オルタナティヴ異世界転生記

詩一

転生成功

 目に映ったのは赤い空だった。


 ――やった!


 成功したんだ。

 俺は無事に転生したらしかった。

 地面に寝転がったまま赤い空を仰ぐ。


 神が言う通りなら、この俺は今、レベルカンストの最強ステを持つ超イケメンインテリ勇者だ。

 転生前の世界が嫌で嫌で嫌過ぎて、文字通り死にもの狂いでこの世界に潜り込んだ。

 この世界に潜り込む前、狭間での神との会話を思い出す。



「どうして自ら命を絶つような事をしたのだ」

「こんな世界糞喰らえだったからです。後、今なら異世界転生が流行っているので、流行りに乗って死んでも異世界に行けるかなと思ったんで」

「愚かな。しかしながらそれ故にあわれな子よ。転生以外にも何か願う事があれば聞こう」

「注文多くなりますけど、できます?」

「愚問。私は神だ」

「有難うございます。ではまず俺を勇者にしてください。魔王を倒してはくを付けてケモ耳娘にモテモテになりたいのです」

「うむ」

「レベルは99で。あとステータスは軒並み9999でお願いします」

「うむ」

「チートスキルもいいですか?」

「うむ。具体的には?」

「そうですね。……死ねと言ったら相手が死ぬとか、燃えろと言ったら燃えるとか」

「なるほど。言語の力を具現化する能力だな。問題ない」

「スタート地点はやっぱりケモ耳娘がいる村の近くで」

「うむ」

「勿論美女ですよ?」

「うむ」

「さすが、神様ですね。なんでも思い通りだ」



 さて、まずはうるわしのケモ耳娘がいる村に行くとしよう。


 そう思い体に力を入れて立とうとするが、思い通りに体が動かない。

 あれ? おかしいな。転生したばかりだからかな。

 りきんでも簡単には動かない。

 ふう、と深呼吸をするが、どうにも呼吸がし辛い。

 どうしてだ? 転生早々病気にでもなったのか?


 俺はかしこさも9999になっている。

 その頭脳で考えた。


 まず、空がなぜ赤いのかを考えた。太陽は天高くにある。決して夕焼けで赤くなっているわけではない。ここが地球ではない以上あの恒星も太陽ではない他の名前が付いているのだろうが、便宜上太陽と呼ぼう。

 そもそもなぜ俺が住んでいた地球では空が青く見えるのか。

 それは、空気中の水滴や埃に青の光が反射しているからだ。青色は波長が短く反射しやすい。比べて赤色は波長が長く遠くまで届きやすい種類の光となる。

 夕暮れ時に空が赤くなるのは、その赤色が空気中の微粒子に乱反射してしまうほどに、太陽が遠のく為である。

 つまり、この惑星は太陽からの距離が基本遠い。

 あるいは、惑星の空気中には地球では有り得ない量の微粒子が飛散している。


 とにかく、この惑星は地球の常識が通じない。重力も空気中の酸素濃度もまるで違うのだろう。

 俺の体が鉛のように重いのは恐らく重力の所為だ。

 息が吸い辛いのも酸素濃度が低い所為だ。


「メニュー」


 俺は呟いた。

 すると、他人からは視認する事が出来ない画面が目の前に現れた。


「ステータス」


 すると目の前に自分のステータスが映る。

 軒並み9999に振ったはずのステータスの中のすばやさだけが3333となっている。3倍遅くなっている。つまり、3Gジーの負荷が掛かっているのか。転生前の低いステータスのままだったらどうなっていた事か。


 寝転がったままでいると、不意に獣の耳が映る。

 目をやると、そこには獣の耳を生やした人が居た。

 獣人。恐らく、女性。

 神様との約束通りなら、女性なのであろうと言った程度の憶測でしかない。

 なぜなら目の前の獣人はほぼほぼ獣そのもので、手足どころか顔まで毛に覆われていたからだ。辛うじて二足歩行という点が人間味をかもし出している。

 毛並みが良い。つやつやしている。ああつまり、ってわけだ。


 ともあれ助力が必要だ。

 これでは魔王をさっさと倒すどころではない。


「どうも、こんにちは」


 俺が優しく声を掛けると、ケモ耳娘は驚いて飛び退いた。

 眼で追いながら、重い体を無理矢理起こす。

 ステータス9999のおかげで骨がへし折れないのが救いだ。


「あの、驚かすつもりはなくて」


 俺の言葉に何か言葉を返したようだったが、聞き取れない。


「え? 今なんて?」


 俺が耳に手を当てて聞き返すと、獣女じゅうじょは目つきを変えた。

 天空に向って吠える様な素振りを見せる。

 しかし全く聞こえない。

 

 なぜだ。


 答えは直ぐに出た。

 声の周波数が違うのだ。

 彼女の声の周波数が、高すぎるかもしくは低すぎて、俺の鼓膜では捉える事が出来ない。

 蝙蝠こうもりの声が聞こえないのと同じ現象が目の前で起きているのだ。


 そんな事を考えていると、彼女の仲間らしき獣女達が次々にやってきた。

 そう言えば、って頼んだっけ。

 彼女らの目つきを見ればわかる。彼女らと友好関係を結ぶのは無理だ。動物愛護の観点から少々気が進まないが、仕方あるまい。このままではこちらが殺されてしまう。


 行くぞ、チートスキル!


