横浜ライヴその2

これまでののどかならば、梓川咲太の家、というだけでは訪れなかっただろう。ブタ野郎だし。

「のどかさん! こんばんは!」

元気いっぱいパンダガールのかえでは咲太の妹だ。中3だがのどかよりも背も高く発育もよい。

「こんばんは。咲太はいる?」

「はい。のどかさんもお兄ちゃんに会いに着たんですね」

も? という助詞に覚えた違和感も、すぐに払拭された。リビングから聞こえる、屈託のない笑い声は麻衣のものであったからだ。

「のどか、おかえり」

「おかえりってことは、もう麻衣さんはうちの子なんですか?」

「そうすると、咲太をこき使えるわね」

「なんでそうなるんですかッ!」


のどかは、3枚のチケットをバッグから取り出す。

「よかったら、なんだけど、明日横浜でライヴがあるの。来てよ」

「おう、サンキュな」

「咲太、あんたも来ていいわよ」

照れ隠しに言うが、来てくれるみたいで、少しうれしかった。

「ごめんねのどか。私は撮影があるの」

「いいって、お姉ちゃん忙しいからね。赤レンガの前なんだけど……」

だいたい何時頃がスイートバレットの出番なのかを説明すると、「それ、もしかしたら見に行けるかも」と麻衣が言った。

「山下公園で撮影があるの。この前、私が踊った曲なら、一緒にやりたいなあ、なんてね」

それも悪くないかもね、と思う。咲太も見たいという中で、かえではずっと申し訳なさそうにチケットを握っていた。

「かえでは……」

「いいのよ。かえでは来たくなったらいつでも特等席を用意するからね」

「本当ですか?」

「豊浜、なんなら今一曲踊っていくか?」

そんなに派手に飛び跳ねたりしなければ、と咲太は言った。かえでのきらきら輝いた瞳に当てられて、のどかは立ち上がる。スマホで音源を流し、もう麻衣には負けないと特訓した成果を見せるときがやって来た!

五分後。かえでの大喝采に気分を良くして3曲も踊ってしまったのどかは、10時も近い夜道を麻衣と家に向かう。

「ねえ、のどか。あなたすっごく練習したんだね」

「わかる? 毎日ずっと踊っていたんだよ。だって次期センターだもん」

桜島麻衣の装ったどかちゃんには負けない! という本音は、今は隠しておいた。それに、家の中では6割くらいの力しか発揮できなかった、ということもある。全力全開の豊浜のどかは、明日ピークを迎えるのだ。シャワーを浴びて、ベッドに横になると、瞬時に睡魔に襲われた。


翌朝、目が覚めると、自分の身体の感じが違う。重いというか、筋肉が落ちてしまったように思う。でも肌はのどかよりもずっと白く透き通っていた。

「お姉ちゃん!?」

驚いてこの状況を叫ぶと、案の定自分の口から麻衣の声が出た。思春期症候群。姉妹で姿が入れ替わったあの日々が鮮明に蘇る。

「どうしたののどか」

叫び声に驚いて、ノックもせずに麻衣が部屋に入ってきた。

「お姉……ちゃん……?」

「私……?」

入れ替わりの失敗。

この部屋には今、2人の桜島麻衣がお互いを見つめ合っていたのだった。



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