第89話~喜び~

~シュマル王国・王都エメディオ~

~「陽羽南ひばな」リリン通り店~



 それからはもう、酒が出るわ出るわ。ジャガイモのバター醤油も豆腐田楽も、なんならカボチャのサラダも食べ終わり、追加で枝豆とマグロの竜田揚げも注文し、その度に日本酒と米酒が追加注文され。

 結果的に一升瓶1本分くらいの酒が出たあたりだろうか。両親がナタニエル三世陛下や他のお客さん、ホールのスタッフに絡まれて、恐らくは僕についての話を聞かされている中で、僕の後方からカカン、と炒め鍋をお玉で叩く音が聞こえた。

 振り向けばそこでは、大皿いっぱいに焼き飯を盛り付け、形を整えているジーナがいる。焼き飯の上では切り分けられた牛肉が、キラキラと輝いていた。


「マウロ、焼き飯上がったわよ」

「ありがとう。姉貴、出してくるか?」


 出来栄えは上々、見栄えも完璧。さすがはジーナ・カマンサック、手慣れたものである。うなずきつつ深さのある取り皿2枚とスプーン2つをカウンターに置くと、片手でそれを取りながらジーナはするりとキッチンからホールに降り立った。


「サンキュ。ごめんエティちゃん、あたし出るわ」

「はい、お願いします」


 エティももはや止めることはない。というより店内が盛況すぎて止める理由がない。何しろフロアは大盛りあがり、あちこちのテーブルで飲めや歌えやの大騒ぎだ。

 そんな人の群れを切るように、ジーナはまっすぐ歩いていく。そしてそのまま壁際一番奥、C6卓の前に立つと、それまでの所作が嘘のように大皿と取り皿を静かに、そっと置いた。


「お待ちどうさま。牛肩ロース肉のスパイシー焼き飯でーす」


 どこか誇らしげな声でジーナが言うと、イドとベティナの顔が驚きと期待に満ちた。牛肉料理をリクエストして、飯ものが出てくるとは予想もしていなかったのだろう。それまでの中で肉らしい肉が料理として出てこなかったから、恐らくは余計にだ。


「わぁ……いい香り」

「リクエストの牛肉をどう使うのかと思っていたが……こうするとは」


 スパイシーな香りに目を細めるベティナと、牛肉の使い方に驚きを隠せない様子のイド。二人の表情を見て嬉しさで目を細めながら、ジーナは分かりやすく胸を張った。


「こういう使い方もアリってわけよ。面白いでしょ? あたしもあっちに行ってこういうの学んだってわけ」

「……ふん」


 ジーナの言葉に一瞬だけ眉間にシワを寄せ、イドが焼き飯の上に乗せられた牛肉を取った。

 この焼き飯はご飯に刻んだ牛肉、タマネギ、長ネギを加えてたっぷりの油で焼きつつ、別に焼いた牛のステーキを乗せた豪華な一品だ。シンプルだからこそ、肉の旨味とスパイスの香りが映える。そしてもちろん、それだけが自慢ではない。

 イドも、イドに続いて肉を取って口に運んだベティナも、二人共が肉を咀嚼しながら目を見開いていた。


「ん……柔らかいな」

「中までしっかり火が通っているのに、この柔らかさ……すごいわ。どこのお肉?」


 肉の柔らかさ、ジューシーさ、それでいて火が中まで通っていること、その事実に驚きながら、ベティナがジーナに視線を向けた。

 するとジーナが、待ってましたとばかりに笑みを見せる。そして口角を持ち上げながら、はっきりとその名を口にした。


「ふふん、何を隠そう『ロンディーヌ牛・・・・・・・』よ。グレケット産だって」

「なっ」


 ジーナの挙げたそのブランド名に、イドが目を見開き言葉を失った。

 ロンディーヌ県はシュマル王国の中でも酪農が盛んで、牛を育てる牧場が数多い。県内で育てられた上質な牛肉は『ロンディーヌ牛』の名で国内外に広く流通し、その名はよく知られたものだ。

 ただ悲しいかな、その品質は非常にばらつきが大きい。最高級品は王宮のテーブルにも上がるほどだが、低ランクのものは村の食堂でも持て余す。イドやベティナの知る肉も、そうしたランクの低いものだっただろう。

