゃあ行こう、森を出たらすぐに川があるからそこで血を洗い流すんだ」




 モデクレスの言葉に従ってエノス達は歩きだした。


 馬車も荷物も人もなくした一行は目的地のランサ国まで歩いて向かうのだ。


 エノスもとにかく今は前へ、進むことにした。




 元々ゆったりとした馬車の速度であと二日という距離まで来ていた事もあり、夜に歩く距離を伸ばすなど多少の無理をして一度の野営のみでランサ国ブバルの街までは目と鼻の先という所まで来ていた。




「ふぅ、ここまで来れば安全だな」




 モデクレスは疲れを滲ませた声で呟いたあと不意に立ち止まった。


 つられてエノス等の足も止まる。




「何かあったんですか?」




「あぁ、ちょっと済ませておかなければいけない事があってね」




 モデクレスはそういうと全員の方を向き神妙な顔で喋りだす。




「皆聞いてくれ。あれからずっと考えていたんだが、私はこの仕事をやめようと思っている」




 奴隷たちはその宣言を聞いて不安そうな顔をしていた。




「あぁ、だから他の奴隷商に安く売ろうなんていう話ではないんだ。むしろ、もうここで開放してしまおうと思っている」




 モデクレスが一息にそう言っても奴隷達の顔は晴れなかった。


 そんな事は気にしない、とでもいうようにモデクレスは黙ってポケットから鍵束を取り出すと全員の首輪を外した。




「街に入る時に奴隷商は奴隷の数までチェックされる。だから街の中で外すわけにはいかなかったんだ。これからは自由に生きていって欲しい。よし、それじゃあ街に入ろう!」




 奴隷たち、いや元奴隷たちは戸惑いながらもモデクレスに続いた。


 モデクレスが街に入る手続きをすると特に問題なく街に入る事が出来た。


 もしかしたら知り合いなんかがいて何かをしたのかもしれないが、聞くだけ野暮だろうとエノスは思った。






「ようやく到着したな、みんなお疲れ様。私はここで別れようと思っているけれど、その前に」




 そう言ってモデクレスは鞄を開ける。


 出発前に命より大事だと言っていた鞄だった。


 あんな激しい戦いの中で持ち出すなんて中には余程のものが入っているのだろうか?とエノスは気になってしまった。




「気になるかい?まぁもういいか。実はこの鞄の中には多少のへそくりが入っている」




 そういってエノスに見せてきた鞄の中には小さい宝石がいくつかといくらかのお金が入っていた。


 どう考えても馬車に積まれていた金貨の袋の方が価値がありそうだとエノスが不思議に思っていると。




「まぁこれだけではないけどね」




 と、いって鞄の横をひねるようにすると鞄の底が開いた。




「これは……髪ですか?」




「ああ。私達のところは幼い頃に買った奴隷にはしっかり教育をして販売するようにしていたからね……どうしても情が移ってしまう。だから、散髪した時に……こっそり、ね」




「そうだったんですか……そういえばなんで沢山の奴隷を連れていたんですか?なんとなくイメージとしてはあんまり連れ歩くものじゃない気がしていまして」




「うーん。実は賢い奴隷が沢山必要だっていう人がいてね……何回か買ってもらってたし奴隷の条件も良かったから売ってたんだ。で、今回は沢山欲しいって言われて連れて行ったんだけど急に必要なくなったって言われてね……まぁ結局お金は貰ったから文句はなかったんだけど。まぁそれも結局は森に置いてきちゃったけどね」




 自嘲するように笑うモデクレス。




「なるほど、じゃあその話がなければみんながああなる事も……」




「エノス! もうその話はやめにしよう起こってしまった事を悔やんでも仕方がない。さてエノスには依頼料を支払わないとな」




 そう言って鞄から金貨を取り出す。




「……俺なんかが貰っていいんでしょうか」




「自分を仕事にしているのに、自分を安売りするもんじゃない。森でも言ったけれど君は立派に仕事を果たした。どんな英雄にだろうとあれ以上の結果は望めないよ」




 エノスの手に金貨を二枚握らせた。


 周りの元奴隷たちにも一枚ずつ渡していくが、どうしても女性の一人と、男性の一人が受け取ろうとしなかった。




「モデクレスさん、俺はあなたに付いていきたい。たとえ奴隷じゃなくなってもあなたの側で仕事がしたいんです」


「私もです、モデクレスさん」




 モデクレスは困ったような嬉しいような顔をして「仕方ない奴らだな」と言っていた。


 更にもう一人の男性と女性は密かに思い合っていたらしく、この街で二人でやっていきたいと言った。




「あとはあれだな」




 そう言いながらモデクレスが右手を出してきたのでエノスはしっかりと右手で握り返した。




「いや……冒険者証を……」




「分かっていますよ。でも俺はモデクレスさんにこうしたかったので。短い間でしたけどお世話になりました」




「……あぁ、こちらこそ」




 それからエノスは冒険者証を渡して依頼を完了し、モデクレス達と別れた。




 はずだったのだが。




「どうしてここにいるのかなぁ?」




「ひゃ、ひゃいっ!」




 振り返るとマナがそこにいた。

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