自動人形の夢の先

唯月湊

自動人形の夢の先

 これは、まだ空を飛龍が駆け、森には妖精が棲み、人々の隣には魔法が存在していた遙か昔の話。


 蒸気をあげるむき出しになった鉄骨に、あちらこちらから何を動かしているかもたどれぬほどの大量の歯車の音がする。まるで精密時計の中にいるような、ガスに煙る機械の街。その街はいつでも夕暮れにいるようだと、いつの頃からか「黄昏の街トワイライト」と呼ばれていた。


 遠く離れた海の向こうには、くすまず澄んだ青空が広がり綺麗な音色を奏でる石細工が煌めく海があり、油を差さずとも動くしなやかな身体の「人間ヒューマン」や、かたや機械を用いずとも空を駆け、かたやその声だけで船を沈める「亜人デミヒューマン」など、この街に幽かに遺ったおとぎ話の中に出てくるような「魔法」があふれているのだという。

 それに比べて黄昏の街の彼らときたら、人型にして人には非ず。機械の心臓にピストンのうごめく腕。その肌は銅で出来、身体はオイルが巡っている。

 それでも彼らの胸には意志があり、心を得てこの世界に生きていた。

 繰り言にも似た想像力を得た彼らは、その技術の粋を尽くして街を広げ、その魔法の街にはない機械細工を売り、魔法の街から機械の一切入らない品々を買うことを生業としていた。

 そんな街で一人暮らすのは、全長百センチ、重量三十キロの自動人形リトルトイ。古くは外の世界へ出荷されるための主力商品の自立型愛玩人形だった彼は、型落ちとなってこの街に残ることになった。製造工場の片隅で蒸気機関に火を入れられ、その小さな体躯で小間使いのようなことをして暮らしていた。そんな彼に名前はなく、ただ「リトルトイ」と呼ばれるだけであった。

 彼に火を入れたのはこの自動人形製造工場の工場長で、たまたま工場の廃棄倉庫の片隅に埋もれていたリトルトイを見つけたのがきっかけだった。人手ならぬ「機械手」ならば多い方がいいのも確かだった。動けば儲けモノ、という考えがあったことを、彼は否定しないだろう。

 そんなことをリトルトイが知っていたかは分からない。けれど彼はこの身体に蒸気いのちを吹き込まれたことを喜んだし、自身の機械回路に刻み込まれたものよりも随分と進んだ技術や世界に興味を示した。


 自分の身の丈よりも大きな荷物――完成品の入った箱をよいしょと抱え、前も見えないままによたよた運ぶ。左右に揺れるたびに出来上がった人形がガタゴトと箱の中で左右に揺れる。中から転げ落ちてしまうのではないかと思えるほどだが、そんなこともなく出荷予定品の荷置き場までたどり着く。

 がしゃんと音をさせてそれらを下ろせば、今日の仕事は終了だった。荷置き場には、今日出来上がった人形の箱が三十箱。

「おつかれさまだ、リトルトイ」

「おつかれさまです、工場長」

 声をかけてきたのは、この工場を取り仕切る工場長。

 子ども向けの商品として作られたリトルトイは、使用者がさわったときのことも考えて、ある程度人間が抱きやすいよう持ちやすいよう、鋼を曲げたり不要に革で覆ったりと装飾をほどこされている。

 だがこの工場長は完全に現場用の機械人形。四角くがっしりとした胴体に正方形の鋼の頭。体内の歯車の音も隠す必要がないから外までがちがちと聞こえている。

 おつかれさま、と彼らは言ったが、機械の彼らに「疲れる」という概念はない。それでも、工場長はいつもリトルトイに「おつかれさま」という言葉を告げ、リトルトイはそれを復唱するように返すのが仕事終わりの挨拶だった。


 彼らの街に人間はいない。リトルトイが生み出されるより遙かな昔、この街を築いたのは人間だったのだという。彼らは魔法を持たなかったが故に知識を深め、技術を高めた。それが世界に、人類という種にどれだけの影響を与えるかなど分かっていなかったのだ。