 地元産の、しかも自分たちが住む村の牧場で育った牛の、肉。自分たちがよく触れている食材なだけに、驚きも大きかったらしい。


「村の……牛肉?」

「信じられないわ……あそこの牧場の肉が、こんな美味しく?」


 驚きつつも二人はスプーンが止まらない。もりもりと焼き飯とステーキを食べていく中で、ジーナがにやりと笑って言った。


下ごしらえ・・・・・よ。筋切りして、すりおろしたタマネギやスパイスと一緒に漬け込んで、そっから切って焼いてるから。味付けも塩ベースだけどほんのちょっと醤油入れてるし」


 その言葉に、イドもベティナも目を見開いた。

 正直に言って、この下ごしらえの技術や手法の多彩さが、地球で飲食業界に携わるようになって一番驚いたことだと思う。塩、砂糖、酒、野菜、獣骨、ハーブ類を品に合わせて変えながら使い、それらもすりおろしたり、刻んだりと使い方を変えて食材の味を引き出す力は、本当に驚きだった。

 今回使ったロンディーヌ牛も、実はグレケット村の牧場から届いたものを明確に選別して使ったのだ。ランクも当然低いなんてことはないが、それでも中の上という程度、最高級品には届かない。それが、下ごしらえでここまで化けるのである。

 驚きのあまり、イドはスプーンを持つ手が小さく震えていた。そのスプーンでステーキの一切れを掬いつつ、彼は自分の娘を見上げる。


「これは……お前が作った、ということか?」


 信じがたい、といいたげな表情をしているが、本心では嬉しさもあるのだろう。数年単位で姿を見せなかった娘の手料理であるならば、こんなに嬉しいこともないだろうから。

 だが、それだけではない・・・・・・・・。ジーナはうなずきつつも、親指でキッチンを指しつつ言う。


「まーね。下ごしらえはマウロがやったけど」

「……」


 そう話すジーナの指が指す先、ちょうどカウンターの内側で温かい緑茶を準備していた僕と、イドの目があった。そろそろ食事もいい塩梅、二人も満腹だろう。

 お茶を淹れた湯呑みを二つ、お盆に乗せて僕はキッチンを出る。そのままC6卓に座る両親のところへ向かうと、湯呑みを置きながら僕は問いかけた。


「どうだった、親父、母さん」


 ざっくりとした問いかけだが、それでも二人には充分伝わると分かっていた。果たして、温かい湯呑みに手を伸ばし、お茶を一口すすったベティナが、顔をくしゃくしゃにしながら目の前の夫を見やる。


