団体行動
曰く、貧民街に奇妙な少年がいる
普通ならば、信じられぬ話と切って捨てる様な話を、しかし
──間違いなく、その判断は正しかった、と
そこにいたのは確かに奇妙な少年だ。
何の権力も無く、物も無く、者も多くを持っていない最底辺の状況にいるただの少年だ。
力も決して低くは無いようだが、それでも自分達が所属する国の事を考えれば、そう驚く事は無い、と言えるレベルだ。
それを考えれば、異常におかしい存在ではない。
───なのに、魂にまで訴えてくる存在感
完全な直感でしかない感覚を、しかし
故に、
千載一遇となるチャンスがあるという事を、彼らは信じるのではなくある、と確信し、それまでは石のように待つ、と覚悟を決めて。
※※※
警護隊にいる男衆は今、究極の任務に挑んでいる最中であった。
失敗すれば死、成功しても死かもしれない究極任務。
普通ならば悲壮感に溢れそうな任務難易度に、しかし男達の顔にはやるんだ、という意気込みは浮かんでいた。
これを一般人が見れば、彼らは今から竜の巣にでも突撃するつもりだろうか、と思うだろう。
そしてもしも男の一人は首を横に振りながら、しかしこう答えていただろう。
「竜の巣と同じくらいの宝の山に、今、俺達は向かうのさ……」
語尾の"……"に妙な存在感を残したコメントを置いていっただろう。
ここで、一つ違和感があるとすれば、ここにいるのは警護隊の"男衆"だけ、という所だ。
警護隊にも数は多くいるわけではないが、女性の隊員も少なからずいる。
サヤなどその代表例であるし、他にも戦闘員に複数名、後は炊事や洗濯などの手伝いや武器の手入れなどの後方部隊として活躍していたりするのだ。
案外、特に炊事や洗濯というのは男性でも出来ないわけでもないが、どうしても杜撰にする人間が多い、という悪癖がいるのである意味で隊長であるレオンや軍師であるシオンと同じくらい頭が上がらない大事な存在だ。
というわけで、女の隊員がいないわけがない警護隊において、何故か女性だけが全くいないのはこれは空気、とか休暇とかではなく
「ちょ、ちょっと! 小隊長! 止めましょうよ!! 覗きなんて!!」
「馬鹿野郎!! 大きな声出して騒ぐんじゃねえ!」
つまり、そういう事であった。
本来ならば、貧民街には体を洗う為の施設などなく、精々、井戸から水を汲んで体を洗うくらいが関の山なのだが……警護隊で唯一形となる魔法を使えるシオンが御湯を魔法で生成し、その湯で人工的な温泉を作り上げる事に成功した、という事である。
無論、毎日扱えるようなものではないが、今回のように警護隊が帰ってきた記念だったりとかにシオンとレオンが気が向いたらお風呂を解禁したりする。
故に、その日は特に女性陣は無防備にはしゃぎ──男性陣は紳士の笑みを浮かべながら、内面で男としての覚悟を決めるのであった。
「だ、だって前回も覗こうとしてサヤさんにばれてえっらい目にあったじゃないですか。俺らサヤさんに隠形術で勝てない以上、また速攻でばれていい事無しの地獄タイムが待っているだけじゃないですか……」
「馬鹿野郎。今回は敢えて前回の風呂タイムの時に血涙流して覗きを断行したんだぞ。今なら女性陣も反省しているだろう、と思って多少、意識が緩んでいる筈だ。今がチャンスなのだ……!」
「……前回もそう言って、見事に失敗しませんでしたっけ……?」
ちなみに前回は、集団で固まるのがいけないのだ、と言って、全員バラバラになってあらゆる方向から覗きを実行しようとしたのだが、見事にばれて全員拷問かと言うくらい普通に殴られたという。
その間、あの隊長は……笑ってたな。
普通に、結構、はっはっはっ、って感じで。
ギャグ系に関する事は何でも笑って見過ごせばいい、とか思ってないかあの人。
そんな風に思いながら、しかし熱心に止めてくる隊員を見て
