第88話~ジャガイモのバター醤油炒め~
~シュマル王国・王都エメディオ~
~「
両親二人が飲み始めてから30分あたりが過ぎた頃。二人の目の前にはガラス製の小鉢に入った明るい黄色のサラダがあった。
それをそうっと、スプーンで掬って口に運ぶや、すぐに目を見開いた。
「ほう」
「あら……」
驚いたのも無理はない。かぼちゃとさつまいものマッシュサラダ、もちろん甘い。そして滑らかな口当たりだ。クリームも加えて滑らかさを上げているとは言え、砂糖を加えていない。
サラダで甘い、というのはなかなかイメージしていなかったのだろう。アランナの顔を見上げながら驚きを口にする。
「甘いわね」
「カボチャとイモで、砂糖の味もせずに、これほど甘いとは?」
ベティナの言葉にうなずいたイドが、不思議そうな表情をしてアランナに問うた。
対してアランナが、大きくうなずきながら丁寧に説明する。
「今はちょうどさつまいももかぼちゃも旬の時期ですから。日本産のものは特に糖度が高く、同時に風味も強いんですよ」
「……なるほど」
原材料の説明をするアランナの言葉に、イドもしみじみとうなずいている。そうする間にもスプーンはサラダに伸び、黄色をしたサラダを掬っては口に。
どうやら美味しく食べているようだ。そう思いつつ僕は出来上がった料理をカウンターに出す。
「C6卓、ジャガイモ出ます!」
「了解!」
満を持して登場、ナタニエル3世と久保田さんのテーブルにも出した、ジャガイモのバター醤油炒めだ。四角形の深皿、そこに照りのいい醤油色をしたジャガイモ。仕上げに振った青海苔が眩しい。
一度C6卓を離れてキッチンに向かったアランナが、それを手に戻って来る。通るごとに醤油とバターの香りが広がっていく。
「お待たせしました。
優しくテーブルに深皿を置きながら料理名を告げたアランナに、イドもベティナもこれまでにない疑問の表情を浮かべた。
「ジャガイモの――」
「バター、醤油?」
何だそれは、と言いたげな様子で二人が料理名を復唱する。
シュマル王国では、というよりチェルパという世界全体では、ジャガイモを味付けして使う、という文化があまりない。焼き、揚げ、蒸し、茹で、と調理法は多彩だが、調理したそれにパッと塩やペペルの実を振る程度で、ここまでガッツリと調味料を使って、ということをしないのだ。
それがジャガイモの元の色がすぐに分からないほど、醤油の色合いが濃いジャガイモである。さらに言うなら皮もそのまま、芽の部分がこそげられている程度だ。これもまた独特である。
深皿を覗き込む二人に、アランナがにこやかに説明する。
「はい。エフェシュ県から仕入れた小粒種のジャガイモを皮ごと使い、たっぷりのバターとアグロ連合国産の醤油で炒めた一品となります。ジャガイモの甘みとバターのコク、醤油の塩気のハーモニーを、
「えっ」
そしてアランナの説明を聞いたイドが、驚きに目を見開きながら顔を上げた。
そう、日本酒や米酒で楽しむのが、この料理は一番美味しい。もちろんビールやエールで楽しむのでもいいが、一番は米の酒だ。
だが王国内でジャガイモ料理のお供と言えば、基本的にエールだ。その辺りも二人には意外だったのだろう。
「日本酒や、米酒を、ジャガイモで?」
「信じられない組み合わせだわ。肉やチーズと合わせるものだと思っていたのに」
イドの言葉にベティナもうなずく。米酒は甘みとコクがあることから、肉類やチーズなどの味の濃いものと合わせる、というのが定番であり。こうした野菜、根菜と合わせる酒ではない、というのが国内での共通認識だ。
と、既に到着していたジャガイモのバター醤油炒めをモリモリ食べ進めながら、A6卓のナタニエル3世が声を上げる。
「ふっはは、さすが岩壁の。久しぶりに手料理を食べたが美味なるかな」
「素晴らしいですね。日本酒との相性も抜群です。これほどまでの和食を王国で食べられるとは……」
久保田さんも久保田さんで、ジャガイモとは別で頼んだ豆腐田楽に舌鼓を打っている。彼にも満足いただけているようで、僕はとてもホッとしていた。あちらの二人は、とりあえず気ままに楽しんでくれることだろう。
「……」
イドがA6卓、通りに面した窓の方を見る。窓から入ってくる夕陽、照らされる店内、楽しむ酔客。
そのイドの耳に届くように、アランナが念入りに説明を続ける。
「米酒もそうですが、日本酒はそれを上回るバリエーションと風味の多彩さを持ちます。銘柄を変えることで合わせられるおつまみも、大きく変わるのですよ」
「ふむ……そうか」
その言葉を聞いてか、イドも気持ちを固めたのだろう。手にしたのはテーブル上にある板状のメニューだ。そこには本日の日本酒・米酒の内容が書かれている。
「あら」
と、それに目を向けたベティナが声を上げた。そのままメニューをテーブルに置くイドに、手を小さく動かしながら一点を指差す。
「あなた」
「ん……ほう」
指さされた先を見て、イドも声を上げた。小さく感嘆の吐息が漏れている。すると彼はその指さされているそこに触れながら、アランナを見上げて言った。
「分かった、ならばこの……
「かしこまりました」
イドの注文にアランナがにこりと笑い、そして頭を下げた。そこから振り返って凛とした声で注文内容を飛ばす。