 結果、空気を侵す蒸気は人々の体を蝕み、街に接する海は酸に侵された。彼らはこの街を捨て、自分達の生きられる土地を探していった。

 遺された彼ら自動人形は、彼らだけで生活を始める。そこには人への憧憬があったが、この街でその生を謳歌するという意味では酷く人間らしくあった。


 ある朝。いつものように休眠状態から再起動したリトルトイは、その異常に首を傾げた。視界の半分が黒く塗りつぶされていた。まるで、左目を何かで覆われたようだった。今まで体に異常を覚えたことなど一度もなかったのに。

 初めは左目を何かが覆っているのかと思ったから、リトルトイは初め左目をこすってみた。けれど、そこには当然のように何もなく。リトルトイは首を傾げる。

「工場長、工場長。左目がずっと夜のままなのです」

 リトルトイはそう工場長へと訴えた。工場長は首を傾げた。なにぶんリトルトイは旧式で、この工場には彼と同じ型式の自動人形はすでに在庫が存在しなかった。そのため、彼が何かの異常を訴えたところで原因を探すことから始めなければならなかったし、この工場はそんなに時間を割いてくれるような場所ではなかった。

 結果として、彼の左目はその日から失われることになった。それでもリトルトイは少し不自由に思ったくらいで特に困ったこともなかったし、距離感が分からず時折つまづいて転ぶことを除けば仕事に支障もなかった。その視界不良も慣れれば仕事をうまくこなすことが出来た。

 そうして何も変わらないリトルトイの日常にとっては大きな、街としては少し特別な出来事が起きた。

 街に、人間の旅人がやってきたのだった。

 その旅人は、長い外套を着た背の高い男だった。わざわざ身体の危険を冒してまでこの街にやってくる「人間」は変わり者だ。けれど時折、そんな人間がやってくるのだと工場長は告げた。

 工場長はこの人間に工場の中を見せてやるように、とリトルトイに仕事を与えた。機械を動かすために工場長は手を離せないし、解説をするだけならリトルトイだけで事足りた。

 リトルトイは人間を見るのが初めてであった。関節に継ぎ目もなく、ふれればなめらかな肌が覆っていて温かい。聞けば年齢――リトルトイ達自動人形にとっての稼働年数のことを指すらしい――は二十五。新しい知識を手に入れることが目的で、いろいろなところを回っているらしい。

「たどり着くには大変だったよ。けれどすごいね、この技術は。僕たちとは全然違う。来てよかった」

 目に硝子のレンズが入っているわけでもないのに、旅人の目はきらきらと輝いて見えた。

「しかし、驚いたなぁ。こちらでも同じ子に出会えるとはね」

「?」

 リトルトイは首を傾げた。同じ子、とは何だろう。

 旅人はリトルトイへにこりと笑んだ。

「キミと同じ型の子どもを、僕は向こうで見てきたよ」

 随分古い型だと聞いたから、もう残っていないと思っていたよ、と彼は告げた。その言葉に、リトルトイは立ち止まる。

「ボクと同じ?」

「あぁ。向こうは女の子だったけれど」

 自分達自動人形に「性別」という概念は無い。それでもリトルトイがその「女の子」という言葉を知っていたのは、かつて人間がこの地に残していった「書物」を見たことがあったからだ。何でも、自分は「男の子」という型で作られたらしく、それの対になるのが「女の子」なのだという。

「キミのように働いてはいなかったね。向こうには蒸気機関、君たちの命の源がないから、動かすこともマレなのではないかな」

 最近は蒸気で動かすタイプの自動人形のほかに、「魔力」を込めて動かす「街向こう用」も多い。


 もしやすると、と工場長はある日告げた。

「その自動人形の部品をもらえば、キミの目は治るかも知れないぞ、リトルトイ」

 既にリトルトイの部品を作る生産ラインは廃棄されており、新しく部品を作ることは不可能だった。けれど、既にある物と交換するだけならば、リトルトイ一人でも事足りる簡単な作業であるのは、彼自身も分かっていた。