「ったく……そんなに危険だって思うなら、お前さんは参加しなきゃいいだけの話じゃねえか」
「いや、俺は、まぁ、そりゃ知ったら止めようとするのが義理人情っていうか……」
「それなら俺らの覗きを女子側にリークすりゃいいだけだろ。なのに、付いて来る癖に止めるってこたぁ……ははぁ───本命が中にいるな?」
「ば! べ、べがんど! そだらなぎゃってぇことなかろ!!!」
「どこの方言だ。いや、しっかし若いなぁ!! ──じゃあ、お前ら。今からこいつの初恋の相手を拷問して聞き出し、本人にぶちまけさせて強制告白するぞ」
ド外道めぇぇぇぇぇ!!! という言葉と共に連れ去られる若者を見送りながら、うむ、と全員頷いて無視する。
人間、数十回くらい理不尽を味わうべきだ。
俺の時は絶対に逃げるが他人は知らん。地の底に堕ちろぅ☆
……まぁ、実際は本当は相手の女も、女の気持ちも知っているので、とっとと幸せになれこんちくしょう、と思っているだけなのだが。
こんな時代なんだから得られる幸福はとっとと得とけってぇのに……
若い者はこれだから。いや、若いからこうして妥協をしているのやもしれん、と思うと吐息を吐きたくなるが、ともあれ俺達の目的はここからだ。
「いざ、覗きに………!!」
「おお、いざ覗きに……!」
「そう、とっとと覗きに……!」
「ん? 皆、覗きか?」
「そう、これから覗きです……!」
「行くぜ野郎ど───」
───今、何か途中に質問が挟まりましたよね?
内心で敬語で自問自答しながら、首を傾げ、その勢いのまま声がした方向に全員に振り返ると───そこには金髪を後ろで纏め上げた我らの
「隊長!!」
「組長!!」
「総大将!!」
「御頭ぁ!!」
最早、何一つ噛み合わない呼び方に、本人からのツッコミが入る前に俺達は自然と互いに掴みかかり殴りかかった。
「テメェら! もう何をしてんのかさっぱり読み取れねえのに統一されてるじゃねえか!!」
「ああん!!? うちの総大将がたかだか隊長程度に収まる器に見えんのかよ!? 俺ら纏めて率いる御方なら、もう総大将って言うしかねえだろうが!!」
「というか御頭ってなんだ御頭って! どっかの海賊か山賊かよ! 言った奴どいつだ! 出てこい!!」
「おーーい、こっち。こっち注目ーー」
間延びした声に反射的に拳を引っ込めて、少年の方に姿勢を向けるが、さっきまで殴り合っていた相手に舌打ちする事だけは全員忘れなかった。
レオンについての呼び名も色々と意見が分かれ、常に殴り合っているのだ。
……実際、一番しっくり来る呼び名があるのだが、それを言うと色々と問題があるので、結果、殴り合うという悪循環が生まれているのだが、何だかんだで楽しんでいるので無問題である。
──というより、今の問題は目の前の少年である
由緒正しき……とは言えないかもしれないが、彼が受け持つ隊の中から変質者……は実はよく出ているのだが、それでも上に立つものとして規律を守らない人間には処罰というのは正しき社会の流れだ。
王国全体ではそこら辺、腐りきって麻痺している部分が多々あるが、だからと言って俺達まで腐るなんて絶対にしたくない。
まぁ、だから……仕方がないのだが……覗きは……不可能という事に………!!
全員がくっ……! と唸る中、皆の中心に居る少年が腰に手を突きながらあのな、と前置きを置いた瞬間に次に述べられるのが説教か、罰の言葉だと確信し、予感が現実に置き換わる事に納得と同時に絶望を味わい──
「───覗きなら俺も誘えよ皆」
ころりと簡単に裏返った希望に思わず、全員が少年に一斉に視線を向ける。
そこにあるのは常と変わらず───否、常よりも煌びやかに輝くレオンの笑み。
更には、親指を立てた姿は、最早、男達の羨望を背負った偉大なる男の姿にしか見えない!!
ああ、何と言う事だ……!
俺達にはまだ同士がいた………!!
