恋だか、愛だか、しらないけれど。
三枝 早苗
第1話
私が、住むアパートの部屋の隣に美代ちゃんっていうお姉さんがいた。
美代ちゃんの部屋は、観賞植物がごちゃごちゃと、たくさんあって、それは、私に魔法使いを連想させがそれ以外はいたってシンプルだった。
玄関口には、一足のスニーカー。キッチンには、数少ない食器。テレビもなくて、鏡台には、ブラシと香水。
美代ちゃんの部屋は私のへやよりもずっと広かった。
私は、大人だけど、大人なのか子供なのかわからない美代ちゃんがなんだかとても素敵に思えて、週末はよく遊びに行った。
美代ちゃんは、週末は大抵、ショートパンツにTシャツとか、ジーパンにキャミソールみたいな適当な装いで、いつも私においしいコーヒーを淹れてくれた。
その日も、私はいつものように美代ちゃんの部屋のインターホンを押したら、ドアを開けた美代ちゃんの髪は珍しく寝癖がついていて、いつも一足しかないスニーカーの隣に、ひとまわりくらい大きい男物のスニーカーがあった。
美代ちゃんの肩の奥に立つ男の人と目があった。少し、日焼けしてて身長が高くて、パンツ一丁の美代ちゃんみたいな可愛らしい顔したその人は、私と目が合うと驚いた顔をして会釈した。
朝、こんな風に一緒にいるってことは、つまり、そういうことよね、私はボーッとパンツ一丁の、その人を見ていた。
「これ、おすそわけです。」
私は、母から渡された肉じゃがを渡して、家に帰った。
家に帰ると美代ちゃんも普通の女の人である、という実感が急速に私を侵食して、急速にむなしくなった。
美代ちゃんは、魔法使いではなかったのだ。
きたない。私は、声に出して呟いた。
母から盗み聞きした話によると、私は、母と元父の性欲の発散で排出されたものらしい。
そのまま、父だった人はどこかへ逃げてしまったんだとか。
「あんな男にひっかかるもんじゃないよ。」母は、いつもそう言った。多分、私のことは昔より大切に思ってくれてるんだと思う。
男と女って結局そういうものなんだ。それをわかっている私は、恋なんかに時間を捨てたことなどない。
だけど、まさか、清純でまっすぐなはずな美代ちゃんもあっち側の人だったのか、と思うと悲しくなった。
「俺、一条さんのこと好きだよ。」
よく笑う、跳ねた髪がかわいい男の子にそう言われたとき、とても戸惑ってしまった。
同じクラスのその男の子は、とても優しくて、素敵な子だったから。
「こないだは、ごめんね。」
部屋の前で、美代ちゃんと鉢合わせた。
「いえいえ。」
「今から、ちょっと家寄らない?」
美代ちゃんは、笑うと、いっつも目が細くなる。
「じゃあ、お邪魔しようかな。」
断る理由もない私は、適当にあわせて、美代ちゃんの家にお邪魔することにした。
美代ちゃんの部屋には、以前なかったソファが二つ仲良く並んでいた。
「どうぞ。」
美代ちゃんが差し出したマグカップが、美代ちゃんの持っているものと同じデザインなのに驚いた。ここにはセットで揃っているものなんてなかったから。
私が、美代ちゃんのコップを見つめていると、美代ちゃんは
「私が使ってるのが健太のだから気にしないで。」
と笑った。
美代ちゃんの淹れたコーヒーは相変わらずおいしかった。
それに、相変わらず美代ちゃんは、子供みたいな雰囲気をまとっていて、部屋の観賞植物はごちゃごちゃしてた。
美代ちゃんは、恋人がいても、結局魔法使いに変わりはないのだ。
みんなを安心させるちょっと危険な魔法使い。
もしかしたら、この間の男の人﹙健太さんだっけかな。﹚も美代ちゃんのそんなところに惹かれたのかもしれない。
「そういえば、クッキーがあるんだけど食べる?」
美代ちゃんは、ますます美人になった顔で、私を見た。
私は、家に帰ると1番に、名簿を見ながら電話をかけた。
「もしもし、一ノ瀬くん?」
恋だか、愛だか、しらないけれど。 三枝 早苗 @aono_halu
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