「良かったわね、あなた」

「何がだ」


 湯呑みに口をつけながらも、イドの言葉はぶっきらぼうだ。それでも、入店時の頃に比べれば、その声色はだいぶ柔らかい。

 その心の内を見透かしてか、ベティナがにこやかに言った。


「料理も、お酒も……それに二人の手料理、存分に食べられたじゃない」

「……まぁ、な」


 話を受けて、イドが視線をそらす。毛皮の向こうにあるその頬はほんのりとだが、赤みが増していた。きっと酒のせいばかりではないだろう。

 恥ずかしがっているであろう父を見て、ジーナがけらけらと笑う。


「そういえば父さん、途中からぶっ通しで日本酒飲んでたもんねぇ」

「……確かに。そんなに良かったか、親父?」


 僕もテーブルの上に置かれたグラスを見つつ、イドに声を掛ける。二人で一升瓶くらいの量を飲んだとは言え、その半分以上はイドが飲み干したものだ。

 こんなに飲んで、気に入らないとはとても言えない。バツが悪そうに顔を背けつつも、イドがひっそり声のトーンを落としながら言った。


「まぁ……悪くはなかった」


 なんとも居心地の悪そうな声で話す父に、僕も思わず笑みがこぼれてしまう。それに追い打ちをかけるように、ベティナが苦笑しながら口を開いた。


「ごめんねマウロ、ジーナも。この人、家では米酒ばっかり飲んでるのよ。今日頼んだ米ノ屋マイノヤばっかり買って」

「っ、し、仕方ないだろう。村の酒屋がそればかり仕入れるんだ」


 ベティナの発言に思わずイドが顔を真っ赤にする。なるほど、そんなに普段から米酒ばかりを飲んでいるのなら、飲み慣れてもいるだろうしこれだけの量を飲めるだろう。

 僕が納得している後ろで、すっかり出来上がって赤ら顔になったナタニエル三世が朗らかに言う。


「流石よな、岩壁の! 料理の妙、サケ選びの妙、大変に大義である!」

「陛下、落ち着いてください。マウロさんが素晴らしいのは大変その通りですから」


 久保田さんも酒を飲み進めてはいるが、ナタニエル三世ほど酔ってはいない様子。ナタニエル三世に水のグラスを勧めながら、慌てた様子で落ち着かせていた。

 ハハハ、と店内に笑いが起こる中、イドが僕と姉の顔を見つめながら、神妙な面持ちで口を開く。


「……マウロ、ジーナ」

「うん」

「どしたの」


 二人して短く返すと、イドは一瞬だけ視線を彷徨わせた。そこから、諦めたように息を吐き、そして。


「向こうで暮らし、仕事をするってことには、もう何も言わん。ただ……」


 そう言いながらも、どんどん声は尻すぼみになっていって。


「たまに、でいい。村にも帰ってきてもらえると、俺も、母さんも喜ぶだろう。その時には……その……」


 最初の威勢と怒りはどこへやら。なんともいたたまれない面持ちになりながら、ついに彼は消え入るような声で、言った。


「……ニホンシュを……土産に、持ってきてくれる、と……」


 最後の方など、もう何を言っていたのか聞き取ることすら難しい。だが、間違いなく。間違いなくこの父は、僕とジーナの、なんならこの店の、仕事を、料理を、酒を気に入ってくれたらしい。

 その様子が、どことなくおかしくて。ついつい僕は我慢できずに笑ってしまった。


「……ふふっ」

「何がおかしい」


 笑みをこぼす僕に、取り繕うように口調を強めて父が言う。しかし既に、威厳も何もあったものではない。結局はイド・カマンサックも、米酒を愛する酒飲みだったというわけで。


「よかった。気に入ってくれたみたいで」


 その事実が妙に嬉しくて、僕は笑みをそのままに、父に言葉を投げかけた。ぷいと顔を背けた父が、どんな顔をしているのかは僕には見えないけれど、心の底ではきっと、喜んでくれたと思っている。

 ともあれ、だ。今までは難しいどころか、望みもないことだった。このまま地球で仕事を続けて、死んでいくのだと思っていた。しかし今、僕はわりかし自由に二つの世界を行き来できる。

 ならば、故郷に一度戻ることだって、今の僕なら不可能ではない。


「分かったよ。たまには帰る。いつに都合をつけられるかは分からないけどね。母さんの手料理も久しぶりに食べたいし」

「そーね。あたしもたまには帰るわ。マウロの手を借りないとだし、申請あれこれめんどいけど」

「……ふん」


 僕に便乗する気マンマンで、ジーナも気軽に乗っかってきた。どのみちグレケット村に帰るのに、僕一人で帰る理由もない。ジーナもジーナで帰る手段はあるわけだし、利用する手はないだろう。

 その言葉に満足したのか、イドがぐ、と湯呑みの中の茶を飲み干した。既にベティナも茶を飲み終わり、焼き飯の大皿も空っぽ。見事なまでの完食だ。


「……ごちそうさま。まぁ……美味かった」

「どういたしまして」


 イドがまた頬を赤らめながら、その言葉を告げる。それにふ、と笑みを浮かべて頭を下げると、そこで僕はパン、と手を打った。

 食事も食べ終わり、酒も飲み終わり、最後の茶も飲んだ。ならば客として、やらなければならないことはあと一つ。


「じゃ、お会計お願いできるかな。アランナさん、伝票持ってきて」

「かしこまりました。お持ちしますね」


 先程までのやりとりが嘘のように、スパッと切り替えて居酒屋スタッフとしての仕事を進める僕に、イドが文字通りに面食らった。まさかこんなに容赦なく、会計に持っていかれるとは思っていなかったらしい。

 しかし僕は居酒屋店員、イドとベティナはその客。支払いを容赦する理由は欠片もない。呆れた様子でもう一度、イドが息を吐いた。


「全く……すっかり商売人になりやがって」

「そりゃね。商売人だよ僕は」

「でしょうよ。商人ギルドに身を置いてんだから、名実ともにそうよ」


 諦めた様子で財布を取り出すイドに、僕もジーナも肩をすくめる。

 そう、二人揃って商売人なのだ。舞台は違えどそこは変わらない。世界が変わっても商売には支払いがつきもの。

 まだまだリリン通り沿いのこの店から、賑わいが途切れることはないだろう。そしてきっと、地球の新宿にある二店舗からも。

 僕はイドが財布から金貨を出しつつため息を吐くのを背中で聞きながら、歌舞伎町店に戻った後にお客さんに何をどう説明しようか、そればかりを思案するのだった。

 まだまだ、きっとこれからも、「陽羽南」は賑やかしく、忙しく、楽しいことになりそうだ。



~おしまい~


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異世界居酒屋「陽羽南」~異世界から人外が迷い込んできました~ 八百十三 @HarutoK

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