※※※
「隊長ーーー!!!」
叫び声と共に男泣きする皆を見ながら、何も言うな、俺達の心は一つだ、とハンドサインを送ると皆がすすり泣く。
男同士の魂の同士の慟哭に、敢えて何も言わず、うんうん、と頷いていると……レオンは視線の中に、えぇーー……という感じの目が幾つかあるのを察知する。
視線の理由を悟った俺は、思わず小さく吐息を吐く。
これ、間違いなく風評被害だよなぁ、と思いながら、とりあえずその風評を説く為の言葉を形作った。
「おいおい、俺だって男だ──女の子に興味を持って何が悪い。イケメンや何か見た感じ紳士的、草食系がエロには興味が無いなんて完全なファンタジーだし、現実にいたらその人病気かホモかのどっちかだろ」
「て、的確に現実を説いた………!!」
当たり前じゃないか。
別に同性愛を侮辱も否定もするわけじゃないが、俺個人としては男のチーンコ見るより、女の子のオパーイなど見た方が間違いなく興奮する。
うむ、と頷きながら夢想するのは魔剣の少女。
虚空に溶けるように浮かぶ少女の姿は何時も、質素で簡潔なロープ姿なのだが──そんな野暮な格好を押し上げる胸部立体があるのをつい、思い出し、何となく想像する。
「……そう、いや、こう……いや、まだまだか……!」
「小隊長!! レオン隊長が何か虚空揉み始めたんですけど、これ、頭大丈夫ですか!?」
「馬鹿野郎! 精神集中の一環だぞ!! 崇高な行為だ……!!」
よく分かっている。
後で小隊長の給金を上げてもいいかもしれんな、と思いつつ、懐から取り出したバンダナを頭に巻き付け、気合を入れる。
ちなみにバンダナの中心には文字が書いており、命! と書かれている。
"!"を付けるのがポイントである。
「よし。覗きは急げ、だ。作戦は既に展開されているか?」
「ういっす! 前回はバラバラで行った結果、各個撃破されたんで、今回は期間を置いて向こうが油断していると思われるので、全員で特攻を仕掛けようと」
「悪くない。後に地獄を見るが、対価としては妥当だな」
にやり、と笑う小隊長に同じ笑みを浮かべる。
───覗きとはただであってはいけないのだ。
女の風呂を覗くのならば死を覚悟するのは当たり前だ。
何故ならば、女の風呂というのは一つの財宝。
例え、どんな体付きであったとしても女性の体である時点ではそれは一つの価値だ。
それを盗み見ようとするのだ。命くらい賭けなくてどうする。
無論、恋仲とか夫婦ならば別問題になるのだが、ある意味命を賭けている仲なのだから、同じか。
つまり、後に地獄に堕ちる事は別に問題ではない──至上の天国を見た後ならばどんな地獄に堕ちようとも決して忘れまい………!!
故に後の地獄を受け止める覚悟が出来た者だけが覗きをしていいのだ。
───いや、覚悟をしても駄目だろ、とツッコむ人間はいない
ともあれ、作戦内容を聞いたレオンは、その事にふと、友人がこの場にいない事に気付く。
「あれ? シオンは呼んでいないのか? シオンならばこの手の騒動に任せろ、とサムズアップして指揮を執るだろ?」
「ええ──ですが、あの人、お湯を作る事の代償に女性陣のセクハラ許すタイプの人に胸揉ませて貰っているから、絶対に呼ばない、と心に契っていて」
「おーーい、うちのセクハラ軍師を誰か拷問しろ」
迷う事なく、友への遠慮のない拷問を命じるが、逆に何故か首を傾げられ
「あれ? あの人、以前、指摘した時、レオン組長の許可は取っているっていい笑顔浮かべてましたよ!?」
「あの野郎……人の名前と権力を利用したな……!」
流石、軍師。汚い。
後で拷問は確定だが、今は大事な覗きに頭を使う。
「しかし、ただ特攻させては芸が無いな」
「するってぇと……何か奇策が?」
ああ、と言いながら告げる言葉は作戦ではない。
