まぬけは死ななきゃ直らない。 大会レポと反省と異質な悔しさを込めて

 精神的に向上心が無い者は馬鹿だとかつて明治の文豪夏目漱石は言いました。


 まあ至言でございますね。 初めてこのフレーズを聞いたのは私が中学生の時でしょうか? 


 ただその意味を頭ではなく心で理解した日でありました。


 色々と自分の気づかなかった一面を見た一日だったで


 さて大会前日、あいも変わらず不眠症気味である私は当然眠れないでいました。


 ただ反面、明日の大会に対して緊張しているわけではないということだけはわかっていたのでホッとしていました。


 これは自分としては大変意外なことです。


 この私、人前に立つこと、目立つことが大の嫌いなんです。


 今までも、何かの発表や卒業式等で壇上に上がるのが嫌で、中学の卒業式のときに仮病で休もうとしたくらいですから。


 まあ、その際には母親にものすごい説教かまされて仕方なく登校しましたけどね。

   

 さて大会当日、寝不足ながらも朝から風呂に入って会場に向かいました。


 やがて関係者からの説明が終り、本番が始まります。


 大会はA、B、C、Dグループに分かれていて私はCグループでした。


 なにしろ私、このような大会に出場することなど一度もなし、いわば初心なネンネというやつでしてね、はじめて付き合った彼氏に『明日、俺の家、誰も居ないんだ…遊びに来ない?』って言われた気分ですわ。



 ドキドキと僅かな期待、そして怖さを隠しながらこの『気分は乙女、身体は中年メタボのおっさん』は静かに大会の成り行きを見守っていました。


 感想としては、やはり各人が体験談、感じたこと、また幻想的な内容で、詩の幅広さを感じたね。 おじさんは。


 ともすれば小説のネタに出来そうなことをギュッと濃縮して3分間で話すわけですから言葉の取捨選択が非常に大事なんだなと。


 まあ私はそれができませんでしたけどね。 おかげで黒歴史をまた更新することになりました。


 審査の方は公正を期すために観客からランダムに選ばれるたので各々の好みもバラけるので出場者からみれば怖いところではありますが、公正性としてはバランスがとれています。


 それと一部の方は韻を踏みながらやっていましたが、自分も韻を好む方なので 個人的には好きでしたね。


 ただ気づいたんですが、韻を静かに淡々と踏むのは退屈な感覚に陥りやすいんです。

 

 もちろん出場者はすごい韻を踏んでましたよ。 長く硬くね。 ただどうしても短い時間の中で踏もうと思ったのならば単語の比率が多くなってしまいます。


 例えるならばこれは電池の入っていないバイブみたいなものですかね?


 ただ電源を入れられさえすればきっとヴァイブスは生まれると思います。


 あっ、バイブの意味を知らないピュアピュアボーイ、ガールは決してググッたりはしないようにね。


 おじさんとの約束だぞ。


 あとは私が素人ゆえなのかいまいち審査の基準がわからんのです。


 まあそれはしょうがないし、前にも言いましたが個人の好み等もあるので永遠に解決しないとは思うのですが。


 とはいえ上手い人は本当に上手いです。 大会終了後の懇親会的なものに参加した時に優勝経験のある人の朗読を聞きましたが、言葉に表せない技能とはまた違う何かを感じました。


 思わず聞き入ってしまうくらいにね。


 さていよいよ私の番です。 


 あまり思い出したくないんですけれど、大チョンボをやらかしましてね。 今でも思い出すと枕どころか壁に頭を打ち付けたくなるくらいなんですが。


 はい、私、思いっきり制限時間を越えてしまい、しかもその時間切れの合図に気が付かなくてそのままやり続けて大幅に超過してしまいました。


 やり終わった後のホッとしたあとに感じたあの会場の雰囲気。


 気まずい雰囲気ってあんな感じなんですね。 さーっと青ざめるって感覚を始めて体験しました。 知りたくなかったけれど。 


 司会の方も「えっと…」みたいな感じで口火を切りまして、とりあえずは「音が小さかった」のと規定上では超過のペナルティーは決勝戦以外は無いということなので事なきを得ましたけれども。


 かろうじてグループ2位で通過することが出来ましたよ。


 白状しますとね、黙読だけで計って、実際に声を発しての練習はしてなかったんですよ。 

 

 だから百%自分が悪いんです。 だからここ数年で一番の大恥は自分の責任なのです。


 自分自身のマヌケさに赤面しながら俯きながら、ふと気づいてさらに顔が青ざめました。


 用意したものは最初に読み上げたものと同じ文字数かそれ以上なんですよ。


 だからこのままではまた時間超過してしまうことにきづきましてね。


 あわてて一部のフレーズを削ったりしてたんですが、そうなるとまとまりが無くなって駄作になるんです。


 そこからは七転八倒ですわ。 静かに座ってましたが、頭の中では完全に壮絶なことになってました。


 結局はなんとか比較的文字数短めの作品を削って、なおかつ早口でやるしかないと諦めました。


 ただ不思議と逃げ出す気にはなりませんでしたね。


 普段なら体調不良とか言い出してその場から逃走するような人間なんですけれども、恥ずかしながらここ十年で自分の全てであった創作から逃げ出すことだけはしたくないって言う想いだけで震える足を押さえつけて壇上に上がりました。


 とにかく時間超過は避けないと。 それと俯いてボソボソ言うのだけはしないようにというだけでした。


 正直、発表している間のことは記憶に無いんです。 頭が真っ白になりそうになるのを振り払ってとにかく大きく声を出すことを考えて力いっぱい振り絞りました。


 ただ、やはり空回ってしまってただ単に大声でがなるだけでした。


 本来ならもっと抑揚をきかして読み上げるはずが、出した声が大きすぎて制御できないんです。


 まるで高圧ホースを抑えきれずに振り回されてずぶ濡れになっているような気分でした。


 結果は準決勝敗退。 まあ妥当ですし、当たり前ですね。


 自分でもわかっていた結果ですし、納得はしています。


 ただね、なんだかそれだけでは心が納まらないんですよ。


 それは怒りのようで決して激しく燃え広がるようでもなく、嫉妬に似ているようで、ひどくポカンとした無関心であり、また後悔とは反比例するような前向きさを持ち合わせていてそれが心の底の底で静かに種火のようにチロチロと灯っているのです。


 あるいはそれは反逆の灯火というものではないでしょうか?


 目下の戦力差に決して諦めずふて腐らず、ただただ神やそれに近い存在に誓いをたてるような、いつまでも燃料がチョロチョロと絶えず継ぎ足されていくような炎にも似ていました。


 人は一度、徹底的に打ちめされなければ変わらないようです。


 そうです。 まぬけは一度死ななければ治らないのです。


 ただそこに絶えず反骨のランプの明かりを消さないための情熱が尽きることがなければ。


 もし私が生来の欝気質と負け犬根性に膝を折ることが無ければ、もういちど足掻くことでしょう。


 それを望み、またこの時の気持ちを忘れえぬために私は家に帰ると、書きかけていた詩を全て完成させました。


 この数編の僅かな作品達が私が私であるための反骨の狼煙となることを願い、半ば放置されていたそれらを火にくべるような思いで書き上げながら。


 外では月がやがて顔を出すのを待ち構えているように雲に隠れていました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

大会エントリー 中田祐三 @syousetugaki123456

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