ダンシング・バレット

井守千尋

横浜ライヴその1

のどかはここ数日、3時間も4時間も踊り続けていた。スイートバレットの他のメンバーは少しばかり心配になる。

「だって、どかちゃんって自分がセンターになるのを避けていたーっていうか、目立ちたいけど一番目立つのはいやだーってJKだからね。私は、目立ちたいけどね」

元気な正統派アイドル広川卯月は、日頃の豊浜のどかをそう評した。

「でも、センターはどかちゃんだー、って発表されてからの彼女、なんだかおかしい。いや、その数日前から人が変わったかのようにてきぱきこなすようになってダンスも上手になったんだけどね。発表されてからは、歌よりも何よりもダンスなんだって練習室にこもって」

歌とダンスと営業スマイルと、何より忘れてはいけないのがカワいさ。これがスイートバレットの秘訣である、と卯月は日頃から思っているのだが、いまののどかはダンスに集中していた。念入りにストレッチと柔軟体操を終えると、スイートバレットの持ち歌プレイリストで30分ぶっ続け。前半の練習は麻衣に追い付くためのものだ。入れ替わっていたあの日、麻衣のダンスはひときわ輝いているように見えた。まずは、そこに追いつかなければならない。思い描くのは、自分には真似できない笑顔を振りまく姉の姿。6曲めにあるターンは過去最高に上手にできたと思った。ラスト7曲目になると、暖まってきた身体全体が音楽を掴む。腕だけ、脚だけの振り付けも意識はのどかの全身だ。ここまでキレが良くなれば、そろそろ麻衣に追いつけただろう、と自信も湧いてくる。


のどかが日々踊りまくっているある日、スイートバレットの、横浜赤レンガライブが決定した。桜木町駅から海の方へ歩いていくと、かつて税関の倉庫として使われていた明治時代のきれいに改装された二棟のレンガ造りがある。

「どかちゃんセンター曲は、もう少し先のお披露目だからね?」

「つまんないのー」


ライブ前日。のどかは藤沢の麻衣と同居しているマンションへと戻る。女優に戻りつつある姉は忙しく、この日も20時過ぎだというのに留守だった。

「お姉ちゃん、遅いなあ。そうだ」

家を出てすぐ向かいのマンションに向かった。ただの気まぐれだが、明日の土曜日、もしかしたら見に来てくれる人が住んでいる。


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