言葉としては繋がっていないが、それ故に最もこの場において効果的だと思う手段。
それは
「───覗きに行こうとするんじゃない。風呂に入りに行こう」
何を言っているんだこいつは、という視線を隠さず向けてくる辺り、出来た皆だと、素直に思う。
※※※
湯煙が立ち上る中、人造的な温泉の中で警護隊の女子衆は皆、大きく息を吐き、温かい湯に感謝感激していた。
温泉自体は貧民街でも端の方に石を組んで作り上げただけの物であり、場所も質も決して高くない。
場所が悪いのは温泉の湯煙が万が一にも外にばれない為、質が低いのはそもそも素材がなく、更には本当に体に湯を付ける程度の湯しかないからだ。
しかし、それでも女性陣は一切、不満に思う事無く、温かい湯で体を清められる、という現状に幸福を感じていた。
「生き返る……」
「死んでも返れる……」
「もう、本当に最高……」
「ひゃふぅ…」
湯につかっている女性陣、皆、完全に気を抜いてリラックスしていた。
当然、湯に浸かっている状態だから、体には布など巻いてなく、それぞれの裸身を晒している状態である。
「……ラナさん。胸、また大きくなってないですか……?」
「……そういうシーナだって、お腹、以前より引っ込んでないかしら」
そう多くない風呂の機会で見やるのは互いの体になってしまうのはご愛嬌、というか。
照れが多いのはささっと腕で出来る限り体を隠し、そうでない物は隙を作らない為に視線で牽制に入る。
人それぞれであるが同姓でも、裸身を晒すのが恥ずかしい人だっているのである。
そういったマナーは守りつつ、楽しむ女性陣の中で、普段の侍女服から解放された女子──サヤは周りの声を聴いていた。
「……む」
話題に浮かぶものを、サヤは自分の体で確かめる。
胸……決して凄く大きい、というわけではないが、周りと比べても決して小さくはないサイズだと思われる一品。
腹……戦士として戦っている故に、ちょっと固い、というか……ええ、少しごつくなっている事だけは避けれないが、それでもそんなに固いだけ、というわけではなく、余分な肉などは無いと思われる。
話題には上っていないが脚……足技はよく使う方なので、それこそ余分な肉などは付いていない筈。
決して、自分が最高級の女だ、と自惚れるわけではないが、男性陣のエロい本と比べるなら、そんなに悪い体には成っていないと思われる。
よし、と解いたポニーテールの髪をゴムで結い上げているサヤは、小さく拳を握り
「おやおやぁ……? 随分と体を持て余しているよう──で!!」
"で!!"を放ったと同時に背後から自分を抱えようとするように伸びてくる手に、サヤはむむ! と唸りながら即座に迎撃を放つ。
流石にこんな事で魔法は使用しないが、素の身体能力を鍛え上げているからこそ魔法の効果が高まるのであって、つまり素の力だけで基準よりも早さと力を持っている少女は即座に自分の胸を手に収めようとする不埒者の手首を押え、
「貰ったぁーーー!!!」
次に奇襲で風呂の中に沈んでいた背後の協力者を冷静に見ながら、ちょっとだけ魔法を使う。
それだけで身体の限界を超えた少女は、そのまま掴んでいる手首を捻るように崩し、その勢いで背後の少女を前から奇襲してくる少女に投げ飛ばした。
「あっれぇーーーー!?」
ご期待通りに胸に顔面がぶつかるように調整したから、きっと文句が無いだろう、と思いながら、温泉の中央で水柱が立ち上る。
その結末を見届けていると、こらっ、と警護隊の中では女性陣の纏め役……一番の古株の女性がこちらに近寄り
「他の人だって使うんだから余り派手な事しなさんな。それに行儀が悪い。サヤもだよ──魔法使うのはやり過ぎだね」
ばれていた……と思い、小さく申し訳ありませんでした、と謝る。
