横浜ライヴその3

「これで少しは近づいたかしら?」

麻衣は金色のヘアマニュキュアでもうひとりの麻衣を金髪に染めた。

「うぅー……」

目尻に涙を浮かべながら、もうひとりの麻衣、の姿をしたのどかの髪型をセットする。ウィッグをかぶらせることも考えたが、激しいダンスにただかぶせるだけのウィッグが耐えられるわけがない。であれば、のどかの長さに黒髪をバッサリと切り落とし、染めるしかのどかに寄せる方法はなかった。鏡写しの2人の麻衣から、一人はのどかのコスプレをした麻衣になったのである。

「お姉ちゃん、やっぱり……」

「だめよ。お客さんが待っているんだし、スイートバレットはあなただけのものではないでしょ?」

卯月、蘭子、八重、ほたる、ともに必死に踊ってきたチームメイトの顔が浮かぶ。宇宙にかける7色の弾丸、それがスイートバレットなよだから。

「わかったよ、お姉ちゃん」

「うん……。同じ顔でそう言われるとやっぱり違和感があるわね」


初秋の横浜は、その陽気と休日のイベントが重なり大混雑だった。横浜はいつもこういう街である。おしゃれなだけじゃなく、開港の時代と現代をつなぐ玄関口だ。

「のどか、雰囲気変わった?」

「気合い入れてきちゃった」

「気合で顔は変わるかなあ?」

「変わるもんだよ。みんな、今日も大成功目指して行こうっ!」

今日のライブのために、さんざん特訓をした。大丈夫、もうお姉ちゃんよりずっと鮮やかに踊れる! その自信がのどかを奮い立たせる。

今頃麻衣は撮影中だろうか。ちらちらと山下公園の方を向いてみるが、大さん橋越しに伺うことはできない。客席は前の演奏をしていたアイドルが十分に温めておいてくれた。だから、いつ曲が始まっても心配はない。今日のMCはのどかが大抜擢で、普段よりも多い観客、スイートバレット以外のお目当てがあって来たお客さん、横浜観光の人たち。日の燦々と当たるステージで、のどかは全然物怖じしはしなかった。あとから思い返してみれば、あのときは不思議なスイッチが入っていたのだと思う。自分はのどかであって、麻衣でもある。あの、国民的女優・桜島麻衣の姿をして、絶対にヘマなんてあり得ない。さらに麻衣に負けないダンスの修練もあったのだ。負ける気がしない。思春期症候群にはもう踊らされない。私は自分の舞いたいように踊るのだ。


「こーんにーちはー! スイートバレットでーすー!」

思いっきり、マイクを遠ざけて叫んだ。瞬間をおいて、大歓声がわいた。

「どかちゃーん!」

ありがたい、スイートバレットのファンの叫び声が聞こえる。

「ありがとー! どかちゃんだよー!」

「どかちゃーん!」

今度は複数人が追唱した。もしかしたら、この中に咲太の声も混じっているかもしれない。って、なんで今、咲太のことを考えたんだろう。

「まだまだー、聞こえなーいぞー!」

「どかちゃーーん!!」

「声が揃っていないぞー!」

「どかちゃーーーん!!!」

「あーりがとおーー!! じゃあ、スイートバレット、行くぞー!」

メンバーの叫び声とともに、7色のスポットライトがステージを交錯する。ガールズロック調の小気味良いリズムに、兎月のジャンプで開幕した!


麻衣の身体は、さすが姉妹だからかのどかのものと使い勝手は変わらない。むしろ長い脚でステップは軽やかになる一方、ステップの幅を気をつければいい。しなやかな腕は十分に魅了するしなを生み出し、他のメンバーから一人飛び抜けて完璧なダンスとなる。爆音の演奏にメンバーのボーカルが絡みつき、波のように客席を飲み込んでいった。「どかちゃん」というニックネームも、気のせいではないだろう、何度も呼ばれている。できるだけ笑顔で答えていく。1曲目の3分半は、弾幕一斉射撃のように流れていった。


「みんなありがとう! スイートバレットのリーダー、広川卯月だよー! はじめましてのお客さん、卯月の顔と名前だけでも覚えていってくださいねー!」

「スイートバレットの方を覚えてもらおうよ!」

鋭いつっこみで客席から笑い声がくすくすと聞こえだした。いつもの卯月のテンポにみな飲み込まれて行くのがわかる。脇に置いてあったペットボトルでひと口、喉を潤した。

「麻衣さん?」

微かに、こちらに向けて麻衣を呼ぶ声がした、気がした。しかし、それは気のせいだろう。

かわって、スローバラードな2曲目が始まる。ジャジーな、可愛くも儚いメロディ。感じられる湿度は、思春期症候群を思い出す。一人ひとりのダンスシーンがあるこの曲は、全員一致でやりたいとなった曲だ。このダンスに、一体どれだけ熱を注ぎ込んだか覚えていない。のどかのパート、八重から引き継いだダンスは波のダンス(と呼んでいる)。七里ヶ浜の寄せては返すさざ波のように、全身を使ってアダルティに魅せる。これが、麻衣の身体だからなおさら魅力的なのである。群衆は歓声も忘れのどかの踊りに吸い込まれていった。


「スイートバレットでしたー! 渋谷とか、あちこちのライヴハウスでやってるから、みんな遊びに来てねー!」

3曲目も終わると、卯月が締めのMCに入る。へとへとだったが、今までで一番の出来だった。望まずも思春期症候群と麻衣のおかげで、素晴らしいライヴだった。

「ところで、今日は、皆さんに世界最速、新曲発表があるんです」

客席が爆発したかと思った。

「どかちゃんセンターの新曲、ブルー・シンドローム!」

更なる歓声の中、のどかは聞いていないよ、と思ったが、踊りも歌ももう完璧に出来る。しかも、今日のコンディション。やってやろうじゃないの、と口角が緩んだ。すぐにイントロが流れ出す。


正統派アイドルチックなポップな曲。全員の視線をまとめて浴びる心地は、麻衣の受けている注目にも負けていない。サビに差し掛かり、くるっと可愛いターン。女優とアイドル。お姉ちゃんはお姉ちゃん。私は私。それでいいじゃん! と思った直後、自分が二人に割れた感触がした。そして、のどかはのどかに戻ったと自覚して、120%のダンスをぶつけていった。


客席の後ろの方で、眼鏡とポニーテールで変装した麻衣といつもどおりの咲太は、

「あっ、戻った」

とのどかの晴れ姿を見守り続けていたのだった。

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