 もし使っていないのならば、その部品をもらえばいい。


 話がついて三日後。旅人がこの街を離れる日。

 リトルトイは旅人と共に街を出ることになった。


 初めてガスに覆われた街を外からリトルトイは見た。広がる視界には一面の水と波が広がる。うわさに聞く「海」だった。歯車がかみ合い鉄筋のぶつかる音も蒸気が噴きあがる熱さを孕んだ風もない。片目が夜のままなのが残念ではあったけれど、それでも十分に綺麗な光景だった。


 旅人に連れられてやってきたのは港町だった。大小の石が固められた路地を旅人について歩む。鉄板の肌と歯車の関節は珍しいのか、すれ違う皆が振り返った。けれど、リトルトイにとっては、人で言う耳の部位に羽を生やした青年や、ふよふよと宙に浮いて滑るように移動する少女などの方が随分と珍しかった。そのしなやかな体躯や滑らかな声音は、リトルトイが思い描いた「外の世界」そのものであった。

 そうして、旅人はひとつの屋敷にリトルトイを連れてきた。どうやらこの屋敷の主と彼は顔なじみらしく、旅人を見た屋敷の主は彼とリトルトイを歓迎した。

 この街にはリトルトイのような自動人形を動かすエネルギーである蒸気がない。だからこそさほど動かしてはいない、と旅人は言っていたのだが。

 通された部屋で、ぱちくり、と。自分と同じ瞳を瞬(またた)かせて、自分と同じ顔をした、自分と同じ背丈の少女人形はリトルトイを見つめた。

「あらあらまぁまぁ、あなたは私の兄さんかしら?」

 小首を傾げて彼女は問いかける。突然の言葉に、リトルトイは反応が出来ない。

「それとも私の弟かしら? どっちにしても素晴らしいわ。私と同じ形の子どもは初めて見たの。本当に私たちそっくりね。素敵だわ。憧れだったの」

 彼女はリトルトイの両手を包み込むように取った。自分と同じ鉄板の手は冷たい。表情などつけられようもないほどに硬い鉄と歯車の顔なのに、彼女は自分よりも随分と表現が豊かだと思った。

 彼女の口は止まらない。その言葉の奔流に流されながらも、少し気になった言葉をどうにか捕まえ、リトルトイは尋ねる。

「何に、憧れていたのですか?」

「きょうだい。ロット番号は私の方が早いから、私の方がお姉さんなのかしら」

 脳裏に記録された製造場所とロット番号。それは首後ろにも刻まれている。彼女はそれをそう首を傾げた。リトルトイはそんな彼女をガラス玉の目で見る。

「人は、同じ人間から生み出された者を「きょうだい」と呼ぶのだそうよ。私達は同じ工場で作られたのだもの。それならば、人間でいうなれば「きょうだい」だわ」

 そう彼女は嬉しそうだった。ようやく、リトルトイは彼女に一つ言葉を告げる。

「あなたの名前は、何というのですか?」

 名前は大事なものらしい。リトルトイは自身の名を、工場長がリトルトイの収められていた箱に書いてあったロゴからつけられたことを知っている。名を問われた彼女は、その機械仕掛けの口を開く。

「リトル・レイディが私の製造名称だけれど、長すぎるのですって。初めの持ち主は、最期まで私をリディと呼んだわ」

「初めの持ち主?」

 彼女が話すことには、今の持ち主は二人目なのだという。一人目は小さな女の子だったのだが、ある日突然いなくなってしまったのだと。

「人間は「病気」や「事故」で簡単に命を落としてしまうのね」

 人は部品を治すことがとても大変なのね、とリディは告げた。

 ここへリトルトイを連れてきた旅人は、しばらくこの家に滞在するのだという。その間に、リトルトイはリディから故障した左目の部品をもらえばいい、と彼は言った。もしも彼女が稼働していないのなら話は簡単だったのだけど、と彼は告げたが、その言葉の意味をリトルトイが理解するのはもう少し先の話となる。


 彼女の動力部に蒸気の火が入れられたのは、たまたまそれを手に入れたから、という主のほんの少しの幸運と、単純な好奇心によるものだった。この街では異国文化が流行り始めたらしく、自動人形もそれにあたるらしい。