男連中からは人型デーモンとか言われて恐れられているが……あくまで自身の素の身体能力は優秀なだけで、身体能力で男性に勝る事はない。
技量もまたエルウィン師匠やレオン様にはまだまだ届いていない。
人型デーモン、と評されるのも実際、事実だ。
今の自分はまだまだ魔法に頼った膂力に頼り切った戦法で攻めるしか選択肢が無いのだから。
修練未だ足りず、と思い、お湯から出した手を握る。
自分のその様子に、何か思う事があったのか、ならば良し、と頷き、そのままこちら側に近寄るのを背中側に感じ
「それはそれとして隙有り」
と、実に滑らかに背後から手を伸ばして胸を掴まれた。
「ひゃあ!!?」
反射的に悲鳴を上げるが、声を上げただけでは解決にはならないし、揉んだ本人も止まる気が無いみたいで、暫く揉まれ、その後、神妙そうな声で
「10代特有の艶々で張りのある肌と柔らかさ……!!」
ざわり、と年上組がその言葉にくっ、と唸りながら、後に続く。
「10代の女だけが持って使える極大魔法………!!」
「エロスとアダルトさを得ると共に失われてしまう究極幻想魔法……!」
「同姓ですら思わず、男に嫉妬の念を禁じ得ない
怨念のような叫び声を上げられても。
とりあえず、延々と揉み続けるのは止めて欲しいので、何とかして振り解く。
露骨に周りから舌打ちされたけど、おかしい。
同姓だらけの集団で味方がいない。
ちなみに最初に揉んできた同年代の友人は、温泉の中から現れた仲間の胸に埋まりながら、これはこれで……! とか呟いているので役に立たない。
こうなったら、もう離脱する以外の術は無い。
お風呂は惜しいけど、レオン様が死なない限り死ねない理由と帰る理由がある以上、何度でもまた入れる。
そうと決まれば、速攻でタオルなどを持って、可能な限り素早く立ち上がり、そのまま出口に向かった。
背後からちぇー、とかあらら、とか、やり過ぎたかしら、とかいや、尻もいい、とかいう言葉が聞こえるが、とりあえず最後の言葉が一番恐怖である。
どうしてレオン様の警護隊にはこう、個性豊かな人が集まる傾向にあるのでしょうか……
自分もその内の一人である事をさらりと無視しながら、溜息を吐き、風呂を出入りする戸口に立つ。
そのまま戸口を開けようとし──ようやくそこで扉の外に気配があるのを感じた。
……? 次の方でしょうか?
遠征、というと大袈裟だが、遠くから帰ってきた警護隊を優先として空けてくれているのが現状だ。
それでも、滅多にない開放日なのだからそう時間は取れない。
風呂を浴びたい者などもっといるし、女性だけではなく男性もいるのだ。
本当ならば、風呂は一つでは足りない状況なのだが……二つとなるとシオンの命をどこまで削る結果になるのかが不明である。
同じように魔法を遣えない自分達にはその感覚が分からないが、本人曰く、一つくらいならば何ら支障が無い、という事だから一つだけお湯を甘えている状態なのだ。
……今までの魔法を見る限り、二つ目も本当は問題が無いと思うのだが……そうなると多少の消耗があるのかもしれない。
どんな時でもいざという時を考えるのが軍師の役目である以上、極力消耗を避けたい、という事なのだろう。
元々、甘えている身分故に文句は無いし、そういった事情であるならば納得もする。
故に次の人が来ている事を後ろで笑っている女性陣にも伝えるべきなのだが
それにしては気配が無かったような……?
皆無、というわけではないが、一般人としては気配が無い。
今、この瞬間に部屋から気配が発生した、みたいな存在感に思考を巡らす。
───その疑問こそが隙であった
「───いざ!!」
唐突に目の前の扉から大きな声と共に勢いよく開かれ──そのまま何かが思いっ切り両胸を掴んだ。