「死ね!」


 ふっ。


 すまないケモ耳娘達よ。

 本当は君たちとのワクテカスローライフを……、


「ってあれ!?」


 思わず声が出た。

 彼女らは誰一人死なずに、というかかすり傷一つ負わずにぴんぴんしているのだ。


 どうして!


「燃えろ!」


「凍れ!」


「割れろ!」


 何を言ってもスキルが通らない。

 こんなのシステムエラーだ。バグだ。ゲームなら即刻クレームの事案だ!

 しかしこれはゲームではない。されども俺にはゲーム的な機能が付いている。慌てるな。


「メニュー」


 眼前にメニューが出現。続けざま。


「ヘルプ」


『now loading……』


 と眼前に出る。


 早くしてくれ。

 目の前のケモ耳娘たちは待ってくれないのだ。爪をカチカチやって戦闘態勢じゃあないか。

 こんなハーレム望んじゃない。


 しばらくして画面が切り替わり出現した言葉。


『ページが応答しません』





 これオフラインでヘルプ押したら出てくる奴ぅううううう!!!!!


 一番うざい奴来た……。


 つまり今は神様とはオフライン状態という事。

 神様の管轄外かんかつがいの惑星に転生したって事か。


 しかしそれが解ったところでどうしようもない。

 それよりもどうして俺のチートスキルが効かないのかという事を知りたいのだ。


「あ」


 かしこさ9999の脳みそが、神様の言っていた科白せりふを思い出す。


だな」


 オワタ。


 言語どころか声の周波数も違う惑星だ。使えるわけがない。

 だが待て。チートスキルは使えないが、どうだ。俺のステータスはすばやさこそ3333まで下がっているが、他は軒並み9999だ。単なるモブキャラに後れを取るわけがない。


「スキャン」


 そう言って目の前の獣女達を見る。


「10……」


 ははは。ああ、驚いて損した。ほとんどが2ケタだ良かった、あー良かった。

 しかしなんだろう。この横の阿僧祇あそうぎって。


 瞬間、右手に衝撃を感じた。

 熱い。

 そう思って右手を左手でかばおうとするとスカを喰らった。あるはずのものが無かったから。


 右手が。

 消失している。


 確認した刹那せつなに、血がほとばしった。


「ぐあああああ」


 何が起きたかわからない。

 とにかく右手が無くなった。

 状況を整理しようとする前に、眼前にボトリと手が落ちた。

 恐らく今し方失ったばかりの右手だ。

 今まで空を舞っていたようだ。

 誰かが俺の右腕を鋭利な刃物で吹き飛ばした。

 後ろを見ると、爪を血で染めた獣女がこちらを見ていた。獲物を狩る。そう言う目をしている。

 

 どうして。


 重力の事はともかく、ステータス的には俺の方が上だ。

 全員2ケタだったろう。


 ……待てよ?


 阿僧祇って、一、十、百、千、万、億、兆、けいがいじょじょうこうかんせいさいごく恒河沙ごうがしゃ、阿僧祇、那由多なゆた不可思議ふかしぎの阿僧祇か!?


 10の56乗だぞ!?


 驚愕にわなないた時には遅かった。

 俺は赤い空を見ていた。

 そして黒い地面を。


 俺は身軽になりながら回転していた。


 空、地面、赤、黒。


 多分縦回転だ。


 空、地面。


 空。


 地面。



 ――ズドン。


 今のは多分、俺の頭が地面に落ちた音だろう。

 斬首ざんしゅをされても10秒から1分半程度の意識はあるそうだ。


 その残された、しかし薄らいで行く意識の中で明瞭めいりょうな願いを思い浮かべていた。

 次に生まれ変わるなら、もっと事細かに神様に頼もう。

 それで、今度こそ本当に最強の勇者になって……。


 ……いや、面倒だ。

 もう元の世界でもいい。

 こんな理不尽な死に方をするくらいなら、非モテも社畜も童貞も孤独も受け入れよう。

 きっとできるさ。

 生まれ変わったら。

 きっと本当に生まれ変わるんだ。


 新たな決意を固めた俺の目の前のメニューには先程の文言が繰り返し表示されていた。



『ページが応答しません』

『ページが応答しません』

『ページが応答しません』

『ページが応答しません』

『ページが応――

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