第六章③ 謙虚の美徳と〈遅参の紅夜叉〉。



「〈紅夜叉〉。そう一括りに 言ってはいるが、コレは あくまで……我個人の見解による所だ」

姉は 虫女の胸部に頭を預けつつ、脇から出張っている血鉱石製腰綱の一本を、指先でナゾリながら話し始めた。


「まずは、有史以前にあったと思われる原始〈紅夜叉〉……いや、コレは 森の神格化から来た世界中で発生したであろう〈夜叉信仰〉なのだが…。 …とにかく、迷信めいたモノが信仰らしき何かに 変わりつつあった時代に産まれたであろうソレを、我は所謂いわゆる『第一世代』だと定義している」


「……」


「森の中で生活していたとされる 我々の祖先らに取っての『森』、即ち 世界の全てと言っても過言ではない時代の…。…その森から得られる『限りある恩恵』と、才や運無き者には一切容赦しない『極限の厳格さ』から造成された『森への畏怖』は、容易に信仰へと発展させる程の起爆剤と 為り得たのだろう……」


「……全勇者期…」


「ああ。又は、御霊期や後精霊前神代、全精鋭期とも言われているな。 まあ とにかく、何でも出来 何にでも為れる神人達の末裔……【勇者の一族】と称される薬叉エルフ族を始めとする陸海の少数精鋭 狩猟採集民族らの、一見残酷にも映る『間引き』等の風習も、この時代に培われた現実主義、実力至上主義、超優生思想……最初期辺りに祖先らが見出だした『種の滅亡回避』の為に捻り出された当時 最先端の科学的智慧という事だ。その頃はそれで問題は無かったし、事実、今の我々など、及びも付かぬ程 有能で賢かった 彼らはソノ思想や慣習を適切に用いて生き延び、現代の我々に【種の保存繁栄のタスキ】を見事 引き継がせてくれたのだからな。しかし……はあ…。…問題は、それ以降の祖先達の中から放り出されたモノだ…」


「……………」


「…『二教にきょう』。若しくは、第二世代型夜叉信仰と呼ばれる〈真なる紅夜叉教〉の再誕……というか、新生か。その人類文化史上最悪の忌み子の登壇と、ソレ自身の凄まじい浸潤速度によって その跋扈を許した 二万年以上前の先史文明は、ことごとく滅びた と言われている…」


「イヤ、あの……」


「…何だ? 愚妹」


「えと…。…宗教で世界が滅びるなんて、実際はあり得るの?」


「……だな? 通常の思想信条や宗教は、特定の層とは言え 何らかの社会的ご利益があるからこそ現れ、支持されるのだからな……だが コイツは違う…。…いや、厳密にはコレの使用者や運営陣の根底にある思想や目的等は同じなのだが、決定的に違う所が二つ程ある…」


「…………」


「…【謙虚の美徳】が 皆無だという最悪の欠陥だ」


「【謙虚】……」


「まあ、明らかに重要なソレが 多少……いや、非常に かつ大量に欠落しているお前には 耳が痛いかも知れんが…」


「…五月うるいわよ…。…姉さんだって、その辺はアタシとドッコイでしょ?! 【謙虚】は勿論、その他の美徳にしても!」


「ふ…。…まあな。お互い ソレに関する総量の少なさに自覚的なのは、そうだな……重畳な事だ」


「……んで?」


「そうだな…。…その欠陥の故か、連中のり様は 一事が万事……【拙速】だ。一定以上の常識や教養を身に着けた者からすれば、眉をひそめるしかない稚拙さが 暫々、散見されると言われている。その一つの特徴として挙げられるのが、過度な聖学偏重傾向とソレを基礎とした奇妙な……いや、デタラメな権威主義形成嗜好だ」


「……?」


「ぅ?! え~と……教義自体の稚拙さを欺瞞する為なのか コレに染まった者ら特有の思考なのかは分からんが、とにかく拙速を旨とし ソレを最速で正当化する為に 他の神々を否定し、生存社会を崩壊に導きかねない誤った権威付けを歴史的社会的検証も無く、安易に浸透拡散する…。…というのが『社会寄生型紅夜叉教』、所謂〈二教セカンドレッド〉についての通論だ」


「…………でもさ。ソレって、他の新興宗教とかも ヤってる事じゃない? 何で そんな、狭量なだけが売りの 十把一絡げな感じの宗教が〈特級禁忌指定〉まで受ける位、危険視されんのよ?」


「ふ。まあ結局、ソコに行き着くのかな。つまる所、連中には『今しかない』のだ…。…歴史的検証を一切待たない 過ぎた拙速も、神や魔術の否定も、二万年以上も変わらぬ謙虚さ皆無の有り様も、全ては最速で『事を成し遂げる』事のみに特化したやり方だ。元々、他宗教との比較に、教養有る社会生活者の『目』に 耐えられるような代物ではない上に…。

…既に、『豊穣の女夜叉期』……つまりは 農耕民族と為り、土地・水場の収奪からの階級支配や迫害等まで歴史的教訓として得てしまっている我々に 今更、夜叉は勿論〈遅参の紅夜叉出墜ちヤロー〉も、業腹に過ぎる」


「……ソレって……」


「ああ。恐らくは皇国我が国始まって以来の大規模な、〈国策としての紅夜叉狩りレッドハント〉が、始まるだろうな…。…ここ 二十年近く続いた皇国北部の混迷の原因に、連中が関わっていた可能性は濃厚だからな、ふ」


そう言って、黒い笑みを 満面にたたえ 暗い虚空を見上げた姉の碧眼だけは、決して…。


…笑ってなどいなかった。

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