下を見ると掴んでいるのは人の手である。
またもや掴まれる己の胸は何か呪いでもかかっているのか、とどうでもいい事を考えるが──問題は今、掴んでいるのは誰か、という事であり、それは───
※※※
レオン率いる男性陣は一切の小細工をしなかった。
真っ正面から堂々と暖簾を潜り、更衣室に入っていったのだ。
こそこそとせずに、堂々と入る姿に周りはあれ、そうだっけ? と首を傾げる者もいるが、しかしツッコむ事は無かった。
その結果、男達は女性達の着替えが置いてある更衣室に潜入出来たのだ。
「お、おお……!」
「馬鹿野郎! 無駄に興奮するな! 変に気配が漏れたら怪しまれるぞ!!」
様々な修羅場を乗り越えてきた戦士達も、女性達の着替えがある更衣室というのは様々な戦慄が走る現場だ。
邪念が沸き上がるのを止めれない男と必死に止め、その上で周りを止めようとする冷静な男の二パターンに分かれるが、逆に考えればどちらも落ち着きが無い。
そんな状態では成功する筈の作戦も成功しない、と思い、皆の先頭に立っていたレオンが手を一度上げて、皆に伝える。
「皆、落ち着け。俺達はあくまで風呂に入る、という邪なき目的だからこそ邪念を感じられてないんだ。ここでそんな邪念を吐き出したらうぉ! あそこにある下着、とんでも無いサイズ……! 大人組の誰かか! アダルティ……! 折角の作戦が無駄になるぞ。気を緩めるんだ」
「隊長! 隊長! 今、言葉の真ん中にとんでもない邪念が潜んでいました!」
尚、全員、小声で叫び合うという非常に奇特な特技を全員が発現している。
そして常に冷静っぽい態度を貫いていたレオンが実は結構興奮しているという事実に、隊員全員が驚愕の念と共にごくりと唾を飲みこむ。
我らが将ですら興奮の余り地金を晒す舞台に自分達が立っているとなると、最早戦場ですら生温い気持ちであった。
しかし、暴走している事を悟ったのか、レオンは一度、コホンとわざとらしく吐息を吐いて間を作り
「いいか皆? ここにある下着を奪おうとか狡い真似を考えるなよ──男なら真っ正面から頼め」
「何て敷居が高いんだ男道……!!」
命懸けにも程がある! 小さく叫びながら、しかし口元を笑みで歪めている辺り、同意の色しか見えていない。
うむ、とレオンは隊員の紳士振りに感動して、何度も首を振って頷きながら
「──まぁ、やっている事は俺達犯罪なんだけどな」
それを言っちゃ御仕舞! 御仕舞だから! というツッコミを無視し、遂に我らの最終目標の扉を見やる。
何の変哲もない扉で、自分達も利用したことがある扉だというのに、扉の向こうに女性(裸)がいると思うだけで全く別の印象を与えてくる。
最早、止まる理由が無いが……最も輝かしい先陣を切る人間を誰に任せるか、とレオンは思っていると
「隊長。お先にどうぞ! 俺らは後で構いません!」
と、言葉を掛けられた。
その言葉に俺は一度だけ瞬きを行い、その後に苦笑する。
「いいのか? 俺は乗っかっただけで、ずっと策を張り巡らせていたのは皆だろう?」
「なぁに。それこそ構いやしません。それに、一番前にいると、女性陣の桶の嵐の盾になるやもしれませんぞ?」
「おおっと。隊長でも盾にするその精神。正直、嫌いじゃない」
小粋な冗句を広げ、皆に自然の笑みが浮かぶのを見る。
その笑みが自然なモノであるのを理解して、これは譲れそうにないな、と思い、溜息ではない吐息を吐く。
「さて。一番槍の栄誉を得れるのなら皆に恥ずかしくない姿を見せないとな」
おぉー、と皆から囃し立てる声に背を押され、扉の前に立つ。
すぅーー、と大きく息を吸い、扉の取っ手を掴む。
ごくりと息を飲む音が多重に聞こえる中、しかしレオンは一切に怯まずに、一瞬だけ目を閉じ───そして刮目した瞬間!