 せっかくだ、と主一家はリトルトイも屋敷に滞在させることにしてくれた。

「ねぇリトルトイ。あなたはどうして今日ここに来てくれたのかしら?」

 リトルトイは、小さく首を傾げた。彼がここへやってきたのは、その目の「故障」を直すため。彼女に部品を提供してもらうため。

 けれど、それを言うことにためらいを覚えた。それが何故かはわからなかった。


 あなたの目をください。それで僕は直ることができるのです。

 その言葉が言えずに過ごすこと一週間経ったその日に、異変は起きた。リディは機械の瞼をぱちくりと瞬かせて、ぺたぺた、と鉄の手で自身の右目に触れていた。

「どうかしたのですか?」

「おかしいわ。右目がずっと夜のままなの」

 きちんと目は開いているのに。そう彼女は首を傾げる。その光景を、リトルトイはしばし何も言わずに眺めていた。

「僕も、片目はずっと夜のままです」

 そう、零れ落ちるような声でリトルトイは告げた。そして、もはや自分達の部品を作っている工場はこの世界にはないことも伝えた。リディは「あらあら困ったわ」と小首をかしげた。

 何故か、ほんの少しだけ落ち着かなかった。

 リトルトイの障害は左目。リディの障害は右目。今でも、どちらかの部品を相手に渡すなら。片方は上手く修理することができるのだった。けれど、リトルトイは彼女の部品をもらうことをためらった。だから、こうしてやるかたなくこの屋敷の雑用係をやっている。

 けれど、もしも。リディがリトルトイと同じようには思わない人形だったとしたら。

 その目をちょうだい、と頼まれたら。

 そう思うと、リトルトイは胸の辺りがざわりとするのだった。


 そうして次の日。障害が起きたのはリトルトイだった。朝休眠状態から起動すると、相変わらず左目は見えないまま。そして、どこか音が遠く感じた。朝を告げる鳥のさえずりも、首を傾げたときに鳴る、錆びつきかけた己の歯車の軋むそれも。

「おはよう、リトルトイ」

 やってきたリディはリトルトイにそう告げたが、その声もどこか遠い。発声器の異常がなければいいのだけれど、自分ではそれも分からない。

「世界はとても静かになってしまいました。リディの声もどこか遠くに聞こえます」

 そう告げてみれば、どうやら通じたようだった。ぱちくりとその目を瞬かせ、リトルトイの周囲を回るようにして両耳を見、触れる。けれどどうにも、音は遠いまま。

「どうしてかしら。けれど、片方でも聞こえるのなら、まだお話は出来るの?」

 リディは再利用の出来る紙とペンを取り出しながらそう問うた。意思疎通にはさほど問題がないことが分かると、彼女はそれをしまい込む。

 そして、屋敷の主人へリトルトイとリディ本人の状況を説明しに向かった。

 けれどそこで向けられたのは、ひとであるのにぬくもりの欠けた視線と、そっけない言葉であった。


―― 壊れたものに 用はない ――


 今ならば新しい型の自動人形も数多く出荷されている。型落ち品に元よりさほど興味はなく、たまたま倉庫の奥で埃をかぶっていたものを見つけたから、最近の流行に乗ってみたかっただけ。それ以上でもそれ以下でもない、と主は言った。

 屋敷へと戻ってきていた旅人は、主にそう告げられる彼らを見て気づかれぬようなため息をついた。

「だんなさま。私たちは、私は、いらない子ですか? 人間は、物を愛すといいます。私たち「『リトルドール』は、そのために作られたのです」

 その言葉に、何をおかしなことを、と言わんばかりの目を向けたのは主だった。

「あいしているよ。こころから。けれど、壊れてしまったなら仕方ない。取り換えも利かないとなれば、捨ててしまうしかないだろう」

 はじめから、壊れるまでの短い縁で、小さな命であったことには何の代わりもない。心を持たぬ機械人形に、砕く心はない。例え人の身を模していても、結局はただの「人形」だ。

