第六章⑤ 天魔少年の受難と、食欲の対象。



欲界の第六天デザイア6』…。



…コチラの住人達が そう呼ぶ。

魔術や呪法、引いては神霊達さえもが 当たり前に存在し、至る所に〈|天魔種《スライム》〉なる不定形の化け物共がたむろする……物騒で 異質な世界。

オレが元居た世界とは、余りにも違う…。


…だが、何故だか。

時に、ふと懐かしさを催す程に『かつて居たはずの』世界に 似た面を見せる、摩訶不思議な魅力を孕んだ世界だ。


「……」


『あの夜』…。

…オレは確かに、コイツに喚ばれ……この世界に来た。


この……古い少女漫画にでも出て来そうな、あり得ない程 巨大かつ 緑色の虹彩を宿したまま、暗い洞窟の中 不敵な笑みを浮かべる、黒い隻眼の少女に…。


…しかし、思い出せない事があった。


「………」


『…見事 貴様が、我が愚妹を護り通せたならば……その朱印以外に…………一つだけ……』


『…………じゃあ…。…@▽∞★◯を、☆●してやってくれ……』


「……ぐ、オレ様はコイツに…」

…ナニを、頼んだんだ?


そんな、オレ様の煩悶を伴った疑心を観てとったコイツは…。


「…容易い事だ。ふ」

そう嘯きながら 反り返りつつ、オレ様を嘲笑った。

黒い笑みとは、こういう事を指すのだろう。


…そんな、極めつけの不遜さを体現する為に生まれて来たかのような少女が、敢えて銀髪と同色の眼帯で 自ら覆う左眼が一体 どんな状態なのか、初めは気にした事もあった。


「……ふ。知りたいか? 小僧…。…ならば良かろう、この封印されし 我が呪眼の深淵に触れ、無事 帰還せし暁には……交わせし約定も明らかに…」


「…要らねえ…。…つうか、遣らねえよ!」

オレは 即座に拒絶した。


……『無事 帰還せし暁』とか、冗談ではない。

只でさえ 訳分からん異世界に来てからこっち、身体の半分はバケモンに喰われ 記憶が曖昧になるは、『姿の見えない女』に二月以上 追い回されるは……挙句の果てには、オレ様をこの世界に引き入れた召喚師に 会えたまでは良かったが、ソイツの妹を…。


…アユミとかいう 緑髪で隻腕の、反吐が出る程 気色悪い 自己犠牲の塊……その野放図に巨大な乳を持つ 中身小学生の偽善者を『身体を張って守れ』と命じられた上に、然も『無事では済まない』ような、真性のヤバい所に送られては 堪らない。

何もかもが 元居た世界とは違い、故にオレは未だ こっち側の全てを理解どころか、知ってさえいないのだ。


そうだ……オレは、オレの身体の事さえ よく分かっていない。

あの時、オレに喰らい付いた 巨大な『動く沼』は…。

…あの〈黒い天魔嘯ブラックウーズ〉は、オレの身体半分と 記憶の一部を 間違いなく奪った。

あの『沼』には、まだ余力があった。


しかし……。


「何で、オレは……オレのまま なんだ?」


アレの、あの『沼』の気配は 今も確かにオレの中に留まっているのに……。



「…………」


そんな、止めどもない事に 頭を巡らし続ける オレ様を見つめる『ヤツ』の視線に気付いた。

コイツは 常軌を逸したバケモン揃いのこっち側でも、特筆モノのバケモンの一匹とされ〈楯奴隷ヴリトラ〉と侮蔑される、狂獣だった。


オレ様に対し、コイツが向ける関心は一つだけだ。


『ロク』や『虫女』等と呼ばれ、主人たるヒマワリの壁役を熟し、嬉々として苦痛を受け入れる、この 完全無欠に頭が沸き切った変態全身鎧フルアーマーは、口元から透明の液体を垂れ流すがままにして、コチラを凝視している。


「「………………」」


まあ…。

…つまり、コイツは オレ様を『食料』としか見ておらず。

即ち、オレ様に対する コイツの関心とは……『食欲』と呼ばれる、本能という名の刹那の快楽を求めたモノだった。

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混沌使いの使い方。 人喰いウサギ @redrose0620

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