「いざ桃源郷ーーーー!!」
遠慮なく一気に扉を解き放ち、その勢いで前に進んで手をかざし───3歩も進まない内にとんでもなく柔らかい感触が両の手を襲った。
おや、と思い、前を見ると結構な至近距離にサヤの顔があった。
ふむ、と俺は内心で考える。
風呂である以上、当然だが、内から外よりも外から内を見られるのを拒む設計上である以上、扉について小さな窓硝子は外側の窓にのみ曇り硝子が嵌められている。
つまり、外側からの扉では内側は見れない、という。無論、内側からしても相当見辛いとは思うが、外からよりはマシだろう。
長々と語ったが、つまり外からでは中の様子が分かり辛い、という事であり、そのせいでうっかり丁度扉の前に立っていたサヤが目の前にあるような状態になった、というわけだ。
───ちなみに両の手で掴んでいる物体は何を隠そう胸である
見事に鷲掴んでしまったが、何と見事な立体。
ジャストフィットという言葉を体現した柔らかさにうむ、と頷きながら死を覚悟する。
背後からなぁにぃ! 系統の叫び声と、前からは野郎やりやがったな!! 系の叫び声を聞きながら、勝手に手が何度も胸を揉んでしまうのは男の哀しい性か。
数秒前は何が起こっているか全く理解できていなかったサヤの顔も、目の前にある俺の顔と揉まれている胸の方に視線を動かしている間に、理解の色と羞恥の赤色が顔に浮かびつつある。
───しかし、ここで誤解なんだ、とか不可抗力なんだ、などという言い訳は糞以下である。
覗きに来ておいてそんな事を言うのは阿呆の極み。
確かに御触りをするつもりは毛頭なかったが、結果がこうなってしまった以上、自分は確かに女の体に気安く触れてしまったのだ。
次の瞬間に地獄を見るのは当然の義務だ。
故に自分が最も気にするのはこれからの地獄ではなく、目の前の少女だ。
恥をかかせてしまった分、何か返さなければいけない。
無論、今直ぐにそれを為すのは不可能だが、言葉だけならば伝えられる。
この状態で伝えるべき言葉なんて一つしかない、と思い、レオンは実にいい笑顔でサヤに告げた。
「サヤ──とっても素敵になったな」
胸を揉みながら、告げた俺に返ってきたのは、今度こそ真っ赤になったサヤが魔法を使いながら、体を捻り、手を振りかぶり
「えっち……!!!」
音を置き去りにして放たれた会心の一撃が思いっ切り顔面にめり込むのをレオンは自覚した。
※※※
貧民街の皆は建物の壁を突き破って空を飛ぶ人間を見た。
本来ならば驚嘆すべき事態なのだろうけど、この貧民街においては特におかしな事ではない。
「まぁた、覗きかい……」
「次の修繕担当誰だったっけなぁ……」
「ヤっさんに頼んだら、覗き穴作ろうとして、結論から述べると穴が増えたなぁ」
恒例行事かっ、とツッコむ良識ある大人はここにはいないのである。
だが、その恒例も吹っ飛ばされる人物を見れば、恒例ではなくなった。
「ん……? おい、あれ……レオンだぞ……!?」
「え!? マジか……!? レオンが覗きか!?」
「やだ……! それならお姉さん、勇気出してお風呂入っておけばよかった……!」
「ははっ、いや、あんた口調で隠しているけど、もう十分婆なりょういがはっ!
」
言い合いながら、とりあえず吹き飛んだレオンの方に向かう人々の中、一人、抗うかのように地面に立つ老人がいた。
「やれやれ」
自慢の顎髭をさすりながら、腰に差している二刀も撫でる。
老人──エルウィンは呆れたような吐息を吐きながら、吹っ飛んだレオンがいる方角を見ていた。
「何をするかと思ったら覗きとは………」
何故そうなる、という思いはあるが、まぁ意外性はあるか、とも思う。
──何せこんな馬鹿な方法で釣りをしようとは誰も思うまいて。
もう少し賢い方法は無かったのか、とは思うが……この貧民街の個性は"何も無い"だ。
賢い方法、つまり、効率的な方法というのはそれなりに人材や資材が必要になる。
そんなものはここに無いのだ。
必然、どうにかするには──どうにかするしかないのだ。
どうにかした結果がこれだから誉めるべきか笑うべきかを迷うが。
「後は伸るか反るか、であるな」
賢い方法があるなら、賢い選択というのもある.
この場合、賢い選択がどちらかであるかをエルウィンは理解しているが……賢いのならば、今、自分はここに立っていない。
愚者である事を選んで失墜し……愚者であるが故に大愚の先を望んでいる。
「鬼が出るか蛇が出るか……否」
鬼も出るし蛇も出る。
それ以上のが待っているのだろう、少年の言葉を信じるなら。
その事実に、少し体が震える感覚に襲われながら口元を歪めた。
喜悦、と言われる形に
未来を楽しむ、というそう珍しくはない事なのに……まるで一生分の宝を見つけたかのような感情を、内で燃えるのを持て余しながら、エルウィンは不動であり続けた。
まだだ、という思いで燃える思いに蓋を閉めながら、剣聖は見据える。
今もまだ空を飛ぶように飛翔している少年を
いのちのこたえ 悪役 @akuyaku
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