第5話
その日は期末試験だった。日頃の怠けた授業態度のツケが回り、案の定、開始5分でやれることはなくなっていた。
試験は壊滅的でも出席点だけで単位はなんとかなるだろう。そう高をくくり、早々に試験を諦める。
頬杖を突き、何気なく窓の外に目をやると、例の彫像が目についた。彫像への興味を失ってから既に2、3ヶ月が経ち、その存在もすっかり忘れたところだった。
あれから頭部はどうなったのだろう、どんな顔になったのだろう、と妙に気になりだした。机の上に身を乗り出して、目を凝らしてみる。
最初はちょっとした胸騒ぎだった。なんだろう、この違和感は――。
彫像の顔に見覚えがあったのだ。違和感の正体を見極めようと、さらに身を乗り出して目を細める。
そこで、ある突飛な考えが頭をよぎった。まさか――?
いやいや、あり得ない、きっと勘違いだ、似ているだけに違いない、と厭な予感を必死に頭から振り払おうとする。――が、すぐに無駄だとわかった。
彫像は完成していた。少なくとも、そう見えた。
ひどく漠然としていた相貌も、今では微笑を湛えた表情がはっきりと読み取れる。口角はくいっと上がっているが、目はしっかりと見開いたままだ。
それは図書館で見たアルカイック・スマイルと同じ表情だった。
悪寒が背筋を走り抜ける。間違いない、確かに見覚えがある。私はあの彫像の顔を知っている。
あれは、私――。あそこにあるのは、私の顔だ。
いや、顔だけじゃない。体もそうだ。あの彫像は――
私だ。私の彫像だ。
衝撃と混乱と恐怖に襲われ、体が石のように固まる。
目の前で何が起きているのか、これが何を意味しているのか――。思考が間に合わず、ただただ疑問が脳裡を渦巻く。
しばらく呆然とした後、私はようやくあることに気付いた。彫像と目が合っていることに――。
彫像はじっ――とこちらを見上げていた。
私にそっくりな彫像の――、あの空虚な目が、私を捉えていたのだ。
顔のない彫刻 東方雅人 @moviegentleman
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