 その言葉を、リディはただじっと聞いていた。主はそのまま部屋を去っていった。

「――私を引き取って、命を吹き込んでくださったのは、だんなさま、なのに」

 そう小さく呟いた言葉を、聞き取ったのはリトルトイだけだった。


 すぐに捨てることはしないと主は言った。

 けれど、リトルトイとリディの機械の身体は不具合を起こし続け、出来ることは段々に限られていった。

「人はこれを「老い」と呼ぶのかしら」

 リトルトイにはわからなかった。彼らの身体に起きた不具合は、確かに経過年数による部品の摩耗であったり破損であったりした。「形あるものは、全て壊れる」と工場長が昔リトルトイに告げたことを、良く覚えている。自分達も同じことなのかもしれない、と彼女は言った。

 そして徐々に、主が彼らふたりを見る目が変わっていったことを、リトルトイもリディもしっかりと覚えていた。彼らに気に掛ける者達も徐々に減り、そのうち彼らも部屋から出ることが難しくなっていった。

 そして、彼らに残された満足に動く部位は、リトルトイが左腕と右目と発声器。リディは両耳と左目と右手。お互い違うところを喪った。どちらかどちらかの部品を渡せば、きっとまともな身体になれように、それがお互いわかっているにもかかわらず、ふたりはただ手を繋いで、最期の日を待っていた。


 とある夜。リトルトイがあの機械の街を出てリディに出会って、半月。旅人がふたりの部屋へやってきた。部屋と言っても、かれらはもはや倉庫のような場所に置かれていた。よもや歩くこともままならぬ。聞けば、この屋敷は新しい自動人形を買い入れたという。かつてリトルトイが働いていた工場で作り上げられていた最新型。

「君達は、まだここにいたいかい?」

 旅人はそう尋ねた。ほぼ置物のように扱われるここよりは、せめてあの機械の街へ帰った方が、まだ少しはいいのではないか。そう彼は言うのだった。

 けれど、ゆっくり顔を動かして、隣のリディと顔を見合わせた。考えていることは同じなようで、少し面白くなった。

「いいえ、ここで良いのです」

「えぇ、どこに行っても、きっと同じことだもの」

 そうふたりは手に手を重ねて彼を見上げる。どこにいても、となりにこのきょうだいがいれば、何の変わりもないのだった。

 そうか、と旅人は笑った。彼はこれからまた旅立つのだという。次は寒い冬の国に行くのだとか。少し楽しそうだなとは思ったので、もし戻ってくることがあるなら話を聞かせてください、と言づけておいた。旅人は柔らかく微笑んで、また来るよと出て行った。

 何も出来ぬ彼らの部屋の時計がなる。休眠時間の合図だった。

「ねぇリトルトイ。なんだかちょっぴり、今日は疲れてしまったわ」

「そうですね。僕も少し、疲れてしまった気がします」

 隣を見れば、同じ顔をした姉の姿。その口が「ごめんね」と言ったように見えたけれど、言葉を聞けないリトルトイには意味がなく、もし聞こえていたとしても彼に後悔など無いのだった。

 それをどうにか伝えたくて、リトルトイは彼女の手を取った。彼らに残された、意志を伝えるその器官。時に文字を書き、その鉄の手を握り、隣に確かに生きているのだと理解する、そのための器官ですらある気がした、彼女の手。リディがこの「手をつなぐ」という行為をどう思っているのかは、リトルトイには分からなかった。それでも、嫌に思っていないと良いなと思った。


「こんな日に、夢を見るのかもしれないわ」

 人は夢を見るのよと、唐突に彼女は言った。空想にあふれたものや、生きる世界と地繋ぎのもの、様々な夢を見るのだという。もし自分達のような存在であっても夢を見ることが出来るのなら、一体どんな夢だろうと。ふたりはそう夢想する。


 人の心を持たぬと言われた自分たち自動人形。

 それならば、ふたりここで一緒に居たいと思うこの気持ちは一体なんなのだろう。

 その答えを出してくれる人は誰もいないけれど、自分と姉のリディの中にあればいい。


 次に目を覚ますその世界は、自分たちに優しい世界であればいい。

 ふたり手を重ねて、どこか曖昧に笑むように。リトルトイはその機械の目を閉じた。


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