第六章④ 天魔の非行少年、その逃避行。



「取り敢えずは…」


「……」


精鋭級に『屈折した』、痩せっぽちの幼女は……。


「…今しばらみなには、我の道楽に付き合って貰うぞ……」


右目に碧玉エメラルドを埋め込んだかの様な、インド系眼帯女……灰色の看護服を着て、まるで 近所で白眼視される『オタク』とか呼ばれる連中みたいな姿勢ポーズをとる ソイツは…。

…浅黒いというには、余りにも黒過ぎる微笑えみを張り付けたまま、少しも揺れず淀んだ ランタンの闇の中から オレ達を睥睨していた。

『あの時』と同じく…。


…初めて言葉を交わした時から、コイツはそうだった。

何かと偉そうで、イチイチ命令口調の絶えない この色黒の痩せっぽち。

だが 実の所、戦闘時以外で物事の決定を強要した事が 一度も無かった。

そうだ……『あの時』も。


【デザイア6】…。

…日本とは余りに違う異世界に『ばれた』、二年前の あの時も……コイツはこんな感じだった。




初神ハツカ…。

…初めて出来る、オレの〈妹〉……しかし、そう為らずに『流れて』しまった年下の家族。

水龍すいりゅう〉と称される、現代では伝える者の無い 奉納用の直刀型御神剣を鍛える 唯一の『裏鍛冶戸ウラカジト』として、神職の業界では忌まれながらも 名の知れた母……火水風ヒミカの後継者となるはずだった妹。


そして、彼女が流れた翌日には…。

…母の姿も、消えた。


その夫である アイツは……白水しろみず 初日ハツヒは、天御中主命アメノミナカヌシノミコトを祀る 日本最古級とされる水天宮の神職を 生業としていた。

普段から、金も俗事にも 一切 興味を示さない、神霊かみさん一筋の男は ただ悟った様に一言…。


『……雑事に囚われず、修行に励め』

…とだけ告げ。

それからは 一度もマトモに、オレの言う事に取り合ったりしなくなった。


寒くもないのに、身体中の震えが止まらなかった…。


『…雑事って、何だよ』

一度に 家族を、二人も失くしたってのに。


その、言いようの無い怒りに任せて オレは、アイツに当てつける様に『雑事』とやらを……暴力の許す限り 盗み奪い、女も、薬さえも貪り…。


…だが、それでも 一向に収まらない。

何だか分からない 赤黒いソレは、とうとう オレに、ある一線を越えさせた。


オレは何も知らない…。


…地元では進学校とされる それなりの附属中学に通い、それなりの成績だった程度のオレ如きが 多少荒ぶっただけでは、何も分からない。


何も変えられない。


何も言わず 居なくなった母の事は良いとしても、無知で無力な若僧でも、それでも 家族が…。

…一度も会う事なく黄泉へと発ったとは言え、何らかの縁に因って妹となった赤ん坊が、どんな顔立ちで どんな声で泣くのかさえ知らないままでは……酷く、惨めではないか? 人として。


……何が、雑事だ。

オレは人だ、神や鬼共ではない。


過去を、失われた可能性を…。

…亡くなった家族を惜しんで 悔やんで、何が悪い。

産まれ育ち、泣き笑う事もなく逝った妹を憐れんで、何が悪い。


その事が失踪の原因かは分からない……が、神職として忌むべき女鍛冶師として生き、待望の後継ぎ娘を失った 母の悲しみを想って、何が悪い。

それらの感情さえ 理解出来ない程、信仰に忠実に生き 擦り切れた神職の男…。

…かつては父と慕った男を、憐れんで 何が……そして…。


…憐れむが故に……。



……『夢現ゆめうつつ』。


母が 亡き妹の為に打った直刀寸延すんのべ短刀〈瑠璃光ヤクシ〉。


それと、オヤジ……アイツから譲られた 軍刀拵えの長脇差、〈バク〉 。

先々代神主だった祖父じいさんが、大東亜戦争の戦地から持ち帰ったとされる、随分と使い込まれた新刀。

余りにも両極端な 双刀。


その片割れの、長脇差の柄は 赤黒い朱色に染まったままだ……。



あの時……。


『貴様の罪…。…刃と その柄に染み付いた……その朱印を消したいのなら、我の元へ。真に貴様が それを、望むなら……』


本殿の奥に在る 泉を祀った古い小さな祠の前に、震えながら…。


…手から離れない 血刀をブラ下げながら佇むしか出来ないオレに……。


碧眼を爛々と輝かせた黒い禍津神が、〈泉〉の中から オレに囁いて来た。



アイツを……。



……オヤジを斬り捨てた、あの夜。



オレは、この世界に……逃げ込んだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る