「C6卓、三種飲み比べ2、お願いします!」
「ありがとうございまーす!」
いつもの元気な返事がフロア中から響く。そうした中で僕はもう一度日本酒と米酒の入荷リストに目を落とした。
純米酒三酒飲み比べ。選択肢は数多い。なんなら日本酒でも米酒でも相応に仕入れがある状況だ。ここから三酒、どう選んだものか、少しばかり悩ましい。
「三種か。銘柄の指定は……ないか」
「そうね。その時にあるお酒を、出ている料理や入荷状況を踏まえてセレクトする感じよ」
僕が息を吐くと、近くにいたエティが返事をしてくる。そう言ってから、彼女は分かりやすくにっこり笑った。
「腕の見せ所じゃない、マウロ?」
その問いかけに僕も微笑んだ。まさしくその通り、純米酒の中でなら何を選んでもいいわけだ。ならばイドとベティナの頼んだ料理……正確には僕がセレクトした料理に、合う酒を中心に選べばいい。
ジャガイモのバター醤油、かぼちゃのサラダ、これから出す豆腐田楽。ラストに出す焼き飯は置いておくとして、これらに合うとすれば、旨味と雑味が両立している米酒をベースにセレクトするのがいいだろう。
ひとまずある程度品質の安定していて流通量も多い
「そうだな。豆腐のももう出せる、準備するからこっち、出してくれるか」
三本の一升瓶の栓を抜きつつ僕はエティとアランナに声を掛ける。ジーナは既に焼き飯の支度にかかっている。手は出せない。
「C6卓、豆腐出ます!」
「了解ー!」
果たしてエティがさっと豆腐田楽を出すその後ろで、僕は盆に乗せたグラスにそれぞれの日本酒を注いでいく。その上でメモ用紙にそれぞれの銘柄名と特定名称を書いて、それを二つ分。
準備は出来た。盆を両手でそれぞれ持ちながら、僕は姿勢を整える。
「……よし」
キッチンを出て、ゆっくりとテーブルの間を歩いていく。そして到着したC6卓、手に持った盆をそうっと、両親の前に置いた。
「お待たせしました、純米酒三種飲み比べです」
「あら、マウロ」
「お前……料理人が厨房を離れるなど」
僕が酒の盆を持ってきたことに、両親が二人揃って目を見開く。
イドの発言にも一理ある。普通、料理人は厨房で料理を作ることに専念するのが常だ。僕も歌舞伎町店では、基本的にそうしている。
しかしそれにも例外がある。日本酒および米酒の提供時、特にホールスタッフでは解説が難しい時だ。そもそもからして日本酒は僕がここ、リリン通り店に持ってきている。どんな酒をどう出しているかの解説はお手の物だ。
「飲み比べの三種の酒、僕セレクトだからね。仕入れの統括も僕がしてるし、僕が案内するのが一番だから」
そう話しながら、僕はす、とテーブルの上を滑らすように盆をイドとベティナ、それぞれの前に置いた。そして出来たスペース、テーブルの真ん中に一升瓶を三本、壁際のディスプレイから取って置く。
「ということで。アグロ連合国ウチ県の
そう、今回提供した純米酒三種飲み比べは、歌舞伎町店でも提供している飲み比べと同じ。一ノ蔵と米ノ屋をセレクトしたものだ。これがあるから、歌舞伎町店でも同じラインナップで飲み比べを出していたのである。
一升瓶のラベルを見やすいように調整しながら、僕は二人に解説を続ける。
「米ノ屋の通常の純米と、夏越酒の純米は、それぞれ同じコメの品種、磨きをしているため、コメの風味やアルコール感の丸みの違いを感じ取れると思います。それらの二つと、日本産のコメ、水、酵母で醸した一ノ蔵の味わい、香り、質感の差。先程お持ちしたジャガイモのバター醤油、豆腐田楽と合わせてお楽しみください」
「……」
僕の流暢な解説に一瞬、眉間にシワを寄せるイド。しかしスムーズな手つきで米ノ屋 純米の入ったグラスに手を伸ばし、それを口元に運ぶ。と。
「……ほう。それで、これを……」
一瞬だがその表情が和らいだ。その上でグラスを置いたイドが、手を伸ばすのはジャガイモのバター醤油。
自分で勧めておいてなんだが、一番正解の流れだと言えるだろう。濃厚で、強い旨味の米ノ屋純米の後に、塩気と甘味とコクの三拍子揃った濃厚なジャガイモ。
必ず、どちらもがどちらにも負けない。それどころか、お互いがお互いを引き立て合う組み合わせだ。果たして、ジャガイモを食んだイドの口角が、うっすら持ち上がる。
「ほぉ……これは」
その笑みは、きっと自然にこぼれたものだっただろう。息子だから分かる。
父は、本当に笑わない人だった。しかしたまに、笑みを見せる場面があったことを覚えている。そのほとんどが、夜に僕とジーナが寝静まった後、二人で食事をしている時だった。
「美味い」
「本当。味の広がりが一気に変わるわね。すごいわ」
ベティナもベティナで、米ノ屋の純米と夏越酒を交互に飲みながら、風味の違いを楽しんでいた。合間に水をちゃんと挟む辺り、こちらも飲み方が玄人だ。さすが、飲食業界勤務の人。
両親とも、楽しそうだ。この酒を、料理を、空間を楽しんでいる。それは僕一人の力ではない。スタッフ皆の、お客さん皆の力あってこそ。
「ありがとうございます」
だから僕は、満面の笑みを見せ、丁寧に、しかし深くなりすぎない程度のお辞儀を見せて、再び厨房へと戻っていくのだった。
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